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第497号 2024.3.12発行

「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしのひとたち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)

【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…3月4日、フランス議会は「女性が人工妊娠中絶を選ぶ自由」を憲法に加える改正案を、賛成780票、反対72票の圧倒的多数で可決。世界で初めて、憲法に「中絶権」が明記された。この日、エッフェル塔は改正案可決を祝って点灯され、「私の身体、私の選択」というメッセージが映された。「中絶」は本当に普遍的メッセージなのか?普遍的な女性の権利なのか?未だに刑法に「堕胎罪」がある日本は遅れているのだろうか?「堕胎」を無理やり明確化しようとすると、恐ろしい思想に嵌ってしまう危険性を理解しているか?「堕胎は女性の人権」という左翼・リベラルの落とし穴、「堕胎は絶対悪」という右翼の落とし穴、それぞれ自覚した上で、日本はどうすべきか考えよう。
※茅根豪氏の特別寄稿…強姦罪は明治40年に制定され、平成29年に強制性交等罪へと改正されて、さらに令和5年7月からは不同意性行罪となった。「不同意」という文言から、相手の気持ち次第で罪になるイメージがあるが、法改正によって何が罰せられるようになったのか?今回は「改正の経緯」にスポットを当てて、〈1〉改正に積極的だった国会議員はどんな発言をしてたか?、〈2〉そもそも改正した理由は何だったのか?、〈3〉実際はどんな条文になったのか?、そして、〈4〉不同意性交罪改正の背後にある思想に迫ってみよう。
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…元日経新聞記者の後藤達也氏が司会するYouTube番組『リハック』に、3月2日と7日、「週刊文春」の新谷学総局長が出演して、松本人志の問題について語った。その発言の内容を追いながら、週刊文春の問題について考えてみたい。「以前、記事化できなかった件をなぜ今回、記事化したのか?」「被害者の証言を裏付ける客観的な証拠がない」「一方の言い分だけに偏って記事を作っている」「おカネ目的(売上目的)という意識が強いのではないか?」等々の質問に対して、新谷はどう答えたか?
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…自分の作品が政治的思惑やポリコレ、フェミ的思潮などに引っ張られた改変をされるのは、やはり許せない?タイパの極致たる「サビカラ」が流行っていることをどう見る?ファイザー製のバイアグラ、リスクを理解した上でも使ってみたいと思う?人は自分の信仰や実存に関わるところまで突き詰めて思想できるかどうかというのは、相当難しいのでは?文藝春秋社の新谷氏の発言を擁護する水道橋博士氏をどう思う?漫画家は己の命を削りながら創作していかなければならない過酷な稼業?原作漫画の実写化はどうあるべき?大谷翔平選手の結婚について、正直、どう思った?トランプが大統領に返り咲いたらどうなる?…等々、よしりんの回答や如何に!?


【今週の目次】
1. ゴーマニズム宣言・第526回「中絶は女性の権利か?」
2. 特別寄稿・茅根豪「不同意性交罪に不安を感じる理由」
3. しゃべらせてクリ!・第452回「お金持ちを差別せんでクリ!ぽっくん怒りの座り込みぶぁい!の巻【前編】」
4. 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第320回「週刊文春・新谷学総局長の頭のなか」
5. Q&Aコーナー
6. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
7. 編集後記




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第526回「中絶は女性の権利か?」

 3月21日、ついに『ゴーマニズム宣言SPECIAL日本人論』が発売される。
 この本はいわゆるジャニーズ問題を切り口に、欧米の「人権」と日本の「文化」の衝突について描いている。
 この『欧米「人権」VS日本「文化」』という構図は、今後もありとあらゆる場面で登場し、描いていくことになるだろう。

 3月4日、フランス議会は「女性が人工妊娠中絶を選ぶ自由」を憲法に加える改正案を、賛成780票、反対72票の圧倒的多数で可決。世界で初めて、憲法に「中絶権」が明記された。
 可決の際には議員らがスタンディングオベーションで歓迎の意思を示し、エマニュエル・マクロン大統領は、この憲法改正を「フランスの誇り」として、「普遍的なメッセージ」を送るものだと述べた。
 この日、エッフェル塔は改正案可決を祝って点灯され、「私の身体、私の選択」というメッセージが映された。
「中絶」は本当に普遍的メッセージなのか?普遍的な女性の権利なのか?
 この件に関して、フランスでは1975年に「中絶法」の制定によって人工妊娠中絶が合法化され、今回ついに「中絶権」が憲法に明記されるまでに至ったのに対して、日本には未だに刑法に「堕胎罪」があり、中絶が違法になっているとして、そんな「先進国」ってあるだろうかと、疑義を呈する意見があった。
 だが、わしはそれを聞いて即座に疑問が浮かんだ。
 日本では人工妊娠中絶が年間10万件以上もあるのに、なぜ堕胎罪で摘発が行われたという話を全く聞かないのだろうか?
 その答えはすぐわかったのだが、日本では母体保護法(旧優生保護法)によって、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれ」がある者や、「暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」については違法性が阻却されることになっているので、堕胎罪はほとんど適用されていないのだそうだ。
 日本の「堕胎罪」は、法としては存在しているものの、ほとんど空文化していたのだ。

 そもそも日本の堕胎罪は1880年(明治13年)に制定された旧刑法に盛り込まれ、それが現在まで引き継がれているものである。
 その旧刑法は、明治政府がフランスの法学者・ボアソナードを招聘して起草させた刑法草案を土台としてつくられたもので、フランス刑法の影響を強く受けている。
 もともと日本の文化には堕胎を罪とする感覚はないのだが、それにもかかわらず刑法に堕胎罪が加わったのは、ほかならぬフランスの影響だったのである。
 本来の日本にはなかったフランスの価値観を「先進的」と思って取り入れたはずなのに、それがいつの間にやら「日本には未だに堕胎罪なんてものがある。フランスと比べて、なんと遅れているのか!」と言われているのだから、おかしな話である。

 では日本の堕胎罪の元祖だったはずのフランスは、いつの間に堕胎を「女性の権利」として憲法に書くまでの「先進国」になったのか? これも調べてみた。
 もともとフランスはキリスト教的父権主義が強い、ガチガチの男性優位社会だった。いつも指摘しているとおり、1789年のフランス「人権宣言」においても人権が認められていたのは男だけであり、女は人間扱いされていなかったのだ。
 そして驚いたことに、フランスでは堕胎のみならず「避妊」までも違法とされていた。
 フランスでは、1920年に成立した法律で避妊と中絶が禁止された。
 劣悪な環境で行われる、ヤミ中絶の手術を受けた女性の健康問題も深刻だったが、避妊合法化法案は11回も国会提議されながら、全てが棄却され、問題は40年以上放置され続けた。当時の議会は男性の支配下にあり、女性の声は全く届かなかったのだ。

 フランスは1965年まで「既婚女性が就職するには夫の同意が必要」という法律が存在していたほどの男尊女卑社会だった。
 事態が動き始めたのは60年代半ば。前回触れたように、アメリカの公民権運動を発端として同性愛者の解放運動(Gay Liberation)女性解放運動(Women’s Liberation=ウーマンリブ)が勃興、女性解放運動は世界的なムーブメントとなり、これがフランスにも波及したのである。
 1966年、リュシアン・ヌヴィルスという男性議員は、離婚紛争の大半が「望まない子の出産」から始まり、多くの女性と子供が貧困に陥っていることを問題視し、女性運動団体や科学者・医師の後押しを受け、避妊合法化の法案を提出した。
 だが議会は依然として男性が圧倒的であり、しかも当時の大統領だったシャルル・ド=ゴールは熱心なカトリック教徒で、「ピル? フランスではありえない!」とまで公言していた。

 この絶望的に不利な状況を覆す方法は、ひとつしかなかった。
 ヌヴィルスは戦略的に、避妊を「文化」ではなく「人権」の問題としたのだ。
 第二次世界大戦における「フランス解放の英雄」であり、「自由フランス」の象徴を自負するド=ゴールは、女性参政権を実現した大統領でもあった。
 そのド=ゴールにヌヴィルスは、「大統領。あなたは女性に選挙権を与えた。今度は彼女たちに、生殖機能を自分で管理する権利を与えてください」と迫ったのである。
 避妊とは「女性が、自分の体を自分で管理する権利である」というロジックをド=ゴールは否定できず、これを認めた。それによって国会でも議論が進み、避妊を合法化する法律が1967年に成立したのだった。

 フランスで中絶が合法化されたのはその8年後だったが、中絶の合法化には、避妊よりさらに激しい反発があった。
 その中で合法化を推し進めたのは、当時の保健相だった女性政治家シモーヌ・ヴェイユだった。
 ヴェイユは無法化したヤミ中絶によって女性の生存の権利が脅かされている実態と、その原因が半世紀以上前に成立した法にあると明示し、「法を現実に合わせる必要がある」と断言。
 そして当時の大統領ヴァレリー・ジスカール=デスタンの命により、「中絶法」の国会審議が始まったのだった。
 フランスで避妊や中絶がことさらに「女性の権利」の問題として語られるのは、このような歴史を経ているからである。
 日本では、避妊や中絶を「文化」の問題で語れる。しかしフランスでは、「人権」でしか語れないのだ。
 フランスでは、避妊や中絶を認めるには「女性が妊娠しない権利」の確立が必要だった。しかし、日本にはその必要がなかった。
 これって、「日本は人権意識が遅れている」という話だろうか?

 フランスで1975年に制定された中絶法は、その後9回改正され、その都度「中絶権」が拡大されてきた。