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第54号 2013.9.17発行


「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、よしりんの心を揺さぶった“娯楽の数々”を紹介する「カルチャークラブ」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」、珍妙な商品が盛り沢山(!?)の『おぼっちゃまくん』キャラクターグッズを紹介する「茶魔ちゃま秘宝館」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが無限に想像をふくらませ、とことん自由に笑える「日本神話」の世界を語る「もくれんの『ザ・神様!』、秘書によるよしりん観察記「今週のよしりん」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)


【今週のお知らせ】
※今週の「ゴー宣」は五輪招致を斬る第3弾!「オリンピックは経済成長の起爆剤になる!」「経済波及効果は3兆円、いや100兆円、いやいや150兆円!」「若者に夢を与える!」「被災地復興の足掛かりになる!」「震災復興の象徴になる!」「地元も栄える!」…果たして本当なのか?
※死と再生の世界・根之堅州国(ネノカタスクニ)の主スサノオによる、地獄のシゴキを命からがらくぐり抜けたオオナムチは、やっとの思いで宮殿の広間へと招かれる…が、しかし!再びオオナムチを襲うガクブルな展開!!今週の「ザ・神様」は、いよいよ大国主神の誕生を描く!
※天才よしりんのぶっ飛んだ“怪作”を紹介!今週の「よしりん漫画宝庫」で取り上げるのは、『風雲わなげ野郎』!なぜ五輪開催が決まった今、この作品を紹介するのか?なぜなら、主人公の名前が「五輪翔太郎」だからだ!しかも「わなげ」を題材にしたスポ根ギャグ漫画!!スポーツに胸躍らせたいなら、これを読め!!


【今週の目次】
1.ゴーマニズム宣言・第56回「PART3.五輪を経済成長の起爆剤にという皮算用」
2.茶魔ちゃま秘宝館・#011「食玩フィギュア」
3.もくれんの「ザ・神様!」・第17回「咆える!オヤジ・ザ・スサノオ、愛の絶叫!!」
4.よしりん漫画宝庫・第51回「『風雲わなげ野郎』①マイナー誌でのびのび描くつもりが…」
5.Q&Aコーナー
6.新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
7.読者から寄せられた感想・ご要望など
8.編集後記




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第56回「PART3.五輪を経済成長の起爆剤にという皮算用」

 メディアの取材で被災地の人が「五輪どころではない」と答えたら、ネットでは「被災者は一体何様のつもりか!」と叩かれたそうだ。
 「いつまで同情して欲しいのか?国民が一丸となって招致したオリンピックをけなすとは被災者は非国民か?」とバッシングされたらしい。
 たとえ被災者でも五輪招致の不安や違和感を口にすることは出来ないのだ。「被災地復興」を五輪招致の建て前に利用されたにも関わらず。
 「祝賀ムードに水を差す奴は非国民」というナショナリズムが7年も前に出来上がってしまったのだから、開催が近くなるにつれて、もっと強烈になるのは確実だろう。

 支那事変でも、アメリカとの戦争でも、「戦勝ムードに水を差す奴は非国民」という世論は圧倒的だった。
 マスコミも戦勝ムードを煽り立て、悲観的な報道をすると新聞は売れなくなるし、政府ににらまれて新聞社の存続も危うくなる有り様だった。
 ナショナリズムが異論・少数意見を封殺するのは、戦時中も今も全然変わらない。マスコミが商売でナショナリズムを膨張させるのも、過去の戦争の時代と一緒なのだ。

 毎年8月の終戦記念日前後だけ反戦一色の報道になっても、ナショナリズムの負の部分を自覚できないマスコミの体質は何も変わっちゃいない。
 「祝賀ムードに水を差す奴は非国民」、「戦勝ムードに水を差す奴は非国民」、こういう悪質なナショナリズムには絶対に屈してはならない。
 


 それにしても、かつては「金儲けのためのスポーツ」、「金儲けのためのオリンピック」なんてホンネはもう少し隠していたはずだが、いつの間にこうも誰はばかることなく、堂々と言えるようになってしまったのだろうか?
 安倍晋三はオリンピックを「経済の起爆剤」にすると大はしゃぎしている。
 東京都では経済波及効果を3兆円としているが、経済界では100兆円だとか、150兆円だとか目の色変えて捕らぬ狸の皮算用をしている。
 テレビや新聞も歓迎ムード一色で、「経済効果は抜群」「若者に夢を与える」など肯定的な評価ばかりだ。新聞・テレビのスポンサーはオリンピックで儲ける大企業ばっかりだから、これに疑義を呈する意見など取り上げられやしないというのが実態なのだが。

 本来、安倍親衛隊のネトウヨは、メディアのこういう体質を批判して「マスゴミ」と侮蔑していたはずだが、五輪招致の件では安倍晋三が強力に推進したものだから、その「マスゴミ」と手を携え、歩調を揃え、声を合わせてオリンピック・マンセーを叫んでいる。つくづく、くだらない連中である。


 五輪招致を祝賀する声の中には、「被災地に元気を与える」だの「オリンピックを被災地復興の足掛かりに」だのというものもあるが、まずそんなことにはならない。
 被災地復興と、東京で行われるオリンピックは何の関係もない。オリンピックの理念を見れば、それは明らかである。

 サッカーのワールドカップは「国」単位で開催されるが、オリンピックは「都市」単位での開催である。
 これは古代オリンピックがギリシアの都市国家同士による競技大会であったことに由来している。IOCはあくまでも都市に開催権を与えており、国はあくまでも開催都市を支援するという位置づけである。

 そしてオリンピック憲章は「1都市開催」を明記しており、複数都市の共催は認めていない。オリンピックにおいて複数都市で競技が行われるのは、内陸都市で開催される場合のヨット競技とか、あるいはサッカー予選で、一都市内に複数のサッカー場がない場合とか、地理的に競技開催が困難な場合に限られる。
 実際に平成21年(2009)、2020オリンピックの国内立候補都市を決める際、広島市長と長崎市長が被爆2都市の共催構想を表明、これに対抗して石原慎太郎都知事(当時)が「東京・広島共催」という意味不明の構想を言い出したが、オリンピック憲章に抵触するとして即刻却下されている。

 東京オリンピックは日本のオリンピックではなく、あくまでも東京のオリンピックである。
 「オール・ジャパン」で取り組むと言っても、それは「オール・ジャパン」で東京をサポートするという意味であり、開催都市から250キロも離れている被災地など本来、何の関係もないのだ。

 1964東京五輪が「戦後復興の象徴」というのは十分に説得力があった。東京自体が空襲で10万人以上の市民を殺害され、焼け野原とされたところから都市を再建させたのである。そして国民は、首都の復興は全国の復興につながると思うこともできた。
 しかし、東日本大震災でそれほどの被害もなかった東京でオリンピックを開いたところで、それが「震災復興の象徴」になどなるわけがない。本当に「震災復興五輪」をやるのなら、福島で開催する以外にないのである。


 2020東京五輪には、開催の大義がない。
 IOCにしても、開催の大義だけを考えれば、「イスラム圏初」のイスタンブールの方がふさわしいという判断になったはずだ。
 東京に決まったのは、イスタンブールよりも、マドリードよりも、IOCと協賛企業が確実に儲かりそうだからという程度の理由しか考えられない。そうであれば、金儲けに直接つながらない被災地復興事業など、当然後回しにされるだろう。

 宮城県の村井知事は、一応五輪開催に歓迎の意思を示した上で、「震災の復興に関し、資材高騰やマンパワー不足に拍車がかかるのではないかという心配がある。オリンピックに関わる自治体は人手不足になってくると思うので、被災地に応援を出す余裕が無いとなりかねない」と懸念を示している。
 当然の懸念であり、しかもほぼ確実に心配したとおりになるだろう。現状でさえ復興事業は人材不足が慢性化しているのに、オリンピックに向けたインフラ整備の方に建設業者が投入されるようになれば、復興は間違いなく大幅に遅れる。2020東京五輪は「復興五輪」どころか、「復興先送り五輪」になるのだ。


 成長戦略、成長戦略と呪文のように唱え続ける安倍政権は、『三丁目の夕日』のような高度経済成長時代の再来を望み、五輪開催がその起爆剤になるものと本気で信じている。
 だが、実際には1964年の東京五輪が高度経済成長を起こしたわけではない。1964東京五輪は確かにインフラ整備の契機となり、高度経済成長の象徴とはなったが、決して東京五輪が高度経済成長を起こしたのではなく、あくまでも既に高度経済成長期に入っていた時に、東京五輪が開催されたのである。
 再び東京五輪をやれば、高度経済成長も再び起こるかのような思い込みは、自分の経験を歪めて記憶し、それを絶対視している「発展途上国的ジジイ」の妄想に、若い世代までが巻き込まれているお馬鹿な現象に過ぎない。柳の下にいつもドジョウはいないし、五輪の下にいつも経済成長はない!