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(2013.3.9発行)



『ゴーマニズム宣言』 「3.11を風化させない方法」

 人間というのは弱いものだ。あまりにも悲惨なもの、不幸なことからは目を背けておきたいと思ってしまう。
 実はゴーマニズムと自称するわしでさえ、最近、津波の映像を見るのは苦痛で目を逸らしたくなるし、被災地の現状を伝えるルポを見るのは辛い。
 人の不幸を直視したくないやましさが積もりに積もって、ストレスが限界に達すると、嘘でもいいから甘い夢が見てみたいという心理が働いてしまうのだろう。
 だからいま人々は、マスコミが喧伝する景気回復の実感なき「株価上昇」に浮かれ、安倍内閣の支持率を押し上げている。

 「アベノミクス」という珍奇な言葉に目を輝かせ、外国人投機家のマネーゲームに踊らされて、かつての小泉「構造改革・規制緩和」の狂騒の時代に逆戻り。
 週刊誌などには平然と「安倍バブル」という言葉が飛び交い、せいぜい弾ける前に株と土地に投資して稼ごうぜと煽っている。
 そんなゲームをやれるのは一部の富裕層だけで、一般庶民には何の関係もない話なのだが、浮かれたい大衆に「お父さんの給料が上がる日は間もなくだ」とテレビが毎日のように景気の「気」だけを盛り上げている。そんなから騒ぎの中で、人々の目は益々被災地から遠ざかっていくわけだ。


 東日本大震災から間もなく2年ということで、今だけ各メディアが盛んに特集を組み、復興がなかなか進んでいない実態も報じられてはいる。だがそれも、3月11日を過ぎれば急速にフェードアウトしていくだろう。そのうち8月の終戦特集みたいな、季節の風物詩のようなものになってしまうかもしれない。

 未だに避難生活を送っている人は、32万人に及ぶ。朝日新聞3月1日付記事によれば、被災した岩手・宮城・福島3県の42市町村の首長へのアンケートで、半数が復興になお6年から10年かかると答えている。
 安倍政権の古い公共事業の復活によって、被災地では人手や資材が不足し、さらに復興の速度が鈍るのではないかと懸念する声もある。

 東京電力福島第一原発事故で避難指示が出された12市町村は避難生活が長期化し、中には住民の意識調査でもう「戻らない」と回答した者が5割を超えたところもあるという。
 原発事故によって今も避難生活を送っている人は16万人。特に若い人、小さな子供を持つ人はもう帰らないのではないか。

 福島の12市町村長へのアンケートでは、全員が原発事故の風化を「感じる」または「ある程度感じる」と答えている。
 しかし、記憶や関心は風化したとしても、復興がまだ終わっていない以上、東日本大震災はまだ終わってはいない。まして原発事故は風化どころか、これから新たな事態が起こり、進展し、悪化していく可能性だってあるのだ。


 2月13日、福島県の「県民健康管理調査」の検討委員会は、新たに2人の子供に小児甲状腺癌が見つかったと公表した。事故後に癌が見つかったのは3人目で、さらに7人の子供に癌の疑いがあり、追加調査中だという。
 ところが検討委の福島県立医大教授・鈴木眞一はもともとあったものを発見した可能性が高い。原発事故との因果関係は考えにくいと言う。福島県は、昨年9月に1例目の小児甲状腺癌が見つかった時も原発事故と因果関係はないと言っている。
 環境省も福島県外の長崎市、甲府市、青森県弘前市の子供を調査した結果、福島と同様の確率で嚢胞やしこりが発見されたと発表し、福島が異常な状態ではなかったと結論づけている。
 一見、安心しても良さそうなデータを並べてみた。
  

 だが本来、子供(15歳未満)の甲状腺癌の年間自然発症率は10万人に対して0.05人~0.1人と、極めて低い。
 ところが福島県の子供の数は36万人なのに、すでに3人も見つかっている。しかも、問題はそれどころではない。よく注意しないと見落としそうになるが、実は発表されたのは「2011年度に3万8114人を対象に行った調査」の結果なのだ。

 本来、1年間に100万~500万人に1人しかいないものが、1年間に3万8114人から3人見つかり、7人に疑いがあるのだから、これは異常事態なのである!

 ところがこのニュースは、ほとんど話題にもならなかった。発表されたのが、北朝鮮が核実験を行った翌日だったからである。
 なぜ2011年度の調査結果を今ごろ、しかもニュースとして埋もれてしまうタイミングで発表したのか? 
 しかも発表された2人のうち1人は昨年、甲状腺癌の「疑い」として発表されていたが、その時も全く話題にならなかった。発表が野田首相(当時)の「バカ正直解散」表明の翌日だったからである。これはもう発表の仕方に意図があるとしか思えない。

 福島県がこの異常事態を「原発事故と因果関係はない」と言い張る根拠は、チェルノブイリ原発事故で子供の甲状腺癌が急増したのが事故の4年後からだったから、1、2年の時点で癌を発症するはずがないという、ただそれだけである。
 しかし、福島とチェルノブイリは同じ事故ではないのだ。どこに前例のないこと、計算外のことが潜んでいるかもわからないのであり、先入観なしにいま起きている事態に対処しなければいけないはずだ。
 福島県の子供全員の甲状腺検査が終了するのは、2年半先だという。これも、4年経過するまでは甲状腺癌は出ないはずという決めつけから設定しているもので、今年1月の時点でまだ36万人中13万3千人しか検査を受けていない。 

 出来る限り早く残り全員の検査を行わなければ、取り返しのつかないことが起こるのではないか? もしそれが杞憂だとしても、速やかに全員の検査をすることが、子供とその親に安心を与えることになる。それこそ最も優先するべきことではないか。
 確かに高確率で小児甲状腺癌が発生しているのに、それを目立たぬように発表し、しかも頑なに原発事故とは関係ないことにしているのでは、隠蔽が始まっているという疑いすら生じてしまう。


 また、原発作業員の被曝記録についても、悪質な隠蔽が発覚している。
 全国の原発作業員の放射線被曝記録を一元的に管理する「放射線影響協会」に対して、福島第一原発事故後に働いた作業員・2万1千人の被曝記録を東京電力が一切提出していなかったのだ。

 原発作業員は、電力会社を頂点に下請け、孫請け、3次請け…と連なる多重請負構造であり、一人が何社もの会社を転々として原発作業員を続ける例も多いので、被曝記録は1カ所に集めて徹底管理しなければ、誰がどれだけ被曝したかわからなくなり、被曝限度を超えて働く人が続出してしまう。
 ところが東電は事故から2年近く、2万人以上もの作業員の記録そのものを提出さえしていなかったのである! それどころか、事故からしばらくの間の最も放射線量が高かった時期は、東電の説明によれば「コンピュータシステムが津波で被害を受け、紙で管理をしていた」ということで、被曝量管理が杜撰な状態で、正確なデータ自体がないらしい。

 正確な被曝線量を記録していたら、たちまち限度を超えて働けなくなる人が続出してしまうから、作業員数を確保するためにわざとやっていたとしか思えない。
 どう見ても悪質な隠蔽であり、これでは被曝限度をはるかに超えた者が相当数いると考えざるを得ない。
 しかし、将来作業員に健康被害が表れても、限度を超える被曝をしていたと証明できず、原発作業とは関係ないとされて切り捨てられてしまうことが十分あり得るのではないか。


 朝日新聞3月4日付は、環境省の委託チームが推計した事故当時の甲状腺被曝線量を報じた。ほとんどの場所では甲状腺癌が増えるとされる100ミリシーベルトを下回ったという、何となく安心感を与えるような記事で、3月8日にはその推計結果を基にした1面ぶち抜きの特集記事まで組んでいる。
 しかし、わしはこの記事を全く信じていない。というより、犯罪的だとすら感じる。