これはディスとかじゃなくて、懐かしの昭和スカートめくり程度の話ですから笑、拡散するほどのエネルギッシュな物件じゃないでしょうから、赤裸々に書きますが(拡散されたい方はご自由にどうぞ!その時は、要約しないで、ごとアップしてください)、例の「菊地成孔が米津玄師を分析する」は、佐々木あっちゃんの批評家塾(?)出身の人にありがちな、音楽的な分析が図式的でかなりヤワく、かつコメンテーターに対して薄汚いルール違反を(おそらく悪気なく)して平気な顔をしているパターンの典型です笑(あっちゃん、何教えてるか知らないけど、業界のルールぐらいは教えてあげてもバチあたらないんじゃない?笑)。
もちろん、一切の抗議は行なっていません。5000円でも欲しいのよ、今は笑。
先ず、あのオファーは、要約すると「コメントをください。200文字程度で良いので」というものでした。
「コメント」は、別に定義として「1つの記事に1個」とは限りません、限りませんが、現在のカジュアルな定義では、「コメンテーター」の発する「コメント」とは、テレビ番組や映画のフライヤー等で類推できる通り、「1つのテーマ(作品、人、事件)に、複数あるもの」ですよね。コメンテーター / コメントというものは、ずらっと並ぶのが一般的です。
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>>22
あれは最後まで読んでも、<ビバップのラボ(©︎ブリュノ・コストゥマルby「誰がディジーのトランペットを以下略」>についての記述はありません。恐らく、今後も無理ではないかなと思います。考古学的推測という意味では、現状では濱瀬元彦先生の「チャーリー・パーカーの語法」が、現実に最も迫っていると思います(ペン大のビーバップクラスも、この本を基本に汎用化したカリキュラムを使っています)。
本は、この楽理本ともう何年寝かせてるかわからないリズム本笑いと両方とも出したら、もう研究家としても批評家としても筆を折って、気楽で都会的なエッセイストになろうと思っています笑。
(ID:60382547)
、?、る。
(ID:60382547)
。、、、