はじめてのコメント失礼します。 日本語における、述語性が固有名詞(お名前)に作用した、というような解釈で考えてみますと、音楽的内容に触れる以前の第一印象を「お顔」(フィジカル)を隠して、「お名前」(文字)とした結果、他者(お客?)との境界が曖昧になり、誰しもが言語や人種、国籍を超えて本人に成り得るという仮想(仮装)体験でしょうか。 主体を曖昧にしながら実在に現す日本語の言語機能は、ジャズやポッペスにおいて音楽的にも多彩さを生んでいるように思いますし。そんなに知りませんが。
「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。
音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。
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はじめてのコメント失礼します。
日本語における、述語性が固有名詞(お名前)に作用した、というような解釈で考えてみますと、音楽的内容に触れる以前の第一印象を「お顔」(フィジカル)を隠して、「お名前」(文字)とした結果、他者(お客?)との境界が曖昧になり、誰しもが言語や人種、国籍を超えて本人に成り得るという仮想(仮装)体験でしょうか。
主体を曖昧にしながら実在に現す日本語の言語機能は、ジャズやポッペスにおいて音楽的にも多彩さを生んでいるように思いますし。そんなに知りませんが。