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はじめてのコメント失礼します。
日本語における、述語性が固有名詞(お名前)に作用した、というような解釈で考えてみますと、音楽的内容に触れる以前の第一印象を「お顔」(フィジカル)を隠して、「お名前」(文字)とした結果、他者(お客?)との境界が曖昧になり、誰しもが言語や人種、国籍を超えて本人に成り得るという仮想(仮装)体験でしょうか。
主体を曖昧にしながら実在に現す日本語の言語機能は、ジャズやポッペスにおいて音楽的にも多彩さを生んでいるように思いますし。そんなに知りませんが。

No.4 67ヶ月前
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  • <菊地成孔の日記 令和2年8月21日 午後4時0分記す>

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