第79号 2014.3.25発行
「小林よしのりライジング」
【今週のお知らせ】
第80回「やむを得ないからネットでシッター?」
「私は見ず知らずの人に、その人の自宅で預かってもらうっていうことはまず理解できません。(自分が)ベビーシッターさんに預ける時は、必ず信頼できる人の紹介だったり、そのベビーシッターさんに家に来てもらって、5~6回は必ず私も含めてシッティングしてもらうって形でやってます。今回2歳と8か月のお子さんを見ず知らずの…2歳と8か月だったら自分の思いも言葉にできない年齢じゃないですか。それを見ず知らずの人に、しかもその人の家で預かってもらうっていうことはやっぱり理解できません」
信頼を担保するものが何もないベビーシッターをネットで見つけて、我が子を預ける母親がいるとは驚きだ。馬鹿と言うしかない。誘拐犯だったらどうするのだ?変質者だったらどうするのだ?あまりにも無責任だ。ネットの中の他人を信用してはいけない。ネットで知り合って、たとえ和気あいあいと話すようになっても、やはり他人だ。実は変質者かもしれない。実は殺人鬼かもしれない。ネットの中の他人との絆なんか信じてはならない。ネットのせいで知人と他人の区別がつかなくなっている。まったく恐ろしいことだ。
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コメント
やった!二番だ
3番アルヨ
3番ですか?ともかく配信お疲れ様です。
今晩は時間があるので、熟読・熟考させてもらいます。
僕には実子はいませんが、「仕方ない」という親の都合で、素性も確かではないベビーシッターに子供を預けてしまう感覚が、全く理解できません。預けられた子供の方にしてみれば、堪ったものじゃないでしょう。親でない自分が言っても、説得力は無いと思いますけど。
よしりん先生、女の子のママに誘拐犯と間違えられなくてよかったですね。その理由は、編集長が一緒にいたからだと思うのですねん。
僕は以前、同じような状況に出くわし、迷子と一緒に親を探していたら、その子の親がヒステリック状態になっており、誘拐犯扱いされて、危うく警察に連れていかれるところでした。
「女性を伴って外出した方がよい」、というのが、そのときに得た教訓です。
配信ありがとうございます。
個人主義が浸透してしまったことが「共同体はわずらわしい」みたいな風潮を生むと同時に、孤独に耐えきれなくなった人間をネットに走らせているような気もします。
個人で生きるためには、言い知れない孤独に耐える覚悟が必要です。個人で生きることそのものは決してかっこいいことでも何でもないのに、他人から干渉されない人生はかっこいい、みたいな風潮があるような気がします。ですが、日本人とは、たとえ個人で生きようと思っても共同体への信頼とか、共同体からの了解を必要とする民族なのではないのか、とも思います。だから圧倒的な強い個を持ってメディアで発言してる大沢あかねさんみたいな人を嫉妬で引きずり下ろしたがるのかもしれません。ネットで「個人の意見だ」って思っていてもネットの中の世間体から抜けられない、みたいなジレンマを抱えてる人が多い気がします。
世間体には共同体を安定させる側面がある反面、個人の意見を潰すという二面性があると思います。だからそのネットでシッターを捜して預けて子供を死なせた母親は、生身の世間体を信頼できなくてネットにすがったのではないのか?とも思われます。片親で子供を育てることに世間的に何となく疚しさを感じていたので生身の人間よりもネットにすがったのではないのか?とも思われるのです。山口の田舎の集落の放火殺人事件もそうですが、もう少し、日本人が個人と世間の距離感を適切に取れれば防げた事件だし、日本の社会思想がこの問題に対して有効な回答を出せなかったのも大きな問題なのかもしれません。
今回の事件で、この問題について有効な意見を出せた知識人はいたのでしょうか?単に母親が悪いとかネット社会が悪いという問題ではなくて、個人と世間、個人と共同体のあり方について、有効な意見を出してる知識人は今のところいないような気がします。
6番かな。
いつも楽しく読ませていただいております
私は埼玉在住で五才と一才の二人の娘がおり、妻と共働きで、保育園と個人でやっている(アパートの一室)託児所を頻繁に利用しています 最初にこの託児所を利用するときは(妻が探してきました)子供を預けるのが非常に心配でした シッターの先生と面談をし、感じがよく子供好きなのが伝わってきましたので、預けることにしました 結果的に今ではすごくよい関係が築け、感謝しております ただ、もし今後新たな人に預けるとするとかなり心配です
実は今回の事件のサイトを妻が安いから利用したらどうかと言ってきたことがあります(もちろん事件前です) そのときはいくら安くともどこの誰かわからない人に預けるのは認めず、利用しませんでした
生活が苦しく預ける場所に困る親の気持ちは痛いほどわかります その上で、視野が狭くならないよう一歩引いて、状況判断していくことも必要だと思います 過失があろうとなかろうと子供に何かあったら親には責任があると思います 小林先生がいう通り、同じような境遇の親同士、相談しあえる環境づくりができたら素晴らしいと思います
7番ですか。
ニセただしさん、MVPおめでとうございます!
私は独身であり、まだ良き伴侶を探している最中です。この先、子供を授かる運命にあるかどうかはわかりませんが、意見を述べさせてもらいます。
まず、保護者の自分勝手な都合で、サイバー空間で匿名を用いている危険な人物に血を分けた子供を預けるという行為がどうしてもわかりません。また、その母親を責めない人達にも。
現実社会というものは、善悪、真贋と言ったもの‥それに接する個人の能力で分別してリスクを回避する事ができる可能なのですが、ネットというものは、善悪、真贋といったものを見分ける能力を著しく劣化させる負の部分が大き過ぎる代物だと思います。
それにTwitterやFacebook、他の掲示板でもそうですが『いいね!』や何らかの返事が返って来て、『つながり』が出来たという感覚を持つ人があまりにも多いと感じます(いまのネトウヨ首相もそう)。
ちょっとのやり取りで関係が少し進んで、いつの間にか踏み込んで、身も知らずの匿名の他人に相談をしたりする‥それだけでネットが持つリスクを忘れてしまうのに充分ではないかと思います。
来年、30代に突入する私ですが、40を過ぎた叔母の子供が、中々外出せずに、スマートフォンばかりをいじって部屋の中にいる‥と話を聞きました。
どうも、ここから考えてみると『実際に友達の顔を見なくても、ネットで見れれば良いや、やり取りすれば友達』という叔母の子供の安易な気持ちを想像してしまいました。スマホを取り上げろとは言わないですが、ネットの普及は生身の人間の付き合いという大切な部分を失わせる要素を持ってるようです。
やっぱり、自分の足で踏みしめて歩いて、『信頼できるつながり』を構築しないといけないと思います。
もし、ネットに頼らなければならない状況に陥った時に、なぜネットに頼らなければならなくなったのか、そこまでギリギリの線になって気づける人間にならないといけないなと思いました。
最近、二件ほど知り合いの出産があり、予定日知ってたものですから、どちらにも、夫婦両方に「出産頑張ってねー」とエールの連絡を入れました。んで、この二件とも、無事産まれましたが、報告はフェイスブックでした。。。こちらは個人的に電話までした応援してるのに、報告はフェイスブックで一斉報告だと!?とこういう時までネット優先かよ。。。電話一本できんかよ。。とうんざりした自分には、タイムリーな今回のブログでした。こういう態度を、これからも続けられたら、こちらとしても助けたり、応援する気もなくなるよと思ってたとこなんで。
ネットでシッターを利用する以前の問題について一言。
なぜ、満足に育てることもできないのに子供を二人も作るんですか?なぜ、性行為の際にきちんと避妊をしなかったのですか?
真意はさすがに本人たちにしか知らないのでしょうが、男に中出しSEX(失礼)を許してしまった母親の方にもいくらかの責任はあるでしょう。
これって、最近のライジングのテーマである「独りでいても寂しくない人間になれ」とも関係のある話だと思います。
デキ婚するカップルの女性には、寂しさが故に男と付き合い、別れたくなくて男の言いなりのまま避妊しなかった…という人もいるようです。もちろん、とにかくゴム無しSEXしたいんだとか、男があまりにも鬼畜野郎だったパターンも多いと思います。しかし男女ともに、恋愛以外に夢中になれることがあれば20歳そこそこで妊娠なんてしないでしょう。親だって子供ですよ。
ただ世間は恋愛してない、H経験少ないor無いのを見下す傾向にありますからねー…でも今の恋愛至上主義ってやっぱり異常ですよ。芸能人もよく恥ずかしげもなくデキ婚の癖に「私たち幸せです」なんてカメラの前で言えますよね。ホント勘弁してほしいです。大沢あかねはへこたれずに頑張ってほしいです。
続いて連投失礼します。
よしりん先生の『普段から隣近所の人には笑顔で挨拶して、ときには立ち話でもしておればいい。わしは今でもマンションのエレベーターで住民と一緒になれば、笑顔で挨拶を交わすし、お天気の話くらいはする』‥これは信頼を築くのに非常に重要な基礎部分であると思いました。
マンションの住民や近所の人に笑顔で挨拶をして、互いの顔を知り、お天気の話をしたりする‥やがて一緒にお茶を飲んだり、買い物をして、いつの間にか信頼ができている‥。
『普段から隣近所の人には笑顔で挨拶して、ときには立ち話でもしておればいい。わしは今でもマンションのエレベーターで住民と一緒になれば、笑顔で挨拶を交わすし、お天気の話くらいはする』。
この、よしりん先生の言葉とかぶる懐かしい出来事があります。
私が小学生の時でした。毎朝、学校へ通学するたびに、すれ違うおじいさんがいて、おはようございますと毎回、挨拶していました。
ある日のこと、いつも学校の校庭で虫取りをしている生き物馬鹿の私は捕虫網を持って朝の学校周りをウロウロしていました。すると、いつも挨拶しているおじいさんに出会って、毎度のこと挨拶を交わすと『坊や、虫が好きなんだね、綺麗なタマムシがたくさんいるところ知っているよ』と声をかけられ、当然のごとく生き物馬鹿な私は『おいちゃん教えて!』と答えちゃいました。
その週の日曜日に、おじいさんと待ち合わせをして、エノキ(タマムシはエノキが食樹)の林に連れて行ってくれました。もう、嬉しくて嬉しくて、わんさか採集しちゃいました(その当時に採集したタマムシの標本が今も輝きを失わずに残っています)。
12年前に癌でなくなるまで、親交が続き、私の今の職業を決める一助を担ってくれた人でありました。
ここで改めて感謝したいです。
元在日の祖父も生き物が好きで自宅にオオタカやコウライキジの標本がたくさんあり、ビワコオオナマズも飼育していました(う〜ん、やっぱり最も影響が大きかったのは千石先生かな?残念ながら、出会えたのは葬儀の時でした。でも、これをきっかけに親交のあった人たちとの交遊が始まりました。おかげで様々な文章を寄稿できました。特にTPPの議論では、よしりん先生の反TPP論が本当に役立ちました。ありがとうございます。評判すごくよかったです。また、恐竜研究家の富田京一先生がよしりん先生の仕事を手伝ったことがあるとのエピソードも知り、驚きました)。
総合すると、挨拶をするというのは信頼関係を作る入り口である‥私は噛み締めてそ現場に挑もうと思います。
配信お疲れ様です。いつも楽しく読ませて頂いています。
今回の件、母親がどんな基準でシッターを信用し、子供を預けたのか分らなかったので判断出来ずにいたのですが、
そもそもネットがなければ、どうするのか?
と言う問いに、「正にその通り、しかし忘れていた…」
と強く思い知らされました。
リスク管理を怠り、運命に身を任せてしまうのか、
トラブルが起きてから、仕方がなかった、私は悪くない、問題は○○だ、と
責任回避を図るのか?
先ずは自分がリスク管理の為に危機意識を持ち、仕方ないと諦める前に
知恵を磨き、硬軟含めた対処を、一通り想定しておく必要があるのでは無いか…
考えてみれば、子育てのみならず、国防や国家存続の為の展望も、
災害対策、日常生活、人生一般に言える事と思いました。
不幸なトラブルに、必要以上に怯えるのは愚かしいと思いますが、
危機があることを認識し、警戒心を持っておくことは、
如何に利器が発達しようとも、忘れてはいけない事と思いました。
寧ろ利器の発達の為に、新たなリスクが産まれる可能性もある事も。
ニセただしさん!!
【しゃべらせてクリ】のMVP受賞、おめでたまきーーん☆☆☆☆
超絶嬉しいです!!o(^o^)o
5連ネタは、過去に私もトライしたことがあります。
めちゃくちゃ労力と時間を使いました。
今週MVPを勝ち取ったあのネタは、
ニセただしさんの「アイデア」と「努力」と「人柄」の勝利ですね♪♪
実は私、今回なかなか自分の名前が呼ばれなかったから
「・・・もしかしてMVP?」と期待していました。
超絶悔しいです!!。゚(゚´Д`゚)゚。
・・・・・・・そうか。しまったなぁ~、失敗したなぁ~。
ニセただしさんがライジングへの参加を辞めようと仰ったときに、
引き止めるんじゃなかったなぁ(←この発言、人間のクズですねww)
ニセただしさん、MVP受賞、おめでとうございます (⌒▽⌒)
今晩は。配信、楽しみにしていました♪
今回のベビーシッターの事件、乙武さんとムネオさんの間でも論争になっていますね(2人とも子持ち)。(関係ないけど、私、ムネオさんのことキライ)
私も子持ちですが、ネットで探したシッターさんに預けるというのは確かに驚きました。私なら不安で利用できないと思います。大抵の方は心配でしょうね、まさか殺されるとまでは思わないだろうけど。(私は家族がいるし、近くに親戚も友人もいるし、いざとなればご近所もあるので、心底困ったことはありません)
シッターさんに限らず、保育園でも託児所でも、何らかの事故が起きる可能性はあります。数回会って「大丈夫そう」と思った人でも大丈夫ではないかもしれない。
ただ、ネットで安易に頼むというのは、やはり軽率ではないかと思います。この点が今回最も重要な点ではないでしょうか。特に、「預かってもらう」のは、大事な子どもなのですから。
子育てはひとりではできないと思うな~、私。やはり子どもを産もうと思ったら、環境を整える必要がありますよね。シングルマザーでも、両親や兄弟や友人知人がいる場所に引っ越すとか。(うちの近所でも、都会で子どもを産んでから、両親を頼って帰って来た人がいる。。)
私、この事件があるまで、ネットでシッターが頼めるなんて知りませんでした。ビックリした~~。
亡くなった子どもさんのお母さまを責める気持ちは私には全くありませんが(他人に責められる筋合いはない)、今回の件で、お気楽に「ネットでシッターさんを探してみよう~」などと思う人が減ることを願います。
Vol.79の配信、ありがとうございました。
今号のゴー宣での、子育て処方箋、ありがたく頂戴致しました。危機管理という意味では、国際関係ともよく似ていますね。個人も国も、仮想的なネット内弁慶でなく、普段から周囲とリアルな信頼関係を築いておくことが如何に重要かがよく分かります。ネットも含めて、便利ツールや技術は、概して人間を怠惰にさせ思考力を蝕みますね。あえて一手間かける生き方が、今後重要になってくるのかも知れません。
拙者は「ベビーシッター」と聞くと、映画「ゆりかごを揺らす手」(は世界を支配する手)を思い出し、もう語感だけでも恐怖を感じます...もし、あんなセクシー美人ベビーシッターが目の前に現れたら、木蘭流男墜術をかけられなくとも、間違いなく瞬殺され、家庭崩壊一直線です。あな、おそろしや〜。
トッキーさんの「よしりん漫画宝庫」で紹介された「学園Z(絶人)」、「匿名の正義」というモチーフが、はるか昔に描かれていたことに驚愕です。小林先生の作品は、今も昔も無限に味が出てくる不朽の名作ばかりですね。トッキーさんも色々忙しいと思いますが、これからも作品を紹介し続けて下さい!
あと、最初のコマに、ひっそり佇んでいる「匿名かましてよかですか?」にウケました。ひょっとして、いまのキメ台詞「〜してよかですか?」の初出なのでしょうか? 歴史を感じます。
小林先生が無償で公開・連載して下さっている「村山談話・河野談話に未来はあるか?」で勉強させてもらっています。戦争論の頃に授かった武器が、日々アップデートされて我々末端兵士に支給されるような気持ちです。お忙しいところ、いつもありがとうございます。
みなぼん編集長さま
レモンは酸っぱいのですが、ヒリヒリするようなきつい酸味ではなく、むしろ甘ぁ〜い酸味でしたよ。地元の人によると、外皮を食べるのがツウだそうです。
>>1
宏美さん、鬼のように早いっ‼︎
グレイシーがマウントを返すよりも早いっ‼︎
マッハだ、マッハの速さだっ‼︎
今回のゴー宣も胸に突き刺さりました。
物事を浅く捉えて、さくさくっと軽く考え、すわりのよい解答を適当に見繕って、その場をやり過ごしてしまっては知恵もつかないし、臓腑に覚悟も宿らないなと、ゆるんだ褌を締め直すが如く気持ちを引き締めつつ、思考を深化させてゆかねば。
感銘を受けた本の一節。
「概念くだきという言葉があります。わかったつもりになっていることを問いなおし、自分の実感・事実に照らし合わせ、具体的にどういうことなのかよく考え自分でその概念を再構築していく、という意味で使われます。」
思想をしてゆく、生活をしてゆくというのは概念くだきをしてゆくということなのだと思います。
ネット空間に嵌り込んだ者は簡便にネットの情報を仕入れることで物事を分かったつもりになって、実感を伴わぬ全能感に酔い痴れ、居丈高に誰彼構わず因縁を吹っかけるネット内チンピラとなり、議論もどきを仕掛けて他人をやり込めた気になったり、社会的弱者を迫害して追い詰めたりすることで実生活のショボイ自分の憂さを晴らしているのでしょう。
ネトウヨの類いがそうですね。
そのような醜態を晒す者を見るにつけ、たとえ回り道を歩くことになろうとも概念くだきをし、じっくり自分を見つめ直し、客観視して、実感の伴った想いを育み、前へ進んでゆかねばならないなと痛感します。
その本にはこんな言葉もあります。
「自分の生活を見つめて具体的に表現しなさい。他人の受け売りや抽象的な言葉を並べてわかったつもりになってはいけない。人や自然の持つ豊かさを五感で感じとり、それを言葉で表現してみなさい。」
ネット空間と実生活を溶解させてしまった人は便利さや気楽さに溺れて、一つ一つ努力や労力を費やして積み上げてゆく信頼や信用を五感で感じ取ることが出来ず、液晶に浮かぶ文言を鵜呑みにし、信頼と信用さえも金で買えるものであると錯誤して、銭さえ支払えば見知らぬ誰であろうと信頼出来るものであると錯覚してしまうのかもしれません。
それぞれがお互いに五感で感じ取った想いを、言葉で深く表現し、何度も会話を重ねて、しっかりとした人間関係を築いていきたいものです。
それって、げっつい面倒臭いけど、でも面倒を取り除いた人生って淡白で退屈だから、面倒ぐらいがちょうどいいね。
子供ってば、煩わしいからこそ可愛い。
うちの絨毯を菓子まみれにして、小癪な笑い声をあげる邪悪な猿でも可愛いし。
子供って自活が先ず出来ないと言う客観的事実から考えても、
例え近隣の住民さんや或いは親族の方々で有っても、
中々預かって頂いたり、と言うのは難しいのだと、今号のゴー宣で改めて思い知らされましたね、信頼関係を結ぶ難しさは、普段から感じては居るつもりでしたが、
やはりこう言う具体例が無いと、中々確認する事は出来ないものだと思いましたね。
ネットが無ければどうするの?と言う問いかけは、私ら料理人にも突き刺さる事です。
ネットで気軽に狭い側面から得た「情報」を、
知識とするのも、それを活かすのも、やはり自分自身だと思う次第です。
おばあちゃんの知恵なんて事を今更ながら思い出してしまいます、
配信ありがとうございました。
エレベーターのドアが開いたら、小さい女の子が一人で立っているというシチュエーション、びっくりしますよね。
僕だったら岸端さんのように「まず1階に行こう」と考えず、店員に「この子、迷子なんです」と報告したと思います。
女の子が無事、母親に会えて良かったと「編集後記」を読んでホッとしました。
小林先生の公式サイトも見ましたが、SKEの「未来とは」4タイプ全て購入されたんですね。僕はスチャダラパー・Boseとコラボした曲が聴きたかったので、Type-Bを購入しました。
「未来とは」ですが、僕と同じ道産子の東李苑が選抜に入ったので、僕の中で思い入れが強い曲になりました。ちなみにAKBグループの道産子は、チームB・川本紗矢と2人だけなので、なおさらです。
あとDVDに収録されていたナゴヤドーム版の「未来とは」ですが、あれ逆回転だったんですね。聞いててなんか変だったので、もしかして不良品なのかな、と勘違いしていました。あ~恥ずかし~!!
PS:本日、NMBの新曲「高嶺の林檎」買いました。30日にはチームNの「ここにだって天使がいる」公演のCDも発売されるので、楽しみです。
よしりん先生、今回のライジングはとてもビビビときました。
『だがわしは、そもそもネットがなかったらどうするのだと再度問いたい』
これは凄い指摘です。
ワイドショーでつまらぬ擁護をするコメンテーターに聞かせてあげたい!
ネットでのベビーシッター仲介は規制すべきで
母親を擁護する事によってネット仲介を肯定すべきでない、
危険だと思っていたので本当に衝撃的な指摘でした。
近代合理主義によって私たちが無自覚に奪われている
可能性みたいなものを直感した気がします。
配信お疲れ様です。
子育てにネットを利用しなければならないとしても、
我が身とわが子を守る為に、何を抑えて置くべきなのかが
大事ですね。 その上で政治を監視していく必要があります。
あと子供の安全、という点ではやはり地方に分がありますね。
顔が割れているわけですから、犯罪抑制にもつながりますし。
今回のゴー宣で「ネットがなければどうするの?」と問われていましたが、
今現在ネットが当たり前のインフラとして機能している以上、
上手く付き合って行くしか無いと思います。
私だって「しゃべらせてクリ!」のネタをネットから探す事もありますからね。
まぁネタの為に本を購入する、というのも悪くはありませんが何分ウチの本棚は
殆どゴー宣関連で埋まってしまっているので・・・・。
>鷲音茂吉さん
良いこと言うじゃないですか、無理に戯けて卑下するよりも余程素晴らしい。
尖ったこと言える下地は無い、と言いましたが撤回しますよ。
岸端編集長、小林師範、時浦師範代、今週も配信をありがとうございます。明日の「よしりんに聞いてみよ」は楽しみにしています。
ベビーシッター事件は私の周りでは例外なく「馬鹿な親の責任」で一致しています。とはいっても、ほとんどが50歳代以上なので20~30歳代の知人たちの意見はどうなのか今後、聞いてみることにします。今回の被害者も加害者も20歳代とのことですが、おそらく親や保護者は40~50歳代と思われますが、この時期に保護者が精神上不安定であると被害者である親となった20歳代の子も精神上、相当に不安定であり、共同体はおろか、正常で落ち着いて行動がとれないのではと思うのです。現代において頼れる共同体とは家族だけであり、親戚からしてもう完全に宛にならないという家庭も少なくありません。これで親まで頼れないとなると、もはや人を信頼すること自体不可能となると言っていいでしょう。
ここで「一人でいても寂しくない人間」になれるならばまだ、なんとか自我を保って自分で抜け道を自力で見つけていくこともできるのでしょうが、現在は異常なまでに恋愛至上主義、そして友情至上主義が所々に蔓延っていて、これら至上主義が多数を無条件で善とする絶対的民主主義と直結しています。要するに、友達、恋人、または伴侶がいない人はそれだけで無職と同じく落ちぶれた人と周囲から見なされてしまいがちなのです。このような状況に晒されると他人は煩わしい反面、その煩わしさを交し、すこしでも紛らわすために態々ネットを使ってまで話し相手を求め、友達と呼べる人を見つけ出そうとするわけです。このネットで友達を見つけることで友情至上主義や恋愛至上主義にいくらか適った行動をしていると錯覚することでいよいよ、ネットから離れられなくなり、結果としてネットの話題に必死についていくこととなり、ネットの情報に自分が操られてしまう結果となってしまうわけです。
今回のライジングで考えさせられたことは、近代化によって個人主義が蔓延する中、人として孤独に耐えられる人はほんの少数であり、また、日本人は森羅万象に神が宿るという風土で文化、文明が育まれてきたことから、自然を含む自我を意識した精神性を養わない限り、近代社会を含む個人主義の中で個を育み、保つことはこの上ない困難なこととなるでしょう。幼い時に密教の寺で一時をすごし、滝に打たれたり、山中を駆け巡った小林師範や修験者か、修験者に類似した経験をして自然という空間の中に存在する、自我を意識しない限りは、ネットという代物の情報やその時々の雰囲気に流されてベビーシッター事件のような事態は絶え間なく繰り返されていくでしょう。そうならないためにもまず、政府や自治体を批判する前に、自分たち、一人一人が思考し、日本に住む日本人としての自我と個について考えていく必要があると思います。小林師範に向けて「代替案をだせ」と言った人も結局は自分で思考を止めて、他人に提案を求める、個の弱い部分の表れでもあるのでしょう。また、大沢氏に「金持ち」と罵倒した人も「金があればすべて解決する」としか考えられない思考の乏しい人々だからこそ、我が國の歴史や風土から教訓や参考を得て思考することもせずにその場しのぎの雰囲気だけで言葉を発しているとしか思えません。もし、歴史や風土を知識だけではなく、日常の習慣などの行動にて体得していればベビーシッター事件の異常性をすぐに察知していたはずですし、被害者の行為を責めた所で「炎上」など絶対に起きないはずなのです。
大沢氏を「金持ち」と罵倒した人がもし、お金があったとしてもベビーシッター事件の被害者と同じ立場であったならば同じ行動を起こしていたことでしょう。なぜならば、低所得者や友人、恋人がいない人々など、劣等感を持っている人たちや低学歴者などの集まる場所では高額な消費をすると吊るし上げられてしまうからです。これはいくらお金を持っていても同じで、資金の所有問わず、貨幣の消費も効率性だけが求められ、安い消費であればあるほど称賛されるからなのです。この結果、消費をベビーシッターを例にとれば、比較的に高額なベビーシッターなど頼もうものなら効率の悪い金の使い方をしたと悪評が広まり、それだけで仲間外れにされてしまうのです。また、誰にも比較的に高額とされるベビーシッターに頼んで、誰にも話さなくとも、後ろめたさや罪悪感、そして知れ渡ることによって仲間外れにされてしまうという恐れなどから精神的に負担が重なり、結果として金銭があっても何度も比較的に高額なベビーシッターを精神的に頼めなくなってしまうのです。
今回のライジングで思い当たったことは、我が國は友情至上主義、恋愛至上主義、そして金銭高効率主義が人々の心を支配したうえに多数を善とする絶対民主主義が成立しているということです。このような主義が人々を支配している限り、いくら国が改善を図ろうとも多数とされる人々の心がこれら改善を改善と見抜けずに妨げようとして改善には絶対に向かわないでしょうし、安倍氏の自民党政権も金銭高効率主義、あるいは友情至上主義が人の心を支配している限り、人気の急落もあり得ないし、ネトウヨ、ネトバカや自称保守が安倍氏を支援し続けるのではないのかと思います。
今回、ライジングで取り上げたベビーシッター事件は我が國の人々の心を支配している友情至上主義、恋愛至上主義、そして金銭高効率主義から、如何に脱却していくかというこれからの課題を思い浮かばせる事件でした。
友情至上主義、恋愛至上主義、そして金銭高効率主義からの脱却が伝統回帰への道となる
岸端編集長 レモンでもいろいろな種類がありまして、食べられるレモンも季節限定で僅かですが生産されたものが東京都内の青果物屋で市販されています。食べるとムンクの叫びどころか味がレモンの酸味と蜜柑の甘味が程よく合わさっていて、体調が悪く、胃の弱った時や二日酔い、または熱を出して風邪をひいたときに食べると思わず笑顔になるほどです。朝にオレンジの代わりに食べると目覚めもいいし、胃も活性化するので、重宝しています。値段もデコポンの半額だったりしますし、レモンも侮れません。
ニセただしさん、しゃべくりMVP獲得おめでとうございます。私も自分の方針を変えずに投稿を続けますのでよろしくお願いします。茶魔って全国の方言を喋ることが出来るんですね。江戸弁なべらんめぇ口調で喋る茶魔を見てみたい。
先週のライジングコメント欄はまた書き込み数が異様にのびているようでしたが
ベビーシッター問題になっていたのですね。
わたしはあまりちゃんとテレビを見てなかったので間違ってるかもしれませんが
たしか、死んだ子供が茶髪だっような気がして
あー、これはバカな親の話だなと瞬時に思ったのですが
これは差別でしょうか(笑)
頭が固い、保守言論人みたいな意見なのでしょうか?(笑)
母親のインタビューも、音声しか聞いてませんが
まるっきりバカっぽい女の感じが丸出しで、ダメだこりゃ!
と思ってしまいました。
バカは免許も取れないし仕事にも就けないのが普通なのに
子供だけは作れるというのはおかしいのではないでしょうか。
バカにだって自由に子供を作る権利がある!
と本当に言えるのでしょうか?
セックスもしていい人と悪い人に分けて
警察が管理してはどうでしょう?
今回に限らず、虐待とかの話を聞く度に頭に来ます。
バカには親になることを遠慮してもらいましょう。
よしりん先生の着眼力の非凡さに、今更ながらボコボコに打ちのめされた感じです。
「ネットがなかったらどうするのだろう?」という疑問は、シンプルなだけに、問題の本質を鋭く抉っていると思いました。
困った時のために、普段から近所付き合いをしっかりやっておくのは、おそらく私の母親の世代(60代)以上の人には当たり前のことだったと思います。
味噌や醤油の貸し借りから、子守りから、なんでもご近所同士でやっていたと言う話を幼い頃、母や祖父母からよく聞きました。
今の感覚からすると、相互扶助だったり助け合いだったりというシステムが地域共同体の中で上手く機能していたんだなと感心してしまいますが、当時の感覚からすれば、そうするのが当たり前で、互いに助け合っていたなんて感覚すらなかったのかもしれません。「お互い様」という言葉がありますが良くいったものだと思います。
今回の事件を受けて、かつて日本にあった世間は、地域共同体内での相互扶助によって、個人世帯のリスクがうまく分散されていた社会だったんだと過去の日本の良さを再発見できました。
子育ては楽じゃないとは、よく親の口から聞きましたが、金を稼ぐだけでなく、いよいよ困った時に子供の命だけは救えるようにと、普段から細やかな人間関係を構築するところも含めてやっておくということだったんだと、今回のライジングを読んで思いました。
親の子に対する愛情の深さ、思慮深さに改めて感謝です。
よしりん先生を普通の人間の尺度で計ることの愚かさは重々分かっているつもりですが、にしても、子育ての経験がないはずのよしりん先生は、どうして、ここまで深く子育てについて考えることができるのかと、不思議に思わずにはおられませんでした。
高森ウィンドウズの「少子化の原因はエロ動画の普及?」ではないですが、ネットで夜のおかずを探すくらいなら可愛いですが、ベビーシッターを探すことがどれほどハイリスクで無責任な行為かということを思い知らされました。
正直、今回のライジングを読むまでは、シングルマザーがネットでベビーシッターを探すのも、已む無しかと思っていましたが、全く甘かったです。
子を育てるためなら、やれることは何でもやる、予め必要と思われることは先手を打っておく。
これらの強かさも含め、親になるにはそういう心構えが必要不可欠であることを肝に銘じておきます。
小林先生の言う通りこの事件の母親は馬鹿かもしれませんが、泣き寝入りしないでほしいです。
自分が間違ってたことと、子供が殺されたことを結びつけて考えたら絶対にだめです。
ネットを通じて子供を人に預けたことは、道義的に責められるべきことであっても、法律に違反する行為ではないでしょう。
自分では裁判を戦えなくても、洋食屋masaさんのように必死になって探せば強い弁護士がみつかると思います。
先生の今回おっしゃりたいことは、まさに「ザ・常識」というやつでしょう。
確かに個人個人いろんな事情はあるでしょう。社会制度に不備もあるでしょう。政治家や官僚が怠慢なところもあるでしょう。
しかし、自分や自分の家族はたとえ国に見放されようと自分で守るという気概が必要です。
そうすると普段からいろいろ知恵を働かせ、どうすれば家族を守れるかを考え、実際に守っていけるようになると思います。
この母親と同じような立場の方がこの母親に同情する気持ちは分からなくもないですが、やはり先生のご発言内容の方が“常識的に”優れていると思います。」
日本の宝である子供が見ず知らずのやつに殺されてるねんぞ!!他人事のように振舞わず、犯人と母親にもっと怒りをこみ上げるべきや!!
ゴー宣道場の先生のブログにあるように、ネットの中での他人との絆なんて信用ならないですよね。
私もそう思います。
ネット上で他人とやりとりすることもありますが、それは所詮ネット上のみの関係で、現実とは完全に切り離された世界だと思います。〔じゃあ今書いてるこれは何なんだと思いましたがスルーします(笑)〕
そうです、「ネットと現実は完全に切り離された世界」なんですよね。そこを今一度認識しないといけない。今回の事件も現実で信頼できる人に依頼しなければならないのにそれをネットに頼ったのが原因だと思います。
そうじゃないとこういった事件はまた発生するでしょう。
私の周りには「ネットが悪い」という意見が多かったのですが、ネットも道具のひとつとして、うまく使う方法があったのでは?と思っていました。ネットは危険な面もあり、慎重に使うべきですが、知らない情報に気付けるとか、良い面もあるのではないかと。でも、その「うまく使う」ということが難しいのかもしれません。
そして、なにより、ネットは最初に選ぶ手段ではなく、現実世界で本当に頼る術が見当たらない時に、手段のひとつとして使うものかなと、ここ数日思っていました。ネットを使うにしても、それを出会いのきっかけにして、そこからは現実の付き合いに繋げ、個人同士で信頼を作ってから、預けるという順番になると思うので、結局は現実世界と同じ努力が要りますよね。ネットで簡単に信頼が手に入ると思ってはいけませんね。
今回もいろいろ考えるきっかけになりました。思考停止してしまうことが一番怖いですね。ありがとうございました。
私は今住んでる所で、共同体とまではいかなくても、小さな信頼関係が作れたらいいなと思ってるのですが、なかなかうまくいきません。近所の人に挨拶をしても無視されますし、雪の時も家の手前の60mくらいの坂道を誰も雪かきしないので、いつもひとりで雪かきします。こういうところで、子育てはできそうにないです。
一方、私の田舎では、良い形で共同体が残っているので、なんとなく子育てをやっていけそうな想像ができます。年齢的にリミット間近ですが、もし産み育てるなら田舎という選択になりそうです。
赦すまじは、犯人の蛮行なのでは?と思います。
ややもすると、未成年者掠取が後を絶たないので地上波並びに書店からしずかちゃんのパンチラを規制せよという話に繋がりますが、如何でしょうか?
ネットは魑魅魍魎だから用心して掛かれというリテラシー教育を施すのか、それとも18歳未満のネット禁止若しくは成年でも単純所持規制のように全体として圧力をかけるか、どうすれば一人でも多くの被害者を減らせましょうか?
>>13
りっくんさん。
所謂出来婚は女の計算によるものもありますよ。
結婚に踏み切れない男に圧力かけたりしますよね。
芸能人だからこそ、人倫に悖る行為(人工妊娠中絶)は出来ないわけで、オリラジのメガネの方が一時期そういう咎で責められた事ありましたよね。
ハライチの澤部は結婚に踏み切りましたが。
オールスター感謝祭でたけしが誰とも名指しをしませんでしたが、「彼」に対して当てこすったネタを披露した事ありましたよね。
これ、「家の縛りがきつい時代」だったら妊娠させてしまった女に堕ろせと言われますよね。メガネの方は事務所とか仕事でしょうけれど。
ちょっと前の、世間や家が強くて愛を育んでも赤ちゃんとともに潰される時代が良かったのか、それとも今のように恋愛は自由だが家の縛りはそうでもないという時代が良いのか、結果的に子供が邪魔のように感じられて(子供が家庭生活のネックとなってますよね)しまってますが、私としては針を逆に戻せないので、孤立した母親に対してやっぱりもうちょっと政治が何とかしなければいけないなと思います。
子供は国の宝なのであり、子供から未来を託されているのですから。
>>29
そぽろさん。
極論ですね。
私も究極的には「警察が管理」したほうが良いんじゃないかと思ってますよ(笑)
警察だって究極的には市民や国民を「家畜化」したい訳でしょう。
民事不介入なのに市民は自分のめんどくさい事をすべて警察に丸投げしようとしてますし、そしてこういうシングルの母親達に冷水ぶっ掛けるような風潮を作らせて「生贄」にさせて「治安維持」を図る訳ですから。
虐待を止められなかったとは言いますが、周り近所のみんなが無関心だからでしょう。
何かにつけて警察は行動を開始しますからね。
もうネット規制の準備はは始まってるんじゃないんでしょうかね?
>>36
トースローさん。
そぽろさんはそういう皮肉を込めて言ったのではないかと思いますよ。
配信ありがとうございます。
<ゴー宣の感想>
私は一人暮らしの男ですが、友人や近所に住んでいる顔見知りの人などから子守を頼まれたとしたら、予定さえ合えば快諾します。事前に依頼しておいてくれるなら予定を子守のために空けておいてもいいくらいです。乳児だった姪の世話をした経験程度ですが、役に立てるなら嬉しいです。無償で引き受けましょう(笑)
ただ、隣に住んでるのに会っても挨拶しないような人(都内で一人暮らししているときにいました)の子の世話は、悪いけどイヤですね。ちょっと擦り傷でも作ったら慰謝料請求されたりしないか、とか考えてしまいます。
近所の子供好き、友人、親戚、いざというときに頼れる・信用できる人を普段の人付き合いで作っておくこと、それだけでなく知恵を絞ること…そうしたことを「面倒」と避けて安易に走った結果が今回の事件なのですね。
<編集後記の感想>
ママの立場で考えてみました。
上の子を乗せ、ベビーカーを押して乗ろうとしていたところでエレベーターが行ってしまった…
焦りつつ、再度ボタンを押して待っていたら、エレベーターが戻ってきた。
ドアが開くと、上の子と一緒に「小林よしのり」が乗っている!!
…私なら腰を抜かします(笑)
家畜化って、詰まるところは反知性主義であると思います。
臆病な市民が何でも警察に頼るから、家庭生活までも警察に介入してもらいましょうという結果になるのだと思います。
よくDV夫が怖いとか言われますが、それではなんで奥さんは夫の暴力性を見抜けずに結婚なんかしてしまったんでしょうかね?
草食男子と結婚した方が家庭生活は円満なんじゃないんでしょうか?
こうしたそもそも論が聞かれないのも変な話ですよね。
このお母さんは優先順位が間違っていたんですよね。子供をいかに一人前に育て上げるかを最優先に考えれば決してネットで探した見ず知らずの男に子供を預けたりできないはず。仕事より、お金より、自分の命より子供の命を優先するのが親だと思います。横断歩道を子供の手も引かずに先に渡ってしまう親を時々見かけますが、乳幼児の事件事故は殆どが親の不注意と愛情の欠如が原因だと思います。
もう分かってると思いますが、赤ん坊や子供は突然泣く、喚く、叫ぶ、暴れる、物を壊す、何か変なものを口に入れて飲み込む、おしっこ漏らす、突然吐く、熱を出す、我儘を言うですから、何仕出かすか分からないですからね。
育児ノイローゼにならないというのが珍しいくらいですよ。
自分達でどうにだって(子供や大人を)管理するというのが本当は不可能に近いんじゃないんでしょうか?
子供はひとりでは育てられません。絶対に周りの人達の助けが必要ですし、片親ならなおさらです。
他人との繋がりが薄く、共同体が崩壊した都会では、安易にネットに頼ってしまう母親もいるのでしょう。しかし、だからといって見ず知らずの他人に子供を預けてしまうのは、あまりにも軽率で愚かな行為だと思います。まず、ネットに頼る前に行政を頼るべきです。僕の住む自治体は、子育て支援を行っており、育児に悩むお母さん方への相談や託児ボランティアなどがありますし、調べてみたら、被害にあった母親が住む横浜市も子育て支援を行っていました。
安易にネットでベビーシッターを探す前に、行政に相談しに行くべきです。
誰にも頼ることのできないシングルマザーなら、尚更です。
今週も配信有難うございますm(__)m
ネットの情報は見なければこの世にないも同じ、所詮、幻想だと思わなければいけないと思います。
しかし、行政までがホームページに情報を登載することで情報公開の義務を果したかのような「雰囲気」を作っている現状は、やはり異常と言って良いと思います。
そんな行政に期待ができるかは別にして、やはり、ネット利用に関する教育が重要だと思います。
人は社会に生きる動物で、動物は必ず死ぬということすら忘れ去られているのではないでしょうか。
配信お疲れ様です。今年本厄にも関わらず未婚で独り身の人間から見た感想になりますが・・・
今回の埼玉の事件、最初に聞いた時からよしりん先生や大沢あかねと同じように「ネットでそんなの頼むか普通?」って考えでそれは今でも変わってはいませんが、思うに小保方晴子さんの問題がそうであったように、またネトウヨがそうであるように今の世間が「ネット信仰」というものに毒され過ぎなのではないかという気がします。
私自身もアマゾン・楽天・セブンネット等のネット通販でよく買い物(といっても9割は本かDVDですが)しますし旅行する際も楽天トラベルとかで予約したりしますが、たまにライジングで取り上げられるようにレビューもいい加減なのが多いですし買ってみて(または行ってみて)がっかりするケースもよくあります。おそらく今回犠牲になった子供の母親もそんな感覚で犯人に依頼したのだと思いますが、ネットという場でこういうのもなんですけど「所詮ネットなんて取っ掛かりに過ぎないモノ」って感性を持つことが大事なのではないですかね。
また「そもそも論」が最近あまり語られないというのも問題ですね。このライジングやよしりん先生のブログで原発問題を取り上げられる際に話題になるテレ朝「モーニングバード」の玉川徹氏のコーナーのタイトルが「そもそも総研・たまぺディア」というタイトル名で確かに玉川氏が「そもそも論」から探っていくコーナーで非常によくできたコーナーだと思って見てますが、こういう「そもそも論」を語っていくのも大切なのかもしれませんね。
トースローさん
成績が悪ければ資格が与えられないのはなんでもそうで
それを排外主義は言えません
アメリカの映画を見ていると、この人に親の資格があるのかどうかという審査を
神経質なほどやって、引き離されるようなドラマが良くあります
人間の三大欲求なのでセックスの自由までは仕方なく認めてもいいですが
バカがどんどんセックスして社会的な受け皿でその子供たちを育てるのも限度があるでしょうから
やっぱりセックスにも資格が必要と思います!
すでに、18歳以下の人間とのセックスは禁じられていますが、
要するにそれは18才以下がバカだからです。
昔は親や世間がそういう個々人のバカさを判断して
本人の人生に歯止めをかけたりもしていたのかもしれませんが
そういうものが無い時代なら警察が取り締まるしかないと思います(笑)
こんにちは。今週のゴー宣はいつにもまして反響が大きいですね。私もいろいろと考えました。よしりん先生が、「信用できる人との繋がりを、普段から作っておかねばならない。」と言われましたが、そのことの重要さが本当によくわかります。
私には4歳の娘が一人いて、妻は専業主婦、そして妻の実家が車で5分のところにあるという、非常に恵まれた環境におります。ですので、どうしても他人に子供預けなければいけないという状況はほぼ生まれません。しかしそのような環境にあっても、「信用できる人との繋がりを、普段から作っておかねばならない」というのは痛切に感じます。
子供を持って、子供というのは自分だけのものではないということを感じました。家庭の中で、社会の中で育まれる存在であるといことを感じました。理屈はわかりませんが、そう感じたのです。
私の住んでいる団地ではお年寄りが多いですが、娘を連れて歩いていると、特に年配の女性からは高い確率で話しかけられます。「かわいいですね」、「今いくつなの」というように。親として、子供のことは常に心配です。ちゃんと成長できるだろうか、事故や犯罪に合うことなく安全に暮らせるだろうか、取り越し苦労のようなことを常に考えています。
そんなときに、年配の方から優しく声をかけられるだけで、どれほど心安らぐかわかりません。こうやって子供を見守り、関心を寄せてくれる人が身近にいるんだと思うだけで、本当に救われる気持ちになります。子供というのは親だけで育てられない、いろいろな人たちとのつながりのなかで成長する存在であると感じます。
そのような人とのつながりが身近になく、ネットに頼ってしまうというのは、本当に残念なことです。
親は子供を守らなければなりません。子育てをするためにいろいろな選択をしますが、子供の安全を優先して考えるということは当然のことです。それなのに、ネットの危険性を予測できない、あるいは軽視してしまうということは、子供を守る親の務めをしっかりと果たしていないことになるでしょう。
たとえば、危険な出会い系サイトを子供に利用してほしくないと多くの親は思うでしょう。それが子供にとって危険であるとわかっているし、犯罪にまきこまれる可能性は高くないかもしれないけど、でもそのような危険性があるということを知っているから、親は子供に対して注意したり、何らかの対策をこうじるはずです。
このマッチングサイトについても、同じようなことが言えると思います。多くのベビーシッターはちゃんと仕事をするかもしれません。しかしある意味不特定多数が存在する中で、子供に危害を加える人がいる恐れがあるということは、親であれば当たり前のように感じる必要があると思います。
私もこの事件があるまでネットのこのようなサービスを知りませんでしたが、あまりにもネットであらゆるサービスが利用できるので、ネットの危険性に対して鈍感になっているように思います。人との信頼関係がどのように築かれるか、実体験によって体得していれば、ネットの危険性には自然に気づくことができると思います。
よしりん先生が「子供を産み育てる母親は、国や行政は当てにしない、自力で育ててみせると覚悟して、人との信用を築くべきなのだ」と言われていましたが、本当に素晴らしい言葉だと思います。「自力で育てる」ことと、「人との信用を築く」ことは、相反することではなく、両立させるべきことなんだと学びました。
私自身、子供を育てるにあたって、あらためて人との信頼関係を大切にしたいと思いました。
配信ありがとうございます。
そろそろ結婚と出産について真剣に検討するタイミングに差し掛かっている私にとって、今回のテーマは非常に身に染みるものでした。
子育ての環境への不安から子を持つことになかなか踏み切れないのですが、そもそも行政やネットを介してのバックアップを最初に検討していることが間違いでしたね。
ご近所や友人・親類などの人間関係が希薄な暮らしに慣れすぎて、それを築いていく努力をまったく怠っていたと痛感した次第です。
高校を卒業して田舎から上京して以来、ネット社会の恩恵をふんだんに受けつつ、就職してからはグローバル化の波に乗ろうとキャリア形成を最優先とする。私は30代前半ですが、同世代ではそういった生活スタイルにすっかり染まってしまっている人が多いように思えます。私もそうですし私の周囲を見ても。
まずはこの意識を変えるところから始めないと、いつまでも不安にさらされ続け子を持つ覚悟も定まらないのだろうと感じました。
ところでこのライジングコメント欄、様々な意見が飛び交ったり歌遊びがあったりいつも拝見するのを楽しみにしています。
深い知見や洞察から、さすがゴー宣読者は思想している方が多いなと。
しかし今回はなんだか地に足のつかない極論が散見されますね。そこらのネット掲示板あたりでやっていれば十分、議論する価値もないでしょう。
ィヤッホゥ!!
(ノ`▽´)ノ♪
超絶嬉しいです!!
(Τ□Τ)♪
>>9
諫議大夫さん、どうもありがとう♪
ヾ(*´∇`*)ノ
>>28
magomeさん、茶魔は案外、器用なのかも
(〃^ー^〃)
影響受け易いのかな
(;O;)
どうもありがとう♪
>>16
カレー千衛兵さん、あそこでしたね、まさに…
(´-ω-`)
ふっふっふ♪
Ψ( ̄∇ ̄)Ψ
私は、『呼ばれないな…。呼ばれないな…。』と思いながら読んでて、元坂口さん、カレーせんべいさんと連作が続いた時、『もうダメだ。』と思い、一旦切って仕事へ行きました。
ε=ε=┏( TДT)┛
どうもありがとう、カレーさん♪
コメント、爆笑させて頂きましたよ
( ^∀^)♪
御三人さんのコメント、とても嬉しかったです。
ヽ(´▽`)/
今、増税前の駆け込み消費の為、仕事がメッチャ忙しく、今、寝酒を飲んでいて…、ロクな事が書けなく…。
みなぼん編集長、トッキー所長、小林先生、選んで頂き、ありがとうございました。
失礼致しました。
子供を授かったら、これまでの自分と決別しないといけない覚悟というのがあります。
地域共同体の崩壊のせいなのか、、年々親の保育力は低下していると言われているそうです。
まわりに子育て経験者がいないため、適切なアドバイスが得られない中で、母親が孤軍奮闘する状況が作られています。
そういう現代で子育てしていくには、地域が開催している子育てサロンや子育て支援センター、保育園の園庭解放に足繁く通って人間関係を構築していくよう努力していくしかないようです。
そうすることでママ友や保育士さんやボランティアのおばちゃんと知り合いになるし、精神的にも救われるし自分の育児のやり方もチェックできると思います。
小林よしのりライジングVol.79配信ありがとうございます。
今回のゴー宣。ベビーシッター事件を取り上げていただいて感謝です。
自分の中ですごい気になってて。初めてこの事件をニュースで聞いたとき「ネットで子供あずけるなんてありえへん」とすぐに思いました。僕はには4人の娘がいますが、この母親の行動はどうしても理解できませんでした。
しかし、もっと驚いたのは、この母親の責任をなかったことのように擁護する意見がネットで見られたことです。
私はこういう時にものすごく不安を感じます。なんか世の中おかしいぞって。
今回のゴー宣でその不安は少し解消できました。
ありがとうございました。
これからも頭ではなく自分の感性を信じたいと思います。
その確認作業をこのゴー宣でさせて頂きたいと思っています。
次回も楽しみにしています。
今号のゴー宣は全くその通り!と納得しました。
ネット上のマッチングサイトっていわゆる出会い系サイトと同じではないでしょうか。
そんなもので大事な子供を預けるベビーシッターを安易に見つけてしまうというのはやはり信じられないことです。
その母親に責任がないとはとても言えないでしょう。
子育てについてのきちんとした法整備や共同体でのサポート体制などが必要なのはわかりますが、それとこれとは別次元の問題だと思います。
ネットというのはあくまでも一つのツールであって、それをどう使うかというのは使う側の常識・良識によると思います。
通販程度であれば失敗してもいいやと思うのも勝手ですが、「子育て」に利用するにはやはりネットが入り口であったとしてもそれ以後は人としての常識・良識を適用しなければなりません。
子供を産み子供を育てるということはそれだけ責任をもって行う必要があると思います。私はまだ子供はいませんのでさらにその思いを強くしました。
そしてネット空間というのは空虚なものだと思います。身元どころか性別や本名すらもわからなくてもよい世界なのです。
今の世の中はネットがあまりにも当たり前に生活に入り込んでいるのでその区別がつかない人も増えてきているのではないでしょうか。
これからはさらにどんどんネットが身近になっていくでしょう、そのあたりの危機感、警戒心は常に持たないとヤバイ世の中になっちゃいそうです。
特に子供の頃からネット、スマホがあるのが当たり前になっている若者世代は今でも「危ないな」と思うことがありますから。
「ネットを(安全に)使いこなす」には「ネット以外のこと(人間関係など)を使いこなせる」ことが絶対に必要であると思いました。
このたびもガツンと来るメールマガジンをありがとうございます!
ベビーシッター事件、これが起こる前、ネットでは、簡単に「シッターに預けたらいい」という文言があったんですが
いまはさすがにいえない感じですね。
ベビーシッターというのは言葉の通り欧米のやりかたで、契約ががちがちにあるものだから、日本的な保育とはあわないのでは
と思います。
そして、欧米でも、問題が起こっている事柄だと感じています。
個人的には、自分以外の他者にわが子を預けるときには覚悟をします。
「最悪の状況になっても、それは自分(親)の責任」
それは子供の父親に預ける時にもです。
・・・へんなお母さんかもしれません(汗
会社でジュース飲みながらよしりん先生のブログを何気なく読んでいたら、本気で吹き出しそうになったムニダ!まったく同じ感想をもったムニダ!
遅れましたけども、
ニセただしさんMVPおめでとう御座います
そういえばしゃべクリ参加しててMVPなんて気にしたこと
無かったです。採用されるだけで満足だったもので・・・
こんなんじゃいけませんね。
本日26日(水曜日)現在、日曜日(30日)の天気予報は雨。余計なお節
介かもしれませんが、屋外でのスポーツ観戦並みの準備をしなければ、風邪
を引いてしまうのではないでしょうか。まだまだ肌寒い、寒暖の差が激しい
日々なので、体調を崩さぬよう気をつけて下さい。それとも記者席のような
、屋根に覆われた所で観賞されるのなら、要らぬ心配ですが。
みなぼんさ~ん、どうかよしりん先生を守って下さい。(笑)
今週もありがとうございます。
私はふと、昔見た90年代アメリカのB級ホラー映画「ガーディアン・森は泣いている」を思い出しました。ベビーシッターに化けた大木の化身(妖怪?)が、長寿を得るために子供をさらってしまうという内容だったと思います。今にして思うとこの映画、当時の親とベビーシッターのトラブルが背景にあり、安易に他人に自分の子供を預けることへの戒めではなかっただろうか?結末がグダグダな映画でしたが、今回のような事件があるとB級と笑えないと思いました。
またもグダグダなコメントですみません…。
ベビーのためにマザーを叱咤しながらも
真摯に発言するよしりん先生の姿勢に感動しました!
シッターを選ぶ心得を提示し、解説付きで紹介してくれる
なんてそうそういません。
よしりん先生の優しさが、特に今回は際立った
今号のゴー宣だと、わたしは思いました。
ベビーシッター問題は一筋縄ではいかないと思います。
”安きに流れる”風潮って、いまの日本に蔓延していませんか?
確かによしりん先生がおっしゃるように、被害児の母親は責任を果たしたとは言いがたいのでしょう。
しかし安月給で働き、蓄えもわずかな僕が同じ状況になったとき、ネットで安く預かってくれるシッターを見つけてしまったら・・・
普段ネットで本を買い、ネットでCDを買い、ネットで安い飲食店を探し、ネットで安いパックツアーを申し込む、などなどネットを活用するのが当たり前になりつつある我々が、この母親を批判していいものか。
とても悩みます。
鈴木宗男議員の発言は本当に頭にきました。あんた政治家だろ!!!
ベビーシッターの事件の件ですが、正直な気持ちとして、素性がわからない相手に自分の子供を預けるなんて信じられない!と思ったし、母親に対しても馬鹿じゃないかと思いましたよ。
確かに、母親の事情として、周りに頼れる人がいなかった。お金にも窮していたし、切羽詰まったあげく、ついついネットに頼ってしまって、ベビーシッターと名乗る相手の素性をきちんと確かめることなく預けてしまった。ということなんだけれども、しかし、やっぱりおかしかよ。なんでんかんでんネットに頼るという今の風潮は異常と思えるのですがどうでしょうか。私もね、この問題について、小林さんがライジングの中で「知恵」を出すべきだ。とおっしゃった意見には賛成だ。昨今、共同体が失われ、人と人とのつながりがなくなっていると言われて久しいが、しかし、人間一人では生きられない。やっぱりいざというとき、周りに一人でもいいから頼れる人、信頼のおける人を持とうとする何らかの努力と知恵が必要なのかもしれない。人とのつながりというのはこんな世の中でも努力すれば少しずつでも作ることができるもの。
あと、余談ですが、ベビーカーのことが問題になってますね。つくづく思うのですが、なぜ今時のお母さんは子供も背中にからうことをしないのか?見た目がおばさんくさいから?もちろん、幼い子供が二人以上いたらベビーカーを使うことも仕方がないと思いますが、以前はよく背中に幼子をからうお母さん当たり前のようにいたよ。しかも、そのほうが場所も取らず、子供にとっても安全だとおもうのだが。何で、今時のかぁーちゃんな背中に赤ちゃんばからわんとだろかち不思議におもうばい!
カレー千衛兵さんへ
しぃちゃんにお返事書きました(*^^*)
2つ前の記事のコメント欄です。
よろしくお願いします。
>>46
そぽろさん
バカは免許も就職もとれない、というのは今回の件と関係ないです。
じゃあどうやって生きていけばいいのでしょうか。あなたの書き方だとあなたの言う「バカ」は生きることすら否定されているように見えます。やっぱり排外主義と同質だと言わざるを得ない。
>>58
尻毛家さん
そぽろさんのコメントでは、「バカは免許もとれなくて仕事にも就けない」とあります。
バカ=成績が悪いと解釈できませんか?まあ成績が悪いというのは表現が稚拙だったと思いますが。
分別のつかない者という解釈は出来ないですね。
物事の分別がつかなくても免許は基準点に達すれば取れるしそれを活かせば仕事もあるでしょう。
そぽろさんのおっしゃることはわかります。しかし、免許も就職も今回の件と関係ない。
そういうところから差別って始まるのではないでしょうか?
東京23区内在住のシングルマザーです。
私は普段、あまり報道を見聞きしないため、この度の事件のことに
ついて詳しくは知らなかったので、今号のゴー宣を読んで一番驚い
たのは、このお母さんは以前にもネットによりシッターを利用したこと
があり、その際シッターによる子供への暴力という、これ以上ない
代償を払っておきながら、その後も同じような手順でシッターの手配
をしているということでした。ネットへの警戒心どころか、人として
生きるための最低限の防衛本能が欠如しているとしか思えません。
当然ですが、一番悪いのは子供を殺めた男です。でも、そういう
極悪人に、無意識にも、自ら近寄っていってしまい、おこるべくして
おこってしまった事件、というような気がしてなりません。
そんなえらそうに言っている私も、仕事もなく、子供を預けるところ
もない状態で出産しましたので(今は中小企業の正社員で、子供は
小学生)、私も親になる資格がない状態で親になったと言われて
しまうひとりなのかもしれません。
私は、この度の被害にあったお子さんのお母さんよりだいぶ上の
世代ですが、親戚付き合い、及び共同体には自ら入らないように
しているというか、拒絶しているところがあるような人間ですので、
今号のゴー宣、コメントには耳が痛いところが多々あります。
そんなダメ母な私ですが、たまたまというか偶然というか、幸運が
重なっているだけなのか、(今のところですが)子供は健やかに
成長しています。
私も子供が小さい頃、近所の人含めた知人友人どころか、子供を
預けられるような身内もいなかったので、そのような状況でどこを
頼ったかというと、行政でした。途方に暮れていましたから、まだ
離乳食の終わっていない子供をベビーカーに乗せて、ことあるごとに
役所へ通いました。お役所というのは向こうからは何もしてくれま
せんが、こちらが行けば親身になっていろいろ教えてくれて、
助けてくれます。私は年齢による経験上それを知っていましたから、
この度のお母さんと私に違いがあるとしたら、これを知っているか
否か、ということもあるのではないかと。。
なぜそう思ったかというと、このお母さんが住んでいるのは横浜市と
のことですが、横浜市は待機児童0を声高に謳っている自治体です。
待機児童0にからくりがあるのか、この女性が知らなかったのかは
定かではありませんが、役所に足を運ばせて、困窮を訴えていれば、
少しかもしれないけれど状況は違ったのではないかと思ったのです。
私の子供が小さかった数年前も保育園は少なく、待機児童が多かった
ですが、それでもどうしたら保育園に入れるかということや、
自治体が仲介するシッター制度、同じく、子供が病気でも預かって
くれる病児保育室の存在、その利用の仕方などは全て役所で教えて
もらいました。
あとはやはり世代の違いもあるのでしょうか。今でこそ私もネットを
よく利用しますが、ネットにはここから先は信用できないという感覚的
な線引きがあります。(ネットバンクというのも、いまだに信用できず
使えません・・・)
今や、ネットでしか繋がったことがない人を友達と思ったり(酷いと
恋人の場合もあるとか!)する人が普通にいる時代です。
このお母さんは22歳とのことですが、今の子供達はさらに、
おぎゃあと生まれたときから当たり前にネットがある環境で育って
いるので、彼らが親になるような年齢のときは、どういう感覚に
なっているのでしょうか。
どうか今の大人たちを反面教師にしてほしい、と願うばかりです。
以上、長文になってしまい、大変申しわけありません。
また、私信に成ってしまう事申し訳ありません。
>ちょこさん
ありがとうございます、私の様なものの「悪例」を取り上げてくれて。
実はこの民事裁判の時は大いにネットの情報に助けられた面が有ります、
なので、活かすも殺すも自分次第では無いか?と経験で学んだ事柄だったのです。
ホフマン算式とか、案件用書事例集だとかは、実は当時必死に成って自分成りにネットなどで集めた情報を、
当時担当してくれた弁護士さんや保険屋さんに聞いて、正しい処、違う処を教えて頂いた事で、
今だにこの事が役に立って居るのです。
ネットはきっかけに過ぎなかったのかも知れませんが、それを鵜呑みにしないで、
恥ずかしがらないで、躊躇しないで、聞かぬは恥だと言わんばかりに方々に色々ハードコミュニケーションを取れたと言うのは、空気を読めない馬鹿な自分を拾う神が如く助けてくれたんだ、恵まれていたんだと、感謝して居ます。
ネットを鵜呑みにするな!とは私には今の若い方々には言えません、
それが当たり前に成ってしまってる方々には所詮はジジイの戯言でしょう、
しかし、積み重ねる事は決して無駄では無いと、私の経験談を恥を忍んで訴えて行きたいですね。
今こそハードコミュニケーション、ウザい存在が必要かも知れません。
出会い系サイトって悪いものですかね?
これもネットの悪の権化みたく叩かれがちですが、警察や行政が禁止しない限り自由だと思いますよ。
殆どがサクラ、ヤリ目的、売春の巣窟と化してますが、中には「まともな出会い」だってありますよ。
これで結婚できる例だってあるのですから。1000あって1てところでしょうか。
私は別段相対主義で物言っている訳ではなく、道徳の価値基準=お上(警察や行政)という訳には行きませんが、何故警察や行政が有害サイトとして撲滅させないか判るはずだと思いますよ。
警察も流石に人間の生きる権利(憲法で認められているし、そもそもが自然権なので誰も侵すことが出来ません)を取り上げる訳にはいかないでしょう。
配信お疲れ様です。
今回はどうしても「ウチの場合は?」などと考えてしまう内容です。
自分が結婚して子供ができた場合については(いつになることやら)、かなり人間関係が濃密な地域、ズバリ言えば田舎なのでこのような事件は回避できるのか。そのような共同体とて維持できるのか。どうも空想の域を出られません。
「そもそもネットがなかったら?」という意見、生身の人間との触れ合いはやはり必要です。
私とて色々ネットで買い物をしている身、偉そうなことは言えません。ただ、運送屋さんの愛想の良さが救いではあります。「これも生身の人間との触れ合いかな?」と甘くなりがちです。
『学園Z』での新視点の提供がありがたいものです。これを踏まえて再度読むとまた面白くなりますね。
この作品とネットでの「匿名の正義」、最大の違いは「葛藤の有無」にあるような気がします。
もっと深く考えられそうな作品でもあります。
トースローさん
もちろん関係ないですよ。
能力と資格の問題だということを言うためのたとえ話ですから
たとえ話というのは論理の構成を示すために、
あえて別の関係ない話で同じ事を語ってみせることです。
ですので特に問題はないと思いますが
深層心理的なものまでは自覚できていないのかもしれませんので
トースローさんがやはり正しいのかもしれません。
これからは、気をつけてみたいと思います。
尻毛屋さん
わたしの極論をフォローしてくださってすみません(笑)
バカというのはそのまま、頭の悪い人という意味です。
自分が頭がいい分別ある人間とも思いませんので
「バカ」ではなく、「究極バカ」、ぐらいの書き方をした方が
かえって反感を買わなかったかもしれないと反省しています
週刊ポストか何かのサイトで、この母親が生活保護受給者であったことが明らかになっています。おそらく、物凄く貧しかったのか、あるいは心身に故障を抱えていた可能性があります。個人的な見解ですが貧しかったり心身に故障を抱えてる人間ほど「種の保存への欲求」を強く持っているのではないのか、ってことなのですが…。
生活保護の受給の是非は置くとしても、実際に子供を産んで育ててる低所得者と、婚活ばかりしてお金も高収入の仕事もあるのに結婚も出産もできない高学歴の女性の歪な二層化が進んでいることが大きな問題なのかもしれません。で、この二層の価値観の断絶が大きすぎる気がするのです。
平凡な幸せのあり方というか、雛形が現代にないまま、人間の本能が野蛮化してる気がします。価値観が多様化しすぎて、まとまらないことも一つの原因なのかもしれません。それで個々人が強いのなら分からなくもないのですが、大衆と言うか世間体みたいなものがまだまだ幅を利かせていて、シングルマザーや事実婚みたいなことへの風当たりが強いことも遠い原因なのかもしれません。
人間の本能を安易に制度や社会に押し込めようとする同調圧力が、たくさん子供を産んでいる貧しい母親と、婚活ばかりして疲弊している独身女性を苦しめている気がします。
結婚は現実であり覚悟を要することを、例えばブライダル関係の業者なんかは隠してるような気がするんですけどね…。イメージの作り方が一方的な気がしますが…。
昨日から、よしりん先生の韓国語に相当はまっています…。おもしろすぎます。よしりん先生の韓国語読んでると、これってただ面白がってればそれでいいじゃないの?と思えてきます。なんか真剣に考えると不愉快な気持ちになるだけなので、よしりん先生のスタンスで、ちゃかす感じでとらえたいと思いますムニダ。
UGN48について
ウラギラナイ選抜から一年以上、時間が立つのは早いなと思うと同時に今までの状況の目まぐるしい変化に驚きをかくせませんね。
つい一年前、ある意味幸福だった期間なのかなと思います。選抜を決めるのも楽しかったでしょうね。「ウラギラナイ選抜」なのですが、「次世代AKBの最強布陣」という側面もあり、ネットでワイワイ言いながら決めてきたのですから。野球好きのサラリーマンが集まって、日本代表のメンバーを考えるのと似ていますね。
だから、これは「遊び」です。「スキャンダルが相次ぐ中、恋愛禁止の意義を問い直す」との意識はあったかもしれませんが、それが前面には出て来ませんでした。あくまで「皆で楽しもう」というものだったはずなので、ぼくたちもよしりん先生のアイドル評を読んだり、その布陣を想像したりして(まゆゆの横でみおりんが跳び跳ねるような形は面白いですね。)、楽しめば良かったのです。逆に「○○は入ってないぞ!」とか、「○○は遊んでるから入れるな!」と怒るのは野暮で、不満なら自分なりのUGN48を考えて、自分のブログに載せればいいだけの話です。まあ、誰も見ないと思いますが。ましてや、UGNのメンバーはウラギラナイことをよしりんが保証するものではありません!!
けど、UGN のみるきーにスキャンダルがあった以上、「ポテンシャルのある子は才能を伸ばすべく努力するから、男にうつつを抜かすはずがない」という理屈は崩れました。「次世代のAKB最強布陣」とUGNにはズレが生じたのです。そんな中、UGNを選ぶというのは、非常に困難、一人一人を疑いながら選ぶこととなり、一年前のような「遊び」の感覚のない、殺伐としたものになるでしょうね…。
ただ、UGNができないのは、上記で書いた理由だけでなく、ネットの住人の心の狭さにも問題があると思います。僕は先生にネットで文句言う奴らに腹が立ちますね。先生のサービス精神やユーモアを解さない頭のかったーい連中…。好き勝手言って、先生の発言を奪うなって言いたいです!先生のブログは今も勿論面白いけど、丸くならないほうがいいです。例え、尖った部分が僕に向けられても…、先生の発言を受け入れるだけの度量の大きさを彼らに持ってほしいものです。
>そぽろさん
そうなのですか。まぁそういう時もあるでしょう。
私の事はお気になさらず。
>>69
トースローさん
>物事の分別がつかなくても免許は基準点に達すれば取れるし
それを活かせば仕事もあるでしょう。
確かに貴方の言うとおり、免許を取り仕事に就くことは出来ます。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130924/dst13092412250013-n1.htm
ですがこんな事件が後を絶ちません。どうしてでしょうね。
これでも貴方はバカの存在に寛容で居ることが出来ますか?
分別の付かないバカを差別せずに居ることが出来ますか?
私は差別自体悪いこととは思っていません。
>>83
ハクスリー様、コメントありがとうございます。ですよねぇ、相当おもしろいですよね。テレビの安倍首相の韓国語挨拶をニュースを見て、なんかすごくむずがゆい気分になったんです。そして朴大統領の無視には、大人げないけどその気持ちわからなくもないよ、と若干共感しちゃいました。あんなことされたら、反応のしようがないよなぁと…。でもまぁ、日本国民としてはいい気分にはなれませんよね。
そんなふうに、もやもやした気分だったんですが、よしりん先生が見事な韓国語で描写するものですから、そしたらもうギャグにしか見えなくなってきちゃいました。実際この二人のやりとりは、ギャグそのものなのかもしれませんムニダ!よしりん先生の韓国語、ライジング流行語大賞に早くもノミネートですムニダ!
>>84 daiさん
よしりんはもっともっと丸くなったほうがいいです。それで、差別論のような尖った作品はもう描かないでほしい。尻毛屋さんも差別についてふれてますが、例えば、
「宗男はゴキブリのようなやつだ」
これはだれでもみんな一度は口にしたことのあるセリフだと思いますが、ここにも差別は隠されています。このセリフでは、だれがだれを差別しているでしょう(私の答えは下に)。
>>86 直明さん
笑いごとじゃないです。皇位継承問題で天皇陛下を苦しめている安倍晋三は、韓国人以下の生き物です。私は彼に日本語を話してほしくありません。国会答弁や記者会見もすべて韓国語でやればいいと思います。
(私の答え:話し手がゴキブリを差別している。)
関西テレビのスーパーニュース・アンカーで
在特会のデモの様子が放送されました。
あのデモをテレビで流すのはかなり厳しいようですが
勇気を持って詳細に報道していました。
普通の会社員と名乗る人物が悪びれる様子もなく
インタビューに答えているのが驚きでした。
旭日旗のワッペンを付けた二人組の若い女性や
愛国奥様っぽい人たちもいて女性の参加者も多いようです。
彼らは公園で集会を開いた後、突撃ラッパが鳴り響くなか難波を目指して御堂筋へと出撃していきました。
米軍の迷彩服っぽいものを着ている人が目立つのと日章旗よりも旭日旗がやたらと多いので変な軍事マニアの集まりに見えました
カウンターデモの様子も放送されていましたが
人数も装備も充実していてデモ慣れしている在特会と比べると劣勢は否めません。
そのうえトラブルを避けたいのか警察はカウンター側のみを制止するので
ヘイトスピーチを警察が護衛しているような状態です。
在特会側は調子に乗って
「さっさと取り締まれや、道路を不法占拠しとるやないか」
と罵声を浴びせる始末です。
これでは日本の社会がヘイトスピーチを容認しているように見られかねません。
インタビョーに答えたIT関連企業の男性と金融関係の女性は
自分たちのやっていることがヘイトスピーチと批判されようが
差別主義者と呼ばれようが構わない
自分たちは正しいことをやっていると答えていました。
デモの異様な様子と正反対に個々の参加者は普通の常識ある社会人にしか見えません。
生活保護の不正受給や韓国籍の犯罪が多いなど
お決まりのヨタ話を語るのですが
一瞬ホントかなと思ってしまうぐらい理性的に話していました。
おとなしい個人が集団になった時の落差が怖かったです。
私は二人の子供がいる専業主婦です。
子供を連れていけない時どうするか、私にとってはすごく大きな問題です。主婦なら預けることなんかないだろう、と思われるかもしれませんが、PTAや子供会の役員をやっている時は大変で、預けざるをえない時がよくありました。(こんなに大変だなんて聞いてないよーと思いながら)
我が家は転勤族で、見ず知らずの土地にやってきてますから両親には頼れない、ダンナは一番頼りにならない、という状況でした。
私が頼ったのは、自治体が運営しているファミリーサポート制度、生活共同組合の子育て支援の組合、大手ベビーシッター会社でした。3つとも、登録するには面接がありますし、慣らし保育もしてもらいました。
そのうち友達ができてくると、お互い預かったり預かってもらったりするようになったり。(同居のダンナより近所のおばちゃんです)それでも最初は心配でしたから、私は大沢あかねさんの言うことは凄くうなずけます。
でも事件の被害者の母親も、怒りと同時に哀れだとも思ってしまいます。ファミリーサポートは自治体が運営しているだけあって凄く安く預かってくれるのに、ネットの中に助けを求めることしか考えつかなかったなんて。
私の母親など、祖母が同居してましたし、色々用があり忙しい時でも私をどこに預けるか、など心配したことなどなかったと言ってます。私も祖母がいなくても、その辺りで適当に遊んでいた記憶しかないです。みんな、預ける預かってもらうとか考えなくてもよかったのでしょう。「共同体がしっかりしていた」ということだったんでしょうね。
今小さな子供が行き先告げずにその辺うろうろしてたら、心配されますよね。
>>80
こいらさん。
それが恋愛至上主義(商業における)というものでしょう。
最近では10万以下で済まそうとするブライダルの企画があるみたいですが、相変わらず恋愛(で消費させる)というプロセスを経て結婚(で消費させる)というゴールに辿り着かそうとする雰囲気が罷り通っているようにも思えます。
マスメディアとかは平均的な大多数を当てにして商売して来ましたから、結婚が当然、普通の夫婦生活が当然、と言う事を前提にして商売してきましたからね。
煽りに煽って商売してもんですから、結婚へのハードルが高くなり過ぎましたよ。
そうしたトレンドを売りにした番組作りにも翳りが見え始めましたね。
フジテレビの退嬰は象徴的で「笑っていいとも」を終わらせたのも時代の流れを漸く読み始めたフジの決断だと思います。
※住宅ローンを払えずに破綻する人が増えているだとか。マイホーム主義も時代の徒花ですね。
それでも、バブル世代が現代のコアな消費者ですから相変わらずの消費社会主義が蔓延ってて、テレビ的価値観の人達はそうしたイレギュラーに対して冷水をぶっ掛ける事をしたがるのだと思いますよ。
イレギュラー者はマス商売に与しませんからね。
シンママは結婚式を挙げませんからね。所謂「マトモじゃない」人への風当たりは偏見を伴って厳しいと思いますよ。
先生のコメントはやっぱり凄いですね。
誰かに気兼ねして言えない雰囲気を作り上げるのではなく、自ら突破してゆかねばならないと思います。
私はあのお母さんは可哀想な人だと思っています。
勿論殺されてしまった子供はもっと可哀想だと思っています。
子供なんか一切声が届かないですからね。
究極的には「お母さん」が育てなくてはならないのでしょうけれど、行政がなんとかせよになるとそれこそ限界がありますからね。
そうなると警察に子育てを任せなくてはならなくなりますよ。
自転車3人乗りが一時期規制されそうになりました。
ただ、これ主婦達の猛反対にあって流石の警察権力もゴリ押しの点数稼ぎの規制を設けることが出来なくなりました。
子供二人を送迎や買い物の時に乗せるのに3人乗りが出来ないとは何事かということで。
そのためか3人乗り用の馬鹿でかくて馬鹿高い自転車を乗ることが義務付けられてしまいましたが。
警察も人の子で家に帰れば家庭を持ったりしますからね。
流石に人間の生きる権利を侵すことなんて出来ないからでしょう。
3人乗りが出来ない、即ち子供は二人いらないと言うことです。
少子化に歯止めをかけさせているのが皮肉にも警察だったということになると、行政や国や主婦の日本人の敵、寄生虫になってしまいますからね。
連投してしまいますが、もしかして、あのシンママに同情を寄せる振りをしている主婦達(本当は主婦とかじゃないのだろうけど)って、本当は自分の費やしたい時間が欲しいとかそういう本音を抱えているんじゃないのでしょうか?
本当は自分の時間が欲しいから、敢えて庇った振りをして建前では子育てが大変なのだと言っているのではないかと思います。
そうなると、子供って邪魔者なんですかね?
私が以前、手前味噌ですがQ&Aでも親が自分の叶わなかった夢を子供に半ば強制する形で習い事をさせて託そうとしたり、子供に他の子とは違う特別な名前を付けさせたり(キラキラネーム、DQNネーム)と投げ掛けましたが、少なくとも親のエゴがどこかで見え隠れしてるんじゃないのでしょうかと思います。今に限ったことではないですが。
考えてみれば、子供が邪魔でうまく処分できないかな
と思っている人にとっては
ネットのベピーシッターはいいかもしれませんね
安くて、手も掛からず、場合によっては殺してくれて
慰謝料ももらえるから、こんな願ったり叶ったりなことはないかも。
「奥さまは愛国」をテーマにした「よしりんに、きいてみよっ!」見ました。小林先生と泉美さんの「マックスハイテンション」ぶりが、とても面白かったです。
僕もこの本を読みましたが、一番印象に残ったのが北原みのり氏の「竹田研究会潜入レポート」のくだりでした。それだけに、お二人の「竹田研究会」に対する容赦ないツッコミが、可笑しくてたまりませんでした 。僕は竹田恒泰の「おしゃべりクソ野郎」ぶりがいかにも「胡散臭い」と感じましたが、参加者が誰一人それに気付かなかったのかと不思議に思いました。講演の最後に自分が作った米や酒を売るなんて、悪徳商法っぽいじゃないですか。
排外デモに参加する女性や、今回のベビーシッター事件を見て思ったのですが、なぜ簡単にネットの情報を鵜呑みにする人が増えたのでしょうか。例えば「日本にレディーファーストはいらない。なぜなら男が先に部屋に入って、敵がいないか確認するから」なんて、普通の人なら胡散臭いと感じるでしょう。
ネトウヨは「ネットで真実に目覚めた」と言いますが、真実ってそんな簡単に見つかる物なのですか?困った事があればすぐネットに頼るというのは、いつもドラえもんの道具に頼るのび太と同じではないでしょうか。一時的に問題は解決できても、最後には惨めなオチが待っており、自身の成長に繋がらないというのも同じだと思います。最近、ネットとユーザーの関係が「ドラえもんとのび太」の関係にそっくりだと思うようになりました。ネットを「ドラえもんの不思議なポッケ」と勘違いしている人が多いように感じます。
今回の「よしりんに、きいてみよっ!」を見て「胡散臭い」と感じたものにツッコミを入れるクセをつける事や、その基礎になる正しい知識・常識を身につける事の大切さを学びました。これからは「ツッコミ力」を磨いていきたいと思います。
今回の「ゴー宣」で紹介されていた大沢あかねの発言を読みましたが、彼女は人として、一人の母親として真っ当な事を言っていると思います。さすが球界のご意見番・大沢親分の孫だと思いました。彼女の発言はバッシングされるどころか「あっぱれ!」と賞賛されても良いくらいです。
彼女の発言に対する「金持ちの論理」というバッシングについては、「ママドル」に対する僻み根性の最たるものでしょう。「自分も一緒にシッティングとか、そんな余裕のある母はそうはいない」に関しては、子供を育て守っていく覚悟があれば、寝る時間や仕事の時間を削ってでも「余裕」を作るのが親の役目ではないでしょうか。他人に大切なものを託すというのは、そういう事ではないでしょうか。
大沢あかねは自堕落な母親たちに「喝」を入れたかったのではないか、と僕は思っています。
余談ですが、大沢あかねとAKBの梅田彩佳って顔が似ていると思いませんか?僕はたまに、どっちか区別がつかなくなる事があります。
さっきの書き込みの後、考えてみたのですが、自分の子供を殺めてしまうような親でも、他人に殺されるのは、ひょっとして許せないのではないでしょうか。
妙な理屈ですが、自分の手で殺めるのなら、納得出来るとか…なのかな…と。
よしりん先生のブログ『ネットで議論の難しさ』
なるほどと思いました。
ネット投稿というのは公論を描写しようとしているつもりで、
知らず知らずに私情の描写に繋がり易いんでしょうね。
何か激情に駆られた時、それを誰かに伝えようとした時に
リアルだと友人に連絡してアポを取り、いざ会う時までの時間が
自らを自然と律して激情の分析を進めてくれるものです。
悪いネット投稿というのは、リアルに例えると
激情のまま友人に電話して鬱憤を吐き散らす行為に似ていて
そうならないために、とても繊細な注意がいる行動なんだと思います。
宝物の取り扱い説明書
売ってないかなぁ
売ってないよなぁ
考えるか
今回の雷神宮歌会のテーマは「母」で!
サブは「学」です。
僕は後で考えます。
幼子は腫れ物に触るように扱わなければすぐ死ぬ。
無菌状態にしておかなければすぐ死ぬ。
世話の大変さでノイローゼになる。
発狂して虐待してしまうかもしれない。
だから幼子を預かることは一大事であり、気後れする。
そもそも子育ては労働だ。
なのに無償なんて勘弁してくれ。タダ働きなぞしたくはねぇ。
てな具合なことを大多数の人が思っちゃってる時代が到来しているのだろうか。
俺は心の清らかさが顔面から滲み出ているエビス顔のイケメンなので、子供受けが良く、姉や兄の子だけではなく、知人の子もよく預かって、世話をしまくったもんさ。
確かに幼子の面倒を見ると、「妖怪生気吸い」と命名したくなるほど体力を奪われ、ヘロヘロになる。ヘトヘトになる。
でも、それ以上に得るものが多いから、身近に幼子がいる家庭があれば、誘拐する勢いで世話を買って出るべきだと思う。
情操教育に良いだろうと子供を動物園や植物園、自然公園などに連れて歩いていたら、自分自身も情操されて、すっかり散歩が趣味になったし、子供の思いがけない発想や行動を観察しているだけで、自分一人では決して思い浮かばねぇ知恵の如きを得た感じもあった気がしないでもなかったように思うみたいな心持ちを体感したかの如き昂りがギュンギュンと魂に響いた風な気分を味わえた。
それはぜってぇに銭では買えねぇ。
今の俺がこんなに人品優れたるオッサンであるのもひとえに子供を預かりまくったお陰だと自負している。
託児、プライスレス。
世間に蔓延している子育てはシンドくて億劫で大変に面倒な忌み事だというネガティブな空気を入れ換える為にも、皆さんはお節介おばさん及びおじさんとなり、どしどし、よその子を預かってゆくべきである。
>>68 mayuさん
娘への、とても素敵なお手紙、
どうもありがとう o(^o^)o
今週は年度末決算の仕事で子供と話す時間が無かったので
娘が《旅》から帰ったら「まゆさんからのおてがみ」を
読ませたいです(^O^)
そう。今日、娘は、生まれて初めて一人で飛行機に乗って
おじいちゃん、おばあちゃんの家に泊まりに行ってます(⌒▽⌒)
幼稚園のお泊り会を除いて、
子供が他所に外泊することは、
私たちも生まれて初めてなので、
感無量です☆
私達の子育ては、本当に大変でした。
妻は「出産直前当日までツワリがおさまらない」という
ネットで調べてもほとんど例の無い症状に苦しみ、
出産後は、おっぱいの出で悩み、
さらには抱っこができないくらいの腰痛があって、
激しい育児ノイローゼになってしまいました。
私たちはそれまで、「個人主義」に価値を感じていましたし、
「共同体」は、むしろ、その煩わしさを忌み嫌っていました。
「バカ親」とか「子供を産む資格の無い親」とか言うなら、
私達もそうだったと思います。ひたすら耳が痛いです。
「信用できる人との繋がり」を創らず、
カネもないのに、個人主義で生きてきたクセに
子供を育てられると、過信してしまっていました。
でも私たちは改めました。
今は、娘を他所に預けれています(⌒▽⌒)
だから、今夜は、感無量です☆
【よしりんに、きいてみよっ第32回 『奥さまは愛国』の感想】
「ツッコミ」のダイナニズムを見せていただきました。
メチャメチャ面白かったです(⌒▽⌒)
竹田恒泰の講演会の潜入レポートのくだりは、
竹田にも聴衆にも、そして作者にもツッコミ入れまくりで
爆笑しました。
【カルト】に嵌る人間は『笑い』に関心の無い人間かもしれませんね。
「なんで、そこでツッコミ入れへんねん!」と思いました。
逆に「ミニコント」ができるくらい頭のイイ人達ってわけでもなさそうですしね。
ボケ倒しの大衆と時代にツッコミを入れ続けるよしりん先生。
まだまだ引退できそうにありませんね☆☆
いやそれは、幸なことなのか不幸なことなのか・・・。
連投に成っちゃいますが…
ベビーシッターや子育てとは関係無いかも知れませんが、
私は嘗て身近な人との繋がりを「家族」と感じた時代が有りました。
大阪の専門学校に進学した時、アルバイト先が借りてくれたアパートに調理師学校の同期が5人同時に下宿した時代が有りました。
たった二年間だけど毎日朝は学校、帰って来て同じバイト先で喧々轟々、アパートに帰って来て酒飲みながらボヤキや将来の事を語り合い、それぞれ巣立って行きました。
そして地元に戻り会社に入り、厳しくも優しい先輩方と同居して居た時代が有りました。
同じ様に四六時中一緒に居ると苦痛も多々有りましたが、
人付き合いの難しさを社会人に成り初めて学んだ事柄でも有りました。
初めて後輩が出来て、先輩にやられた?様に、余りに構い過ぎた(過剰な愛情を注いだ?)為に、辞めさせてしまった事が有りました。
今思えば猿でも出来る反省しか、思い浮かびませんが、しかし良き思い出でも有ります。
多分私はかまってちゃん全開フルスロットルタイプ、ハードコミュニケーションを図りたい「超ウザい」性格で疎まれ安いのだと自覚して居ます。
悪い性格の猿です。
そんな私らの様な猿が、果たして子どもを持つ事は出来ても育てられるのか?他人様の子供がたまにやって来て預かるのと、
自分の子供を育てる事、四六時中一緒に居ることは天地の差が有ると想像します、妄想します。
いやあ〜ホント、分かんねえっすよ、それにね、他人の子供を預かるにも色々なパターンが有りますからね。
職場でも新入社員に対しては、そう思う気持ちが無ければ、ただの「リンチワーク」だし、学校なら「リンチスクール」だし…
他人様がどうこうでは無く、妄想全開フルスロットルするのでは無くて、
自身が先ずは襟を正さないといかん、おっさんおばさんジイ様婆さまがネット中毒アル中毒が、多過ぎるんだと思う日々でございます。
勿論私が筆頭者なんですがね。私は完全なネット中毒だし、しかし、あなた方は私の事を果たして笑えるか?
すいません、以上書き直して再コメントさせて頂きました、ウザくて申し訳ない。
人付き合いについてですが、僕は内向的で人見知りなので、付き合いベタ、妻は面倒臭い人間関係を嫌う傾向にあります。夫婦して広い交流ができないものですから、下手したら、子育てで孤立していたかもしれないですね。
ただ、妻の気持ちもわかるのです。彼女は男性的な性格で群れることを嫌います。一方、ママ友間は派閥や嫉妬があるらしく、誕生日会に誰を呼ぶかとか、誰と誰が食事に行ったのかを気にする傾向にあります。当然、妻から言わせれば、「そんなのどうだって良いじゃないか!!」
幸い、住んでるところの近くに妻の実家があり、子供の時からの友人もいます。幼稚園でも気のあう男性的な性格のママ友もいるので、子育てで困ったことはありません。僕も地方公務員だから、将来、この地を離れることもないはずです。
ただ、この「幸い」は彼女が自分で選んだものです。僕は元々、ここ福岡市の生まれではなく、もっと南、筑後の生まれで、しかも長男ですが、彼女は最初からこの地を離れるつもりなとどなかったはず。また、幼稚園も子供2人ともちょっと無理して私立にしたのですが、そこは妻の出身幼稚園で、しかも、当時妻がお世話になった先生が在籍しているのです。結局、妻は自分が困らないような手筈はきちんと整えていました。
それを考えると、殺された子供の母親は本当に迂闊でしたね。計画のないまま子供を産み育て、手軽なネットに容易に飛び付く…。
ネットって確かに便利なんです。仕事で調べものするのに欠かせないし、レンタル屋さんで女性店員の目を気にしてAV借りなくてもエロ動画を見れるし、しめ小股の意味も…失礼!!(仕事中にそんなことはしてませんよ!!)でも、便利は便利以上のものはなくて、ましてや、信用を保証するものではありません。なのに、便利=万能だと勘違いしてしまう…。
ただ、それでもこの母親の迂闊さは酷いと思います。いくらネットでシッターを探すしかないにしても、最低限の確認くらいしろよと思います。通常備わっているべき警戒心が欠如している。僕には彼女が何かに飼い慣らされている感じがして、不気味に思います。
ニセただしさん、MVPおめでとうございます。
あげなネタ、思い付くとか、うらやましかね~!MVPとか狙ってとれるもんじゃなかけん、本当、難しか~!!ばってん、お互いにしゃべクリとよしりんしぇんしぇーば盛り上げんといかんね。
(あんなネタ、思い付くって、裏山鹿根~!MVP は狙ってとれるものじゃないから、本当に難しい!!けど、お互いにしゃべクリとよしりん先生を盛り上げないといけないね。)…と言う意味、…のハズ。
あと、ニセただしさんには二週連続で歌会に参加していただいているので、心強いです。na85さんが戻ってくるまで、僕一人でも続けようとは思うのですが、他の人の参加があると安心します。
雷神宮歌会テーマ「母」
○我が妻の 乳房に触れた 右手濡れ 暗闇のなか 母乳が薫る
雷神宮歌会 メインテーマ : ―母― サブテーマ : ―学―
○ 祖父母から 学習机 贈られて 地球儀を置く 野心家の娘
妻は海外志向が強くて、20代の大半は海外で仕事をしていたのですが、
娘も母親の影響を受けて、生活拠点を海外に置くことを決めたら、
私は正直イヤなのです(苦笑)
しかし、このままでは15年後の日本なんて、
一体どんな形になっているか、分かったもんじゃないです。
子供の将来を想像すると、今の社会の流れや日本人の振る舞い方が、
本当に苛立たしいです。
配信ありがとうございます。ベビーシッター問題を見て、近代主義の弊害を感じてしまいました。明治以降から近代主義を導入して現代に至るわけですが、確かに便利になり、土地、家、に縛られなくなり自由になったと思います。
しかし、自由ということは既存の制度に縛られなれなくなったことを意味し、江戸時代までの日本の共同体は破壊されてしまいました。
家庭という最小共同体で担っていた教育、社会保障、家事などを近代国家に外部委託することになり、人間は依存体質になってしまったのです。
近代主義以前ならば、子育ても家族、地域共同体がやってくれていたのに、それをお金のやりとりで見知らぬ誰かに預けるなんて危険だとは直観的に感じます。しかし、近代主義にズブズブはまった、その母親は危険認識を完全に失い、見知らぬ他人に預けることの危険性を失ったわけです。
それを防ぐためには共同体を復活させるしかありません。見知らぬ他人を信頼できる知人にするために頑張る必要がありますね。
ゴー宣愛読者である親愛なる友と、今号のライジングについて語り合いました。
我が子を死なせてしまった母親は責められてしかるべきであるけれど、では彼女を非難している側の人間はこれまで何らかの行動、活動をしてきたのだろうか。
困っている母子を見かけたら、手を差し伸べてきたのだろうか。
昔の偉い人が言ったらしい言葉を思い出します。
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まずこの女に石を投げなさい」
自分たちに出来ることは何だろう。
やはり普段からお節介を焼く癖をつけることから始めよう。
「頼んできたらやってやる」ではなく、「頼まれてもいないのにやりたがる」というウザい精神でやってこますべきなのかもしれない。
お節介は決して空理空論ではなく、すぐにでも実践出来ることだもの。
大変な勇気や努力を必要としない気軽な気分のお節介。
「それは理想論だ。現実で行動に移すのは難しい」と反論した我が親愛なる友だけど、彼女は超が付くほどお節介焼き。
いつも他人の為に行動している。
そのクセ、自分ではその自覚がない境地に達している凄い奴。
超尊敬。
すべからく、ゴー宣愛読者はかくありたいものです。
そのような友と、このような他愛のない話を今日の昼休みにしました。
>>88
ちょこさん
丸くなってほしいとのコメントは、よしりん先生にこれ以上の軋轢を避けてほしいからだと解釈しました。ちょこさんは優しい方だと思います。ちょこさんだけでなく、コメントの皆さんもよしりん先生の体調を気遣われるなど、優しさを見せています。勿論、僕も先生が体を壊したり、軋轢が生じたりすると心配になります。
けど、一方で読者は残酷でもあると思います。
本当に丸くなってほしいのなら、ゴー宣は止めてもらった方がいいのです。いや、ギャグ漫画だって、通常の漫画家なら4年で潰れるほどの苛酷なものなので、かなりの情熱がないと続けられません。丸くなんてなってられません。だから、もし僕がよしりん先生に丸くなってほしいのなら、ゴー宣買うのは止めます。ライジングも当然退会します。先生が創作活動を続けられるのは、読者の支持かあるからなので。
けど、僕はそんなことは望んでいません。先生も創作意欲は衰えていないでしょう。ならば、先生が自由にものが言えるような状況に
すべきと考えています。しかし、そうはなっていない、そんな状況を批判する意味で、丸くなってほしくないと僕は言ったのです。
na85さん、この間のコメントの返信をさせていただきました。
前回のライジングのコメント欄に載せています。
本日のTV・オールスター感謝祭で披露された、AKBの新曲「ゴールデンラブラドール」めっちゃ良かったです!
優子の隣に立っていた、さしこの顔が今田耕司の顔で隠れていたのが、地味に面白かったです。
優子不在のAKB、どうなるのかな?
私自身は結婚しておらず、従って子供もいないのですが、子供を主体とした地域行事で共同体の存在を実感することが多いのです。
・小学校の運動会(体協役員で参加したが、少子化のため体協種目の方が多い。終了時間も早い)
・夏の祭り(男子小学生が太鼓を叩くのが基本。やはり少子化のため、女子を入れたり他所の地域から子供を借りたりなどという緩和策もあるようです)
・夏祭り(前出とは別)の出店(違う地域から来る子供も多い)
等……。こうした交流を通じて「子供が嫌い」だったことが(小学生の頃、下級生にからかわれたことが原因)だんだんと「可愛らしい」という意識変化を生んでいるような気もします。同時に「自分にこんな子供がいてもおかしくないのか……」「あの時こうしておけば」などという少しの悔恨をも沸き起こっています。そこで思うことで一首。
○子を連れて 父母となりしは 同級生 この純愛に 学ぶこと多し
父の方は私の幼馴染みで、保育園から高校まで同じ(『東大一直線』を読ませたほどの仲)、母の方は(中学は同じ)高校の時一年だけ同じクラス。中学の時に交際を始め、高校どころか大学(東京の有名私大)も同じで、やがて結婚。二人の息子を祭りに連れて来ていました。
しかし同級生の女子が結婚しても、なぜか旧姓の印象が強いものです。
○結婚し 母へと変わる 近所の子 今の名字で 学ぶ距離感
幼馴染みの場合、名前で「~ちゃん」と普段は呼びますが、嫁ぎ先の名字で「~さん」と呼ぶと、なんかぎこちなくなるものでしょうか。やった事がないのですが、そのような経験のある方はおられるでしょうか。
前回、長い前振りが許された(と思っている)ので、このパターンにしました。
最後に違う話題。「水落オープン」も面白かったのですが、いかがでしょうか。
配信ありがとうございます^^
今回のベビーシッターの事件が起きた富士見市は、私が住んでいる場所のすぐ隣の市なので、ニュースを聞いたときはとても驚きました^^;
また、子供を預けた母親が神奈川県と聞いて、「なぜ、わざわざそんなところから預けるんだ?」と疑問に思っていましたが、事件の詳細が報道されるにつけ、納得するも、「なんで、そんな軽はずみなことをしてしまったのだろうか?」と思いました。
このニュースをはじめに聞いたとき、一瞬1、2年前に大阪で20代前半の母親が、幼い姉弟を置いて男と旅行に行ってしまい、餓死させてしまったニュースを思い出しました。
「また、常識の無い母親がやらかしたのかな?」とも思っていたのですが、どうやらそれとは事情が違うということもわかってきました。(前回は、子育てを全く放棄したのに対して、今回は、軽率であったにしてもまだ子供を育てていこうという意志があること)
先週からのライジングコメント欄でのみなさんの意見交換なども拝見させて頂いているのですが、残念ながら、私は子育てはおろか、結婚もこの先の人生において経験するかはわからない身でありますので、このあたりの問題になるとなんとも言い難いものです^^;;
しかし、一番悪いのは、抵抗すらできない幼い子供をなぶり殺した犯人であり、一番不憫なのは不安と恐怖の中、一方的な暴力に晒され短い一生を終えざるを得なかった被害にあった子供なのでしょう。
私自身、「児童虐待」の件もそうですが、この事件をきっかけに少しでも周囲の子供たちに対して気を使っていってあげられるようになりたいと思います。
そう、近所の小うるさいジジィになろう。
>ニセただしさん
遅れましたが、MVPおめでとうございます^^
ニセただしさんのネタを拝見して、「日本全国酒飲み音頭」を思い出したのは、
わたしだけでしょうか?ww
先生の仰っていた「地雷」の件ですが、私も後出しジャンケンで非常に申し訳ないのですが、これは地雷原に飛び込んだなと思ってしまいました。
今となってはですがこのテーマが上がった時に、意見の分かれること、こと生き方(ライフスタイル)に関しては誰しもが各々の意見(考え方)を持っているので解決は出来ないんじゃないかと思いました。
一朝一夕で解決できないことは多々有ります。
最低限の条件をクリアする、例えば遅刻しないとかはこんなものは当たり前ですが(出来ない人もいて、病気だったりする例もあって一概には言えないのですが)、お金の稼ぎ方や食生活で周りが状況も知りもしないのに「あれこれこうしたほうが良い」とか「あれこれこうすべきだ」とか、言われると「カチン」と来る場合は多いと思いますよ。
嫌いなものを残さず食えとか、三食まともに食えとか、10品目は最低でも採り入れろとか、惣菜やレトルトばかりでなくて手料理を食えとか、保守派はこう言う上から目線的な説教や訓示とか教示とかは大好きですよね。
ただ、保守ブームだろうとも保守派の意見が中々一般に浸透しないのは、こうしたライフスタイルにまで干渉するからなんじゃないのでしょうか?
今回の件は見ず知らずの他人に預けてしまったという「迂闊」から来るものでしたが、それ以外のライフスタイル、子育てや生き方や働き方に関しては、責めることは出来ないんじゃないかと思います。
ややもすれば「こう言う生活をしているのが悪い」とかになりそうですが、幸いこの掲示板ではそんな上から目線的な意見が出て来てないのが救いですよね。
上で「おせっかいおじさんになろう」とか出て来ましたが、これも地雷を踏む結果になるんじゃないかと思います。
それは突き詰めると、「子育てをまともにするには生き方を変えろ」になりますから、それだとじゃあどう言う風な生き方をすればいいのか、提示する必要というか義務があります。
就職活動しろとかになると、じゃあ子育てがあるからそれがネックになってまともな所に就けない、それじゃあお水関係しか無くなって夜型になって、子育てに支障を来す、というループになります。
手っ取り早くお金が稼げるのならやっぱりお水や風俗になるしかないですよ。
シンママになるのが悪い、となるとそれじゃあ身も蓋もない話になります。
シンママにさせない器量を男の方が持っているのかということになりますが、男はこう言う話だと「責められない」ですよね。
子供を引き取るのが大概お母さんの方が多いみたいですが。
日本社会は生産性を上げるために、24時間眠らないような経済活動をしていますよね。
道路工事なんか昼間にやったら経済活動に支障を来しますから夜やることが多いですよね。
そのためにコンビニがあって、コンビニに勤める人は大概非正規雇用で、そういう人達を責める風潮もありますが、コンビニバイト君の御蔭で日本経済が成り立っているとなると、寧ろ感謝すべきなんじゃないのでしょうか?
それで、夜型のコンビニバイト君は不規則な生活だからまともな出会いがなくて、引き篭もっていればいいですがそうでない人は風俗を利用する訳ですよ。
それで、その風俗に勤める人がどんな人かといえば、上に挙げたけれど一部にシンママがいたりする訳ですよ。
勿論、夜の道路工事してる人も風俗を利用するでしょう。
風俗辞めろとかコンビニバイト辞めろとか、生き方にまで干渉するような人は、それじゃあ日本経済が成り立たなくなるけどそれでもいいのかと問われると、まともに答えられる人っているのですかねと思います。
養老孟司が言ってましたが、日本社会の『プライバシー』の最小単位が『家族』だと指摘してましたね。
一般的に欧米のプライバシーの最小単位が個人に相当すると言われてますが、日本にはプライバシーの概念がないと今まで言われてきましたが、やっぱり今回の件では「家庭」の事をとやかく言われると皆激昂するようですね。
家庭生活に口出しすると「お前に言われる筋合いはない」と言い返されますよね。
言われる方のライフスタイルがグチャグチャでボロボロでも、「余計なお世話」となりますよね。
他人の踏み込めない領域が「家」なのが日本なんじゃないのでしょうか?
結婚披露宴も両家の式ですよね。
役所も、荒んだ生活をしている家庭にも口出しのみで、家庭生活にまで指導するような踏み込みまでは出来ないですよね。
お久しぶりのna85です。ライジング80号から復帰する予定でしたが、リハビリ的に少し。
私は、前号からの鷲音モーさんと尻毛屋さんの抗争に心を痛めていたのですが、今号で鷲音さんが尻毛屋さんの「尖った意見も言わない癖に道理を説かれたくない」という批判を根底から覆すような見事な散文的論考や啓発文を次々と上げられ、尻毛屋さんがそれに対して見事に引いて矛を収めて見せました。両者に拍手を送りたいです。
それにしても鷲音モーさんの>>20、>>114、>>125は本当に凄いと思いますね。チャンネル掲示板に私が参加し始めた頃から鷲音さん(当時はボードレール鷲音を名乗っていた)は「ボードレールさんは深い!」と大評価していました。ボードさんは全く自分の凄さに無自覚なのがまた凄く、尊敬するところです。そして、褒めると照れて自己卑下に走ります。その卑下した部分しか見ていないと、迂闊に侮ってかかってしまい、その結果強烈な反撃に遭います。
以下に転載するのは、掲示板でのボードさんの深い問いかけに対して私が応えたものです。1000~2000番台の言霊論、子育て論(今号ライジングテーマにも繋がる)、自死論・テロ論なんかは掲示板の議論の白眉でした。4000番台のボードさんへの評価は今回の騒動にもつながることだと思います。
1687 : na85:2012/04/13(金)
(ボードレール鷲音さんerote)
>小林先生は言葉で世界を変えられると信じている。
くだらないデモ行進などの行動よりも強烈な言葉(ロゴス)一つで世界を変えられると信じているクレイジーな男の放つ論理(ロゴス)には霊性が宿るものなのですぜ。
言葉に体重を乗せ、言葉に魂を込めるからこそ、小林先生の論理は常に熱く息づいているのです。
小林先生の言霊の力は皆様も感じているでしょう?
(na85wrote)
そのとおりですね。小林師範は論理(ロゴス)に感情(パトス)を乗せて、つまり魂をこめて、自分の心に偽りなく語るから、文章でも漫画の吹き出しでも肉声でも多くの人の魂に直接伝えられるのだと思います。これを言霊というのでしょう。
論理の前提に感情があるとよく言われます。自分の感情を偽って、取り繕って、人口に膾炙した紋切り型の論理を吐いても空回りするだけでしょう。だから自分の言葉で話せと師範は言います。
「言葉が世界を変える」。一次大戦後の国連で人種平等決議案を日本の代表が出し、圧倒的多数の賛成がありました。米大統領がこれを潰したわけですが、これなどは世界を変える行為だったと思います。
こんな大きなことでなくても、例えばある共同体に属す市井の人が真剣に私心なく公のために考え、自分の感情を論理に乗せた言葉を吐くことで人の胸を打ち、共同体を良いほうへ変えていく原動力になる、こんなことがあちこちで起これば世界を変える力になると思うわけです。
ドラマ「私たちの教科書」で、「あなたは世界を変えることができますか?」というセリフがキーワードでした。いじめ自殺した女子中学生の親である弁護士(菅野美穂)と担任教師(伊藤淳)が葛藤しながら深層に迫っていく物語だったと思います。小さなことでも自分の現場で起こす良い変化は世界を変えることに繋がると思うわけです。
その共同体が国レベルだと小林師範のような魂と情熱と力が必要になってくるのでしょう。そして、その魂と情熱のレベルで同じものがAKBの真剣さであり、天皇の祈りだから、わしズム復刊号は皇室とAKBが特集されたと私は見ています。
ボードレールさんは深いなぁ na85
1694 : na85:2012/04/14(土)
(ボードレールさんwrote)
>、腹を痛めて産んだ分、父親よりも母親の方が子供への愛情が深いという俗説は本当なんスかね?
(na85wrote)
この俗説は本当らしいです。腹を痛めて産んだことそのものより、母乳を与える、乳首を含ませていることで脳からオキシトシンというホルモンが出て、わが子への愛情が急増するようです。だからかつての武家の奥方は嫡男となるわが子を乳母に取られるので愛情が減り、次男の方を溺愛してお家騒動の原因ともなったわけですね。
(ボードさんwrote)
>おそらく子供が子供として一番可愛い時期というのは自我が芽生え始める2歳から4歳ぐらいまでで、5歳ぐらいから親離れを始め、クソ生意気にも反抗期を迎えやがるでしょ?
>しかし、その一番可愛い時期に懸命に子育てに励むと、その時の愛情が(親の側のみが)一生モンの絶対的な記憶となりて、以降どれほど反抗的なクソガキに成り果てようとも、良くも悪くも見捨てる気など起きなくなるもの
(na85wrote)
2歳から4歳までは本当に可愛いですが、これは子供のフォルムが丸く造形されているためです。丸くて小さいものを可愛いと感じ、守ろうとする本能が働くことで、父親・母親から叔父・叔母、果ては血の繋がらない他人に至るまでもが愛情をかけられるようになると思います。
5~6歳ぐらいから造形が幼児のそれから少年少女のそれになるため、それまでに物凄く関わった人意外は本能行動が薄らぐと思います。だので、2~4歳に子の世話に関わることがその後の愛情の濃さに影響するというボードレールさんの見解は正しいと思うわけです。
鷲音さんは直感力がすごいです na85
2075 : na85:2012/05/02(水)
(ボードレールさんwrote)
>己が酒が呑めなくなったと言って、腹腹時計な爆弾持って国会議事堂に突貫しても私心ムキダシの単なるバカヤロでしかないじゃんスかねぇ。
俺の私憤は公憤の経路を辿れない悲しみ…。
(na85wrote)
ありますよ。私憤を公憤まで高める経路が。酒が飲めなくなった原因がもし貧困であるなら、その原因を突くのがよいでしょう。
「世界帝国アメリカは公平・公正を装いながら世界中にアメリカ的価値観を押し付けている。世界に自国に有利な自由貿易ルールを押し付けているのが典型である。世界中に拡がる格差と貧困、は米国企業のエゴとそれを実行に移す米国政府に原因があるといっても過言ではない。
日本に対して仕掛けられているものがTPPであり、この要求を受け入れることは日本人の集団自殺に繋がることはもはや明白である。例外なき関税撤廃だけでも日本人の所得が激減し、失業率も上昇し、その上24もの部会で日本の社会は米国企業が商売しやすいものに造り替える改革が行われ、日本の法律や商慣行・文化もねこそぎにされるだろう。
これに唯々諾々と従うのが現政権であり、そのような流れを作ってきたのが戦後日本の政治である。アメリカの要求どおりの改革により、現在生きる日本人の生命・財産・家族・社会、かつてこの列島に生きてきた日本人の歴史的英知の結晶である文化を放擲する現政権への反逆を、ここに宣言する」
こう言って腹マイトで議事堂に突っ込むわけです na85
2081 : na85:2012/05/03(木)
(ボードレールさんwrote)
>今は誰のタマをとったとて、政治家にしろ経団連会長にしろ駐日大使にしろ互換性がきくでしょうから、何にも影響を与えることもなく、新自由主義が世界の、そして日本の多様性を駆逐し続けるのではないでしょうか?
(na85wrote)
直接の成果ありや、なしや?と問われれば「無」と答えることになりますが、このことが人々の心のうちに与える微妙な変化が後の世に影響するかも知れぬという微かな希望を胸に逝くわけです。もともと絶望してテロを敢行するわけですから。
「成功するかしないかを考えるのは上方風の思い上がった武士道だ」と山本定朝が『葉隠』で吉良邸討ち入りを批判しています。しかし成功にこだわるから最近右翼のテロが流行らないんでしょうか?そこを考えると9.11はうまくやりましたねぇ。若干ヤバイこと書いているな。
西部氏の「死ぬ死ぬ詐欺」はやはり成果に囚われている? na85
2082 : na85:2012/05/03(木)
(ボードレールさんwrote)
>では公人にしろ私人にしろ、抗議の自決って余り無い気がしますね。
小学生の自殺でもなんでも結局私事で死んでますね。
(na85wrote)
生命至上主義の現代日本では、死そのものに意味を持たせることがタブーとなっているのでしょう。「死に価値はない」「死んで花実が咲くものか」「生きていればこそ」「ぬちどぅ宝」と。だから抗議の自殺は放送コードなどにかかって隠されるのかも知れません。
だからそんな空気の中で育っているから、小中学生の自殺では最期の瞬間にも抗議の言葉が出てこないかもしれません。学校側からすればありがたい時代で、これは為政者からしても抗議の自決が出ないことはありがたいでしょう。
デフレで活力がないことは支配しやすいことを意味する na85
2108 : na85:2012/05/04(金)
(ボードレールさんwrote)
>平時に死ぬ訓練や死の準備をしている者が『公民』たりえるのでは?
(na85wrote)
これまた深いですねぇ。私は、日本人が公共心を保つには菊を胸に、刀を喉元に当てている時だと考えます。私たちのために祈っていてくださる天皇陛下の存在を感じている時と、死を意識している時です。大震災では両方意識されたから、世界が賞賛する態度を示しえたのだと思うわけです。
時間的・空間的に離れたら…買占めが起こったり na85
2141 : na85:2012/05/05(土)
(カレー千衛兵さんwrote)
> 自殺者に対する「報復心」もあるのかもしれない。
もちろん、自殺未遂者を【法律】で裁くわけにもいかないと思いますし、
一方では、ちょっとヤバイ言い方ですけど・・・、「自殺は文化」だとも思ってます。
(na85wrote)
自殺が報復だという自殺者がいて、自殺者への報復心を抱く残されたものもいたら、報復の応酬ですね。
日本には自殺の文化は確実にありますね。武士の切腹に代表される生き恥を嫌う「恥の文化」に、自殺は罪だと「罪の文化」(自殺はキリスト教では大悪)を押し付けるのもどうよ、と。
(ボードレールさんwrote)
>ちなみに俺は『バックレ自殺』には嫌悪感を持ちますが、その自殺すら肯定しています。
自分の不祥事が発覚して、そのことで締め上げられる前にトンズラー(政治家とか大手企業の幹部とかがよくやるパターン)とか今の自分の境遇に耐えられないけどそれを打破する力もないのでトンズラー(イジメられっ子中学生がよくやるパターン)というのがバックレ自殺。
(na85wrote)
バックレ自殺とは「責任を取って」とか「死んで詫びる」とかいうものですね。でもこれ共同体を守るための「死人に口なし自殺」も含みますよね。そうなれば公性を持ち始めて美しくすらあるように思います。もう一つの逃避自殺ですが、これも単なる逃げでなく、カレーさんの仰った報復自殺・抗議自殺の意味があるかもしれません。しかし、やはりこれらは主体性のない、対応者の自死かもしれません。
そして!確かに!大楠公、乃木希典、三島由紀夫は主体的な自殺であり、こちらはカミになれる自死だと思います。
死の瞬間まで意志の力を極大に保てばカミになれる na85
4717 : national8505:2012/10/22(月)
(ボードレール鷲音さんwrote)
>う~ん、俺は育ちが最底辺の激悪だから口が悪いかもしれんけれども、誰に対しても「出ていけ!!」ということを書いたことはないんスけどね。
(na85wrote)
もちろん存じております。だから「おちょくり」という手法を用いているということも。
ただ「おちょくり」は、自己顕示欲という「私」の臭気たっぷりの方には直言よりも厳しいものであるため、余計に狂い方が激しくなり、そのためより強い排斥効果として現れると見ています。「おちょくり」に傷ついて遁走した人も内省ののち復活されることを、ボードさんが望んでおられることも承知しています。
(ボードさんwrote)
>na85さんが凄いのは明らかに知的水準が低い俺のような者の意見すらにも耳を傾け、常に内省されているところです。
童人さんが仰るように俺の愚劣な戯言など余り気にしないで下さい。
俺はna85さんをおちょくったことはないでしょう?
(na85wrote)
ボードレールさんは知的水準は低くないのです。知情意のうち知よりも感情と意志の力が突出しているから知が目立たないだけなのです。感情の赴くまま「私」周辺のことを書きつつも意志の力で「公」の話題に持っていく、それには深い知性の裏付けが必要だと考えます。知識より知恵、知能より知性です。だから「ボードレールさんは深い」と一貫して言い続けています。
確かにボードさんは私をおちょくったことはありません。それにボードさんの書き込みは、一見この場の誰かへの批判と受け取れるような内容であっても、別の誰かを擁護するためであったり、全体のバランスを考えてのことであったりする場合が多いので安心しています。
ゆえに今回私が内省的な書き込みを多くしたのは、本当に少し「内省」してみただけで、ボードさんの書き込みはそのきっかけにすぎないわけです。様々なきっかけをとらえて内省しないと信念でなく心根がゴーマンになってしまいますから。
(以上転載終わり)また照れて卑下に走らないでくださいね(笑)。
daiさん、ありがとうございました。歌会の方もそろそろ考えます(プライベートで煩雑な出来事が多すぎて全く詠めていません)。
出て行った人間が共同体に戻るときは、申し訳なさそうに裏口からとか言っておきながら、天井裏から大風呂敷担いで転がり込んできたような戻り方ですな(笑)
思いのほか長くなってしまい申し訳ないです na85
理解されたいのなら、少なくとも相手に伝わるように
言葉を選ぶ必要があります。
自分は無礼でOK,でも他人には礼儀を求めるなんて、
思い上がりも甚だしいだけです。
【動画の感想カキコミ隊 ※隊員随時募集!】
誰も見たくない?時事楽論 第14回
~『AKB48論』から『大東亜論』へ~
一流の学者と評論家が
『AKB48論』と『大東亜論』を同時に評価するという
画期的な動画だった思います。
ものすごく面白かったです!!
『AKB48論』について、
小林先生がAKBメンバーとの「一期一会」の瞬間的なコミュニケーションを描写している手法は、握手会等での彼女たちとファンとの関係性にも通じるところがあるという評論。
お二人の、いわゆるヲタ視線からではない冷静な分析なだけに、
目からウロコが落ちました。
また《人に優しくされたら同じことを自分が出来るか?》
という自問自答と葛藤こそが、
「人との信頼関係を構築する為の要」だと感じました。
『大東亜論』について、
こちらは「出会うことのできない人物」を描いているわけですが、
小林先生は「物語」として描くことで、その時代を空気を再現し、
読者はそこに立ち会うことができる爽快感があるという評論。
「なるほど、そういうことだったのか~」と目からウロコでした。
高森さんが仰った「一人の大切さを感じさせる人物たち」という
お話もまったく同感でとても印象的でした。
『AKB48論』と『大東亜論』の共通点として、
人と人との関係性を学ぶことができ、そして、
伝聞ではなく、人と人とが直接触れ合うことでスパークが起こるということを教えてくれる本ということ。
私はその「スパーク」無しには【マジ】は産まれないと感じました。
人との関わりがあるからこそ
自分は【マジ】になれるのだと感じました。
それにしても、私は『AKB48論』と『大東亜論』の読者として、
まだまだ咀嚼しきれていなかったのだと、
この動画を見て思い知らされた次第です。
これからも何度も読み、貴重な教訓を吸収していきたいです♪
>na85さんへ
鷲音さんへの擁護でしょうか掲示板の話題を出すのは結構ですが、
私はそんなものに興味無いのです。
「口が悪くても、実際は深い思考をされる方」とフォローされていますけど、
20そこらの若者ならいざ知らず、40前の人間がそれでは眉を顰めざるを得ません。
去年の年末に鷲音さん自体酔った勢いでコメントして、周りから
批判されたでしょう?口が悪いということはそういう事になるのです。
人のコメントに対して「おちょくり」で返すなど、なんの芸でもありません。
私から言わせれば只の高見猿です。それで他人に理解されたいと思う方がおかしい。
遠回しなマネせずキス・アプローチで来るべきだ。その方が面白い。
また、連投に成ってしまい、申し訳無いです、
機からみたら立ち読み出来るコメント欄で、やはりみっともないですが。
先生のブログ「子育ての話は地雷が潜む」は、やはり人権派に取っては「燃料」に成ってしまい、
所謂卑怯者に取っては揚げ足取りの格好のネタにされてしまうのですね。
慰安婦問題にも近いモノが有ると思いましたね。
キチンと検証と考察がされないまま、激情に流されて意見・私見を発すると、
フルボッコされてその中には正しい意見も有るにも関わらず、
封殺されてしまう一因に成るのだと改めて思いました。
フルボッコしたり封殺したりする輩は自覚有り無しに関わらず、
自分が今まで色んな処で語って居た事も無かったかの様にして、
圧力も無いのに同調して、それが良識派に対する、暴力的にも感じる同調圧力を肥大化させて、
自身のアイデンティティ(自我)を簡単に崩壊させ、真っ向から否定もしないで、まるで無かった事にしてしまい、
それすらも指摘出来ない様に、世論と言う「空気」を支配してしまうのには違和感しか湧きませんね。
ファシズムと変わらないと私には感じました。
疎まれ様が憎まれ様が、ハードコミュニケーションを取り続ける事は重要だと個人的には思いましたね。
>>143:尻毛屋さん
>遠回しなマネせずキス・アプローチで来るべきだ。その方が面白い。
鷲音さんがキス・アプローチ全開でいた頃の事例として掲示板の転載をしてみたのですが。最近はライジングからも一歩引いたような感じだったので残念に思っていたのです。
でも、今回のことで尻毛屋さんが鷲音さんを引っ張り出された格好になりました。だから尻毛屋さんにも結構感謝しているわけですよ、私は。しかもその後荒れることもなく、です(これが重要)。こういう事件を超えることで共同体(疑似であっても)の信頼は築かれるのかな?と考えていまう私は甘いですか?
自分を笑い飛ばしたから批判合戦が止まった!見事です na85
雷神宮歌会
メインテーマー母ー
*地域から 見守られてる感あって♪ 最近チョッチ余裕ありーの♪
…熟考して、ヒネって…、…ヒネって、熟考して…、やっと出来たと思ったら、いつの間にか"母"が抜けてた!
Σ(´□`;)
*アパートで 暮らす母子を気にかける 中年男だっちゅーねん(中年)
…な、なんじゃあこりゃあ!
Σ(゜Д゜ノ)ノ
サブテーマ
ー学ー
*ひとりでね いろいろなことやってみる パパママこれを まなぶというの?
カレー千衛兵さん、感無量でしたかあ…☆
(*´ー`*)
na85さん、お帰りなさい♪
(*^▽^*)
今回は、マジ、色んな方の色んな意見から、学ばせて頂く事の多いライジングコメント欄でした。深く考えさせられました。
今週も楽しく読ませて頂きました。
隣近所どころか、家族でさえ、挨拶がなかったり、どう過ごしているかなんて分からない方は、私も含めて決して少なくないはずです。
なのに、こうしてスマホを片手にすれば、全世界と情報は通じる事が出来る。考えると、あべこべな感覚になります。
本当は、好きな人は勿論、身近な誰かにも、対面して、たった一言の言葉だけでも掛ける事が出来たなら、どれだけの方々が救われるだろうと考えます。
それを踏まえずに、便利さだけを享受していたら、身近でも「ヘイトスピーチ」が蔓延るようになってしまうと感じています。
今週も配信ありがとうございました。
今回のゴー宣と「編集後記」が非常にうまくマッチしてますね。
よしりん先生は本当に子供が大好きなのですね。
よしりん先生が経験された「共同体」がしっかりしていたから
こそ、ああいった対応ができるのかもしれません。
わたしの家は核家族ですが、祖母が健在であったころまでは、
わたしの父のきょうだいが年に一度、あるいは法事のときには
祖母の家に寄りあい、すしなどを食べてお互いの息災を語り合う
雰囲気がみられました。
祖母が亡くなると、父のきょうだいはそれぞれ家庭を持っているので
お互い高齢ということもあり、お互いが会う機会はめっきり減って
しまいました。
わたし自身が叔父や叔母の家族と会う機会も少なくなりました。
もっといろんな話を聞いて見聞を広めたいのに、なかなかその機会
が得られないのがもどかしいです。
これも「共同体」の微妙ながら、溶融なのかもしれません。
祖母の家は4年前、解体されてしまいました。わたしはその直前に
祖母の家を訪ねることが出来ました。そのことは、本当に貴重な体
験でした。核家族の家庭で育っていながら、まだ「大きな共同体」
を想うこと、それがあるうちが、華なのでしょう。
ベビーシッターの件ですが、
あれほど「待機児童問題」で先頭に立って発言していた
共産党が、今回はしんとしているのは、
いったいなぜなんでしょうか!?
どうしたの?共産党?せっかく安倍政権を批判できる
絶好のチャンスなのに?
なんか、かえって、不気味に感じます。
あと、やはり反省の為に過去を省みるのは結構ですし、
此処はあくまでも小林先生への「ファンコメント欄」ですから、
まあそれを逸脱して無ければ、何を書いても良いのでしょうが、
他人様を、しかも過去の栄光?を踏絵みたいにテンプレートするのは、果たして如何なものでしょうか?
まあ、それをされる方も、
迷惑なのか、それとも狂喜乱舞されるのかは、何にも感じないのか?それは私から見ても、正直分かりませんし、またそれを考察する気持ちも興味も有りません。
しかしながらあくまでも私個人の意見ですが、外から見た限りでは、
これでは、何かじゃれ合い・馴れ合いと言う風にしか感じなくて、
違和感しか感じないのです。
ハッキリ書けば、掲示板?の事など一見さまには全く関係有りませんからね、
そんな事を持ち出すのはどうなんでしょう?非常に申し訳有りませんが…
勿論鷲音さんも、na85さんも、他の方々も、
それぞれ非常にとても素晴らしいこれ以上無い見事な感想を書いてるのですから、
お互い独立独歩した位置から書いた方が面白いし、楽しいと、他人の私には感じましたが。
私が思うに、大切なのは現在地、そしてこれからでは無いのでしょうか?現場からの報告と、それに対する考察、現状の傾向と対策では無いのでしょうか?
普段の生活と照らし合わせて出来る範囲内でコツコツ積み重ねる事こそ大切だと思うのですが。
大風呂敷を広げる必要など無く地道な努力しか有りませんから。
本当に本当に余計なお世話でしょうが、素直に感じた事を、
自分成りに書き直して再度コメントさせて頂きました。
皆様お気に触りましたら申し訳ありません。
人と人とのつながりは、何時、如何なる状況・時代関係無く「共同体」なのだと私は常に考えます。
追伸 あと、尻毛屋さんの「自分を笑い飛ばす」は、全面的に賛成ですね。
滑稽な自分を笑い飛ばすと言うのは何時でも有効だと経験上感じます。
>>156 洋食屋masaさん。こんにちは。
お久しぶりです。
最近コメントが滑ってないか実は内心ヒヤヒヤしている
諫議大夫です。
皆さんのコメントには個性があふれていて、
わたしはとても楽しく読まさせていただいておりますが、
ネットのコメントに現れるのは、実はその人の個性のほんの
一部にすぎないと思っておりまして、本当はもっと皆さん
難しい現場を抱えて、そのことで思索したり苦悩したり
しているのだろうなあ、と、わたしは、(勝手ながら)
思ったりしているのです。
「自分を笑い飛ばす」は、大賛成です!
最近、これはわたしはなかなかうまくできていないので、
精進しなければいけないな、と考えていたところなのです。
早く常連さんに追いつかなければ。
>>156 洋食屋masa氏 (エディ氏)
あはははははは(⌒▽⌒)
ハンドルネームを変えて、
事あるごとに私憤を織り交ぜた説教投稿するとは
ズルイよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ(笑)
自分の振る舞いが原因でチャンネル掲示板を閉鎖させたことを、
笑い飛ばせるなら、それはそれでいいです。
【チャンネル掲示板】は【ライジングコメント欄】とは関係が無い。
しかし、
あなたは、ライジングのコメント欄の振る舞い方で
小林先生からも、時浦さんからも、
何度も何度も何度も何度も、注意を受けてたわけだからさ。
ハンドルネームを変えて、私憤を晴らす説教をするなんて、
これはもう、男として絶対やったらダメな卑怯な振る舞いです。
めっ!W
あぁ、もう日曜日になっっちゃったけど、今週も配信ありがとうございます。
今回はいろいろと考えさせられる内容でした。
私は被害者である母親はバカだなぁと思いつつも、
ネットでシッターを探さざるをえない状況にある人達には同情してしまっていたので、
張り手をくらった気分です。
「覚悟」って言葉が突き刺さりました。
私は覚悟ができていないから、いつまでも子供が産めないのだろうか…
なんて思ってしまった。
仕事場で特に若い子たちと話すとよく感じるのですが、
何事においても「覚悟ができている人」が少ない気がするなぁ。
現場で戦う覚悟を作る…っていう意味を今一度考えねば。
>>159
こんばんは。
洋食屋masaさん。
実生活でのハードコミュニケーションの大切さの話、ウザがられる話、非常に面白かったし、参考になりましたよ。
(*^▽^*)
masaさんの書かれたウザがられる程のハードコミュニケーションの話と、鷲音さんの書かれていたおせっかいを焼こうという話、今回の非常~~~に勉強になったライジングコメント欄の中でも、一番イイなと思った話でした。夜、起きたら書こうと思っていて…。
(´;ω;`)
masaさんが何度も書き直したカキコミで言いたかったのは、
『過去にこれだけ良い事を書いていた人だとか、この人は実はこれだけの人なんだとか言うのは、今、議論するに当たっては関係のない話。まして、一見さんには知る由のない事だし、それは仲間内の内輪話にしかならないのでは。』
と言うような事なんだと思いました。
…つづく
今日は唯一暇な日なのでノンビリして、何か自分のコメントを再度読み直して見ましたが、
カレーせんべいさまにもna85さまにも非常に失礼極まり無い内容でしたね、なので、またまた再構成して。
>カレーせんべいさま
ご指摘お叱り苦言ありがとうございます、掲示板閉鎖の元凶は、間違い無く私masaことエディですから、
そして他の皆様は、
金輪際・これっぽっち・欠片・雫も、
責任も無ければ全く関係も有りませんから、すべてカレーせんべいさまの書かれた仰られた通りでございます。
その他の先生や時浦さんに注意を受けて居た事も全て仰る通りです、カレーせんべいさま、
ご注意ありがとうございます、感謝して居ます(o^^o)
そして、カレーせんべいさまとキチンと絡むのはこれが最初で最後かな?
大先輩カレーせんべいさまにキチンと今回お相手頂きまして大変恐縮でございます、本当にありがたく思っております。
初めからこれが私の目的でしたから、達成出来て大満足です(・ω・)ノ
あとは願わくば、ゴー宣リアル道場でキチンと顔を合わせてお話をしたかったのですが、
カレーせんべいさまも参加は出来ないとの事ですし、私も今後参加はしないので、それも叶わぬ事と成りました。
何故ならば生き残りを掛けて、洋食屋開店へゴー!ですから、カレーせんべいさまとの初邂逅を胸に大切に秘め、
我が道を邁進したいと思います。カレーせんべいさま、ありがとうございました、非常に勉強に成りました(o^^o)
今後も許されるならば、現場からの報告を先生のゴー宣と照らし合わせて、自分成りに思考を凝らし、また、自分成りの報告をして行きたいと思います。
あ、諫議大夫さんとはまた今後も絡みたいですね、建設的なやり取りがまた出来そうですし。
出来れば道場参加者の感想なんかも此処で読めたら嬉しいのですが、それは「狭義の強制」でしょうか?
mayuさまの感想しか読んだ事が無いのは非常に残念ですね。
ベビーシッターのマッチングサイト事件に対する反応は
母親の経済的困窮に同情してネットに頼るのもやむ得ないとするものと
託児所の不足を国や行政の責任として批判するものに分かれるようです
思想的には両極ともいえる考え方ですが
どちらもこの母親に安易に同情してしまっている点が
この問題を真剣に考えていないように見えます
前者の背景にあるのは市場原理主義です。
収入が少なければそれに見合った額でベビーシッターを雇うしかない
それに伴うリスクは自己責任という考え方です。
実際にこの母親もマッチングサイトという市場に解決を求めました
収入が少なく困窮していたことから考えると
費用の安い方から検索していったはずです
こういう点でネットは便利ですが
安価なベビーシッターを雇える代償として
問題の多い人物に当たる確率は高くなります。
こういうリスクの高い事を自身の困窮を言い訳に漫然と続けていたとすれば
今回の事件は起こるべくして起ったとしか言いようがありません
後者を主張するのはソーシャリストです
彼らには子供を育てるのは社会であるべきだという考え方が背景にあるので
母親ではなく国や行政を批判するのです
思想的にはおかしいですが両方のイイトコどりをして
母親には同情的にふるまうのが
地雷を踏まない立ち回り方なのかもしれません
実際にそういう意見はテレビ等でよく見られました
自由主義を信奉するエセ保守と
国や政府の批判しかしないサヨク
どちらの主張からも問題の解決は見えてきません
母親は専業主婦となり子育てに専念すべきだと主張し
シングルマザー?そんなものはけしからんで片付ける
反動ホシュなどはさらに救いようがありません
市場に任せても国や行政に頼っても問題は解決しない
小さくても自分たちで共同体を作っていくしかない
という考え方こそが真の保守です
ライジングは保守の最後の砦だと思います
>>163
つづき…
それで気付いた事はー
自分はココでの公に憧れている。
その共同体に参加したいと思っている。
なのに高見から、ココの公を否定している。
目立つカレー千衛兵さんに憧れていると同時に、嫉妬もしている。
まだまだ弱い人間である。
公の視点から、このライジングコメント欄を見る事が出来ていない。
私的な感情に流され易い。
…などなど。
(;・∀・)
議論をする上でのコネクション作りと、このコミュニティで楽しむ為のコネクション作りは、また違うのかなと思うに至りました。
昔、閉鎖になった掲示板で何があったのかは解りません。
ここで注意されたとかの話も知らない事です。
さっきのカキコミは、私心を押さえながら書いていたと感じましたし、1つの意見として読める物だと思いました。
最後のカキコミは、どうか、もう一度、考え直して頂きたい。
そして、まだ去らずに、貴重な現場からの話を聞かせて頂きたいです。
お店が上手く行く事を、心からお祈り致します。
m(__)m
次号のライジングのテーマは何だろうか?
と、今から期待してみる。
はっ!配信日はエイプリルフールと被っている(笑)
もしかしたら、”サプライズ”があるかも?(笑)
コメント欄が私信塗れに成ってしまってますね、非常に申し訳ありませんが、
スルーは今回は非礼だと考えるので。
>ニセただしさん
先ず、多分ですが、ニセただしさん、私と間違えられて居たんだと思うのですよ、
それが少し申し訳無かったと反省して居ます、確かに私の以前からの考えと被るんですよね。
しかし、やはり色々手を替え品を替えとやってみたんですが、気持ちが通じる事は無いのだとつくづく思い知らせたんですよね。
其処で今回のゴー宣と交えて考察して見ました。
やはり知らず知らずのウチに自分の中でも、ネットのやり取りが上位に来て居る事を痛感したんですよね。
自分自身は「ネットなんぞ、利便性の高い、しかし、それ故破綻も早い、脆弱性の高いツールだ」と言う思いが強いと勝手に思い込んで居た筈なのにです。
社会的弱者?と言われる方々で有っても今のインフラ・生活基盤の中で暮らして居る以上は、
生活困窮者に比べたら、非常に恵まれて居るのでは?と考えて居たんですよね。
しかし、諫議大夫さんが上で書かれて居た様に、
「見えない部分での苦しみを胸に秘めて戦ってる方々」に対しての「思いやり・配慮」に掛けて居るのかも知れないとも考えたのです。
しかし、自分のアプローチは変えられない、だからウザく鬱陶しく思われても、心の其処から嫌われ者に成っても、
トコトンやろう、そう考えた次第なのです。
ネットが無くても何とか生きて行く、インフラや社会保障の脆弱さは、一昨年被災地に赴き、
この目で見て、被災者と邂逅して、思い知らされたんですよ、
しかし、皆さん強く明るく生きて居られる、凄え!と感動したんですよね。
そして私の中では別の思いがムクムクと芽生えて来たんですよ「負けられない!」ってね。
自然災害の責任に転化は出来ない、何時なんどきこの様な地獄絵図がまた起こるとも限らない、
私らは生きている限りは戦わないと行けないんです、それはどんなカタチで有ろうとも。
ゴー宣は何時も何時でも、私らにそれを教えてくれます、別のイシューでは無い、全てが繋がって居ます、
点では無く、線なんですよね。
仕事に追われ、生活に追われながらでも、ヒントは散りばめられて居ると思うのですよ、そして、それは普段の自身の生活の中でしか思いつかない、
そして結びつかないと思うからです。其処から知識と経験を融合させ「知恵・叡智」にして行かないといかんと常に思うのです。
それをまた次代に伝える、その為には、やっぱり一歩づつ進んで行くしか無いのだと考えるのです。
まあ、私の場合は3歩下がるんですが(笑)それじゃダメじゃんw
いや、またウザいコメントは出禁に成らない限りは…暇が有りましたら(o^^o)
>>153
カレー千衛兵さん、こんばんは。
ボンさんは、埼玉県の方でしたか!
Σ(゜Д゜)
失礼致しました
m(__)m
確かに、文法的におかしいですね。
(^-^;
【ボンカレー連合】でしたか。
monmonさんとが【ぶたじる同盟】と。
(*´∀`)
みるきーは、単独のCMで元気な姿を見せてくれていますね♪
ライジングを見る事が出来たのが去年の秋からで、解らない事も、まだ多くて。
(;-;)
そうそう、今思うと、初めて読んだ回にカレーさんと小林先生のQ&Aでのカラミがあったんです。
(^○^)
その意味が解ったのが年末でしたけれど。
。。(〃_ _)σ∥
大阪の方は、カレーさんと元坂口さんだけなんでしたかね。
(´;ω;`)
しゃべクリ!のネタ、楽しみにしております。
(^O^)
>ニセただしさん
こんばんは^^
返信をありがとうございます。
そうそう、カレーさんが既に書かれていますが、私はド埼玉人ですww
もともと「ボン☆カレー連合」とは、最強ネタ職人元坂口さんに対抗するために結成したんだったかな^^;?
まぁ~面白ければ何でもいいかな~とww
そんなわけで、これからもどうぞよろしくお願いします^^
>カレーさん
ご説明ありがとうございます^^
しかし、《常連には常連なりの昔ながらの良さがある!たぶんあると思う。あるんじゃないかな?もし無かったらゴメンナサイ》ってちょっと私には荷が重いですね~><;
謝っていいっすか?
まぁ~いろいろと大変かもしれませんが、「かれーせんべい」でも食べて一服してくだされ^^
雷神宮歌会です。
春の日の賽の河原にひとりまた母を恋ひつつ石積み始む
カレー千衛兵様(あっ今気が付きましたが、漢字の読み方は「せんべい」なのでしょうか。そして以後、他の方に倣って「カレーさん」でよろしいでしょうか)、私の和歌に対する批評、ありがとうございます。
「読んでくれはる人、いてるんや~」という気持ちが正直なところです。ましてや常連さんとなると尚更です。
しかし、このような返事をする私は「しんどいわ」と思われてないでしょうか。
なんら論争の種を蒔く事もない洒落のきつい、笑いに憑かれたような人間ですが、今後とも御贔屓にしてクリ!
いろいろ考えすぎてなかなか書き込めないです(´ω`;)
20歳の親戚の子はネットで知り合った子と
よく友達になったり、付き合ったりしています。その環境は学生の頃から当たり前にあって、
ネットでの出会いに疑いを持っていない人もいるのかなぁ、と感じています。
特に若い子達は…。
痛い目にあって初めて気づくのは遅いんですけど、
もし自分がそういう環境に生きていたら…
と想像した時に
簡単にネットを利用してしまうのかもしれない…と思ってしまいました。
雷神宮歌会テーマ「母」
○母親の 胸に抱かれた 子のように 春の眠りに わが身預ける
○つながりも 知恵も覚悟も 母性さえ 無くても母に なれること知る
テーマ なし
○里桜 蕾は固く 閉じている 届け春風 みんなのもとに
がんTさん
元々、自分のスタイルを人が「許す」資格などないのです。むしろ、自由であった方が面白い!
僕は人のコメントをチェックしているので、当然、がんTさんのコメントやQ&Aも見ています。映画や本に詳しいなというのが、僕のがんTさんのイメージです。
「しんどいわ」…。それを言うなら、僕がもっと「しんどい」ことになるので、ご安心を!がんTさんの方が先なのに、僕が常連ヅラしてた。
雷神宮歌会に初めて参加いたします。
サブテーマの『学』で。
大学を 出ても宛無い 我の目に 雪に紛いて 散る桜花
春になったのに就活が終わりません。
本当に桜の花びらが雪に見えました…最近肌寒い日が多いからだと思いたいです。
今週も、楽しませて頂き、どうもありがとうございました♪
思考するのは、やっぱし楽しいです。
私は、元々、子供が苦手でした。嫌いだった頃もあった。
先生の作品から、個と公、公と私の概念を学んでからは、何故か、段々、子供が気に掛かる存在になって来て、可愛いなと思うようになって来て…。
今じゃあ、もう可愛くて仕方ない。そこら辺に歩いてる子さえ可愛くって可愛くって。
中学生や高校生の野郎共でも、何だか可愛くって。
会社の新人のネトウヨみたいなヤツでさえ、たまに可愛く思えてしまう。
個と公、公と私の感覚を知る事は大事です。バランスを保つ事も。
あやめさんの様な話を聞くと……年寄りの方からドンドン引退していって貰って、若者に席をドンドンと空けて行って欲しい。
若人が キラキラした目で見つめてる 育てあげたし その可能性
なんやかや 社会に守られ生きてきた 同じ思ひを 若き朋へも
若者が イキイキ働く未来をいつも 思い描いて生きてゆくので
今回のゴー宣は度々取り上げられる共同体の重要性とネット
が抱える問題を具体的に学びました。
近所に住んでる妹夫婦は4歳と1歳の子供を抱えていて、
夫婦共々公務員をやっていて、今は妹が育児休暇をとって
子供を育てています。端から見ても子育ては大変なようで
妹は体調を崩しがちになり、度々実家と夫、それぞれの
両親に頼っています。
比較的生活環境に恵まれた妹夫婦でもそんな有様なので、
「信用できる人との繋がりを、普段から作っておかねば
ならない」という、よしりん先生の意見にはまったく同意
です。一方で、今回の事件のようなシングルマザーの場合、
育児と仕事に加えて一からの人間関係の構築にまで力を
注げるかと考えてしまい、共同体は長い時間の積み重ねで
できた信用を担保する側面があったことを知りました。
ネットが人間から知恵を奪うという言葉はまったくその通り
だと思います。
ネット上での繋がりは他者との関わりで生じる軋轢や束縛は
起きません。しかし、それは人との付き合い方を学ぶ経験を
積めないことも意味しています。
実際に自分は学生時代に苛められていたこともあって人と
関わるのを避けてきました。そのため、両親からは「お前は
人との付き合い方が下手だ」とよく言われます。
事件の当事者であるシングルマザーも、付き合い方の経験が
足りず、知恵を働かすことができなかったのだと思います。
ネットは情報が氾濫しています。しかし、それを鵜呑みにする
ことは人間から思考と経験を奪うことだと改めて感じました。
「学園Z(絶人)」を描く切っ掛けはヒーローが顔を隠すのは
敵に正体が知られて周りに被害が及ぶのを防ぐためと、よく
雑誌に出てくる言葉を鵜呑みにしていた自分にとって目から
鱗でした。どんな些細なことにも疑問を持ち、それをテーマに
してしまえるよしりん先生の思考の柔軟さが改めて羨ましいです。
ネットは人間から知恵を奪うってその通りだと思いました。
ネットは便利だけど、便利なものは距離を置かないと退化するのかなと。
少なくとも母乳で育てていたら簡単に他人にはあずけられなかったはず。
母乳で育った赤ちゃんは哺乳瓶自体嫌がるので、母親には自由はありませんが、子供はいつでも母親と一緒なので安心なんですよね。
(ミルクで育てるのが悪いわけではないです。いろいろ事情もありますから)
実際のところ、子供を育てる母親はいろんなところで日々注意力を試されます。
安全な食材の調達、食育、早期教育の是非、DVD等のメディアとの距離、あと変な人に近づかせないこと等。
ネットショッピングで失敗は許されても、子供の命は失敗は許されませんから今回の事件は何ともやりきれません。
ベビーシッター事件や、皆さんのコメント見ていてふと思ったのですが、
被害者の女性は、番身近であるはずの親に相談しなかったのか、と。
もしそれすらできない状況だったとしたら、もう制度とかの問題じゃ
ありません。生まれた子供をゴミのように捨てる母親も居るくらいですから、
もう倫理観が崩壊していると言えます。
個の自由 求め続けて 来たものの いざ親となれば 頼るもの無し
因果応報とも言えるのですが。
雷神宮歌会 ―母―
母の背に おわれて聞きし 子守唄 思い出重ねて ふと口遊む
色んな人に、
色んな事を、
心から伝えたいのだけど・・・、
それをひとことで言うならば、
「もうよかろう!」 (⌒▽⌒)
小林よしのり先生が、貴重な時間を割いてまで
続けてくださっている【小林よしのりライジング】。
ライジングを盛り上げてくださる皆さんのことを「仲間」だと
勝手に思っています、私は♪♪ o(^o^)o
もうよかろう!
だから、みんなで、よしりん盛り立てよう!! O(^o^)o
以前、「しゃべらせてクリ!」で
わたしが投稿したネタが採用されたのですが、
”茶魔ちゃまのお父ちゃまが茶魔を抱きしめて泣いて、茶魔は
困惑している”の回のセリフなのですが、
わたしはこう書いた覚えがあります。
茶魔「お父ちゃま、苦しかとでしゅよ」
父「息子よ!わしはこどもを虐待する親には絶対、ならんぞ~」
(今思えば、”息子よ”の部分は、”茶魔よ”がより正確ですね)
これはある意味、今回の内容を先取りしていたようで、
自分で投稿しておきながら、今更のように思いなおしました。
(ちなみに、”子供”ではなく、”こども”と表記したのは、
わたし自身の、こだわりです)
ついつい「北原みのり 靖国神社」で検索してしまいました
後悔しました目の毒です
やっぱりサルでした
これでは慰問になりませんね
それにしてもネットって怖いですね
若気の至りが一生の恥になってしまいます
これは陰謀論を書きまくっているネトウヨ達にも言えることですけど
ツイッターの不謹慎写真でコンビニや飲食店が潰れたり
ブログの暴言で官僚が人生誤ったり
本人がしまったと思って削除しても
誰かが何処かで保存してるんですよね
ネットの言動はリアル以上に気をつけないと・・・
>>194 関西ブラザーズ(兄)どの。
”あぃでぃあ”ですか?そうですね~。
我々、関西ブラザーズは
「笑い」と「ストイック」で元坂口氏を超えることはできないし、
「知識」でna85氏、magome氏を超えることはできなし、
「色気」でmayu氏を超えることはできないし、
「闘争心」で鷲音氏、尻毛屋氏を超えることはできないし、
「バランス感覚」でdai氏を超えることはできないし、
「内省」で、ニセただし氏を超えることはできない。
そんな我々の”あぃでんてぃてぃ”は、
「博打打ち」なところじゃないでしょうか? (⌒▽⌒)
「まだ誰もやってないこと」、また一緒に実践しましょう♪♪
ベビーシッターの件でもう一つ言おうかと思ったのですが、次回にします。
少し思い当たることがありましたので。
孤独と孤立と、そして分業化に依る弊害が合わさった不幸な事故と考えるべきと私は思いました。
"夜露死苦"なんて言葉がいっぱいだ!
(゜ロ゜;ノ)ノ
ウイルスみたい。
私のだけだろうか…。
ゴー宣ライジングの、コメント欄以外の、ほぼ全ての文章の合い間に
『夜露死苦!!!!』
なる文字が入っています。
これは私のスマホだけでしょうか。
こんにちは。
今回の件に関しては、
どうしてもこのようなことが頭から離れません。
www.nhk.or.jp/hearttv-blog/500/174748.html
http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/500/174748.html
絶対弱者、とも言えるのではないでしょうか。
「この人、ギリギリやな」という大人は
私の周りにも、います。
身は持ち崩していませんが。
見た目では、絶対気づかない。
地域社会が崩壊した現状で
親や親類、友人がサポートしてくれないと
このような人たちは福祉にたどり着くことすらできない。
文章の合間に『夜露死苦!!』という文字が入っている件、スマフォだけのようですね。
PC版ではありませんでした。
今号だけでなく、前号以前のエントリーでも同じ現象が起きています。
こんにちは、改行毎の文字は、ドワンゴのエイプリルフールに寄るイタズラの様ですね。ウイルスの類では無い様です。が…
悪いんですが、あんまりノレませんね、これ、イタズラレベルでは有りませんし。
エイプリルフールのイタズラですか。
あー驚いた。
驚いただけで決して面白くはないですね。
むしろ不快。
ドワンゴのセンスの無さにも驚いた。
エイプリルフール自体は否定はしませんが(というかむしろ肯定派です)今回の「夜露死苦」はさすがにちょっとね・・・
夏野剛ってフジテレビのとくダネでコメンテーターやってる人でしたっけ?
しかし左下の「夜露死苦」の文字、読むのに本当に邪魔・・・・
先ほど、ニコニコの問い合わせフォームから、ネトゴミばりの罵詈雑言を使って抗議を送りました。今日はエイプリル・フールなので、彼らの常識では許容範囲に違いありません。
美術館に例えれば、鑑賞客と展示絵画の間にガラスを置いて、館長自身が、そのガラスに向かってラッカースプレーで好き勝手に落書きしている状態でしょうか。あるいは、館長自身が展示絵画の前で爆竹を鳴らしまくって、鑑賞を妨害している状態とか。このような行為は、常識的にも、著作権法上も憲法上も、NGのはずです。
小林先生関連以外の、ニコニコへの出費は全部や〜めた。
「夜露死苦」出てこなくなったかも。。。
自分たちのサイトのTOPにする分には
誰も文句は言わないでしょうが
サービス提供しているシステムに入れ込むのは
非常識すぎてアホですよね(苦笑)
『ビルのオーナーが勝手に店舗にあがり込んで商品に「夜露死苦」と落書きする』
という例えはどうでしょうか?
翌日には自然に消える落書きとオーナーが言っても
すぐに警察に通報するレベルの業務妨害ですよね。
あっ「夜露死苦」消えましたねぇ~
私も最初、ネトウヨの攻撃か?と思ってしまいましたwww
ドワンゴよ、「反省だけならサルでもできるぞ!!」
いや~本当に「悪い意味で」夏野って名前を覚えちゃいましたね~^^;
ところで、なんでヤンキーなんだろうか??
夜露死苦ってエイプリルフールだったんですね
昨日、ちらっと出てるのは見たのですが
そのまま寝てしまったので気がつきませんでした
ネットでは色んな所でエイプリルフールをやっているので
競争になってやり過ぎたみたいですね
今は直っているようですがこのセンスはどうなんでしょう
こういう時代錯誤なノリがギャクになる時代になったということなのでしょうか
とりあえずトップページの「増税上等」というのは
政権に媚を売っているようで好きになれません
ヤンキーと政治という組み合わせはイヤらしい気がします
あまりにも頭に来たのでドワンゴ本社に抗議の電話を入れてやろうとしたところ、呼び出し音はなれども人はでず。
おそらく、抗議の電話が炸裂したため、居留守でも使っていたのでしょう。
今回のエイプリルフールだから「夜露死苦」の意味が分からない。
なぜ今、時代錯誤の「夜露死苦」なのか?
ドワンゴ社内でこれがはやってるのか?
だとしたら、生き馬の目を抜くネット業界で、この程度のネタしか思い浮かべることができないスタッフだらけのドワンゴの社運ももはや尽きたと思わざるを得ず。
センスのない上司をもった社員達には、速やかに転職することを願わずにはおられない。
わたしはPCで書き込みをしているので、
このようなことがあったとは気も付きませんでした。
が、これはいただけません。
ニコニコ動画ファンのわたしとしては
「怒ワン御(←”ドワンゴ”と打とうとしたら初め、こんな文字にな
った)よ、やっちまったな~」としか言いようがありません。
わたし、まさに今日、ライジングの皆様に、ニコニコ動画の
面白さを紹介しようと思ったのですが、やめました。
エイプリル企画として、自分の名前”諫議大夫”を、1日限定で
諫”義太夫”(かん ぎだゆう)にしてみようかなという
遊び心も思い付いたのですが、やめます。
「遊びをせんとや生まれけむ」といいますが、
これは”遊び”ではなくて、まさに悪質な悪戯です。
「夜露死苦」騒動の中、ここのコメント欄でも
なんでヤンキー?という疑問を私も持ったので、
試しに検索かけてみたところ、最近「マイルドヤンキー」
なる言葉が流行っているようです。
(参考までに、http://www.lifehacker.jp/2014/03/140314book_to_read.html)
私としては胡散臭いことこの上なく感じるのですが。
「豚もおだてりゃ木に登る」とかそんな思惑をビンビンに感じるのです。
なんにせよ、ドワンゴの低知能スタッフどもの無駄なマイナスの努力のお陰で、毎週火曜日に遅れず配信されていたライジングがおくれるというのは重大事だ。
ヤンキー文化論て斉藤環あたりが言っていた言葉ですよね確か。
結局現政権の肯定にしかならないのかなと思います。
マイルドヤンキーはチョイ悪おやじの商標を変えたようなもんでしょう。
一言で言うと「非常に下らない」
こういうカテゴライズさせて飯の種にしようとする辺り、発信者の魂胆がミエミエですね。
悪びれるのがカッコいいのはいつの時代の話だろうか。
まじめってそんなに駄目?
ファッションセンス疎い=まじめという印象にしかならないのなら、商売(消費)に当て込むことがより鮮明に浮き彫りにされるだけなのでしょう。
今回のドワンゴのエイプリルフールネタを最初見たときは
そのセンスのなさに不愉快さを感じながらも馬鹿なこと
やってるなくらいしか思いませんでした。
しかし、よしりん先生のブログを読んで、これは価値の
優劣に繋がる問題だと気づかされ、そこに考えが及ばず
反省しきりです。
これまで延びるとのなかった配信がこんな理由で延びる
なんて悲しいです。
尻毛屋さんも書いていらっしゃいましたが、
「マイルドヤンキー」なる言葉、確かに流行しているようです。
グーグルで検索してみましたが、彼らは「新保守層」のようです。
なるほど、確かに現政権の肯定ですね。
そして「夜露死苦」という言葉を使う。わたしが小学生の時、校内
暴力が盛んな時だったので、今、40代後半といったところでしょ
うか。わたしより4~5歳年上の世代にあたります。
彼らは会社に入社すると、バブル景気の恩恵をモロに受ける。
気に入らなかったら会社をコロコロ変えてしまう。(転職ブーム)
給料は満額貰って当然。休日は海外旅行。
入社、退社時刻はフレキシブル。
わたしがビジネスマンとしての50~45歳に持っているイメージは
大方こんなところです。
私は幸いにもラクガキを目にすることはありませんでしたが、
皆様の投稿を読んで、その様子に、頭に血がのぼりました!
完全に「笑い」を履き違えとる!この「侮辱」は許せん!!
ですが今回の件で、
「人を侮辱するという行為に対して、マジになって怒る人」が
沢山いたことに、私は希望を感じました(⌒▽⌒)
どうにも、こうにも、はらわたが煮えくりかえる!
小林先生を初め、よしりん企画の皆様が、
他の仕事との兼ね合いがある中、貴重な時間を割き、
そして深夜に及ぶ作業で毎週欠かさず配信してくださっている
小林よしのりライジングを、配信元であるドワンゴは侮辱したのだ!
しかも、ブロマガの購読料の一部は、
ドワンゴに入るんじゃないのか!?
つまり自分たちの「商売」すらも侮辱している。
これが「エイプリルフール」で済むわけがない!!
夏野のぶぁ~か!!
お前は、コンパニオンやキャンギャルと合コンでもしてろ!!
二度とその面見せるなよ!!
※エイプリーフールの冗談ですww
「小林よしのりライジング」という公的空間に
土足で入ってきて、それを踏み躙(にじ)るという行為は、
まったくもって許し難い。
大東亜論の”帝を冒涜する神主”そのものじゃないか。
これはぜひ、ライジングで号外を出して、世に問う
べきではないですか?(次号はすでに”ベビーシッター”と
テーマが決まっているので)
私は普段ネットをあまり見ないものですから、ネットの中でエイプリルフールの悪ふざけが恒例になっていることなど知りませんでした。
今朝、スマホでライジングを見ようと思ったら、一面気色の悪い「夜露死苦」がビッシリ表示されていて、仰天しました。
いくらエイプリルフールだからといって、よその家に無断進入して落書きしまくって、許されるはずがないでしょう、と思ってしまいます。
現実世界で許されないことをネットでやって楽しむのは、ネットだからと油断してたら痛い目に合うんじゃないでしょうか。
少し前、バイト先での悪ふざけをネットに公開した人がいましたが、ネットの感覚がそのまま現実世界の感覚となって表れた、典型的な事例。
エイプリルフールなんて、子供の頃にしかやらない遊びだと思っていたのですが、良い歳した大人が率先してネットで悪ふざけしてるとは驚きでした。
楽しみにしていたライジング配信が遅れるのが、残念で仕方ないです…。
小林先生。(これを見ていたらの話ですが)
次号(Vol.80)は予定通り、書き直さずに配信して、
改めて号外で、この件について取り上げると言うのは
いかがでしょうか。
ニコニコでドワンゴ批判、そしてヤンキーですか、なんか
大人になれないコドモ大人への強烈なカウンターになると思います。
ネットながら公的空間を守る。ここをそういう橋頭堡にしたいと、
みんなも思っていることでしょう。
次号がもうすでに配信されています。
よしりんスタッフの皆様、今日は色々とあったけど、
お疲れ様です。
怒ワン御…いや、ドワンゴの夏野剛ってヤローのしわざだったのかあ!
(#`皿´)
なんちゅーバカなんだろう。
(; ̄Д ̄)
イイ歳して、エイプリルフールとヤンキー文化って…。
ああっ! "コメントする"のボタンに指が触れてしまった。
(゜ロ゜;
イイ歳こいて、子供かっ!…って感じですな。
でも、さすがは、みなぼん編集長。
火曜日に配信☆
ヽ(^○^)ノ
(ID:3827209)
一番!
いつも楽しみにしています。先生、スタッフの皆様、ありがとうございます。