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転校から三日目の金曜日。
魔女ということを抜きにした、メルティの教師としての現段階評価は、尊敬できる……というレベルまではいかなくとも、好意的に接することができる人である、というものだった。
授業はわかりやすいし、生徒のどんな質問に対しても、丁寧に優しく答えている。むやみに怒ったりもしない。たまに……いや、よく脱線して幼い女の子がいかに芸術的で素晴らしいかと語り出すこともあるが、一切雑談をしない堅苦しい教師よりはいいんじゃないかと思ってしまう。昔の日本は十二歳の少女を嫁にもらっていたりしてロリコンが多かったとか、なんだかんだで面白い話なのだ。
それに……椅子を使って板書する様子や、屈託のない笑顔や、ちょこちょこした歩き方などは、確かに可愛らしい。魅了されているわけではないが、彼女がキュートな存在であることを否定はできなかった。今後、どのようなロリへの誘惑が仕掛けられるかわからないが、今のところ日常生活に支障はない。
他の教科もさして問題なくついていけるレベルで、零次はスムーズな勉強をすることができた。さすがにメルティ以上の個性派はいないが、どの先生も明るく優しく、転校生の零次にいろいろと気を遣ってくれた。
クラスメイトにも教師にも恵まれる学校生活。
これ以上に望むものがあるとしたら……やはり女の子、ボーイミーツガールだ。
具体的には……隣の席の崇城朱美。
やはり彼女の存在感は際立っている。彼女しかいない。
零次は人生で初めて、女の子に惚れたという経験をしていた。
気がつくと、つい彼女を見てしまう。これが一目惚れというやつなのかと、体が震えた。高嶺の花かもしれないが、だからこそチャレンジする価値があるのではないか。
零次は今まで彼女ができたことはないが、決して女受けが悪かったわけではない。ドラマや漫画で見るような……ほんの些細なきっかけさえあれば、なんとかなるに違いないと、思春期らしい青くて甘い考えを持っていたのだった。
休み時間、ニマニマしながら廊下を歩いていると、メルティが声をかけてきた。
「深見、どの部活に入るかは決まったかい? 私が顧問をしているところに入ってくれると嬉しいんだけど」
先生の相手をしている暇はありません。崇城さんのことを考えるのに忙しいんです……と言いたかったが、真面目な質問なら答えないわけにはいかない。
「僕は帰宅部でいいです」
「どこにも入らない? どうしてまた」
「ちょっと思うところありまして」
思い切って崇城と同じ部活に入りたいと考えたのだが、彼女はどこにも所属していないのだった。なら帰宅部でいいやと決めたのである。
「ちぇ。もっともっとロリの素晴らしさを教えたかったのに」
「……僕はロリコンにはなりませんよ」
魔女の妖しい誘惑には乗らない。まっすぐな視線でそう訴えた。
そして授業は終わり、放課後のホームルーム。
明日は土曜日。転校して初の週末だ。家でダラダラしようか、それともどこかに出かけようか。遊べる場所はどんなのがあるだろう。どこかいいところに誘ってくれるよう、誰かに頼んでみようか……とりとめのないことを次々に思い描いた。
「あー、ちょっと聞いてくれ。重要な話がある」
メルティの発言に、ピタッと静まる教室。
「重要な話! メルティちゃんの口から出るものは、すべて重要な話です!」
「ありがとうね御笠。それで、だ。明日の夜は、深見の歓迎会をしたいと思う」
飛び出したのは、実に意外な言葉だった。
「教室を使わせてもらう許可はすでに取ってあるからね。料理も飲み物も手配済みだ。古今東西、大勢の人間が心をひとつにする手段は一緒に食べ、飲むに限る。都合がつくなら、ぜひとも参加してほしい」
「おお、これを機会にいっそう交流を深めようじゃないか」
御笠が拍手を打ち鳴らす。次々とクラスメイトたちが同調する。面食らっているのは零次ばかりだ。
な、何か企んでいる? 最初にその考えが頭をよぎったが……。
転校生の歓迎会が行われると知って、喜ぶクラスメイト。そんな暖かい空気の中で疑心暗鬼になれるほど、零次はひねくれた人間ではなかった。
ロリコン化計画は問題だが、それを除きさえすれば、メルティはいい人だ。ひとまず目をつぶろう。そう思った。嬉しかった。
「深見もいいだろう?」
「は、はい! 喜んで」
ホームルームが終わり、ふわふわした気持ちで零次は帰宅の途につく。グラウンドを横切る足取りは、羽が生えたように軽快になっていく。
クラス全員で歓迎してくれる。ということは、彼女もきっと来てくれる……。
その彼女が、すっと零次を追い越していく。
「あ、崇城さん」
「……どうかした?」
立ち止まり、静かな仕草で振り返る崇城。
地を照らす西日にも負けないほど輝かしい……我ながらキザな表現だと思ったが、凡人の零次にとって、それくらいに彼女は魅力的だった。たまらなくドキドキしてくる。やはり帰宅部を選択してよかったと実感した。
「崇城さんも……明日は出席してくれるの?」
「委員長が欠席するわけにはいかないでしょう」
「あ、ありがとう」
ただクラスメイトとしての義務で出席するだけと言っているようで、ちょっと悲しかった。だが転校したばかりで、そこまで好感度を持たれているわけはないので仕方がない。
「歓迎会だなんて……ホント予想外だよ。あそこまでしてくれるなんて」
しゃべっているうちに舌が乾いていく。ますますお近づきになれる。緊張が風船のように膨らみ、収まらなかった。
とにかく話を続ける。昨日スーパーマーケットで会ったときよりは、長続きさせたい。
「こんな風に生徒のためのイベントをやるってこと、前にもあったの?」
「誰かの誕生日には、必ずお祝いのプレゼントをしているわ」
「へえ、どんなのを贈られるのかな」
「自分のヌード写真」
「……あ、あはは。それより歓迎会、楽しみだなあ!」
無理矢理話題の方向を変えると、崇城はしばらく沈黙し、それから答えた。
「自分が楽しみたいだけじゃないのかしら」
「え? それって……歓迎会にかこつけて、単に先生自身がおおはしゃぎしたいだけって言いたいの?」
「ありうるでしょう?」
零次は……頷いてしまう。
今までの言動からして、ありえないとは断言できない。
しかも、教育の場を離れたプライベートの時間なのだ。どんな奇天烈なことをしでかすか予想もつかない。たとえば、いきなり脱いだり。
「う、うーん……。そうかもしれないけど、僕を気にかけてくれているってことも、確かみたいだよ。それは素直に嬉しいな」
「深見くん」
「え、あ、え?」
まともに名前を呼ばれたのはこれが初めて。零次は慌てふためく。
崇城の目は、何か不思議な光を宿しているように感じられた。
しかし、そっと視線を逸らす。
「……いえ、何でもないわ。気にしないで」
それっきり崇城は無言だった。
自宅に帰ってからも、彼女のことが気にかかっていた。
さっき、明らかに何かを言おうとしていた。しかし寸前で飲み込んだ。
「なんだったんだろう……。はっ、まさか」
……彼女も僕と同じように、自分を気にかけてくれている?
「んなまさか、ねえ。いや、でも、ふふふ」
「何よいきなり」
沙羅がお茶をすすりながら、怪しげに笑う弟に目を向ける。
「そんなに学校、面白いんだ」
「まあね。それより明日の夜さ、僕の歓迎会を開いてくれるっていうんだ。だから夕食は自分で用意してね」
「へえ、楽しんでくればいいじゃない。メルティ先生も一緒なわけ?」
「というか、先生が主催だから」
「自腹で転校生の歓迎会ねえ! 本格的にいい先生だわ。確実にフラグだわ。あんた、ロリへの道をひた走るわ」
「あのさ、普通さ、自分の家族からロリコンは出したくないって思うもんじゃないの?」
「あたしが面白きゃ、それでいいのよ」
どうしてもこの姉は、弟をいじくり回したくてしょうがないらしい。
それはともかく……やっぱりメルティは何か仕掛けてくるつもりなのだろうか? ちょっと不安になった。
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