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 その後の授業は、とても快適だった。好きな女の子が隣にいる。それだけでやる気が倍増する。いつもよりずっと内容が身についた気がした。
 当の崇城は、傍目には真面目にノートを取っているように見えるが、内心では「どうしてこんなつまらないことを」と思っているのだろう。
 幼い頃からIMPOの両親のもと、魔法を身近なものとして育ってきた彼女だが、小学校や中学校には普通に通っていたのだろうか。いくら戦士でも、世間一般の常識は必要のはず。それらを身につけさせるには、学校が一番手っ取り早い。そのあたりのことも聞いてみたいと思った。
 昼休みになり、零次は弁当箱を取り出しながら語りかける。
「一緒にお昼どう?」
「メルティ……先生と食べればいいでしょ」
「いや、メルティちゃんは今日は一年生の男子グループと食べるらしいぞ」
 御笠が口を挟む。さすがの情報収集能力である。
 メルティが誰より優先するのは零次だが、学園一の人気者として幅広い付き合いを大事にしている。ランチに誘ってくるのはせいぜい数日おきだ。
「しかし深見くんはあれか? メルティちゃんと崇城さんを二股にかける気か?」
「なんだって? それは本当かい?」
 佐伯も話に参加してくる。すると崇城が予想外すぎることを言ってきた。
「そうなのよ。深見くんったら先生に愛されているくせに、私にまで手を出してきて。私は深見くんと先生の仲を応援しているのに」
「ちょ、崇城さん?」
「私、うそは言ってないわ」
 ニヤリ、とほくそ笑む彼女。どうやら仕返しのつもりらしい。
 ところが御笠と佐伯は、さらに想定外の切り返しを見せる……。
「なぁに、メルティちゃんの心は宇宙よりも広い! きっと二股もあっさり許してくれるだろうぜ!」
「そうそう。僕たちは深見くんがどんな恋に生きようと、応援するから。崇城さんもさ、遠慮なく付き合えばいいよ。彼はいい男だよ!」
 崇城はにわかに顔を引きつらせる。誘惑の結界に囚われている彼らはメルティを、そしてメルティに愛されている零次のことも一切否定しない……。
「一緒に食べるんでしょ。来なさいよ」
「……え? あ、うん!」
 崇城も弁当箱を持って立ち上がる。彼女の思惑は何となくわかった。ふたりきりになれるところで、思いっきり不平不満をぶちまけたいのだ。
 無人の屋上に到達すると、彼女は予想どおりに怒鳴り散らした。
「もう、バカ! どうして私がこんな思いをしなくちゃいけないの!」
「嫌なの? また学校で過ごすのは」
「命令じゃない、強制はしないと言ってくれたなら、断固拒否していたわ。……神楽さんは何を考えているの」
「だからそれは、崇城さんに人並みの日常を経験してもらいたいって」
「そんなの必要ないわ! もっと修行して、強くならなきゃいけないのに!」
 強くならなければいけない。
 なぜ? 戦士だから。
 だが、強さとは何か。単純に戦闘力の話に集約されるのだろうか。……少なくとも雪街はそうは考えていないのだろう。
「雪街さんはさ、君に魔法使いとしての強さだけじゃなくて、それ以前の人間としての強さとか、魅力とかを身につけてもらいたいんじゃないかな。そんなようなことを言ってたし」
「それが組織の何の役に立つっていうの?」
「部外者の僕にはわからないよ」
「……そうね、あなたに聞いた私がバカだったわ」
「まあ、僕は崇城さんが登校してくれれば、細かいことはどうでもいいんだ」
 崇城は端正な顔を苦々しくゆがめ、零次を睨む。
「なんだかメルティ以上に、あなたのことがわからなくなってきたわ……」
「僕の考えは、ずっと前から一貫しているよ。先生が僕を利用するなら、僕も先生を利用する。……あらためて言うよ。僕は崇城さんが好きだ。一目惚れしたんだ」
「……っ」
「だから君と一緒にいたいし、力になりたい。この体内に埋め込まれたエターナルガードを使って」
「……今の私が、あなたに好意を抱いていると思う?」
「そりゃ……ノーだよね。でも、いつかイエスって言ってもらえるように頑張る」
「は、恥ずかしくないの? そんなことを臆面もなく」
「恥ずかしいよ。自分でもビックリだ。でも、受け身でいたくはない」
 何の取り柄もない自分が、いつか振り向いてもらえる。そんな都合のいい話があるわけがない。
 だったら自ら動くだけ。大小持てる武器をすべて利用して。
 メルティは魔法の世界を知ることで刺激を味わってほしいと言った。
 だが、この恋愛感情より他に、人を突き動かす衝動は存在しない――。
「だから崇城さんもまずは、僕を有効活用する方法を真剣に考えてくれないかな。もちろん僕も考える」
 崇城は何も返事をせず、弁当箱を開いた。積極的に賛同はしないが、上司の命令がある以上拒否はできない。
 だからといって、自分の主張ばかりゴリ押しするのは悪手だろう。彼女の複雑な心理を理解し、傷つけないように最大限の配慮をしなければならない。