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夏真っ盛りのような突き抜けた晴天となった。
じわじわと気温が高まる中、零次は体力を消耗しないよう、朝、昼、夕方とのんびり過ごした。夜に備え、昼食は軽めのもので済ませた。
あとは、着ていくものだ。
「うーむ……」
床に並べた服の前に座り、おおいに悩む。集合の一時間前になっても、まだ決まっていなかった。
零次は普段、お洒落には気を遣わない人間だった。母親が選んだものを着るだけで、自分で服を買うという経験がほとんどない。ファッション性を重視したよそゆきの衣服は、ひとつも持っていないのである。
「姉さん、何を着てけばいいだろう?」
「普通でいいじゃん。そんなかしこまったパーティーでもないんでしょ」
確かにめかし込む必要はないのだが、今日は自分が主役なのだ。それに……憧れの委員長の前で恥ずかしい格好はしたくない。
「うーん……」
「もう、小細工なんかしなくていいっての。いっそ制服で行けば?」
「あ、それいいね!」
学校でのイベントとはいえ、プライベートなのだから制服を着てくる者はまずいないだろう。差別化を図るにはむしろ都合がよさそうだった。
「適当に言ったんだけどねえ……。あんたがそれでいいなら、そうすれば」
零次はそそくさとワイシャツネクタイに着替えて、鏡に向かって髪もしっかりと整える。
次第に胸がときめいてくる。およそ三十人もの人間に歓迎してもらい、一緒に食べ、飲むのだ。そうそうあることではない。
ハンカチもティッシュも持ったし、トイレも済ませた。準備は万端。
「それじゃ、夜は遅くなるかもしれないから」
「朝帰りしてくれば?」
姉の冗談を背中で受け止め、威勢よく家を出た。
夜の帳が近づき始める往来を、心持ち速く歩いていく。
学生時代の友達は何よりの宝だと、何かの学園ドラマで聞いたことがあった。今夜親交を深め合うクラスメイトたちは、間違いなくその宝なのだ。心躍らずにいられるだろうか。ああ青春! なんと素晴らしい響きだろう。
薄暗くなったグラウンドに到着する。三階の二年A組の教室を見ると、照明がついていた。すでに何人かは待っているようだ。
いそいそと校舎に入り、上履きに履き替え、静かに階段を上り、教室を目指す。
本当に興奮していた。高校受験に合格したときよりも興奮しているかもしれない。
主役という立ち位置には縁もゆかりもない、凡人の十六年間を歩んできたのだ。それが今夜限定とはいえ……歓迎会という場で主役になれるのだから。
唯一明かりを灯す、二年A組の教室が見えてきた。椅子が積み重なって廊下に出されている。机をいくらかまとめてくっつけ、立食形式にしているのだろう。
「お、主賓のご到着だ!」
扉をくぐった瞬間、零次は一瞬ポカンとした。御笠雄一が、タキシードに蝶ネクタイという無駄にきらびやかな出で立ちで諸手を広げていた。
「す、すごい格好だね……」
「ふはは、誰の前に出ても恥ずかしくない格好をしたつもりなんだけどな!」
彼一流のギャグなんだろうと解釈した。みんなも笑っている。この三日間で、御笠がずいぶんと陽気な男だということがわかってきた。クラスではムードメーカー的なポジションのようで、零次としても、この手の男友達はひとりくらいいてもいいんじゃないかと思っている。
机を寄せ集め、クロスの敷かれたテーブルに目を向ける。綺麗な三角形のサンドイッチに、フライドチキン、ピザ、スナック菓子などなど。飲み物も何本もの二リットルペットボトルが鎮座している。車にとってのガソリンのような、高校生向け優良エネルギー物質が勢揃いだ。
「昼飯を軽めにしておいてよかった」
「甘いな深見くん。俺なんかは完全に抜いてきたぜ!」
開始時刻の午後六時が近づき、残りのクラスメイトもやってきた。
零次は感激した。誰ひとり欠けることなく、全員揃っている。バスや電車通学の者もいるだろうに、面倒くさがることなく、出席してくれている。御笠ほど気合いの乗った服を着ているのはさすがにいなかったが、歓迎会という場にふさわしい、しっかりした身なりをしている。真面目にこの場に臨んでくれているのだ。
無論、その中に崇城の姿もあった。
「こ……こんばんは、崇城さん」
「ええ、こんばんは」
暗色の長袖とミニスカートという、彼女らしい落ち着いた衣装だ。決して着飾ってはいないのに、香りが広がるような美貌が、言っては悪いが他の女生徒とは段違いだ。自分のために彼女が来てくれた。それだけで天にも上る気持ちだった。
あと……肝心の人が来ていないことに今さら気づく。
「御笠くん、先生は?」
「何を着ようか迷ってるとか言ってたんだけど……っと、噂をすれば!」
「やあ、みんな集まったようだね」
元気な声がして、主催者メルティが登場した。
おおお、と歓声が室内に充満する。零次は半ば呆然とした。
メルティの身を包むのは、ふわりと音が出そうなドレスだった。黒を基調として、幾重にも重ねたフリルやレースなど、過剰に少女趣味的、中世的な意匠が施されている。いわゆるゴシックロリータである。ゴスロリを生で見たのは初めてだった。もともと人形っぽい外見のメルティだったが、余計にそれらしさが強調されている。
「どうだ、オーダーメイドで作らせた特注品だぞ。さあ、惚れるがいい深見!」
「惚れませんって」
「つれないことを言わないでくれ。君を喜ばせようと思ってこれを選んだんだぞ」
「そりゃ……まあ、ありがとうございます」
別にゴスロリ趣味はありません! などと言い放っては空気が悪くなってしまう。グッと飲み込んで我慢。
「メルティちゃん、可愛いすぎ!」
「写真撮らせて!」
クラスメイトがこぞって褒めそやし、携帯でパシャッとやる。可愛いということに零次も異論はなかった。西洋人の金髪と青い双眸が、非現実的なその装いにマッチしすぎている。日本人が同じ格好をしたって、絶対に彼女以上に似合うことはないだろう。
「さあみんな、早いところ乾杯しようじゃないか。好きにドリンクを注げ」
メルティが言うと、おのおのドリンクを紙コップに注ぎ始める。零次は何を飲もうかと悩んでいたが、メルティが明るく笑ってコーラを差し出した。少し腰を屈めて注いでもらう。二リットルペットボトルは彼女の小さな手にちょっと余っていた。
「先生は何を飲むんです? まさかあれですか」
「ああ、あれは私専用だ」
テーブルにはドリンクに交じって酒類も置いてあるのだった。さすがに未成年に飲酒させるつもりはないとわかってホッとするが……。
「酒、飲めるんですか?」
「自分で言うのもなんだけど、酒豪だぞ」
「マジですか」
「マジだとも。おーい、誰かビールを注いでくれないか」
真っ先に御笠が反応し、社長に対する平社員のように恭しくビールを傾けた。
全員がコップを持ったところで、メルティの言葉を待った。
「んー、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。深見の転入に、今日というよき日を迎えられたことに、乾杯!」
かんぱーいと声が重なって、一同ドリンクを飲み干し、盛大な拍手で零次を包む。
なんていい人たちなんだ。幸せとはこういうものか。コーラの甘さと、ふわふわ温かいもので少年の胸は満ちていく。
そして料理に殺到するクラスメイトたち。零次も腹が減って仕方がない。まずは何を食べてやろうかと吟味して……
「深見、私が食べさせてやろう」
メルティがカツサンドイッチを掴み、おもむろに零次の口元に差し出す。
「ほら、あーん♪」
一気に全員が注目する。なんとうらやましい、と羨望の声が。
「いや、そんな恥ずかしいですよ」
「こんなに可愛くてゴスロリな幼女に食べさせてもらうなんて、めったにない機会だぞ。遠慮するんじゃない少年」
「……ひょっとしてもう酔ってます?」
酒豪と言っていたくせに、メルティの顔は、すでにほんのりと朱を帯びている。もしかしたら酒癖が悪いのだろうかと不安になった。いきなり脱ぐなんてこと、本当にあるかもしれない。
「酔ってなんかないぞ~。私はいつでもどこでも清く正しいぞ~」
「わ、わかりましたよ」
空気を読んであーんする零次。
濃厚なカツの味が、空腹の極限にあった体にじわじわ染みる。美味い、と思わず声に出した。うんうんと頷く担任。
「美味しそうに食事をする男の子は、大好きだぞ」
「そ、そうすか……」
「おおおおおう! ゥンまあ~~~いっ!!」
すかさず少年漫画的なアクションを始める御笠は、みんなの失笑を買っていた。
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