ネットで当然の安倍首相批判をすると“「イスラム国」より”の批判が殺到した。これは単に「ネトウヨ」という人特有の現象と思ったが、産経新聞も同じ手口を使っている。
先ず、2月4日産経新聞は“「イスラム国寄り」?発言、野党・元官僚続々”で指摘された人々の表を見てみたい。
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・民主党枝野幹事長「(安倍首相の人道支援言明が)口実をあたえるようなことになっていないか検証していきたい(1日都内記者団に)」
・民主党徳永エリ参議院議員「人道支援とはいえ資金援助を大々的に記者会見でアピールする、テロ組織を刺激したことは否めない」(1月21日フェイスブック)
・共産党池内沙織衆議院議員「こんなにも許せないと心の底から思った政権はない。国の内外で命を軽んじ続ける安倍政権。安倍政権の存続こそ言語道断(1月25日ツイッター後に削除)
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コメント
そう後藤を見殺しにしてもけっして政権批判の声は高まらない。
むしろ自分たちに都合の良い風が吹くという計算ずくでしょう。
そしてそのとおりになっています。
共産党の志位までが安倍を増長させる言動でしたからね。
あの男の政治感覚ってどうなっているのでしょう。
9,11のあともブッシュの太鼓持ちのようなことをいっている。
ブッシュが国際社会になんの証拠もしめさずビンラディンが
犯人だと断定したあと、志位はそう断定されても否定しないのだから
ビンラディンが犯人に相違ないなどといっていた。
バッカじゃなっかろうか、フセインだって大量破壊兵器はないなどと
否定しなかった。
わたしがビンラディンでも米国大統領の放言ごときにいちいち反応
しない。
あまり語られないが、ビンラディンはなにも語らぬまま殺されたので
ビンラディンが本当に下手人なのか、たとえそうだったとしてもどれ
くらいの関与なのかは永遠に闇の中になった。
無抵抗のビンラディン夫妻をハチの巣にしたってことは米国はかれに何も
語って欲しくないとのつよい願望があったにちがいなく、そういう意味でも
米国書いたシナリオなどそのまま信じるわけにはいかない。
おっと志位のばかさ加減にふれたら話がそれてしまった。
ようするにいま日本人はとっても不幸ってことです。
えっ。幸、不幸は本人が感じるものだよ?客観的に見たらかわいそすぎる状況でも、本人は幸せだったりしてね。それを人は馬鹿と呼ぶのでしょうね。それでも賢く生きる選択をできない人はいる。自分もそうだからよくわかる。賢く生きても面白くないのだ。賢い人間に翻弄される人生をおくってきた気がする。でも本当に幸せだったのはどちらだったのか、それはかなり難しいと異になると僕は思う。
「過度な気配り」というのは人質の命を考えて言っていると思うのですが、それを「イスラム国より」と言われては困りますね。
逆に突っ張って人質が助かると思っているのでしょうか。
自分の家族が人質でも、あるいは自分が銃口を突きつけられた状態でも「テロには屈しない」と言うのでしようか。
産経さんはひどいと私は思いますが、むしろ政府とその支持者の本音の部分を書いているように感じます。
例えば沖縄に対しても、ある人の言葉の引用ではありますが残念な記事を見ました。
http://www.sankei.com/smp/premium/news/150205/prm1502050007-s.html
(ID:18367902)
人の「死」に直面したとき、対面したときどのような気持ちを抱くかによって、その人の人格が明確化されるということではないか。
ISISを、「米国論理に反するテロならず者集団」と見るか、米国論理の負の面、すなわち「貧困、差別によるゆがんだ考えが支配する集団」と見るかによって、行動が大きく異なってくる。
多くの情緒的日本人は、残虐な死、しかも善良な日本人のジャーナリストが殺された事実を、表面的に見るので、ISISは抹殺排除の対象でしかない。後藤氏のレベルでなくても、現在の異常な格差階級社会を直視できるほどの人、真理探究の学問の純粋性に没頭できる人でないと、「死」の意味するところに深い関心が向かわないかもしれない。後藤氏の「死」を蛮勇としか考えられない貧弱な思想の人が自民党の副総裁、自民党の倫理観の後退がはなはだしい。国民の25%の支持しかない自民党の横暴が大きくなれば、必ず修正反作用が沸き起こってくる、日本人独特の強さは、沖縄に見るべきでしょう。」おごるものは久しからず」良い言葉です。絶対的真理です。