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橘宏樹『現役官僚の滞英日記』第3回 : イギリスの情報公開は本当に進んでいるのか? ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.214 ☆

2014/12/03 07:00 投稿

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橘宏樹『現役官僚の滞英日記』
第3回 : イギリスの情報公開は
本当に進んでいるのか?
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.12.3 vol.214

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今日の「ほぼ惑」は、現役官僚の橘宏樹による連載「現役官僚の滞英日記」の第3回目です。今回は、来年5月の下院議会総選挙に向けて政局が盛り上がりをみせるなか、保守党と労働党の歴史を振り返りつつ、インターネットを使ったイギリス流の情報公開の現在について解説します。

▼橘宏樹による『現役官僚の滞英日記』前回までの連載はこちらから
 
▼プロフィール
橘宏樹(たちばな・ひろき)
官庁勤務。2014年夏より2年間、政府派遣により英国留学中。官庁勤務のかたわら、NPO法人ZESDA
(http://zesda.jp/)
等の活動にも参加。趣味はアニメ鑑賞。ピアノ。サッカー。等。
 
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▲観覧車(ロンドン・アイ)から臨む議事堂と官庁街
 
こんにちは。英国留学中の橘です。11月になって、日の出は遅く、日の入りは早くなり、小雨で黄葉がレンガに貼りついたビクトリア調の建物群は、陰影の濃かった夏とはまた異なる風情を醸し出しています。街のショーウィンドーはハロウィンの後は、早くもクリスマス色に染まってしまいました。
 
 
■1.広がる経済格差と似通う与野党の施策
 
今夏以来、来年5月の下院議会総選挙に向けて、各党はマニフェストの内容を、メディアは世論調査結果を、続々と発表しています。これまで労働党が若干優勢でしたが11月現在は拮抗するようになりました。
社会的にも選挙戦略的にも重要な政策論点としては、地方分権・地方経済の活性化が挙げられます。近年のイギリスは、パリ中心だと言われるフランスを大きく引き離して、ロンドンと地方の経済格差が欧州内でも激しい状況にあります。
 
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▲EU各国の地域間格差の比較(2010年)(出典:Eurostat)
(最も経済力が高い地域と低い地域の差を示している。帯が長いものほど格差が大きい。)
 
この地方経済格差は第1回でお伝えしたスコットランド独立問題にも大きく関係しています。現在、イギリス経済はG7のなかでは最高の経済成長率を実現していますが、2008年のリーマンショック以降、高所得層と低所得層の二極化と中間所得層の没落が進みました。大雑把に言えば保守党・労働党は自党の強い選挙区を三分の一ずつ分け合っています。残る三分の一の無党派層をどう取り込むか、つまり、地方都市圏域の中・低所得者層の支持を得られる政策をいかに打ち出せるかが選挙戦のカギになってきます。

近年はEU離脱を掲げる右翼政党の英国独立党(UKIP)が躍進し、保守党の地盤を切り崩しています。保守党はロンドン近郊の田園地域の伝統的な支持基盤に加え、選挙のために、労働党の牙城であるイングランド北部の大都市圏に支持を拡大するための政策を提示することになるでしょう。自由民主党含め上位3政党は、これからも対応に追われると思います。

現在のところ、労働党も保守党も、地域社会の文化的個性や産業構造、課題点が千差万別であることから分権(devolution)的な地方経済活性化政策を次々に発表しています。具体的には、大都市圏ごとに、使途を定めない交付金や、市長公選制の推進がはかられています。イングランド地方の多くの自治体では首長の直接公選制が採用されておらず議会のリーダー(首相)が務めているからです。どちらかといえば保守党は小都市圏よりの施策、労働党は大都市圏よりの施策に特徴があるといわれますが、今のところ両党の政策案は似通ったものになっています。
 
 
■2.ナッジ(Nudge)施策とは
■2-1.「ナッジ」とは
 
「ナッジ(Nudge)」あるいは「行動経済学」という言葉をお聞きになられた方も多いでしょう。ナッジとは、もともとは「ひじをつついて軽く促す」という意味です。リチャード・セイラー(Richard H. Thaler)シカゴ大学経営大学院教授とキャス・サンスティーン(Cass R. Sunstein)ハーバード大学法科大学院教授が2008年に共著で著した本のタイトル“Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth and Happiness”になりました。この本は日本でも2009年に『実践 行動経済学』という題で翻訳されています。従来のようにアメ(金・特権)とムチ(禁止・罰)を個人に与えるのではなく、あらかじめ選択肢を狭めたり、生物学的・心理学的な手法を用いたりすることで、人々の行動をある方向に誘導していく手法を提案しています。

キャメロン首相も自らの演説でこの本を取り上げており、イギリス政府は2010年に、内閣府の下に通称「ナッジ・ユニット」を設置し、特にエネルギー消費や気候変動問題への対策に行動経済学の知見を応用する取り組みを始めました。

例えば、健康上の理由から人々に喫煙をやめさせたい時に、タバコの値段を上げたり、喫煙者に罰を与えたり、禁煙区域を広げたり、禁煙成功者には報酬を与えたりするのが「アメとムチ」施策であるのに対し、ナッジ施策では、コンビニでタバコの置いてある棚をわざとわかりにくい場所に設置するように定めたり、レストラン等で灰皿を目の届かないところに置いたりする手法をとります。

もちろん、一言でナッジ施策と言っても段階や手法も多岐に渡っています。「お隣さんは禁煙に成功しましたよ」(情報提供)というチラシを配るレベルから、喫煙スペースを非常に遠くに設置したり(設計)、一目見て、ウッ…と思うような「こうなります」という口内病巣の惨状を写した写真のポスターを掲示したりする(ショック)まで幅広く用いられます。最も強いナッジ施策のひとつにサブリミナル効果を利用したCMも含める論者もいるほどです。

私の身近なところでは、街中で「この中には○○トンの紙が入っています。」と書かれた清掃車を見かけます。紙のリサイクルを促しているわけです。また、横断歩道の地面に「右を見よ」「左を見よ」と書いてあります。これも左側通行に慣れていない旅行者向けの「ナッジ」のひとつです。
 
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▲「右を見よ」
 
アメリカでも、オバマ政権は積極的にこの政策を取り入れていて、サンスティーン教授は、2009年にはアメリカ行政管理予算庁の情報・規制問題室長に就任しています。いくつかの州では、自動車免許申請の際に臓器ドナー登録票も合わせて配布したり、肥満防止のためスーパーのカートの大きさを小さく定めたりするなどの施策が行われ、一定の効果が報告されています。
 
 
2-2.ナッジの是々非々
 
こうしたナッジ施策は、お金をバラまく形をとらないので経済的・効率的なだけでなく、強制ではありません。喫煙所は○メートル以上離れた場所に設置せよ、など会社・業界等に規制を加えることはありますが、「従わない自由」が残されているので、個人の選択権を(一応)尊重しているといえます。ですから、自由主義的である点で「アメ」でも「ムチ」でもない「第三の道」として注目を集めました。

だだし、誘導対象となる人々の意識の高さや注意深さによって、それぞれの手法の効果は異なります。喫煙所の遠さや衝撃的ポスター等は慣れてくると効果が減ってくるという指摘もあります。また「タバコは体に悪いです」という表示を見ると、むしろタバコを吸いたくなるという逆効果を指摘する実験結果もあります。さらに、選択肢をあらかじめ奪う手法や、サブリミナルのように洗脳的な手法は、強制が見えにくくなる分だけ、むしろ自由主義に逆行するという指摘もあります。

こうした批判に対しては、次の様な、再反論も既になされています。人々の生活では、情報量が不足している状態で瞬間的に判断する場合が多いので、依然としてナッジは有効であるという主張や、わかっていてもそちらに誘導されてしまう効果の実証研究、人間の選択肢の幅はもともと限られているのだから完全な自由主義は最初から不可能であるという意見などです。
このように、論文が発表されてから5年間、ナッジの政策実践への応用や浸透が進み、現保守党政権の特徴のひとつとなっている一方で、活発な議論も依然として続いているわけです。私自身は、ナッジ施策の評価は、場合によるし、程度の問題だと思っています。

政策自体の評価より、私は、2008年に発表された理論に英米政府が翌(々)年には公式に取り組むというスピード感に少し驚きました。速いこと自体の善し悪しとは別に、キャメロン・オバマの自由主義的スタンスとの好相性はあったにせよ、この早さこそ第一回でも触れた「試してみよう」というアングロ・サクソン的な試行錯誤精神のあらわれのような気がします。
 
 
3.イギリス行政の情報公開
 
イギリス政治行政を語る上で非常に重要な視点のひとつに、政策情報の開示の「徹底」があります。イギリスは進んでいて日本は遅れている、と指摘されていることは、ご承知のとおりですが、イギリスにも問題点はあり、日本にも優れている点があると私は感じています。
 

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