PLANETSのメールマガジンで人気連載だった根津孝太さんの『カーデザインの20世紀』が、大幅加筆修正を加えて、10月7日(土)に書籍として発売開始することになりました!刊行を記念して、著者の根津孝太さんに関連する記事を3日間連続でお届けします。
最終日の本日は、『カーデザインは未来を描く』の冒頭部分を一足先にお届けします。根津さんが本書にかける思いがたっぷりつまった「はじめに」をお楽しみください。
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はじめに
みなさん、こんにちは。僕は根津孝太といいます。自動車やオートバイを中心にたくさんの工業製品をデザインしているデザイナーです。以前はトヨタ自動車に所属するデザイナーとして、モーターショーなどに展示するコンセプトカーや、みなさんもよく街で見かける量産車の開発に携わっていました。独立後は自動車やオートバイだけではなく、日用品や玩具などさまざまなもののデザインに挑戦しています。
▲超小型モビリティ「rimOnO」©株式会社rimOnO
たとえばこれは、「rimOnO(リモノ)」という僕がデザインした自動車です。ぱっと見たら子どもが乗るおもちゃの車のようですが、実は立派な電気自動車です。座席を縦にふたつ並べた2人乗りの小さな電気自動車で、大きさは電動アシスト自転車と軽自動車の間くらい。中に鉄の骨組みはありますが、外装はおおまかに言うと、スポンジを布で覆ったような構造になっていて、ぬいぐるみに似た柔らかい質感です。主に時速45㎞/h以下で走ることを想定した、とてもゆっくりとした自動車です。
▲トヨタ自動車コンセプトカー「Camatte」©Toyota Motor Corporation
そしてこれは、同じく僕がデザインしたトヨタ自動車の「Camatte(カマッテ)」という自動車です。これも小さな自動車で、3人乗りになっています。工具などを使わなくても外装を組み替えられることが特徴で、ちょっとレトロなスポーツカーのようなボディだったり、オフロード車を思わせるタフな感じのボディなどにも着せ替えできます。また、後ろから大人がアシストすることで子どもも運転できるような作りになっています。
▲電動バイク「ZecOO」©有限会社 znug design
(上)撮影:Kazunobu Yamada(中)撮影:Takashi Akamatsu(下)撮影:Shoot Kumasaki
この「zecOO(ゼクウ)」は大型の電動バイクです。オートスタッフ末広さんという、カスタムバイク製作の分野で高い技術と豊富な経験を持ったバイクショップと協力して、ほとんどハンドメイドで作っています。電動ですがガソリン車に引けをとらないパワーのあるバイクで、高速道路でも安定して走行できます。SFっぽい見た目ですが、ちゃんと公道を走れますし、市販もしています。
▲電動アシスト三輪自動車 TRIKE-Ω ©豊田TRIKE株式会社
この豊田TRIKEの「TRIKE-Ω(トライクオメガ)」は三輪の電動アシスト自転車です。自転車は、ほぼ完成したプロダクトに見えますが、雨の日でも安全に乗りたい、高齢者でも安心して乗りたいなど、視点を変えるとやるべきことはいろいろ見えてきます。前輪をふたつにすることによって、すべりやすい場所や段差の乗り越えでも安定して走ることができ、重たい荷物を運ぶこともできます。
この本のテーマは「自動車のデザイン」です。それも特に20世紀の自動車について、僕の大好きなクルマを選んでさまざまな角度から語りました。自動車が大好きな人にはきっと楽しんでもらえると思うのですが、今これを読んでくださっている人のなかには、ひょっとしたら「昔の自動車のデザインって、なんでそんなことが大事なの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。でも、自動車のデザインには、20世紀の歴史と21世紀の課題が詰まっています。自動車を見ることで、これまでの社会の移り変わりや未来の姿が見えてくる─僕はそう思っています。
この本は4部構成になっています。第1部では、カーデザインの話をしていく上で必要になる前提を簡単におさらいしています。第1章で、なぜ今カーデザインについて考えることが大切なのかをまとめ、第2章で、自動車の歴史を主にデザインの観点から大まかに紹介します。デザインについて考える上では、車の姿形と同じくらい、どんな文脈から生まれてきたかが大切です。自動車の誕生から現在に至るまでの大まかな流れを把握しておくことで、ひとつひとつの自動車のデザインが持つ意味についても伝わりやすくなると思っています。
第2部では、スポーツカーについて取り上げます。車のデザインといえばスポーツカー、という印象を持つ人も多いのではないでしょうか。走りの性能を追求し、自動車ならではの美学を作り上げてきたスポーツカーには、やはり面白いデザインがたくさん登場しています。第3章では、スポーツカーメーカーの代表格であるランボルギーニの往年の名車を紹介しながら、そのかっこよさの正体に迫ります。第4章では、世界の自動車市場でその名を馳せた日本製スポーツカーの変遷を見ていきます。日本で独自に発展したスポーツカーの美学を通じて、「実際に速いということ」と「速そうであるということ」の関係について考察します。第5章では、「とにかく速い」ことが価値だったスポーツカーが、かつてのような求心力を失った今、時代の流れとともに浮上した新しい自動車のかっこよさを、「スポコン」「ドリフト」「痛車」といった日本の自動車にまつわるユニークな文化から改めて見つめていきます。
第3部では、自家用車と呼ばれるような「普通の」自動車のデザインについて考えていきます。普段から街を走っている姿を見かけるような自動車は、スポーツカーに比べると見慣れているので地味なものに思えるかもしれませんが、現在の日本でどのような自動車のデザインが受け入れられているかを考えることで、人々のモビリティに対する想像力が浮かび上がってくるのです。
第6章と第7章は、いわゆる大衆車のデザインについて扱います。第6章は「過去編」と題して、戦後日本において大衆車として特別な地位を築いた「ファミリーセダン」の歴史を振り返ります。第7章は「未来編」として、誰もが自動車に乗るようになり、純粋に便利な道具として自動車が受け止められるようになったとき、大衆車のデザインは果たしてどのように変化していくのかを考えていきます。
第8章と第9章は、軽自動車のデザインを取り上げます。軽自動車は、今や日本の自動車を代表する存在に成長したカテゴリーです。「過去編」である第8章では、戦後の復興の中、「誰もが乗れる安価で高性能な自動車を作る」というハードルを越えるべく試行錯誤した、黎明期の軽自動車の多様なデザインを見ていきます。「未来編」である第9章では、こうした黎明期の軽自動車のデザインをヒントにしながら、今や重く大きな自動車に成長した軽自動車の穴を埋める存在である「超小型モビリティ」の可能性について見ていきたいと思っています。
最後となる第4部では、僕がこれまで刺激を受けてきた、古今東西の面白いデザインの自動車を紹介していきます。
第10章では、第二次世界大戦中にヒトラーの命を受け、天才エンジニアであるポルシェ博士が開発した水陸両用車シュビムワーゲン。第11章では、カリフォルニア半島の砂漠を疾走すべく作られた、自動車改造文化の金字塔バハバグ。第12章では、アメリカと自動車の関係を見つめる上で避けては通れない、アメリカン・コミックスのヒーローであるバットマンの愛車バットモービル。第13章では、外装をファッショナブルにすることで爆発的なヒットとなり、デザインの可能性を切り拓いた時代の革命児、日産・パイクカーシリーズ。第14章では、来たるべき未来を感じさせるメディアとしてのコンセプトカーという存在について。長い自動車の歴史のなかで生まれてきた驚くようなデザインは、自動車とは何かということを改めて考える上で想像力を拡げてくれます。
この100年あまり自動車が発展していくなかで、それぞれの時代に人々が持っていた望みは、自動車にさまざまな姿を与えてきました。たとえば「技術の発展に期待したい」という思いはドリームカーを、「戦争に勝ちたい」という思いは軍用車を、「強い男になりたい」という思いはマッスルカーを、「速さを追求したい」という思いはスポーツカーを、「理想の家族を築きたい」という思いはファミリーセダンを、「お金持ちの仲間入りをしたい」という思いはハイソカーを、「移動を効率よく便利にしたい」という思いは軽自動車を、「地球を大切にしたい」という思いはハイブリッドカーを……というふうに。
そして21世紀に入って20年近くが経ったいま、自動車の姿、モビリティの概念は、大きく変わりつつあります。そんな時代だからこそ、もう一度過去の自動車のデザインを振り返ることで、これからはどんな思いがどんな自動車を作っていくのか、これからのモビリティにどんなわくわくする未来が描けるのかを、読者のみなさんと考えていきたい。そんな思いを、この本には込めています。
さあ、それでは20世紀へのドライブに出かけましょう。そして僕たちの住む21世紀に帰ってきたとき、みなさんの頭のなかにはどんな未来が描かれているでしょうか。
(書籍へ続く)
▼プロフィール根津 孝太(ねづ・こうた)
1969 年東京生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。トヨタ自動車入社、愛・地球博『i-unit』コンセプト開発リーダー などを務める。2005年(有)znug design設立、多くの工業製 品のコンセプト企画とデザインを手がけ、企業創造活動の活性 化にも貢献。賛同した仲間とともに「町工場から世界へ」を掲 げ、電動バイク『zecOO(ゼクウ)』の開発に取り組む一方、 トヨタ自動車とコンセプトカー『Camatte(カマッテ)』などの 共同開発も行う。2014年度よりグッドデザイン賞審査委員。
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