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稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』 第2回「『電話』から始まる日本的インターネット史」☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.179 ☆

2014/10/15 07:00 投稿

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稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』
第2回「『電話』から始まる日本的インターネット史」
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.10.15 vol.179

本日のほぼ惑は、稲葉ほたて「ウェブカルチャーの系譜」第2回をお届けします。2ちゃんやはてなブックマーク、Twitterのようなテキストコミュニケーションではなく、「音声」によるコミュニケーションの歴史を解き明かすことによって描き出される「もうひとつのインターネット史」の可能性とはーー?

前回記事「神の降臨で2ちゃんねるは変えられるか」はこちらから。
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■「テキスト」国の「議論」村
■「文字」で「音声」を"ハック"する装置
■「電話」の戦後史――1.「閉された言語空間」における通信
■「電話」の戦後史――2.会社から家庭へ、家庭から個室へ
■ 情報民主主義の「個」と個室の「個」
 
前回に続いて、まずは総論的な話から始めたい。

ウェブビジネスの動向を語る中で、しばしば「言語」のウェブに対して「非言語」の流れが巨大になっていくだろうという議論がなされる。そこでの「言語」が「テキスト」という意味で使われているなら、それは確かに正しい。実際、米国におけるSnapchatやInstagramのような画像投稿プラットフォームの隆盛はその事実を示しているようにみえる。

だが、例えば先日、AmazonがGoogleと争って買収したTwitchなどは「ゲーム実況」に強みを持つプラットフォームである。このジャンルで最も有名なスウェーデン人のゲーム実況者・ピューディパイはYouTubeチャンネルに3000万人の会員を持ち、2013年に運営から配分された年収は約4億円と言われている。
 
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実は、この「実況」というジャンルでは、「音声」による「言語」表現の面白さが問われるのである。日本に目を移しても、おそらくは最も多くの人間を食わせている娯楽のプラットフォームはニコニコ動画とYouTubeであるが、そこの人気のプレイヤーたちは、歌に実況に生放送にスナック菓子の開封中継に、という具合にとかく言葉を用いた「音声」の芸で勝負を賭けている。つまり、今のネットでカネになると注目されているのは、むしろ(「音声」という意味での)「言語」のウェブなのである。

もちろん、この「言語/非言語」という区別は、かつては容量の小さいテキストがメインだったインターネットが、画像や動画などを扱えるまでに回線が向上したことを示すためのキャッチーな表現にすぎないのだから、それは当然である。だが、いずれにせよネットの「文化」を探っていく予定の我々には、もう少し細かな区別が必要になる。具体的には、テキスト・音声・画像・アバターなどの様々なメディアの「国家」において、各々のユーザーがいる。彼らはしばしば他国へと旅行するが、やはり軸足は必ずどこかの国に置いている……というくらいの粒度の視点の方が、特に娯楽に近い分野になるほどに多くのネットユーザーの実感に則したものになるはずだ。

実際、ブログのページビューと動画の再生数を一概に比較できないことなどからもわかるように、ユーザーは各々のメディアの生態系に生息して、独自の振る舞いを見せるものである。その傾向は、ヘビーユーザーになるほど著しい。各々の国家の中には、その国に独特の国民性と統計データがあるのだ。そして、その国家の中には、例えば「音声」国であれば、ヤフチャからニコ生、ツイキャスへと続く問題児揃いの「チャット」村もあれば、ネットラジオの界隈から出てきた今やゲームから旅の風景まで中継してみせる芸達者な「実況」村もあるし、こえ部などでなりきり勢に近い層の集まる「ボイスドラマ」村もあれば、2chのカラオケ板のような場所からニコニコ動画へと流れ込んで今や一大商業圏となった「歌い手」村もある……というふうに、さらに細分化されたクラスタが形作られているわけである。

前回、特定のプラットフォームやメディアに拠らない「文化」という切り口を提示したが、それに対して今回はむしろメディアごとのユーザーの差異を問題にすることから始めたい。というのも、これは既存のウェブ論がどのようなものであるかを示す上で欠かせない視点なのである。
 
 
「テキスト」国の「議論」村
 
そもそも、先に挙げたピューディパイやこえ部(正式には、現在はkoebu)などの名前をあなたは知っていただろうか。あるいは知っていたとして、実際にそれらを見に(聴きに)行ったことはあるだろうか。まあ、20代前半くらいまでの読者なら、そもそも実際に楽しんでいるかもしれないが、多くの読者は行ったことすらないのではないか。
実はこうしたユーザーたちは、ネット論における暗黒大陸のようになっている。「音声」国だけではない。「画像」国や「アバター」国などの実態も、当該クラスタのユーザーたちにしかほぼ知られていない。実際、はてなブックマークやTwitterでウェブについて語っている人たちを見てみよう。彼らがこうした自分の知らないクラスタについて語るときは、大抵は「ガラパゴス論」と結びつけて批判的に語るか、とりあえずオリエンタリズム的に褒めておくか、というあたりになっている。つまり、興味がないのである。

ここで問題なのは、こうしたネット論を語る人々そのものが「テキスト」国の「議論」村あたりに生息している、大変に狭い界隈の人々でしかないことだ(「狭い」というのは彼らにウケた際に記事に来るPV数も含めての話である)。しかも、その実像をつぶさに見ると、大変に偏りのある集団でもある。
彼らの多くは団塊ジュニアからロスジェネ付近の、黎明期のテキストサイトや2ちゃんねるの隆盛期に居合わせて、その後にはてなやmixiが流行り、今度はTwitterに移行して、最近はFacebookにいるがNewsPicksも少し気になっている……みたいな感じの、まあすごく乱暴な言い方をしてしまうと、その多くがテキスト中心のネット全盛の時代を過ごしてきた、30代半ば以上の中年男性で、おそらくはパソコンをメインに使っているであろうユーザーである。
一方で、例えば先に挙げた「音声」クラスタなどは、先駆的にヤフチャやねとらじなどがあったにせよ、基本的には近年ニコニコ動画やこえ部などの登場で大きく盛り上がったクラスタである。女性ユーザーも多いし、10代から20代の人間も多い。といっても、中高生の流行でしょ、といって済ます話でもない。例えば、ニコニコ動画が話題を呼んだ2007年に中二病真っ盛りの14歳だったネットユーザーなど、今年まさに新卒で就活中の年齢である。そういう視点で見たときに、彼らの「音声」や「画像」や「アバター」(ちなみに、筆者はアプリ以前のソーシャルゲームはアバターサービスの一種だったと考えている)への嘲笑的な態度は、単に自分の知らない界隈に対して相応の年齢の大人が抱く冷淡な反応でしかないことがわかるだろう。

この問題がややこしいのは、最近になって、この「議論」村の住人がなんとなく”ネット論壇”のようなものを形成して、権力を持ち始めたことである。実際、彼らの間で話題になると、数日後に朝日新聞の文化面で取り上げられたりして、「ネットの話題が新聞に出る時代が来たのだねえ」などと牧歌的なコメントがTwitterで流れてくる。
だが、実際には上に見た通りの無関心がもたらす排除の実態がある。ギャル文化やサブカルであれば出版メディアで専門ライターが確立しており、たとえ大抵の大人は興味がなくとも公的な場への発信者は必ずいる。もちろん、ネトウヨやジョブズについて書けるネットライターもいる。しかし、こうした非「議論」村のネット文化を書くネットライターは、ほぼいないに等しい。そして、こうしたネット論の占有は、例えばカゲロウプロジェクトのアニメ化で起きた大事故などを鑑みるに、やはり放置してよい問題ではないように思えるのだ。
もちろん、慌てて付け加えておくと、そのことで「議論」村の住人を腐すのはお門違いである。むしろ、そんなことよりも本当に問題なのは、いまだ暗黒大陸となっている文化圏を記述する理論的基盤がどこにもないことではないだろうか。先のカゲロウプロジェクトの問題にしても、ボカロの議論がせいぜい黎明期のN次創作が騒がれていた時代で止まっており、歌い手文化やボカロ小説へと連なっていくようなその後の動きを肯定的に評価する言説が空白地帯となっていたことが、根底にあるように見える。

そこで筆者が提案したいのは、まず現代のウェブカルチャーの成り立ちを解き明かすような、新しいインターネット史の作り直しである。それは「議論」村の歴史までも含む包括的な歴史観でなければならないだろう。そこまで行ってこそ、理論的な対抗軸になりうるからである。そして、それはパソコン通信があり、それに対してインターネットが登場して、テキストサイト、2ch、ブログ、Twitterと次々にプラットフォームが生まれては、アーリー・アダプタ層がそこに移動していく……というようなありきたりの発展史ではないはずだ。そもそも、それは「テキスト」国の「議論」村の住民たちの正史としては精確だろうが、決して他のクラスタへとそのまま敷衍しうるものではないだろう。
代わりに、この連載ではパソコン通信よりさらに前の時代に遡り、そこから全く別の包括的な歴史の線を引いていきたいと思う。そもそも私の考えでは、プレ・インターネットに、寝ても覚めても議論ばかりしていたようなパソコン通信を置いてしまうことが、様々なものを見えにくくしているように思う。

では、代わりに注目するのは何なのか? 私が注目するのは――「電話」である。
 

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