現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。
今回はジョンソン・エンド・ジョンソンの社内体制から、アメリカ企業のイノベーション・エコシステムについて分析します。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記
第8回 ニューヨークのイノベーションシーンについて(前編)
▲トルコの国連代表部・在米トルコ人協会の前。被災した母国に物資を送る作業が昼夜問わず行われています。
おはようございます。橘宏樹です。2023年も2月に入りました。昨年末は寒波に襲われたかと思えば、1月は雪ひとつふらない暖冬でした。そのくせ今月に入ると、体感マイナス20度級の極寒日が続きました。なんとも寒暖差が激しく、体調を崩しやすい日々です。
年末年始は育休を取得しており、更新が少し滞りました。子育て経験がおありの方はよくご存知のとおり、毎日毎日、ミルク、おむつ替え、寝かしつけの無限ループが続き、夜中も2時間置きに対応せねばならず、慢性的な寝不足で毎日朦朧としていました。
妻の「手伝い」ではなく、父親として、当然子育てをしているという主体的な意識を持ちつつも、やはりこの局面では、父は母の指揮命令下に入った方が合理的ですし、夫としては、妻の基準で妻のやりたいようにできること、また彼女の負担を最大限減らすことが重要だと考えまして、なるべくサポート業務に従事するようにしました。例えば、赤ちゃんの風呂上がりにバスタオルを敷いて周りにパウダーやクリームやら蓋を開けておいて待ち構えるとか、次の次のミルクの下ごしらえをするとか。おむつ替えや授乳や寝かしつけといった「基幹業務」も妻の2/3くらいはできたかと思います。特に、心がけていたのは、判断を都度都度仰ぐのは鬱陶しかろうと思って(この涎掛けでよいか、とか、靴下は必要かとか。)、妻の望みを毎瞬先読みしつつ、自分の裁量で動くようにしていました。自分の生活リズムを完全に崩され、常に気忙しく、クタクタでした。日中も本当に朦朧としていて、役に立たない時間や、至らないことも多かったと思います。
現在日本に一時帰国している妻からは、僕がおらず大変だ、育休期間は助かっていたんだなと今はよくわかる、という言葉をもらいまして、ちょっとは癒されている今日この頃です。ともかく、赤ちゃんは可愛いどころの騒ぎではない存在ですね。親になるとはどういうことか、こういうことだと言葉で言い表すのは難しいですが、なにかしら実感が胸の奥でふつふつと醸成されてきているのは感じます。
さて、本題ですが、今号から3回に渡って、ニューヨークのイノベーションシーンについて取り上げたいと思います。
1 ジョンソン・エンド・ジョンソン(JLABS@NYC)からの学び
皆さんはジョンソン・エンド・ジョンソン(以下J&J)という会社をきっとご存知だと思います。バンドエイドやベビーパウダー、コンタクトレンズ、そしてコロナワクチンで有名ですよね。1886年創業の同社は、初期はもっぱらガーゼや包帯をつくっていましたが、約150年経った今、ご存知の通り、コロナワクチンをも製造する最先端の医薬品メーカーになっています。この成長力の秘密はどこにあるのでしょうか。それは、戦争のたびに売上を増やし、資本力をテコに買収を繰り返したからだ、と片づけてしまう方もおられるかもしれません。それはそれで否定されないと思いますが、先日、J&Jのインキュベーション施設「JLABS@NYC」を見学する機会を得まして、どのように買収の目利き力を養っているか、買収先との関係を築いているか、に関するあたり、もうちょっと高い解像度で、J&Jの発展の秘訣を見つけられたような気がしましたので、簡単に共有したいと思います。
▲JLABS @ NYCの紹介動画
▲JLABS玄関。白い箱は動画通話専用ルーム。
▲JLABSのコモンルーム。ヴェルヴェット生地のソファーが放つ光沢がゴージャスさを醸し出しつつも、華美過ぎず、リラックスできる雰囲気。入居しているベンチャー企業が打ち合わせやイベントに活用。
▲内部には研究設備が整う(JLABSウェブサイトより。僕が撮影した写真では机や棚の上などに置きっぱなしにされている入居各社の機密を含んでしまうので不使用)。
▲コワーキングスペース。入居した各社が事務作業するスペース(JLABSウェブサイトより。僕が撮影した写真では机や棚の上などに置きっぱなしにされている入居各社の機密を含んでしまうので不使用)。
JLABSは、J&Jのライフサイエンス関係のインキュベーション組織です。米国を中心に欧州やアジアなど世界13カ所に拠点があり、JLABS@NYCはそのひとつです。残念ながら日本にはありません。これまでに、全世界で約800社以上のベンチャー企業がJLABSに所属・卒業し、そのうち約50社はIPOを実施、約40社をJ&Jが買収しました。また、日本を含む数えきれないほどの世界中の研究機関や医薬系関連会社や公的機関との連携ネットワークを有し、イノベーション・エコシステムを形成しています。
対日投資成功事例サクセスストーリー Johnson & Johnson Innovation(JETRO 2021年8月)
阪大と米J&J、健康・医療で連携事業展開(日刊工業新聞 2017年9月22日)
京大とJ&J、医療機器・創薬で連携(日経新聞 2018年7月2日)
JLABS@NYCはマンハッタンの南部の、ファッションやアート、フードなど、何かにつけイケてるエリアとして有名なSOHO(ソーホー)エリアのど真ん中にあります。新薬開発、MedTech等の分野で起業した約60社が所属しています。
上の写真のとおり、実験設備がひととおり用意されていて、事務作業するデスクもあるので、極端な話、入居しているベンチャー企業では鞄ひとつでこのオフィスに来て、研究や仕事をして帰ることができます。
もちろん研究や会社経営について助言をくれるJ&Jのスタッフが張り付いており、研修やマッチングイベントも提供されています。
J&JのR&D(研究開発)への投資額は2021年で約150億ドルに達しており、医薬品業界ではトップ3に入っています。2010年には約70億ドルだったので10年で2倍以上になっています。また同社の2021年の総売上は約940億ドルなので売上の約1/6は投資に回っているということですね。(僕は収入の1/6を自己投資に使ってるかなあw)
▲ニューヨーク科学アカデミーの年次総会パーティー(Academy of Science in NY 2022 GALA)の模様。顕著な実績を上げた若手を表彰。
▲Academy of Science in NY 2022 GALAの宴席。11番の札の向こうに見える紳士はノーベル経済賞受賞者のスティグリッツ教授
・帝国としてのイノベーション・エコシステム
さて、施設がある。たくさんの会社や研究所等とネットワークがある。ベンチャー企業には育成担当も張り付けている。エコシステムを形成している――。そういう話は日本でもたくさん聞きます。なんちゃらプラットフォーム事業といった国の政策もよく聞きます。それらの成否の評価についてはさておきつつ、今回JLABS@NYCを訪問し関係者のお話を聞いていて、圧倒的に悟った、非常にシンプルで当たり前な、普遍的な真実についてお話ししたいと思います。
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