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チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、佐賀・武雄の御船山楽園で10月29日まで開催中の展覧会について、現地で作品を鑑賞した宇野と語り合いました。「森と一体化するまで魂を込めた」というその展示で、猪子さんはどのように「デジタイズドネイチャー」の作品たちを進化させたのか? そして、「行けば価値観が変わる」というヨーロッパの魅力とは?(構成:稲葉ほたて)

デジタイズドネイチャーと「書」の意外な共通点とは

宇野 佐賀・武雄で開催中の「資生堂 presents チームラボ かみさまがすまう森のアート展」に行ってきたので、今日はその話からしたいな。まず良いなと思ったのが『岩割もみじと円相』(以下、『岩割もみじ』)。猪子さんから聞いていた構想よりも、実物がめちゃくちゃ良くてびっくりした。

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▲『岩割もみじと円相

猪子 これは、円を一筆で空間に描く『円相』を、岩にプロジェクションしたものだね。木が生きる力でできた岩の裂け目の影と、黒い書の区別がつかず、一体化していくのが良いでしょ。

宇野 これは、「デジタイズドネイチャー」シリーズの「普段我々には見えていないものを情報技術の力で見えるものにする」というコンセプトを思いっきり直接的に、それもシンプルな構造なのに圧倒的な情報量で表現できていると思う。たとえば、今回の展示にあった『増殖する生命の巨石』にしても、花の映像を投影して時間軸を加えてあげることによって、僕らは岩肌の質感や起伏とかの魅力を初めて理解できる。そしてこの『岩割もみじ』はそこからもう一歩踏み込んでいると思うんだ。

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▲『増殖する生命の巨石

宇野 まず木というものは、当然だけど地面より上の部分しか僕らは目にすることができない。ところがこの『岩割もみじ』はまるで巨岩の上に木が生えているように見える。その結果、岩の部分に普段は目にすることができない、隠された自然のメカニズムを表現しているように見える。岩の部分に投影される「書」のアニメーション、そして光線を当てられることで鮮明に浮かび上がる岩肌のテクスチャーが、そのメカニズムを表現している部分だね。

猪子 なるほど。

宇野 しかも、これは「書」という作品のモチーフとうまく重なり合っていると思う。「書」ってそもそも平面と立体の中間物だと思うんだよね。僕らが普段見ている書って、トメハネなどの痕跡から、見えない立体的な動きを想像させるものでもあるけど、このシリーズでは、そうした立体が平面に焼き付くという中間性を、具体的にその痕跡の再現で表現してきたわけだよね。

そう考えてみると、「本来は見えなかったものを情報技術で可視化している」という点において、「書」のアニメーションとデジタイズドネイチャーは似てるんだよ。昼間に行ったときは見えなかったから、より一層、作品の持つコンセプトが非常にうまくいってると感じた。

「かみさま」がすまう展覧会

宇野 ちなみに、個人的に1番良かったのは『かみさまの御前なる岩に憑依する滝』(以下、『滝』)。

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▲『かみさまの御前なる岩に憑依する滝

猪子 これは光の滝が、稲荷大明神にある巨岩に降り注いで、巨岩の形にそって滝の軌跡ができていく作品だね。

宇野 まず見せ方が良かったと思う。御船山楽園の中心点まで行って、さらに階段を登っていったゴール地点としてこの作品が登場してくる。まさに「神」感があった。デジタルアニメーションの「滝」と出会うことで、「神」の岩の圧倒的な情報量と質感が夜の闇の中に浮かび上がる。『岩割もみじ』のような複雑な構造があるのではなく、ものすごくシンプルな作品なのだけど、御船山楽園のあの敷地の、あの位置に鎮座していることで、ぜんぜん見え方が違うよね。

猪子 まるで天空から森の天井を突き抜けて滝が降ってきているように見えるし、神感があるよね。

宇野 ただ、ここでの神って、決して何かを超越したものではないと思うんだよね。あくまで「実は我々が生活空間の中でも日常的に触れてるんだけど、普段は見えないもの」が、チームラボのアートの力で可視化され、「神」性を宿しているんだよ。まさにこれは僕らの世界と地続きの場所に住んでいる「神」。今回は「かみさまがすまう森のアート展」という名前だけど、この展覧会はまさに、チームラボの考える「かみさま」のありようがすごくよく出ていると思う。実はチームラボって、作品タイトルには「かみさま」とつくものがいくつかあるけど、「神」というテーマ自体はあまり扱ってこなかったと思う。今回の『滝』は、その中でも、チームラボの考える神が最も前面化してる作品になっているんじゃないかな。それも作品単体で完結するのではなく、展示方法と有機的に繋がったロケーションと配置があるからこそ機能するものになってるのが面白い。

だからこそ、『岩壁の空書 連続する生命 - 五百羅漢』(以下、『五百羅漢』)の付近にあった、近代的な装飾やお供え物は、余計だと思ったかな。あの観光客を対象にしたセンス丸出しの、適当に印刷したような垂れ幕みたいなものは、絶対に無い方がいい。これを作った仏師たちも、絶対こういう飾られ方されたくないと思うよ。それに、ドーンと垂れ幕の正面に「五百羅漢」って書いてあったけどさ、パルテノン神殿に「パルテノン神殿」とか書かれた看板なんてないでしょ(笑)。いまどきの感覚で言えば、京都のローソンでさえ外観は茶色なわけだし、ああいうのはやめたほうがいいと思うな。

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▲『岩壁の空書 連続する生命 - 五百羅漢

猪子 確かにそうだね……垂れ幕をとってもらうことをお願いして、今夜からとってみよう。

ちなみに、あの場所はもちろん庭ができる前からのもので、だから御船山楽園の管理ではなかったんだ。でも、五百羅漢を彫った行基の宗派はもうとっくの昔になくなっていて、今回の展覧会を創っていく中で調べていくと、最近、いつの間にか御船山楽園の管理に移っていたみたいなんだよね。御船山楽園のオーナーも気が付いてなかったけど(笑)。

宇野 鎌倉以降の仏教の影響が世俗的には決定的になってるからね。じゃあ、あそこは誰が管理してきたのかよく分からないんだね(笑)。

僕は、もしあの近代ツーリズムの産物みたいなものを取り除くことができたら、この『五百羅漢』を、さっきの『滝』と対置させたら面白いと思うよ。「人間が作った仏」である『五百羅漢』と、「自然の神」である『滝』が、それぞれの鑑賞ルートのゴールになっている、とかね。

「光の窓」を越えてたどり着く世界

宇野 今回、全体を通じて印象に残ってるのは作品の配置や導線の上手さだね。庭が広くて、かなりのスケール感の中で、どういう順番で見えていったらいいかが考えこまれているなと思った。

猪子 配置については、1300年くらい前から続く、人と自然との長い長い営みが生んだ歴史の恩恵ですね。

宇野 その意味では、『切り取られた連続する生命 - 森の道』は可能性を感じたよ。この作品を会場のあちこちに配置して、これで道案内するくらいでいいと思ったんだけど、なんで一つしか展示されていなかったの?

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▲『切り取られた連続する生命 - 森の道

猪子 これは人が立ち入れる範囲で、森の密度がある場所があまりなくて……探しまくってようやく見つけたんだよ。ここも、とても暗いから、放っておくと道を踏み外してしまうかもと思って、今回の展覧会に合わせて道を整備したもん。ちゃんとした森と、道って、もはや矛盾した概念だから、どうしても危険なところになっちゃうんだよね。

宇野 へたなところに作ると危ないんだね……。森の天井に穴が空いてる『切り取られた連続する生命 - 森の天井』も良かったよ。

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▲『切り取られた連続する生命 - 森の天井

猪子 これは、上を見上げないと作品に気づくことができないから、たぶん、9割くらいの人が気づいてないかもしれないね(笑)。

宇野 この作品は、夜にしか、そして人間の智慧、つまりデジタルアートの光があってはじめて見える自然があるんだっていう大本のコンセプトを、これまでとは違うかたちで、しかもコロンブスの卵的なシンプルな見せ方で表現しているじゃない? この手があったか、と思ったよ。

猪子 嬉しいな。作ってるときは、週に2千回くらい「本当にやるんですか?」って周囲から言われてたよ(笑)。

宇野 「単に森を照らしただけ」だと思われるのかもしれないけど、これはある種の「越境」なんだと思うんだよね。この作品自体が、展示全体に込めた「普段の自分の世界とは違うところに行くんだ」というメッセージになってるじゃない? だから、本来はこの作品で描かれた光の窓をくぐって御船山楽園に入るくらいがちょうど良いと思ったんだよ。

導線の話で言えば、あとは『生命は連続する光 - ツツジ谷』が、庭の上から眺められるようになっていたのも良かったね。上に行けば行くほど、リッチな展示が置いてあって、そして最後に上から、まるで呼吸するように明滅している光が見える――という導線がすごく上手い効果を発揮していると思った。

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▲『生命は連続する光 - ツツジ谷

猪子 庭自体の敷地が広いから、広さを生かした展覧会をしたかったんですよ。

宇野 それに、下鴨神社の『呼応する木々 – 下鴨神社 糺の森』のときは人が混み過ぎて全く分からなかったけれど、御船山楽園の『夏桜と夏もみじの呼応する森』では、敷地が広くてみんな道に迷いそうになりながら歩いているから、休日の夜で人が来ていても、ちゃんと作品が呼応してるのが分かって良かった。

ちなみに、そうした導線の最後に『WASO Tea House - 小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々』という、お茶の作品があったのも良かったね。僕はひととおり回ってきた後に、最後に休憩がてら寄ったんだけど、それまでずっとアートの介入で浮かび上がる自然の本質を味わっていたら、あそこで一気にそれまでの体験がお茶という人工物に凝縮され、抽象化されて味わうわけでしょう? 肉体的にも、精神的にも森での体験を反芻する時間になっているのがよかったね。

猪子 池のほとりにある茶室の方は、江戸時代に、お庭ができたときのものなんです。昔から、庭の中で茶を飲んでたんだね。やっぱり、配置や導線が上手いとしたら長い長い人と自然の間に積み重ねられた叡智のおかげだよ。


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