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 春たちがぎゅうたんを呼び出したファミリーレストランには、大型の駐車場がある。

 そこに巨大なドラゴンがうずくまり――周囲の注目を多少集めながら――耳をそばだてていた。

 やがて、眉間にしわをよせてつぶやく。

「あん、ダンジョンに潜るだと?」

 それは危険だ。そう告げようと店の方に向かい――ふと思い直して歩みを止める。

「……知ったことか。あいつが素直に料理のことを謝らないのが悪い。何があっても知らないからな……あいつのことを止めない、いろはも含めて」

 そんなことをつぶやくと、彼は翼をはためかせて、ビルディング並ぶオフィス街へと飛び立った。

 

 ダンジョンは石造りの巨大なものだった。

 入り口が高さ15メートルほどもある黒々とした口から、それはよくわかる。

 それが、ビジネス街の端に、まるで敷地をかじり取ったように、どん、と現れているのだから、不思議なことこの上ない。

 だが、この不思議が当然となっているのだ、東北では。

「ここだよ」

 ぎゅうたんに入り口を指し示されて、春はこわごわと中を覗き込んだ。

 意外と中は明るい。壁に電気仕掛けのライトが、等間隔に並んでいるのだ。

 春の身長の倍ほどもあるライトが。

「これ、普通のダンジョンと違いますね。主にスケール的な意味で」

「ああ、巨人族が使っていたらしいよ。今見えている建造物は入り口に過ぎなくて、少しずつ地下に潜っている仕様だって」

 いろはの問いに答えてから、ぎゅうたんは未だに呆然と佇んでいる春を見た。どうやらダンジョンは未体験らしい。

「異界ゲート」によって、東北と異世界が繋がったのは先述した通りだが、この現象は思わぬ副作用を生んでいた。

 異世界の一部が東北の地に露出しているのである。

 これらはなぜかダンジョンやタワーなどの建造物であることが多く、中には大抵「超越存在」が生息している。

 そして、腕に覚えがある者はこの中に潜り込み、存在する異世界の文化や宝などを持ち帰ることもできるそうだ。

「このダンジョンは最近出てきたものでね。『召喚者』が潜り込んでみたけど、中には大した宝などはなかったそうだよ。だけど、一つだけ珍しい報告があったんだ」

「それが、黄金の舌を持つ牛のモンスター?」

「そうさ。この世界の人間は知らないだろうけど、黄金の牛タンはとても美味という言い伝えがあるんだ。まぁ、この伝承もダンジョンの報告も、風の噂で聞いたんだけどね」

 春の問いに答えると、得意げに肩をすくめてみせるぎゅうたん。態度に表れるだけあって、彼女の知識は豊富だ。

「じゃ、じゃぁ、ここに入れば、その舌を手に入れることができるんですね」

「まぁね。でも、ダンジョンだ。中には危険がいっぱいあるかもしれないよ。どうする?」

「入ります」

 あっさりと答えて、春は中に足を踏み入れた。あっさり過ぎて、拍子抜けしたぎゅうたんがその場で転びかけたくらいだ。

「ちょっと、いいの? 何度も言うようだけど、ダンジョンの中は危険なトラップやモンスターがいるかもしれないんだよ」

「でも……少しでも可能性があるなら、それに賭けないと。美味しい料理を作るためにも」

「はぁ、そこまでするんだ。いろは、あんたはどうするのさ?」

「父さまのためにしてくれていることなので……娘の私が同行するのは当然でしょう。それに、春さんはお友達ですし」

 そう言って、いろはも春に続く。

 そんな少女たちをぎゅうたんは見送っていたが、やがて再度方をすくめると、

「ま、最強の竜の『召喚者』と娘に、恩を売っておくのも悪くはないかな」

 つぶやいて彼女たちの後を追った。

 

 ダンジョンの床は、壁や天井と同じく石畳で構成されていた。

 ただし、スケールが一回りも二回りも大きい。石の長辺が3メートルほどもある。

 そんなビッグサイズのダンジョンの中を、春は黙々と歩いていた。

 他のふたりも口数が少ない。愛想がないのではなく、緊張しているからであろう。

 春はダンジョンの恐ろしさについて、ぎゅうたんから受けた説明を思い出していた。

「いいかい、基本的にダンジョンの危険は侵入者防止用のトラップと、敵対する生物の生息にあるんだ。ま、私もいろはもそこそこ戦えるから、敵対生物は問題ない」

「問題はトラップということですね」

「そうだよ。こればっかりは、それなりに訓練を受けていないと見破れないからね……いざという時のために、春、バハムートを呼んでおいた方がいいと思うよ」

 これに春は首を横に振った。「どうして?」と尋ねるぎゅうたんに口を開く。

「その、ごはんを用意するのは、『召喚者』の役割だから。バハムートさんの力は借りたくない、です」

 胸元で小さく拳を握りしめて、決意のほどを示す。これで足が震えていなければ、完璧だったのだが。

 ともあれそれで納得してくれたのか、何も言わずについてきてくれたいろはとぎゅうたんに感謝しながら、春はひたすら歩を進めた。

 目標は、何事もなく黄金の舌を手に入れること――そう胸の中で復唱したその時。

 ガコン。

「え?」

 何か音がした。ふと見ると、自分が立っている石が、何か光ってる。どこか危険な色を思わせる赤色に。

 これは、何かまずいのではないだろうか。

 一同が同じ結論に達し、顔を見合わせたその時。

 ガシャアンッ、と破壊を思わせる音がした。

 二回ほど。

「「「え?」」」

 三人が声を合わせて、その原因を見る。

 一つは、上から天井が落ちてきた音だ。どうも吊り天井のトラップが作動したらしい。

 そして後に続いた音は、その天井を何者かが無理矢理支えたために起きたのであった。

 いつの間にか巨大な刺が生えていた天井は、ひしゃげ、投げ捨てられた。

 それを引きはがした主、巨大なトカゲのような生物が、少女たちの頭上から顔を覗かせたのは次の瞬間だった。

 ぎゅうたんといろはが、驚きの声を上げる。

「ば、バハムート?」

「お父さま?」

 そこに佇むのは、最強の竜の姿――独眼竜バハムートに違いなかった。

 ただ、一つの差異を除いては。

「いや、違うよ。ボクはただの通りすがりのドラゴンさ」

 そう言ってどこか白々しく口笛を吹くその竜の目には、巨大なサングラスがあった。

 どうやら変装のつもりらしい。いろはとぎゅうたんのこめかみに、汗が流れる。

「何をなさってるんです……お父さま」

「だから、通りすがりのドラゴンだよ」

「いや、相当無理があるって。いい加減観念しなよ……春も何か言ってあげたら」

 声をかけられた春はうなずくと、バハムートの前にすっと歩み出た。

 ぺこり、と、慌ただしくお辞儀をする。

「あ、ありがとうございました、通りすがりのドラゴンさん」

「「正体に気づいてない!?」」

「その、お礼をしたいんですが、私たち急いでいるんで……」

「ああ、気にするな。ボクも用事があるんでね、それじゃ」

 自称・通りすがりのドラゴンは前足をひらひらと振ると、反転して、足音も重々しく立ち去った。

 が、よく見れば、通路の向こう側、曲がり角の陰でこちらをこっそりうかがっているのがわかる。

 ぎゅうたんはいろはに囁いた。

「……ねぇ、あんたの親父さんってさぁ」

「言わないでください……」

 羞恥で消え入りそうな声を出しながら、いろはは友人の方に目を向けた。

 春は胸元で手を合わせると、嬉しそうに目を輝かせる。

「じゃぁ、ふたりとも。先に進もう」

 あれだけ危険な目に遭っておきながら、引き返すという選択肢はないらしい。

 ぎゅうたんは段々と、この気弱な少女がなぜバハムートの「召喚者」でいられるのか、それがわかってきた気がした。

 

 その後も、春たち一行を様々なトラップが襲った。

「わ、わ、矢が大量に降り注いできたよぉ!」

「危ない、左右の壁が迫ってきます」

「ちっ、転がる岩とは古典的だね!」

 そしてその都度、どこからともなく「通りすがりのドラゴン」が現れては一同を助けてくれたのだ。

 矢を前足で薙ぎ払い、壁を破壊し、岩を砕いて。

 しかもこのドラゴンは、丁寧なことに毎回キャラクターとサングラスが違っていた。

「私は通りすがりのドラゴンBです」

「HAHAHA、ミーは通りすがりのドラゴンCネ!」

「拙者は通りすがりのドラゴンDでござる」

 これで全てを誤魔化せると思っているらしいのだから、いろはやぎゅうたんとしては、助けられたというよりバカにされた気分だ。

 だが、文句は言えない。

 本当に助けられている人物が、ここにいるからだ。

「こんなに危機一髪のところを、何度も助けてもらえるなんて、今日は運がいいよね」

 にこにこと微笑む春の背中に、いろはとぎゅうたんは「そろそろ気づけ」と言わんばかりの目線を送っていた。

 送ったところで、どうしようもないが。

「ねぇ、前から思っていたけど春って」

「……天然さんですね」

 そしてふたりは肩をすくめる。

 一方春は、今まで様々な――と当人は思っている――ドラゴンに救われた僥倖に身を浸しながら、決意を新たに握り拳を握った。

(親切なドラゴンさんたちのためにも、バハムートさんに絶対美味しい料理を作ってあげよう。バハムートさんも根はいい人……いい竜に違いないんだから)

 結論としては正しいのが面白い。

 ともあれ、春は何としてでも二枚舌の牛タンを持って帰ろうと決意を新たにすると、少し休憩すべく壁にもたれかかった。

「あ」

 次の瞬間、背中から支えが消滅する感覚を覚える。

 それは、落とし穴――にしては、1メートル四方と、この洞窟で暮らすだろう巨人のサイズに合わないので、ゴミ捨て用の穴と思われる。

 何しろ、彼女は壁の横に空いた穴から、その下にある滑り台状の床を滑っていった。

「きゃぁあああああああ!?」

 それらの一部始終を見つめていたいろはとぎゅうたんは、呆然と顔を見合わせたが、やがて我に返ると、

「は、春さん!」

「あのドジ!」

 慌てて後を追いかけた。

 

 バハムートは口を開けた横穴の前で、渋面を作った。

「しまった! この穴のサイズじゃ、俺はくぐり抜けられないぞ!」

 これでは春たちの命運に関して、自分は関与することができない。天に祈るくらいだ。

 もしくは、春が自分を呼び出してくれることを期待するか、だが――。

「無理だろうなぁ。何しろあいつは……」

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