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 しばらくしてから、会長はその場から立ち上がった。
 爆発と聞いて菊人形たちか光と化した瞬間に、その場に伏せたのである。
 幸い、彼らはその衝撃を一定方向に向けたらしく、周囲にさしたる被害はなかった。
 ただ、菊麿くんが立っていた場所には、直径20mほどの大きな穴が空いていた。
 ステージとその下のアスファルトが陥没して破片がなだれ込んでおり、後片付けには相当な苦労が必要そうだ。
 そのクレーターを見て、智恵子が佇んでいることに会長は気づいた。
 頬に光るものを認め、彼はそっと彼女の肩に手を置く。
「彼らは君を守ろうとしたんだよ」
「……わかっています」
 智恵子はうなずくと、目元をぬぐった。
 そして、無造作に片手を上げる。
 会長は、ぎょっとした。
 アスファルトの破片をはねのけ、下から千体近くの影が飛び上がったのだ。
 それは菊人形の姿をしていた。
「え、え? あれ、人形たちは自爆したんじゃないのか!?」
 目を丸くする会長に、智恵子はうなずいた。
「ええ。ただ、異世界の秘術により、自爆しても再生できるように作られていますが」
「じゃぁ、悲痛な叫びとか表情とかしなくても良かったじゃないか!」
 しゃぁしゃぁと答える智恵子に、会長は思わずくってかかった。
 同情して、しんみりとした自分の気持ちを返して欲しい。
 だが、智恵子はそんな会長を横目で見ていたが、やがてマイペースな表情に戻ると、後ろで写真を撮っている観光客たちの居残りを見つめつつつぶやいた。
「それで、どうします?」
「え?」
「ステージがこのぶんだと、しばらくは人形劇は出来ないみたいですが。修理に一ヶ月はかかりますよ」
「そ、それもそうだな、うーむ」
 会長は腕を組み、悩むようにうなった。
 本当のところは、もう結論は出ていた。

 結局の所、人形劇は無期延期となった。
 これほどの被害を出したイベントを――幸い関係者以外に怪我人はいなかったが――観光協会といえども、見直さないわけにはいかなかったのである。
 ただし、会長はなおもファイトを燃やしていて「絶対に次期公演をもぎ取るから、君にも協力して欲しい」と智恵子に言った。
「考えておきます」とだけ彼女は答えた。目的はすでに果たしていたからだ。
 そして数日後、彼女はその目的――今まで働いたぶんの報酬を支払ってもらい、いそいそと家に帰っていた。
「ただいま」
 と、荷物が玄関先にあるのを見て顔をほころばせた。十数個の大きな段ボール箱だ。
 あらかじめ業者から仕入れておいた、あるものが届いたらしい。蓋を開けると、そこには果たして大量の小菊が積まれていた。
 しかも食用菊などではなく、二本松市で作られた伝統ある菊である。
 彼女は作業のために髪を後ろで縛り上げ、ジャージに着替えた後、苦労しながらそれら全部を自室に運んだ。
 人形を使えば楽に運べるのだが、それができない理由があったのだ。
 部屋にすべての箱を積み込むと、彼女が持つ人形のうち数十体を呼び出す。
 開口一番、こう尋ねた。
「どうですか、具合は」
 目の前の人形たち、そして部屋のペイロードゆえここには出せない人形たちにも、すべて痛々しい包帯が巻かれている。
 彼女は箱の蓋を開け、菊を数本取り出しながらつぶやいた。
「当分包帯を外してはいけませんよ。まったく無茶をするんですから」
 人形たちは顔を見合わせた。
 前の菊麿くんとの戦いについて、智恵子はまだ不満を持っていたのだ。
 なぜかというと、
「確かにあなたたちは自爆しても復活します……ですが、痛みや恐怖は残るのですよ。それなのに、あんな無茶をして」
 とのことである。
 自爆行為はそれなりに人形にダメージを残し、そのことに智恵子は胸を痛めていたのだ。
 彼女は包帯の具合を調べ――人形に医療は意味がないから、これは戒めの意味が大きい――うなずくと、手にした菊を軽く振った。
「さて、お待たせしました。これから菊飾りを作っていきますよ」
 その言葉に、菊人形たちは「待っていました」とばかりに両腕を上げた。
 智恵子はそのうち一体を取り上げ、胸元に飾り付けてあった食用菊を外していく。
 裁縫道具を取り出し、糸を針に通しながら、淡々とつぶやいた。
「感謝してください、これでも結構な出費だったのです。会長さんに交渉して、むしれるだけむしったので何とか足りましたが……千体ぶんの菊はかなりの額でしたよ」
 そう言ってから、ふと口許をゆるめる。
「でも、これはあなたたちの労働の結果でもあります。だから胸を張って受け取ってくださいね。私も、何だかんだで人形劇は楽しくやらせていただきましたし」
 その言葉に、菊人形たちは再度顔を見合わせると、片手を突き上げた。「自分たちも楽しかった」と言いたいらしい。
 ますます智恵子は表情をほころばせ、その間に最初の人形への菊の飾り付けは終わった。かなりのスピードと技量である。
 だが、自分の技巧に大した感慨を抱くふうでもなく、彼女は菊人形たちを見つめた。
「あなたたちは、誰一人欠けてもいけません。数年以上かけて私が作り上げた、大切な家族なのです……ですから、今後は自爆などは控えてくださいね」
 菊人形たちは、何度もうなずく。彼女の言葉が真剣だとわかったからだ。
 と、最後に智恵子は、思い出したようにつぶやいた。
「それから、言い忘れていたことがあります」
 その優しそうな顔に、彼らは首を傾げる。
 少女は、ゆっくりと口を開くと、
「その……私を助けてくれてありがとう。命令を無視してでも助けてくれて……あなたたちには、とても感謝していますよ」
 そう告げ、とびきりの笑顔を浮かべた。
 菊人形たちは呆然と顔を見合わせていたが、やがて喜びを全面に示すと、智恵子に一斉に飛びついた。
 智恵子は大変満足した表情で、そんな彼らを抱き止め、なでていくのであった。 



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