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ウクライナ問題に関する米国世論調査。興味深いのはNATO, ポーランド、ルーマニアに兵を配置するのは賛成54%(反対36%)だが、ロシアがウクライナに侵入した時に米軍をウクライナに派遣するかでは派遣すべきでないが57%(すべきは32%)
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ウクライナ情勢新展開。プーチン大統領はウクライナ東部二地域の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の二地域の独立を承認。かつ同地域の平和維持を目的としてロシア軍を派遣。ソ連崩壊後、欧州における最大の軍事緊張。
コメント
> 日本を一等国だと思わせていたのは政治の力に基づいた〇〇にすぎなかった
〇〇=「幻想」の類だろうが、自分を気持ちよくする幻想に酔いたがるのは今の日本人も同様だろう。清沢洌も何度もダメ出ししている「日本病」だ。
「現代語訳 暗黒日記」-
“サイパンの全日本人が玉砕したのは、今後の問題を提供する。そうした死に方は犬死にならないのか。日本のためであるのか━無論、現在の軍指導の下にあって、それ以外の道に出るのは困難だが、最後は死ぬために戦ったようなものだ。”
“今回の戦争で生命を喪った者の数は意外に多いらしい。まだその損害数を一回も発表していない。ただ米国側の発表を嘲笑しているだけだ。おそらく最後まで戦争の真実を知らせないであろう。”
“サイパンの十万に近い軍人と非戦闘員は、こうして死んでいったのである。それは封建的イデオロギーの犠牲である。軍人指導者に「必随する」行為である。ああ。”
“(サイパンは)アッツと同じだ。こうして無意味な凄惨な最後をして、願わくば大東亜戦争を以て最後ならしめよ。”
“各紙とも、(サイパンでの)女の自殺を取り上げ...新聞の半分を割いている。封建主義━浪花節の影響━飛行機時代に、ハラキリの絶賛。”
“内閣の首班が軍人、朝鮮総督が軍人、台湾総督が軍人、東京市長が軍人、そして実際の指導勢力が軍人━彼らは実力を以てそこにいるのではない。肩書を以てそこにいるのだ。しかもその肩書は「無知」の標章ではないか。この組織が変わらなければ、日本は断じてよくならない。”
日本が全くよくなっていないのは今次コロナ/ワクチン禍でも明らかだ。下記動画も単に陰謀論で片付けるわけにはいくまい。
【COVID裁判】大陪審、世論裁判所 - Reiner Fuellmich博士の冒頭陳述
https://rumble.com/vuh7sl-covid-reiner-fuellmich.html
「初恋のきた道」というのはまた優れた邦題をつけたもんだとおもうが、とにかくこの映画をみてからずっとチャン・イーモウは気になる監督だ。(実際は、はじめは、チャン・ツィイーの演技のほうが気になっていたのかもしれない)。
北京冬季オリンピックは開会式は見なかったが、閉会式は見ようとおもって見た。つまらなかった。つまらない原因のひとつは、コンピュータ制御された光、その中の歌と踊り、IOCによる既定の式次第という演出に既視感しか感じなかったからだが、しかし、その枠内では完成度がとても高かったのかもしれない。
もうひとつの理由は、やはり権力との距離感が感じられたからだ。中国のような国では、われわれは、中国の権力がどのようにオリンピック興行に反映されるかというのを、無意識であれ、期待している。それが、間違いなく意図的に拭い去られているとわたしには思われた。この結果、次の権力が習近平のままであろうと、ひきずりおろされようと、チャン・イーモウは安泰なのだろう。見事な身の処し方だとおもう。
関係ないが、バッハが演説でワクチンが平等に摂種できるようにと言っていた。中国がワクチンに反対などというのは、冗談であろう。
北京の開会式も閉会式も見事な出来栄えだった。勿論、昨年の日本の宝塚っぽい舞台装置がミーハー的で花火も隅田川の花火を超えて無かったこと、全体的コマーシャル過ぎて荘厳のかけらもなかったこと、天皇陛下の開会宣言が無く、独立国家として破廉恥極まりなかったこと、等々、との比較の上でのことだが。
ジョンレノンが東京同様採用されたが、全体に調和していた。東京の開会式では全体とのバランスが取れてなかった。
金で買収されないものが全くない国家が米国と日本。政治さえも金で取引され、資本市場に上場もされる。シンプルと言えばシンプルだがこれからの地球をリードすることは出来ない。
北京大会はその開会式、閉会式で金で買収されない中国の権力こそが国連精神を実現する役割を果たせることをローキーを叩きながら示したということだ。
(ID:19005377)
生活もあるし、自分の作品の買い手が帝国主義者であれば、協力せざるをえません。特に日本の場合、島国だと反戦で生き延びることは出来ません。
藤田嗣治の場合は、元々、反戦平和維持という価値観は薄かったのではないでしょうか。作家の吉川英治と同じように帝国軍人の規律に美を感じていたのではないでしょうか。ところが、戦後、日本人の許すことのできない俗物根性に遭遇して、絶望する事件があって、日本を捨て、自由フランスに逃げ込み、画家として一段と磨きがかかったと言えるのではないでしょうか。
彼はヒットラーを嫌悪するピカソとは格が違うということではないでしょうか。