A:事実関係
「駆けつけ警護付与、15日閣議決定へ」
南スーダンPKO政府は、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の派遣部隊に安全保障関連法に基づく新任務「駆けつけ警護」などを付与する方針を固めた。今月15日に閣議決定する考えを、複数の与党幹部に伝えた。昨年9月の同法成立後、海外での自衛隊任務が拡大する初めてのケースとなる。
駆けつけ警護は、離れた場所で武装勢力などに襲われた国連やNGOの要員らを、武器を持って助けに行く任務。政府は、今月20日から現地に出発する次期派遣部隊の陸上自衛隊第9師団(青森市)を中心とした部隊に付与できるか検討してきた。
南スーダンPKO派遣部隊への新任務付与をめぐっては、国会審議で野党が「自衛隊員のリスクが高まる」などと批判。今年7月に首都ジュバで大規模戦闘が起きるなどしており、自衛隊を派遣するための「PKO参加5原則」が崩れてい
コメント
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集団的自衛権が法制度化されると、他国の紛争,たとえば利権の争い、権力闘争にかかわらざるを得なくなってくる。
利権の争いにしろ、権力争いにしろ、手足になって動くのはその国の人民であり、犠牲になるのもその国の人民であり、国連の救助活動、医療の確保、生活上の支援のNPO活動は不可欠になってくる。利権、権力の犠牲者を危険だからといって見捨てることなど事実上できないのであって、制限したから、自衛隊員の命が守られるという考え方は成り立たないのでしょう。
集団的自衛権が法制化したことによって、「死」をいとわない自衛隊に変身したとみるのが、普通の見方でしょう。集団的に守る活動を是認した、是認させられた時点で、自衛隊員の「死」は、現実的問題になっている。ただ、民意を問うことなく、国民無視で国会が勝手に決めたことであり、国民自身がそのことを是認しているかといえば、「NO」でしょう。現地情勢に対する政府の対応一つで、「死」が現実化した場合、政府に対する抗議活動が強くなり、大きな曲がり角に陥る可能性が大きい。
(ID:49824314)
駆けつけ警護なんて言葉は、初めて聞きました。今まで無かったでしょう。自分たちがやりたいことを適当で抽象的な言葉で煙にまいているだけだ。
そもそも他国に行って、現地の人と撃ち合いをすることが、日本国憲法で許されているとは到底考えられないのだけど、市民の反応は、鈍いいんじゃないですか?所詮、外国で撃ち合いしょうがひとが死のうが自分に災いが舞い込まなけりゃ知ったことじゃないということだ。これが日本人の性癖で社会を悪くしている原因の一つだとなげいていらっしゃるコメントを見たことがあります。僕は、このような市民感情うを憎みます。社会の安定や秩序を壊すだろうし、社会の向上や、民主主義を放棄したことと同じだと思うからです。見て見ぬ振りをしたり、社会の諸問題に無知・無関心では、真の民主主義はないとおもいます。ごく当然で、ばかで幼稚な発言をお許しください。
自衛隊員が、死に現地の人々が撃ち殺されても自分さえ良ければいいんでしょう。
5原則を議論の土台とすることは、ルアンダの虐殺いらい、ばかげたことだそうです。現地の市民を守るために、殺し合いをするということが、駆けつけ警護とかいう奇妙なネーミングの本質でしょう?
(ID:49824314)
蛇足ですが、いまのpkf(pko)は、「現地の情勢がどうであれ、」死にひんしている人びとがいるところに乗り込んで、国連の名のもとに武力を行使することだそうです。危険極まりないところに進んで介入するということ。
詳しくは、東京外大教授でpko を指揮していた伊勢崎賢治せんせいのご指摘をググってください。