後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ
第19回:【政策】ビジネス系メディアと「ブラック企業」論批判
NPO法人「POSSE」代表の今野晴貴の著書『ブラック企業』(文春新書)がベストセラーになり、続編の『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』(星海社新書)も出ています。若年層に対して「グローバル」や「成長」などの言葉をちらつかせて、しかし違法な働き方を強制したり、あるいは表面的には「合法」と言われても退職や心の病に陥らせたりして、社会的なコストを食い散らかすという企業のあり方が話題になっています。
しかし、このような現代の一部の企業に対する批判に対して、ビジネス系のメディアにおいては、このような「ブラック企業」論が、若年層の「甘え」として処理され、「厳しくなければグローバル社会では生き残れない」的な言説もまた出てきているようになっています。さらに、一部のロスジェネ系の論客すら、「ブラック企業」論に対してレベルの低い批判を加えています。
例えばロスジェネの労働問題の代表的論客であり、また最近は先鋭化が進んでいる、『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社新書)の著者である城繁幸を見ていきましょう。城は、自身のブログで、「実はブラック企業の大半は合法であり、ユニクロは優良企業であるという現実」(http://jyoshige.livedoor.biz/archives/6488341.html)という記事を書いています。
(なお、このブロマガでは、2月15日配信の記事でも城について採り上げています。「【思潮】ロスジェネ系解雇規制緩和論者が若者バッシングに走るとき」http://ch.nicovideo.jp/kazugoto/blomaga/ar116575)
城が挙げているのは、多くの大企業の労使協定において過労死基準以上の残業ができること、他方で「ブラック企業」の代表格として言われているファーストリテイリング(ユニクロ)は月80時間程度の上限である、としています。城はそれ(だけ)をもってして、ユニクロは「ブラック」ではない、日本の大企業こそ「ブラック」なのだ、と主張しています。
しかし奇妙な話です。なぜならユニクロについては、『ブラック企業』の中では名前を出すことがが控えられているとは言え、様々なところですぐに「燃え尽き」てしまう、あるいは退職に追い込まれてしまう働き方が報告されているからです。
そもそも城は現代の労働法制について、このような独自理論を挙げています。
しかし、少なくとも私は、このような主張をしている労働法の研究者を見たことはありません。また「ブラック企業」について述べられたところでも、城は次のように述べているのです。
このような定義もまた、おそらく城独自のものではないかと思います。そもそも城の言うところの「合法的ブラック企業」について、その中からどれだけユニクロやワタミの如き事例が報告されているか不明です。結局のところ城の労働問題言説とは、彼が問題視する大企業や終身雇用を叩くことこそが「正義」であり、それを(表面的に)行っているユニクロは「正義」として擁護されるべき存在であるということが考えられているのだと思います。然るに、城の言説は(以前にもこのブロマガで指摘したとおり)彼の「正義」にこだわるあまり、下の世代に対してはバッシングの傾向を強めてしまっているのです。
また、『SAPIO』2013年5月号においては、伊藤隆敏が「日本の「ブラック企業叩き」これで韓国に勝てるかと人事担当」という記事を書いています(引用はマイナビニュースから)。
http://news.mynavi.jp/news/2013/05/03/087/index.html
然るにここで行われているのもユニクロ擁護なのですが、この記事は最後のほうでこのように締められています。
そもそもここで出されている《韓国の一流企業》とはどのような企業なのでしょうか?さらにここでも出てきているのは「雇用の流動性の確保」です。しかし、それを担保させたところで企業の問題や、あるいは被用者の問題が解決されるのかは疑問を持った方がいいでしょう。そもそも《ブラック企業の淘汰は、あまりに酷ければ人は寄りつかないという自然の摂理にある程度は委ねてもいいのではないか》と書いているのですが、それで逆に「優良」とされる企業が余剰人材を抱えたり、あるいは「つなぎ」の雇用手段が確保されていなければどうするのか。
さて、真打ちの登場といきましょう。『日経ビジネス』2013年4月15日号特集「それをやったら「ブラック企業」――今どきの若手の鍛え方」です。そもそも同特集のサブタイトルは「今どきの若者の鍛え方」であり、p.27には《スパルタとも旧態依然とも無縁の“普通の企業”が、ブラック企業の濡れ衣を着る可能性すら高まってきた。/その意味では、ブラック企業にならないためには、ただ単に若手社員の労働環境を見直すだけでは不十分。採用や日頃の商売の場における若い世代との「接し方」全般を見直し、そのうえで、入社後の「鍛え方」まで時代に合わせて変えていく必要がある》、それどころか同号の「編集長の視点」においては《「ブラック企業」と呼ばれる方が、やる気まんまんでタフな人を採用できるのではないか》(p.1)とすら書かれているのです。このような『日経ビジネス』の「ブラック企業」論に対する味方は、ビジネス系のメディアにおいて「ブラック企業」論がどのように捉えられているかということを考える上で、大いに参考になるものだと思います。
さて、特集内の、p.37には「少子化時代の教育術」という記事があります。そのリード文には《グローバル競争に打ち勝つには、若者を一段と鍛錬することが必要だ。/だが単なるスパルタ系教育では、ブラック認定のリスクが高まりかねない。/悪い噂を出さず若者をとことん鍛えるヒントを先端企業の動きに探る》とし、それぞれの教育法は「悪い噂を断つ教育法」として採り上げられているのです。ここでは伊藤忠商事や京葉銀行、アイル(JASDAQ上場のITベンチャー)、三井ホームなどが挙げられているのですが、自衛隊研修の京葉銀行は別として、これらの企業の取り組みを「悪い噂を断つ教育法」として採り上げるのは、逆にこれらの企業に対して大変失礼なことだと思うのです。
なぜか。それは、教育法の要諦が、この特集の中では、「ブラック企業という「悪い噂」を立てることなく若い世代をいかに「鍛える」か」ということに置かれているからです。これでは、「ブラック」と呼ばれたくない、しかし今の若い世代は理解不能でこれまでのやり方が通用しない、という、二重に「逃げ」の姿勢になっているからです。さらにそこに通俗的な若者論、世代論が加わり、「逃げ」が正当化されているのです。
当然のことながら、この記事ではファーストリテイリングの社長である柳井正が「それでも鍛え続ける」としてインタビューに出てきています。例えば柳井はこの記事の中で《日本の若い人は今後、海外の若い人と競争しなければなりません。それも競争相手は先進国だけでなく、新興国の人々も含まれる。その中で、旧来型の制度を守っていては、やっていけないと思っています》(p.43)と述べています。しかしファーストリテイリング(ユニクロ)について報告されているのは、同社のアッパー層が関与しているグローバル戦略ではなく、日本の店舗の問題という、優れてローカルなことだからです。また《若くして活躍できることは素晴らしいことでしょう。我々の場合、若い社員が店長になって、どんどん世界に出ていっています》と言っています。しかし、これについても、どれだけの人が世界で活躍できるのかということを示す必要があるでしょう。
このインタビューは《若手社員には、厳しい環境で働ける人材になってもらいたいと思っています。ハングリー精神を持って挑戦し、数千万円、数億円の年収を目指してもらいたい。我々もそうでない人は求めない。これからそう、はっきり伝えていきたいですね》という物言いで締められています。しかし、そのような人を「育てる」過程で、犠牲になった――はっきりそう言いたいと思います――人たちに対して、果たして柳井はどのような言葉を持っているのでしょうか。柳井は朝日新聞のインタビュー(http://www.asahi.com/business/update/0423/TKY201304220465.html)でも、《生産性はもっと上げられる。押しつぶされたという人もいると思うが、将来、結婚して家庭をもつ、人より良い生活がしたいのなら、賃金が上がらないとできない。技能や仕事がいまのままでいいということにはならない。頑張らないと》ということを述べています。このように柳井は若年層に対して「成長」に対して貪欲であることを述べるわけですが、他方でそこからこぼれ落ちた層に対してはどうするのか?そういう視点を欠いているのが気になります。
さてここまでいくつかの「ブラック企業」論批判を見てきたのですが、ここまでの議論で徹底的に抜け落ちているものがあります。それは政府と経済です。例えば伊藤隆敏の議論においては、「ブラック企業」をなくすためには雇用を流動化させて「自然の摂理」に任せればいいのだということが述べられています。しかしそうすると、先ほども言ったとおり「優良」とされる企業は余剰人員を抱えたりしたり、あるいは「優良」と言われる企業に入れずに「ブラック企業」と呼ばれる企業に入らざるを得なくなる人たちも出てくることでしょう。
そのため、本来であれば、政府や法律が労働時間に対して規制をかけたりして、企業全体の劣化を防ぐ必要があります。また容易に転職、転籍ができるようになったとしても、キャリア形成という面ではマイナスになってしまう可能性もあり、その点でも企業全体の劣化を防ぐ方向に動いた方がいいと思います。
また経済に対しても彼らはまったく触れていませんが、そもそも我が国においては長い間円高が続いており、それが企業の国際競争力を下げてしまっているという指摘もなされています。さらにデフレや円高が続くことによって、社会全体の活力が失われているという状況が続いているのです(このあたりの話については、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』(光文社新書)がよくまとまっているのでご参照ください)。そのような経済的要因を直視せず、若年層の「甘え」の問題に収束させてしまう傾向が、「ブラック企業」論批判にはあると思うのです。
そもそも柳井の朝日新聞でのインタビューには、《将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない》とあります。柳井のこのような経済観は、「グローバル」で持ち上げられている企業人のみのものではなく、主にロスジェネ論客の文化論にも強く共有されているものです。緩やかな経済成長により全体的に豊かになる、という未来像は共有されていないのです。そのような状況下で、柳井の如き「グローバル」企業人は若年層に対してシバキ主義となり、また若手の文化論の論客は自分たちの特異性、優位性を主張しようとする。
またこれらの「ブラック企業」論批判に通底する思想として、現代の労働環境に問題があるのだから、それらを全部壊してしまえば真に競争的な市場が生まれ、あらゆる問題が解決される、という清算主義があります。このような清算主義もまた、2000年代の「グローバル」企業論と、ロスジェネ系の労働言説の両方で共有されているものです。しかしそのような清算主義によって、現実の社会に対してもたらされる影響はどの程度のものであるか、ということが彼らの中では計算されていません。
それでは、そのような清算主義に対する安心感を与えているのは一体何かというと、若い世代の存在です。彼らの主張する清算主義の弊害は、若い世代のみが受けるものとして捉えられているのです。そして自らは清算主義的な政策がもたらす弊害から自由であると思いつつ、逆に若い世代に対してその弊害を全力で受け入れるようにする。そしてファーストリテイリングが「ブラック企業」であることは、柳井の――そして多くのロスジェネ論客、雇用流動化論者の――清算主義的な世界観からすれば副作用でしかなく、それを生き抜く術こそが若い世代には求められる。
デフレ派的な経済観、政府の役割を無視した市場原理主義、経済要因の無視、そして清算主義――。そのような2000年代の経済言説の負の側面が詰まっているのが、「ブラック企業」論批判であるということです。そしてその負の側面が、若い世代に降りかかっている。ビジネス系のメディアのみならず、一部のロスジェネ・メディアや論客すらも「ブラック企業」論批判に荷担しているというのは、そういう状況があるということを理解する必要があるのだと思います。
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第20回:【思潮】「草食系男子」論の表象(第1回:森岡正博『草食系男子の恋愛学』)(2013年5月15日配信予定)
第21回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(第4回:間奏――ツール紹介)(2013年5月25日配信予定)
第22回:【政策】雇用戦略対話を総括する(最終回:まとめ)(2013年6月5日配信予定)
【近況】
・「第10回博麗神社例大祭」にサークル参加します。
開催日:2013年5月26日(日)
開催場所:東京ビッグサイト(ゆりかもめ「国際展示場正門」駅より徒歩3分程度、東京臨海高速鉄道りんかい線「国際展示場」駅より徒歩5分程度)
スペース:「す」ブロック37a
・「第10回博麗神社例大祭」新刊の『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』と『新・幻想論壇案内――東方Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』のメロンブックス、とらのあなでの予約が始まりました。
『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524050938.html
サンプル(フェイスブック):http://www.facebook.com/media/set/?set=a.564139223609627.1073741827.450356281654589&type=1
メロンブックス:http://shop.melonbooks.co.jp/shop/detail/212001061205
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/12/16/040030121698.html
『新・幻想論壇案内――東方Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524045526.html
サンプル(フェイスブック):http://www.facebook.com/media/set/?set=a.564140326942850.1073741828.450356281654589&type=3
メロンブックス:http://shop.melonbooks.co.jp/shop/detail/212001061206
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/12/17/040030121701.html
・「杜の奇跡20」新刊の同人誌『統計学で解き明かす成人の日社説の変遷――平成日本若者論史5』が現在発売中です。また、電子版は5月頃にKindleでの刊行を予定しております。
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11489088720.html
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/10/93/040030109347.html
COMIC ZIN:http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=15815
・「超文学フリマ in ニコニコ超会議」新刊の同人誌『「新型うつ病」のポリティクス――平成日本若者論史6』の電子版がKindleにて発売中です。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00CJZDY8E/
・「検証・格差論」の最終回が掲載された『POSSE』第18号が発売中です。
http://www.npoposse.jp/magazine/index.html
・「コミックマーケット83」新刊の『紅魔館の統計学なティータイム――市民のための統計学Special』と、『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』が委託販売中です。
『紅魔館の統計学なティータイム』
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11422949903.html
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/08/67/040030086743.html
COMIC ZIN:http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=14496
電子書籍(メロンブックスDL):http://www.melonbooks.com/index.php?main_page=product_info&products_id=IT0000160128
『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』(COMIC ZIN専売)
http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=14728
・「コミックマーケット80」(2011年夏コミ)で出した『青少年言説Commenatries――後藤和智/後藤和智事務所OffLine発言集』を、ニセ科学関係、政策論関係を中心に再編集した普及版『青少年言説Commenatries Lite』や、電子書籍書き下ろしシリーズ「平成日本若者論史Plus」の『ロスジェネ・メディアの世代認識:『AERA』に見るロスジェネ世代の特別視と他世代への攻撃性に関する考察』『「ニート」肯定言説の甘い罠:若年労働問題の「本質」を語る危うさ』など、電子書籍がKindleにて配信中です。
Amazonの著者セントラルはこちらです。
http://www.amazon.co.jp/-/e/B004LUVA6I
(2013年5月5日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第19回「【政策】ビジネス系メディアと「ブラック企業」論批判」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年5月5日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
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Facebook…
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第19回:【政策】ビジネス系メディアと「ブラック企業」論批判
NPO法人「POSSE」代表の今野晴貴の著書『ブラック企業』(文春新書)がベストセラーになり、続編の『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』(星海社新書)も出ています。若年層に対して「グローバル」や「成長」などの言葉をちらつかせて、しかし違法な働き方を強制したり、あるいは表面的には「合法」と言われても退職や心の病に陥らせたりして、社会的なコストを食い散らかすという企業のあり方が話題になっています。
しかし、このような現代の一部の企業に対する批判に対して、ビジネス系のメディアにおいては、このような「ブラック企業」論が、若年層の「甘え」として処理され、「厳しくなければグローバル社会では生き残れない」的な言説もまた出てきているようになっています。さらに、一部のロスジェネ系の論客すら、「ブラック企業」論に対してレベルの低い批判を加えています。
例えばロスジェネの労働問題の代表的論客であり、また最近は先鋭化が進んでいる、『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社新書)の著者である城繁幸を見ていきましょう。城は、自身のブログで、「実はブラック企業の大半は合法であり、ユニクロは優良企業であるという現実」(http://jyoshige.livedoor.biz/archives/6488341.html)という記事を書いています。
(なお、このブロマガでは、2月15日配信の記事でも城について採り上げています。「【思潮】ロスジェネ系解雇規制緩和論者が若者バッシングに走るとき」http://ch.nicovideo.jp/kazugoto/blomaga/ar116575)
城が挙げているのは、多くの大企業の労使協定において過労死基準以上の残業ができること、他方で「ブラック企業」の代表格として言われているファーストリテイリング(ユニクロ)は月80時間程度の上限である、としています。城はそれ(だけ)をもってして、ユニクロは「ブラック」ではない、日本の大企業こそ「ブラック」なのだ、と主張しています。
しかし奇妙な話です。なぜならユニクロについては、『ブラック企業』の中では名前を出すことがが控えられているとは言え、様々なところですぐに「燃え尽き」てしまう、あるいは退職に追い込まれてしまう働き方が報告されているからです。
そもそも城は現代の労働法制について、このような独自理論を挙げています。
日本の労働法制を超簡潔に説明すると、3行で終わる。
・終身雇用だけは最優先で死守すべし
・そのためなら、他のことは大目にみましょう
・とはいえ、終身雇用についても、余裕のある会社だけ守ってくれればいいです
しかし、少なくとも私は、このような主張をしている労働法の研究者を見たことはありません。また「ブラック企業」について述べられたところでも、城は次のように述べているのです。
1.終身雇用はたぶん保証される合法的ブラック企業(おもに大企業)
2.合法的ブラック企業だが、実は終身雇用も怪しい企業(大多数の中小企業)
3.ヤクザが経営関与しているようなリアルブラック企業
このような定義もまた、おそらく城独自のものではないかと思います。そもそも城の言うところの「合法的ブラック企業」について、その中からどれだけユニクロやワタミの如き事例が報告されているか不明です。結局のところ城の労働問題言説とは、彼が問題視する大企業や終身雇用を叩くことこそが「正義」であり、それを(表面的に)行っているユニクロは「正義」として擁護されるべき存在であるということが考えられているのだと思います。然るに、城の言説は(以前にもこのブロマガで指摘したとおり)彼の「正義」にこだわるあまり、下の世代に対してはバッシングの傾向を強めてしまっているのです。
また、『SAPIO』2013年5月号においては、伊藤隆敏が「日本の「ブラック企業叩き」これで韓国に勝てるかと人事担当」という記事を書いています(引用はマイナビニュースから)。
http://news.mynavi.jp/news/2013/05/03/087/index.html
然るにここで行われているのもユニクロ擁護なのですが、この記事は最後のほうでこのように締められています。
「韓国の一流企業は、出張したら帰りの飛行機で映画を見たり、酒を飲んだりせず、ひたすら出張リポートを書き、翌朝一番で提出するというやり方を幹部に求めています。そのうえで毎年、成績下位の1割は辞めさせる。そんな国の企業と、ブラック企業叩きをしている国が戦えますか?」
神経を病むほど社員を追い込む会社は認められない。ただ、レッテル貼りにも意味はないだろう。必要なのは、ブレない規制緩和による雇用の流動性の確保である。ブラック企業の淘汰は、あまりに酷ければ人は寄りつかないという自然の摂理にある程度は委ねてもいいのではないか。
そもそもここで出されている《韓国の一流企業》とはどのような企業なのでしょうか?さらにここでも出てきているのは「雇用の流動性の確保」です。しかし、それを担保させたところで企業の問題や、あるいは被用者の問題が解決されるのかは疑問を持った方がいいでしょう。そもそも《ブラック企業の淘汰は、あまりに酷ければ人は寄りつかないという自然の摂理にある程度は委ねてもいいのではないか》と書いているのですが、それで逆に「優良」とされる企業が余剰人材を抱えたり、あるいは「つなぎ」の雇用手段が確保されていなければどうするのか。
さて、真打ちの登場といきましょう。『日経ビジネス』2013年4月15日号特集「それをやったら「ブラック企業」――今どきの若手の鍛え方」です。そもそも同特集のサブタイトルは「今どきの若者の鍛え方」であり、p.27には《スパルタとも旧態依然とも無縁の“普通の企業”が、ブラック企業の濡れ衣を着る可能性すら高まってきた。/その意味では、ブラック企業にならないためには、ただ単に若手社員の労働環境を見直すだけでは不十分。採用や日頃の商売の場における若い世代との「接し方」全般を見直し、そのうえで、入社後の「鍛え方」まで時代に合わせて変えていく必要がある》、それどころか同号の「編集長の視点」においては《「ブラック企業」と呼ばれる方が、やる気まんまんでタフな人を採用できるのではないか》(p.1)とすら書かれているのです。このような『日経ビジネス』の「ブラック企業」論に対する味方は、ビジネス系のメディアにおいて「ブラック企業」論がどのように捉えられているかということを考える上で、大いに参考になるものだと思います。
さて、特集内の、p.37には「少子化時代の教育術」という記事があります。そのリード文には《グローバル競争に打ち勝つには、若者を一段と鍛錬することが必要だ。/だが単なるスパルタ系教育では、ブラック認定のリスクが高まりかねない。/悪い噂を出さず若者をとことん鍛えるヒントを先端企業の動きに探る》とし、それぞれの教育法は「悪い噂を断つ教育法」として採り上げられているのです。ここでは伊藤忠商事や京葉銀行、アイル(JASDAQ上場のITベンチャー)、三井ホームなどが挙げられているのですが、自衛隊研修の京葉銀行は別として、これらの企業の取り組みを「悪い噂を断つ教育法」として採り上げるのは、逆にこれらの企業に対して大変失礼なことだと思うのです。
なぜか。それは、教育法の要諦が、この特集の中では、「ブラック企業という「悪い噂」を立てることなく若い世代をいかに「鍛える」か」ということに置かれているからです。これでは、「ブラック」と呼ばれたくない、しかし今の若い世代は理解不能でこれまでのやり方が通用しない、という、二重に「逃げ」の姿勢になっているからです。さらにそこに通俗的な若者論、世代論が加わり、「逃げ」が正当化されているのです。
当然のことながら、この記事ではファーストリテイリングの社長である柳井正が「それでも鍛え続ける」としてインタビューに出てきています。例えば柳井はこの記事の中で《日本の若い人は今後、海外の若い人と競争しなければなりません。それも競争相手は先進国だけでなく、新興国の人々も含まれる。その中で、旧来型の制度を守っていては、やっていけないと思っています》(p.43)と述べています。しかしファーストリテイリング(ユニクロ)について報告されているのは、同社のアッパー層が関与しているグローバル戦略ではなく、日本の店舗の問題という、優れてローカルなことだからです。また《若くして活躍できることは素晴らしいことでしょう。我々の場合、若い社員が店長になって、どんどん世界に出ていっています》と言っています。しかし、これについても、どれだけの人が世界で活躍できるのかということを示す必要があるでしょう。
このインタビューは《若手社員には、厳しい環境で働ける人材になってもらいたいと思っています。ハングリー精神を持って挑戦し、数千万円、数億円の年収を目指してもらいたい。我々もそうでない人は求めない。これからそう、はっきり伝えていきたいですね》という物言いで締められています。しかし、そのような人を「育てる」過程で、犠牲になった――はっきりそう言いたいと思います――人たちに対して、果たして柳井はどのような言葉を持っているのでしょうか。柳井は朝日新聞のインタビュー(http://www.asahi.com/business/update/0423/TKY201304220465.html)でも、《生産性はもっと上げられる。押しつぶされたという人もいると思うが、将来、結婚して家庭をもつ、人より良い生活がしたいのなら、賃金が上がらないとできない。技能や仕事がいまのままでいいということにはならない。頑張らないと》ということを述べています。このように柳井は若年層に対して「成長」に対して貪欲であることを述べるわけですが、他方でそこからこぼれ落ちた層に対してはどうするのか?そういう視点を欠いているのが気になります。
さてここまでいくつかの「ブラック企業」論批判を見てきたのですが、ここまでの議論で徹底的に抜け落ちているものがあります。それは政府と経済です。例えば伊藤隆敏の議論においては、「ブラック企業」をなくすためには雇用を流動化させて「自然の摂理」に任せればいいのだということが述べられています。しかしそうすると、先ほども言ったとおり「優良」とされる企業は余剰人員を抱えたりしたり、あるいは「優良」と言われる企業に入れずに「ブラック企業」と呼ばれる企業に入らざるを得なくなる人たちも出てくることでしょう。
そのため、本来であれば、政府や法律が労働時間に対して規制をかけたりして、企業全体の劣化を防ぐ必要があります。また容易に転職、転籍ができるようになったとしても、キャリア形成という面ではマイナスになってしまう可能性もあり、その点でも企業全体の劣化を防ぐ方向に動いた方がいいと思います。
また経済に対しても彼らはまったく触れていませんが、そもそも我が国においては長い間円高が続いており、それが企業の国際競争力を下げてしまっているという指摘もなされています。さらにデフレや円高が続くことによって、社会全体の活力が失われているという状況が続いているのです(このあたりの話については、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』(光文社新書)がよくまとまっているのでご参照ください)。そのような経済的要因を直視せず、若年層の「甘え」の問題に収束させてしまう傾向が、「ブラック企業」論批判にはあると思うのです。
そもそも柳井の朝日新聞でのインタビューには、《将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない》とあります。柳井のこのような経済観は、「グローバル」で持ち上げられている企業人のみのものではなく、主にロスジェネ論客の文化論にも強く共有されているものです。緩やかな経済成長により全体的に豊かになる、という未来像は共有されていないのです。そのような状況下で、柳井の如き「グローバル」企業人は若年層に対してシバキ主義となり、また若手の文化論の論客は自分たちの特異性、優位性を主張しようとする。
またこれらの「ブラック企業」論批判に通底する思想として、現代の労働環境に問題があるのだから、それらを全部壊してしまえば真に競争的な市場が生まれ、あらゆる問題が解決される、という清算主義があります。このような清算主義もまた、2000年代の「グローバル」企業論と、ロスジェネ系の労働言説の両方で共有されているものです。しかしそのような清算主義によって、現実の社会に対してもたらされる影響はどの程度のものであるか、ということが彼らの中では計算されていません。
それでは、そのような清算主義に対する安心感を与えているのは一体何かというと、若い世代の存在です。彼らの主張する清算主義の弊害は、若い世代のみが受けるものとして捉えられているのです。そして自らは清算主義的な政策がもたらす弊害から自由であると思いつつ、逆に若い世代に対してその弊害を全力で受け入れるようにする。そしてファーストリテイリングが「ブラック企業」であることは、柳井の――そして多くのロスジェネ論客、雇用流動化論者の――清算主義的な世界観からすれば副作用でしかなく、それを生き抜く術こそが若い世代には求められる。
デフレ派的な経済観、政府の役割を無視した市場原理主義、経済要因の無視、そして清算主義――。そのような2000年代の経済言説の負の側面が詰まっているのが、「ブラック企業」論批判であるということです。そしてその負の側面が、若い世代に降りかかっている。ビジネス系のメディアのみならず、一部のロスジェネ・メディアや論客すらも「ブラック企業」論批判に荷担しているというのは、そういう状況があるということを理解する必要があるのだと思います。
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第20回:【思潮】「草食系男子」論の表象(第1回:森岡正博『草食系男子の恋愛学』)(2013年5月15日配信予定)
第21回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(第4回:間奏――ツール紹介)(2013年5月25日配信予定)
第22回:【政策】雇用戦略対話を総括する(最終回:まとめ)(2013年6月5日配信予定)
【近況】
・「第10回博麗神社例大祭」にサークル参加します。
開催日:2013年5月26日(日)
開催場所:東京ビッグサイト(ゆりかもめ「国際展示場正門」駅より徒歩3分程度、東京臨海高速鉄道りんかい線「国際展示場」駅より徒歩5分程度)
スペース:「す」ブロック37a
・「第10回博麗神社例大祭」新刊の『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』と『新・幻想論壇案内――東方Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』のメロンブックス、とらのあなでの予約が始まりました。
『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524050938.html
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とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/12/16/040030121698.html
『新・幻想論壇案内――東方Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』
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サンプル(フェイスブック):http://www.facebook.com/media/set/?set=a.564140326942850.1073741828.450356281654589&type=3
メロンブックス:http://shop.melonbooks.co.jp/shop/detail/212001061206
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・「杜の奇跡20」新刊の同人誌『統計学で解き明かす成人の日社説の変遷――平成日本若者論史5』が現在発売中です。また、電子版は5月頃にKindleでの刊行を予定しております。
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とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/10/93/040030109347.html
COMIC ZIN:http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=15815
・「超文学フリマ in ニコニコ超会議」新刊の同人誌『「新型うつ病」のポリティクス――平成日本若者論史6』の電子版がKindleにて発売中です。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00CJZDY8E/
・「検証・格差論」の最終回が掲載された『POSSE』第18号が発売中です。
http://www.npoposse.jp/magazine/index.html
・「コミックマーケット83」新刊の『紅魔館の統計学なティータイム――市民のための統計学Special』と、『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』が委託販売中です。
『紅魔館の統計学なティータイム』
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とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/08/67/040030086743.html
COMIC ZIN:http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=14496
電子書籍(メロンブックスDL):http://www.melonbooks.com/index.php?main_page=product_info&products_id=IT0000160128
『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』(COMIC ZIN専売)
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・「コミックマーケット80」(2011年夏コミ)で出した『青少年言説Commenatries――後藤和智/後藤和智事務所OffLine発言集』を、ニセ科学関係、政策論関係を中心に再編集した普及版『青少年言説Commenatries Lite』や、電子書籍書き下ろしシリーズ「平成日本若者論史Plus」の『ロスジェネ・メディアの世代認識:『AERA』に見るロスジェネ世代の特別視と他世代への攻撃性に関する考察』『「ニート」肯定言説の甘い罠:若年労働問題の「本質」を語る危うさ』など、電子書籍がKindleにて配信中です。
Amazonの著者セントラルはこちらです。
http://www.amazon.co.jp/-/e/B004LUVA6I
(2013年5月5日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第19回「【政策】ビジネス系メディアと「ブラック企業」論批判」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年5月5日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
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