第6回:古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』ほか3冊
「サンシャインクリエイション65」(2014年10月26日、池袋・サンシャインシティ)で配布したサークルペーパーを加筆・再構成しております。
今回分析したのは、若者論において「若者」代表としての地位を確立してしまっている、社会学者の古市憲寿氏の著作『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社、2011年/書籍1とする)、『僕たちの前途』(講談社、2012年)の文庫版である『働き方は「自分」で決める』(講談社文庫、2014年/書籍2とする)、そして氏の社会時評集である『だから日本はズレている』(新潮新書、2014年/書籍3とする)です。古市氏は、個々に挙げた『絶望の国の幸福な若者たち』において、ロスジェネ的な「苦境に立つ若者」のイメージを逆転させた「幸福な若者」という像を提示して話題になりました。「若者」を「新しさ」という観点でしか評価できない我が国の若者論において古市氏が受け入れられたのは、ある意味では必然と言えるでしょう。
私はこの分析のために改めて『絶望の国の幸福な若者たち』を読んで、感想を以下のように書きました。
【ツイート転載】古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』再々読
古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社、2011年)再読(原文ママ。再々読でした)。改めて最悪の本だ、と思った次第。そもそも古市は同書で描き出したような「幸福な若者」イメージをもって、ロスジェネ的な「かわいそうな若者」的なイメージの打破を行おうとしたのだと思うが、ロスジェネ論とか貧困論とか(承前)が展開していた問題は単に「若者がかわいそう」という問題意識にとどまらない、例えば就業構造、労働法、働き方などをめぐる多層的な問題であり、その中には政策課題とすべきものもあったはずだ(それ故「若者はかわいそう」的な方向性に規定してしまうことは控えなければならない)。まあロスジェネ論が文化評論に傾きすぎたというのはあると思うが…。
それにいくつかの実証的な研究は、非正規雇用や貧困などの問題は、むしろロスジェネより下の世代においてこそ深刻化しているとするものもある。古市の示す「幸福な若者」論は、それこそ「若者かわいそう論」のような若い世代に関する視座の貧困をそのまま裏返したものに過ぎない。
経済政策的な視点から見ても同書は最悪で、そもそも(かつての自民党政権によって構築され、後の民主党政権にも引き継がれた)デフレレジームを前提としており、デフレレジームのもとで滅び行く我が国というものを超えていない。それ故デフレレジームから脱却すればある程度は光が見えてくるような問題(福祉、少子化など)についても解決されたいことが「前提」となっている。若者論の歴史から見ても経済政策の観点から見ても最悪が重なった本と言える。
あと古市は1970年代頃に若者論の形が完成したと述べるが、その若者論を受容する社会の側の変化については全く触れていない(特に1990年代以降の若者バッシングの興隆を考える上でこの視点は外せないはずだ)。若者論を社会的なものとして捉える視座の著しい欠如もまた問題だ。
(https://note.mu/kazugoto/n/nd95f99a3a219)
また『だから日本はズレている』についても、次のような書評をブクログに書きました。
本書で取り扱われているいくつかの問題に対して、ただただ「愚痴」というか、ネチネチと嫌味を述べている言説が続くだけという本。一部の技術決定論や左派的な議論を嘲笑するものの、それらの言説の生まれた背景や歴史(例えば「心のノート」については、背景にある少年犯罪への(根拠の少ない)不安やポストモダン社会における心理主義的な傾向など、社会学の立場からいくらでも指摘されてきたはずだ)への視座もなく、ただアドホックな「苦言」を述べているだけに過ぎない。
また本書においては、現状の政策課題(特に経済政策と少子化対策)に対して「何もしない」ことが前提となっており、そういうあり方を「若者」としての著者が肯定していると読める。そのようなメッセージを「若者」として発信してしまうことは、結局のところ古市の如き「若者」を消費するだけの読者に、全く無意味な現状肯定感を与えるだけではないか。この点でも極めて罪深い論説であると言える。
(http://booklog.jp/users/kazutomogoto/archives/1/4106105667)
この2つの書評にも共通している問題意識なのですが、古市氏の最大の問題点というのは、「デフレレジームの中で衰退していく日本で幸福に生きていける自分(たち)」しか見えていないと言うことではないかと思います。従前の若者の雇用・労働に関する言説が、曲りなりにも貧困や社会的排除という、特に不況下において誰でも陥りかねない状況と、それをいかに社会的に解決していくかと言うことについて目を向けていた反面、古市氏の言説は「幸福な若者」という、かなり時代的、社会的に限定され、社会的に広がらない「若者」像を提示して従前の言説の無効かを図ったということの罪は大きいと思います。もっともこのような転換が起こった背景は、ひとり古市氏に帰されるべきではなく、若い世代の貧困や社会的排除などの問題を「かわいそうな若者」の問題として矮小化させて論じた(そしてロスジェネ系論客の多くもそれを受け入れた)ことも挙げられると思います。
さて、本論では、古市氏の「幸福な若者」論について分析を試みてみました。各書籍のプロフィールを表1に、また集計した単語を表2に示します。
表1
表2
続いて分析を。まず、出現した回数が108以上で、小見出し単位でJaccard係数の算出を行い、多次元尺度法で単語を配置したのが図1となります。ここからそれぞれの単語の特徴を見出してみると、まず、横軸については、左側には自己(アイデンティティ)、右側には文化に関する単語が並んでいるように見えます。続いて縦軸を見ると、上に配置されているのは社会、下には生き方に関する単語が配置されているように見えます。例えば、「国家」と「起業」は、いずれも横軸では左側に配置されており、いずれもアイデンティティに関する文脈で使われていると判断できますが、縦軸で見ると「国家」は上、「起業」は下であり、アイデンティティに関する単語でも、社会に関すること(国家)と個人の生き方に関すること(起業)の2つの方向性を持っていることが窺えます。
図1
続いて、対応分析で、出現した回数が49以上の単語を用いて分析を行いました。まず、書籍単位で分析を行ったところ、綺麗に三角形状に書籍が配置されました。また、第1主成分には正方向に書籍2、負方向に書籍1が掲載され、古市氏が売り出すきっかけとなったこの2冊が、やはり「働き方/生き方」という、昨今の「若手論客」の著作の持つ性質で分類されるということが明らかになりました。以前にイケダハヤト氏の著作を分析したときも述べたのですが(詳しくはこのテキストマイニング企画の第4回参照。http://ch.nicovideo.jp/kazugoto/blomaga/ar639643)、今の「若手論客」の多くは「生き方」と「働き方」をメインのコンテンツとして売り出している感があります。イケダ氏の場合、新たな軸として出したのが世代論だったのに対し、今回分析した古市氏の場合は、新たな軸、つまり第2主成分として出したのは社会時評と言うことになるのでしょう(なお「松島」という単語が検出されていますが、これは宮城県の松島ではなく古市氏が務めているベンチャー企業の代表取締役社長の名字です)。
表3
図2
次に同じ単語を使って、章ごとに対応分析を行ったのが表4・5、図3になります。先の書籍ごとの対応分析では、第1主成分に「働き方/生き方」という基軸が見られましたが、この分析でも第1主成分に、同様の「生き方(負)/働き方(正)」が観測されました。書籍3(『だから日本は~』)では第1主成分において大きな絶対値を示しているものは余り見られないものの、論考「「若者」に社会は変えられない」とあとがきが負の方向に大きく振れており、この2論考は若い世代の「生き方」論として見ることができそうです。
また、縦軸(第2主成分)には「若者論(正)/社会評論(負)」という基軸が見られましたが、書籍全体では大きく正方向に触れているものは見られませんでした。ただ、章ごとに見ると、書籍1(『絶望の国の~』)の第3,4章、そして書籍2(『働き方は~』)の第3章が正方向に大きく振れていますが、これらはいずれも若い世代の心性について触れられた章なので、第2主成分の正方向が「若者論」である、というのは言えそうです。
また図には表しませんが、第3主成分は、第2主成分とは別の方向での若者論という志向性が見えそうです。第3主成分は、単語を見る限りでは正の方向に「社会参加に関する若者論(正)/単純な世代論(負)」と名付けることができそうです。分析した書籍3冊については、この2つの方向性は混在しております。古市氏の若者論のベースが「社会参加」を基点とするものであるが、他方で従前の若者論において語られてきた世代論もまた援用されている、と第3主成分では言えそうです。
表4
表5
図3
次に、コーディングについて述べたところを示そうと思います。今回使用したコーディングは次の通りです。
#基本
*若者
若者 | 若い+人 | 若い+世代
*学生
学生 | 生徒
*子供
子供 | 子ども
*彼ら
'彼ら' | 'かれら'
*今
今 | いま | 現代 | 昨今
*かつて
昔 | むかし | かつて
*今の若者
<*今> & <*若者>
*かつての若者
<*かつて> & <*若者>
#基本/推測に基づく断定/文末表現
*かもしれない
'かもしれない。' | 'かもしれません。' | 'かも知れない。' | 'かも知れません。'
*~と言える。
'いえる。' | '言える。' | 'いえます。' | '言えます。'
*~だろう。
'だろう。' | 'でしょう。'
*確かだ。
'確かだ。' | '確かです。'
*思われる。
'思われる。' | '思われます。'
#「思われる。」はカウントなし
#基本/推測に基づく断定/中間
*(し)つつある
'つつある'
*おそらく
おそらく | 恐らく
*最早~ない
seq(もはや-ない) | seq(最早-ない) | seq(もはや-ます-ん) | seq(最早-ます-ん)
#書籍オリジナル
*おじさん
おじさん | 'おじさん'
*僕たち
僕たち | 僕ら | '僕たち' | '僕ら' | 'ぼくたち' | 'ぼくら'
*承認
承認
*貧困
貧困
*デフレ
デフレ
*不景気
不景気 | 不況
*階級・階層
階級 | 階層
*格差
格差
*若者-不幸
<*若者> & ( 不幸 | 不幸せ )
*若者-幸福
<*若者> & ( 幸福 | 幸せ )
まず、コーディングの単純集計を表6に示します。ここで注目に値するのは、何と言っても書籍1における「若者」への言及の多さでしょう。文レベルでも全体の約18%に及んでおります。また他の著作においても、書籍3でも「若者」への言及は多く、段落レベルでおよそ13%程度というものになっております。またコーディングからわかるのは、古市氏の言説の特徴として、「~だろう。」という推測に基づく論法が多いことで、文レベルでだいたい2~3%程度、段落レベルだと6~9%、小見出しレベルならおおよそ半数程度で使われております。また一人称複数としての「僕たち」の使用頻度も、段落レベルで5%、小見出しレベルで20%程度と多くなっております。
表6
図4 バブルプロット、文
最後に、「書籍オリジナル」指定のコーディングと「若者」のコーディングについて、各書籍との共起を描いたのが図5となります(上位20本、集計単位は小見出し)。例えば「僕たち」との共起は、書籍1,3でもあることはありますが、書籍2との共起も強く、書籍2においては積極的に(古市氏の考える)若い世代像、というものを積極的に提示している感があります。書籍2との共起の強いコーディングとしては、他には「承認」「階層・階級」が挙げられます。また書籍1は「格差」「若者-幸福」との共起が強く、従前のロスジェネ論への「反駁」としての同書の立ち位置が改めて見えてくるものとなっております。
図5
繰り返しますが、古市氏が「新しさ」を貪欲に求める若者論界隈で受け入れられたのは必然であるということと、そこには強い危うさを孕んでいるということは指摘しなければなりません。古市氏の「危うさ」を認識するためにも我々はまずその歴史的位相について、もう少し敏感になる必要があるのではないでしょうか。なお「幸福な若者」の実態については、2011,12年に飯田泰之・荻上チキの両氏によって別に調査がなされており、幸福度に与える影響について精査がなされているので(荻上チキ、飯田泰之『夜の経済学』扶桑社、2013年)こちらも参照されるといいと思います。
参考:図6/文単位で集計したコーディング(「若者」+書籍オリジナル分類)の出現数を用いた対応分析(書籍単位)
このページの分析には「KH Coder」を使っています。また今回使用した辞書ファイルはこちらにあります。
参考文献
樋口耕一『社会調査のための計量テキスト分析――内容分析の継承と発展をめざして』ナカニシヤ出版、2014年
第7回:未定
第8回:門脇厚司または尾木直樹を予定。
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・「第百二十九季 文々。新聞友の会」にサークル参加予定(頒布業務委託)です。
日時:2014年11月2日(日)
場所:京都市勧業館みやこめっせ(京都市営東西線「東山」駅より徒歩8分程度、京阪本線・鴨東線「三条」駅より徒歩15分程度)
スペース:「花」ブロック58(頒布業務は「花」ブロック57「幻想郷交通公社」様に委託。)
・「杜の奇跡23」にサークル参加予定です。
日時:2014年11月9日(日)
場所:仙台市情報・産業プラザ(JR各線「仙台」駅北口直結、仙台市地下鉄「仙台」駅より徒歩5分程度)
スペース:未定
・「コミティア110」にサークル参加予定です。
日時:2014年11月23日(日・祝)
場所:東京ビッグサイト(ゆりかもめ「国際展示場正門」駅直結、東京臨海高速鉄道りんかい線「国際展示場」駅より徒歩3分程度)
スペース:「ち」ブロック32a
・「博麗神社秋季例大祭」にサークル参加予定です。
日時:2014年11月24日(月・祝)
場所:東京ビッグサイト(前掲)
スペース:「せ」ブロック7a
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ
ほぼ週刊若者論テキストマイニング 第6回
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2014(平成26)年10月29日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
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