第18回:【政策】若者雇用戦略を総括する(第4回:藤原和博――「根本的な解決策」という幻想)
「雇用戦略対話」の若者雇用ワーキンググループの検証シリーズ、今回は第3,4回における藤原和博の発言を中心に見ていきたいと思います。藤原はリクルート在籍中、宮台真司との共同プロジェクトで「よのなか科」という授業を行ったり、東京都初の民間人校長(杉並区立和田中学校)を務めるなど、教育関係でも活躍し、教育論や若者論での発言でも多く、この「雇用戦略対話」でも委員として呼ばれていたのでしょう。
ただし藤原は、私がゲストとして出席した第5回会合で、委員を辞めるという資料を突きつけてきました。私はこれについて、会合終了後にツイッターで、「藤原が駄々をこねて逃げた!」と表現しました。藤原は第5回会合の資料4として「絶縁宣言」的なものを提出していますが、その中でいくつか気になった記述があります。
対案がない批判はすべきではないので、最後に戦略と呼ぶべき対案を示します。
日本の若者の将来像を「みんな一緒に中間層に加える」としないで、「多様な働き方でそれぞれ一人一人の幸福な人生を実現する」姿を目標とします。その上で、長期的には、義務教育を含めた日本の人材育成ポリシーを「処理的な仕事をする労働者の大量輩出」ではなく、「高度な付加価値を生むグローバル型人材」と「日本的な仕事を通じて社会貢献するローカル型人材(公務員やNPO等準公務含む)」として、全体を覆う「正解主義」教育を緩め(小学校で9割、中学校で7~8割、高校で5~7割、大学で5割程度に押さえ)、余剰分の時間を「複眼思考/クリティカルシンキング」で多様な人生を歩める技術を獲得する方向に切り替える。
中期的には、国が予算を補助金によって配分するスタイルではなく、ローカルで独自に動けるよう、地方に財源を移行する。会社で働くハードルが高いニートなどは学校支援地域本部で有償ボランティアとして吸収し、慣れるまでじっくり待つ。
短期的には、高校や専各/大学中退者の受け皿が急務なので、自衛隊付属の「災害救助予備隊」で雇用しながら自活体験を積み、社会参画の可能性を探る。(第5回資料4より)
何を言っているかわからない、と思った方、あなたは正しいと思います。藤原の議論の欠点は、自分こそが正しい議論を行っているという過剰な信仰――他方で藤原の自信には客観的な裏付けが乏しい――のほか、この中で展開されている、藤原の理想とする社会像が、まったく空虚なものでしかないということです。例えば《日本の若者の将来像を「みんな一緒に中間層に加える」としないで、「多様な働き方でそれぞれ一人一人の幸福な人生を実現する」姿を目標とします》ということについては、そもそもそのような単純な歴史観がどこまで正しいのかわかりません。またこの中で採り上げられている「正解主義」の内実、さらに言うとそれが若年雇用に与える影響がわかりません。挙げ句の果てには自衛隊です。藤原も「自衛隊」に「教育」を期待したい人だったのでしょうか。「現場」を題目の如く唱えておきながら、藤原は本当に自衛隊の人にそのようなニーズがあることを聞いたのでしょうか。
なお、私は第5回会合で、藤原のこのドタキャンを受けて、次のように発言しました。
最後になりますけれども、資料4を見てください。藤原委員が提出されたものなんですが、私はこの藤原委員が提出された資料を見てひどく失望しております。具体的に申し上げますと最後の段落「短期的には、高校や専各/大学中退者の受け皿が急務なので、自衛隊付属の『災害救助予備隊』で雇用しながら自活経験を積み、社会参画の可能性を探る」と書いてありますけれども、なぜ自衛隊にそのような教育機能を期待するのでしょうか。このような提言が易々と出てしまうところに、我が国の青少年政策の問題の深さがあると感じております。(第5回議事録p.9)
今にして思えば、「自衛隊」に関する記述だけを採り上げたのはまずかったかな、とも思います。それでもなお、藤原の発言が日経新聞などで好意的に採り上げられ、「雇用戦略対話は所詮は官僚の予算獲得合戦だ」という藤原の物言いがまかり通ってしまう状況には、当時から今に至るまで苦々しい思いであるのは変わりはありません。もちろん国の政策についてのヒアリングに招いてくれたという恩義もありますけど、それ以前に藤原の言っていることが無茶苦茶だったからです。
ここでは、第3回議事録における藤原の発言を引きつつ(第4回には発言はありません)、現代の一部の若者論、若年雇用言説、さらには経済言説を縛る「幻想」について見ていこうかと思います。第3回議事録での藤原の発言はpp.2-6、《教育界のさだまさしと言われております藤原です》(p.2)という意味のわからない言明で始められているのですが、それはさておいて、藤原は発言の最初のほうで《すなわち現象に対する対処療法ではなくて、なぜ根源的にギャップが生まれてしまっているか。これを明らかにしてみたいと思うんですけれども、構造的な根本原因があります。日本の教育が徹底的に正解主義で行われているというところです》(p.2)と述べています。しかし、今議論されていることについて「対処療法」と最初から決めつけてしまい、そして《構造的な根本原因》なるものがあると述べてしまうのは、自分こそが「本質」をよく知っているという暴論に過ぎないのではないでしょうか。
また藤原は「正解主義」の教育というものについて、多分に偏見を交えた上で《この4択問題というのは成熟社会になった日本の今のビジネス界では通用しなくなっています》(p.2)と述べます。しかし、そもそも藤原の極めて暴力的に過ぎる要約の「正解主義」の教育は、本当に「昔の」ビジネス界では通用していたのでしょうか。藤原は「成熟社会」というものに対してその重要性を強調しますけれども、今が「成熟社会」だということを過剰に言うことで、かえって自らの議論をがんじがらめに縛り付けていないか。そのような藤原の過剰な自信は、教育を変えなければ経済を変えることはできない、という次のような発言にも見られます。
そういう意味で今、とにかく日本の企業が必要としなくなってしまった能力をまだ小学校、中学校、高校で磨いていて、本当に必要な情報の編集力と私は言っていますけれども、問題を自分で設定したり、ディベートして交渉したり、そういう力が養われていないということになるわけです。つまり、日本の教育のコンセプトそのものを根底からがらっと変えていかないと、この問題は直りません。(p.3)
そもそも日本の企業が求める能力というものは企業毎に違ってくるものではないかと思います。そのため、「日本の企業が必要としなくなってしまった能力」を一律に決めてしまい、それらを全部なくすべきだ、と主張するのもまた、あまりにも一面的と言わざるを得ません。
そもそも若年層の就職難、失業に関する問題は、景気や労働相談環境などの要因も多いのですが、《日本の教育のコンセプトそのものを根底からがらっと変えていかないと、この問題は直りません》とは一体どういうことなのか。みんながみんな藤原の主張する「成熟社会」に適合した人間になれば、「根本的に」解決する、ということなのでしょうか?目下の若年層の問題を「教育の失敗」と捉え、自分が理想とする教育を行えば「根本的に」解決すると主張するのは、あまりにも自らの手法に固執しすぎていると言わざるを得ません。あとpp.4-5の下の発言ですが、
ただ、ここで何もやらなければ指導要領というのはあと10 年間変わりませんので、ここでもう一度私としては問題提起をさせてもらいたいと思うんです。正解を当てる情報処理力ではなくて、世界観をつくり納得できる解を導く情報編集力をつけさせてあげるような授業手法の変更が絶対に必要だと思います。授業手法自体が革命的に変わらないと日本が生み出している人材は工場や単純事務処理、よく働ける子、処理能力の高い子ということが今まさにこの瞬間に生み出されているわけなので、最後どうすればいいかですが、資料2の(3)で書きました。
どう見ても脅しでしかありません。《工場や単純事務処理、よく働ける子、処理能力の高い子ということが今まさにこの瞬間に生み出されている》というのは、一体何様のつもりか、という他ない。なお、「自衛隊」というのは、別に第5回で出された「決別宣言」が最初ではなく、第3回においても《自衛隊付属の災害救助予備隊というものをつくって、そこで期限付き、6か月とか2か月あるいは2年とか雇用することを併せて、提案し、ここで鍛えて、ここでもまれた人たちが企業社会に出ていく。こういったワンクッションというのもありではないかと思っています。徴兵制よりは100倍ましだと思っているので、これぐらいのことをやらないと、今の若い人たちをもむというのはなかなか難しいだろうなということで、併せて蛇足ですが報告しておきます》(p.6)という発言が見られますが、これも、現代の若年層は最早自分が問題視する「正解主義」の教育に染まっているのだから、自衛隊か何かに入れて教育してやれ、という、あまりにも「正解主義」に過ぎる「解決策」が提示されております。ついでに言うとこれは若い世代への偏見も含んでいますね。
また藤原の発言は、pp.41-42にもあります。吉田美穂の発言を受けてのものなのですが、《間違ってはいけないのは、キャリア教育という名の正解主義教育を幾ら充実しても、絶対に就職はよくなりません。これをみんなはっきり知るべきであると思うのです。キャリア教育という名の正解、教え込む教育ですね(略)》(p.41)と発言しておりますが、確かに吉田はキャリア教育について述べていましたけれども、藤原の言うようなことは言っておりません。そもそも吉田が述べていたのは、吉田が勤務する、決して学力が高いとは言えない高校において、どのように生徒のキャリアを見据えた教育を行うか、そしてそれにはどのような限界があるかということを述べたのであって、決して吉田は現状のキャリア教育のあり方を全肯定しているものではありません。
ましてや藤原の述べるキャリア教育とは、吉田の発言から生み出されたものではないということは、吉田の発言を見ても明確です。つまり藤原は、吉田の発言を受けるそぶりを見せながら、実際は藤原の思う「キャリア教育」像を勝手に設定して批判しているだけでしかないのです。そもそも吉田自体、《藤原先生から提起のあった、授業方法を根本的に見直すとか、あるいは樋口先生からあった、多元的な価値というようなことは、根本的なお話だと思うのですけれども、現実には対立するようなさまざまな現象が教育現場に起こっているのです》(p.39)と、それこそ「現場」の苦悩を述べており、藤原の言うような清算主義的な教育論が吉田のような立場の教員を救うかどうかについては、相当深く検討されて然るべきではないでしょうか。さらに言うと、吉田は経済的に不利な状況に置かれた生徒は、学力や就職においても不利だということを言っているのですが、藤原はまったく意に介していません。
そんな藤原はこんなことをp.42で言っています。
正解主義で鍛えられますと、更に言えば、当然、ブランドの強い方がいいのですから、大企業志向にもなりますね。あるいはそれが、今、日本の若い人たちを中心として、大人もそうだと思いますけれども、過剰なブランド信仰にも表れていますし、過剰なテレビ信仰で、テレビの言説が神様になってしまうような状況、あるいは四六時中携帯メールを見ていないと不安になってしまうような状況、これは実は産業側としては、国内マーケットが非常に単一で、みんな一緒で、とらえやすいので、企業が成長するには、国内マーケットを成長させるには、これがよかったのですが、ここへ来て、これが非常に足かせになってしまっているわけですよ。(p.42)
大企業志向まで出てきました。ましてや《今、日本の若い人たちを中心として、大人もそうだと思いますけれども、過剰なブランド信仰にも表れていますし、過剰なテレビ信仰で、テレビの言説が神様になってしまうような状況、あるいは四六時中携帯メールを見ていないと不安になってしまうような状況》などという物言いは、やはり現代の若年層や社会をあまりにも自分にとって都合のいいように捉えすぎている。このような藤原の社会認識は『新しい道徳』(ちくまプリマー新書)で既に開陳されており、私も『おまえが若者を語るな!』(角川Oneテーマ21)で既に批判しているのですが、藤原の発言は、自らの設定した「正解主義」をいかに打倒するかというものに縛られすぎていて、目下の問題をどのように捉えるか、という視座があまりにも欠落しています。
というわけで、今回は第3回議事録における藤原の発言を見ていきました(他にも藤原の発言はあるのですが、ほとんどが他の発言者の「割り込み」です)。ここまで見ると、藤原が第5回会合で「決別宣言」を出したのは極めて自然な流れだと思います。そもそも藤原の物言いは、自分の理想とする問題設定に、この雇用戦略対話ワーキンググループが乗って来るはずだ、なぜなら自分の言っていることこそが若年雇用問題、さらには経済問題の「本質」だからだ、という傲慢に満ちたものに他なりません。
しかし、藤原の言っていることは、ことごとく問題の領域や他の委員の視点から外れるものばかりでした。そして藤原もまた、その中で自らの言説を省察しようとせず、おそらく他のいかなる発言者よりも強い、若年層劣化言説を語っていた。そして、自らのやりたい議論がかなわないとなると、第5回のように悪口に満ちた「決別宣言」を出した。だからこそ、藤原のやったことは「駄々をこねて逃げた」ものでしかないのです。
このようなことは、自分こそが問題の「本質」を知っているとし、自分の主張することを行えば万事解決する、という考えがいかに恐ろしいかを表しています。そして若年雇用に限らず、若者論という場は、このような議論が幅をきかしやすいところとして認識する必要があります。今若者論においては、様々な論客が、これまた様々な立場からの「青少年問題の本質」「解決策」を主張しています。そしてそれらが科学的な客観性の下で検証されることはありません。そのような若者論の横行が、藤原の如き人間を生み出してしまったと見なすべきだと思います。
もちろん、藤原の行為(一部のビジネス系メディアなどで雇用戦略対話を思い込みに基づいて批判することも含めて)は、ワーキンググループそのものや他の委員、特に現状の若年雇用政策のあり方に一貫して異議を唱え続けていた上西充子や、ワーキンググループに良質な情報や知見を提供し続けた樋口美雄、堀有喜衣、吉田美穂などに対しては大変失礼なことでしかないのですが。
このシリーズは次回が最終回です。なお、政策カテゴリの次回企画は未定です。
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第19回:【政策】『日経ビジネス』とブラック企業論(2013年5月5日配信予定)
第20回:【思潮】「草食系男子」論の表象(第1回:森岡正博『草食系男子の恋愛学』)(2013年5月15日配信予定)
第21回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(第4回:間奏――ツール紹介)(2013年5月25日配信予定)
【近況】
・2013年5月25日に、統計学勉強会「市民統計ワークショップ 東京第1回」を企画しております。詳しくは6日に配信したリリースをご覧ください。
リリース:http://ch.nicovideo.jp/kazugoto/blomaga/ar187873
場所:ルノアール高田馬場早稲田通り店(JR山手線、東京メトロ東西線、西武新宿線「高田馬場」駅より徒歩2分程度)
日程:2013年5月25日(土)15:00~17:00
参加費:一般参加2,500円、発表者参加1,000円(テキスト代含む、ドリンク代除く)
・「杜の奇跡20」新刊の同人誌『統計学で解き明かす成人の日社説の変遷――平成日本若者論史5』が現在発売中です。また、電子版は4月頃にKindleでの刊行を予定しております。
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・「検証・格差論」の最終回が掲載された『POSSE』第18号が発売中です。
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・「超文学フリマ in ニコニコ超会議2」にサークル参加します。
開催日:2013年4月28日(日)
開催場所:幕張メッセ(JR京葉線「海浜幕張」駅より徒歩5分程度、またはJR総武本線「幕張本郷」駅・京成千葉線「京成幕張本郷」駅より京成バス利用)
スペース:「エ」ブロック03
・「第10回博麗神社例大祭」にサークル参加します。
開催日:2013年5月26日(日)
開催場所:東京ビッグサイト(ゆりかもめ「国際展示場正門」駅より徒歩3分程度、東京臨海高速鉄道りんかい線「国際展示場」駅より徒歩5分程度)
スペース:「す」ブロック37a
・「コミックマーケット83」新刊の『紅魔館の統計学なティータイム――市民のための統計学Special』と、『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』が委託販売中です。
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告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11422949903.html
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/08/67/040030086743.html
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http://www.amazon.co.jp/後藤-和智/e/B004LUVA6I
(2013年4月25日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第18回「【政策】若者雇用戦略を総括する(第4回)」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年4月25日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
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