片岡義朗ブログ

再掲「虞美人」真飛聖さん2010/05/05@東京宝塚劇場

2016/10/13 13:02 投稿

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2010/05/05


11:59 pm


宝塚ミュージカル「虞美人」は素晴らしかった。
期待しないで観よう、なんて失礼だった。
真飛 聖(まとぶせい)さんは、スタイルも顔もきれいだし、
歌も芝居もすごく良かったけど、そんなもの超えたところにいた。
技術がどうのではない、存在が圧倒的だった。
かっこいい、の一言しか言う言葉が無い。

このミュージカルは中国の秦が崩壊し、次の漢の国ができるまでの戦乱の時代、歴史上の物語だ。
項羽と劉邦と言う武将の闘い、項羽の愛人の虞美人の物語で、
司馬遷の史書に出てきて以来、中国でも日本でもいろいろ取り上げられている。
特に物語の最後の局面に出てくる漢詩が有名で、この詩に物語の悲劇が集約されている。

その漢詩は、僕が湘南高校に通っていた時漢文の授業で習った。


印象的だったのでそのままここに記すと

力拔山兮氣蓋世 チカラ山を抜き 気、世を蓋う
時不利兮騅不逝 時、利あらずして 騅(愛馬の名前)逝かず
騅不逝兮可柰何 騅の逝かざる 奈何すべき (愛馬が動かないどうすればよい)
虞兮虞兮柰若何 虞や虞や 若を奈何せん (あなたをどうすればよいのだろう)

闘いに常に勝ってきた武将が最後のときを迎え、
愛する人を目の前にどうすることもできない悲哀を歌った歌として、
50
年前に繰り返し暗唱した七言律詩(しちごんりっし)だ。
高校生の気持ちにも響いた、漢文の先生の訳詞も素敵だった。
ずーっと僕の心の中に存在していた詩だ。

その詩がミュージカルになっていたのはかすかに知っていたが、
それが新作となって復活すると聞いて、ちゃんと作りなおしてくれるのか、
あの素敵な漢詩の気分が損なわれていないだろうか、と若干疑った。
失礼しました、だった。


悲劇も、闘う男のドラマも、愛する人との別れのドラマもきちんと物語られていた。
長い歴史と多くの登場人物を無理はしただろうがちゃんとまとめていた。
やや説明が多くなっていてその分逆に物語が分かりにくかった人もいるかもしれないが、


このぐらいには語らないと時代背景が分からない。

真飛聖さんの存在が大きいだけではない。
壮 一帆(そうかずほ)さんも美人はいいね、だけではない演技力だし体のキレ味で、
未涼亜希(みすずあき)さんの冷たい芝居もいいし、
桜乃彩音(さくらのあやね)さんのコロコロ響くソプラノ声もいいし、
その他のキャストも、スタッフもすべての舞台に係る人たちの気持ちが


心地よい緊張感を創り出している。
脚本・演出もこのドラマの在り方を間違い無く伝えている。
照明も美術も音響も素晴らしい。転換も計算されていて無駄が無い。
ほんとのプロの仕事だ。


長い伝統に支えられているというのはこういう仕事のことを言うのだろう。

壮さんは一幕の滑り出し、この人は役者センスが無いのかな、と一瞬疑った。
2
幕の幕が上がるころには気が付いていたけど、
歌もダンスも芝居も控えめに控えめにやっているのですね。
もっと自分を出してもいいのにと思ったのは僕が宝塚素人だからでしょう。
真飛さんを立てることに徹している、絶対そうにきまっている。
トップスターに視線を集中させるように舞台ができている。
すごいなと思った、宝塚って。どこにも破たんが無い。
何か言えと言われれば、オーケストラの演奏が平板でキレが無いことぐらい。
でもそんなのは舞台全体が素晴らしいことの中に埋没する。

ドラマは愛と、国を取ろうとする男の闘い、ここに普遍性がある。
この舞台の社会に対する旬は、真飛聖と言う俳優にあるのだろう。
そう言い切ってこの芝居がなぜ今必要なのかに応えている。

久しぶりに舞台を観終わって心地よく興奮し、東京宝塚劇場を後にした。

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