吐月――
かつて、本気で覚者になろうとした男だ。
高野山で修行をし、チベットに入ってカルサナク寺で、陳岳陵――つまり、久鬼玄造と出会っている。
「わたしはね、外法の中に、その手がかりがあるのだと、ずっと考えていた……」
カルサナク寺の地下で見た、アイヤッパンを中心とした『外法曼陀羅図』。
そこで見たのは、八番目、九番目、十番目のチャクラであった。
チャクラ――人体の背骨に沿って上から下まで並ぶ、力の発動部位である。
解剖学的には存在しない存在だ。
瑜伽(ヨーガ)においては、上から順に、次のように呼ばれている。
頭頂にあると言われている王冠(おうかん)のチャクラ、サハスラーラ。
眉間(みけん)のチャクラ、アジナー。
咽喉(のど)のチャクラ、ヴィシュッダ。
心臓のチャクラ、アナハタ。
臍(へそ)のチャクラ、マニプーラ。
脾臓(ひぞう)のチャクラ、スワディスターナ。
根のチャクラ、ムーラダーラ。
玄道――つまり、仙道では、これは次の部位に相当する。
やはり、上から順に――
泥丸(でいがん)。
印堂(いんどう)。
玉沈(ぎょくちん)。
膻中(たんちゅう)。
夾脊(きょうせき)。
丹田(たんでん)。
尾閭(びろ)。
瑜伽(ヨーガ)でも玄道でも、これを呼吸法で活性化させる。
呼吸し、天地の気を取り入れ、これを体内で上下させるのである。
それに、使用されるのが、背骨に沿って存在するスシュムナーと呼ばれる管(ナデイ)である。
この管(ナデイ)は、玄道では気道と呼ばれる。
スシュムナー管(ナデイ)もまた、解剖学的には存在しない管(くだ)だ。
チャクラは、この管(ナデイ)から開いた回転する花のようなものである。
呼吸し、気(プラーナ)を一番下方のムーラダーラチャクラに集める。
そのプラーナを、スシュムナー管(ナデイ)に沿って上に持ちあげてゆく。持ちあげて、また下ろしてゆく。ムーラダーラチャクラに溜まったこの気(プラーナ)を、また、スシュムナー管(ナデイ)の中で持ちあげてゆく。
これを繰り返すことによって、チャクラが回転を始めてゆく。その回転速があがる。
体内の霊的エネルギーがあがって、これによって、ムーラダーラチャクラの裡(うち)に眠っていた力――クンダリニーの蛇が目覚め、これがスシュムナー管(ナデイ)の中を駆け昇ってゆくのである。
このようにして、チャクラを覚醒させ、人の持つ筋力、認識力、智恵――そういったものをレベルアップさせるのだ。
仙道では、小周天,しょうしゅうてん)の法とも呼ばれる。
鬼骨(きこつ)――というのがある。
ムーラダーラチャクラよりも、さらに下にある八番目のチャクラだ。
瑜伽(ヨーガ)的に言うなら、アグニチャクラ。
このアグニチャクラ、鬼骨が発動すると、人はその存在形態を変えてしまう。人が、進化の過程の中で捨ててきた、あらゆる形質が、無秩序に、爆発的に生じてしまうのである。
仙道の世界では、これまで、鬼骨は、伝説上のものであると考えられていた。
かつて、千年、二千年以上も前、中国において、赤須子(せきしゅし)という者がこれを発動させ、獣と化して、多くの人を喰らった。
これを、捕えて収めたのが、仙道の祖とも言われている老子であると。
それは、神話や伝説の類(たぐい)であるとこれまでは考えられてきたのだが、その鬼骨が存在するとわかったのである。
真壁雲斎(まかべうんさい)は、自身でそれをたしかめている。
しかし、吐月がカルサナク寺で見た『外法曼陀羅図』には、鬼骨よりもさらに下方にもうひとつのチャクラが、サハスラーラチャクラのさらに上方に、もうひとつのチャクラが描かれていたのである。
八番目の鬼骨のみならず、九番目、十番目のチャクラがあることになる。
相撲のしきりのように、蹲踞(そんきょ)して腰を落とす、尊神アイヤッパン。
ヒンドゥーの神、シヴァの化身(アーヴアタール)である。さらに、シヴァの化身であるハリハラとも、同じ存在と言っていい。
そのアイヤッパンの絵の、腕と足とが、カルサナク寺の図では消されていた。
その、九番目のチャクラ――ソーマチャクラは、この物語の中ですでに明らかになっている。
それは、ソーマチャクラだ。
月のチャクラ。
右手、左手に、念玉(ねんぎょく)を作る。
作ったらば手を合わせて、これをひとつにする。
その合わせた手を、頭の上で立てる。
これが、九番目のチャクラ、ソーマチャクラだ。
これをもって、キマイラ化を押さえることができるというのである。
「しかしね、九十九くん、わたしは今は違う考えを持っている……」
吐月はつぶやいた。
「違う考え?」
「人はね、仏陀になどなれなくともいいのだと思うようになった」
「―――」
「人は、人でいいのだよ」
吐月はつぶやいた。
画/今野隼史
■電子書籍を配信中
・ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」
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■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中
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かつて、本気で覚者になろうとした男だ。
高野山で修行をし、チベットに入ってカルサナク寺で、陳岳陵――つまり、久鬼玄造と出会っている。
「わたしはね、外法の中に、その手がかりがあるのだと、ずっと考えていた……」
カルサナク寺の地下で見た、アイヤッパンを中心とした『外法曼陀羅図』。
そこで見たのは、八番目、九番目、十番目のチャクラであった。
チャクラ――人体の背骨に沿って上から下まで並ぶ、力の発動部位である。
解剖学的には存在しない存在だ。
瑜伽(ヨーガ)においては、上から順に、次のように呼ばれている。
頭頂にあると言われている王冠(おうかん)のチャクラ、サハスラーラ。
眉間(みけん)のチャクラ、アジナー。
咽喉(のど)のチャクラ、ヴィシュッダ。
心臓のチャクラ、アナハタ。
臍(へそ)のチャクラ、マニプーラ。
脾臓(ひぞう)のチャクラ、スワディスターナ。
根のチャクラ、ムーラダーラ。
玄道――つまり、仙道では、これは次の部位に相当する。
やはり、上から順に――
泥丸(でいがん)。
印堂(いんどう)。
玉沈(ぎょくちん)。
膻中(たんちゅう)。
夾脊(きょうせき)。
丹田(たんでん)。
尾閭(びろ)。
瑜伽(ヨーガ)でも玄道でも、これを呼吸法で活性化させる。
呼吸し、天地の気を取り入れ、これを体内で上下させるのである。
それに、使用されるのが、背骨に沿って存在するスシュムナーと呼ばれる管(ナデイ)である。
この管(ナデイ)は、玄道では気道と呼ばれる。
スシュムナー管(ナデイ)もまた、解剖学的には存在しない管(くだ)だ。
チャクラは、この管(ナデイ)から開いた回転する花のようなものである。
呼吸し、気(プラーナ)を一番下方のムーラダーラチャクラに集める。
そのプラーナを、スシュムナー管(ナデイ)に沿って上に持ちあげてゆく。持ちあげて、また下ろしてゆく。ムーラダーラチャクラに溜まったこの気(プラーナ)を、また、スシュムナー管(ナデイ)の中で持ちあげてゆく。
これを繰り返すことによって、チャクラが回転を始めてゆく。その回転速があがる。
体内の霊的エネルギーがあがって、これによって、ムーラダーラチャクラの裡(うち)に眠っていた力――クンダリニーの蛇が目覚め、これがスシュムナー管(ナデイ)の中を駆け昇ってゆくのである。
このようにして、チャクラを覚醒させ、人の持つ筋力、認識力、智恵――そういったものをレベルアップさせるのだ。
仙道では、小周天,しょうしゅうてん)の法とも呼ばれる。
鬼骨(きこつ)――というのがある。
ムーラダーラチャクラよりも、さらに下にある八番目のチャクラだ。
瑜伽(ヨーガ)的に言うなら、アグニチャクラ。
このアグニチャクラ、鬼骨が発動すると、人はその存在形態を変えてしまう。人が、進化の過程の中で捨ててきた、あらゆる形質が、無秩序に、爆発的に生じてしまうのである。
仙道の世界では、これまで、鬼骨は、伝説上のものであると考えられていた。
かつて、千年、二千年以上も前、中国において、赤須子(せきしゅし)という者がこれを発動させ、獣と化して、多くの人を喰らった。
これを、捕えて収めたのが、仙道の祖とも言われている老子であると。
それは、神話や伝説の類(たぐい)であるとこれまでは考えられてきたのだが、その鬼骨が存在するとわかったのである。
真壁雲斎(まかべうんさい)は、自身でそれをたしかめている。
しかし、吐月がカルサナク寺で見た『外法曼陀羅図』には、鬼骨よりもさらに下方にもうひとつのチャクラが、サハスラーラチャクラのさらに上方に、もうひとつのチャクラが描かれていたのである。
八番目の鬼骨のみならず、九番目、十番目のチャクラがあることになる。
相撲のしきりのように、蹲踞(そんきょ)して腰を落とす、尊神アイヤッパン。
ヒンドゥーの神、シヴァの化身(アーヴアタール)である。さらに、シヴァの化身であるハリハラとも、同じ存在と言っていい。
そのアイヤッパンの絵の、腕と足とが、カルサナク寺の図では消されていた。
その、九番目のチャクラ――ソーマチャクラは、この物語の中ですでに明らかになっている。
それは、ソーマチャクラだ。
月のチャクラ。
右手、左手に、念玉(ねんぎょく)を作る。
作ったらば手を合わせて、これをひとつにする。
その合わせた手を、頭の上で立てる。
これが、九番目のチャクラ、ソーマチャクラだ。
これをもって、キマイラ化を押さえることができるというのである。
「しかしね、九十九くん、わたしは今は違う考えを持っている……」
吐月はつぶやいた。
「違う考え?」
「人はね、仏陀になどなれなくともいいのだと思うようになった」
「―――」
「人は、人でいいのだよ」
吐月はつぶやいた。
画/今野隼史
初出 「一冊の本 2013年8月号」朝日新聞出版発行
■電子書籍を配信中
・ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」
・Amazon
・Kobo
・iTunes Store
■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中
http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/
コメント
上で本当のURL貼ってくれた人にマジ感謝。
一応。↓がわたモテ。
http://ch.nicovideo.jp/sakitsurumura/blomaga/ar315483#comment_area
あいかわらず、話がなかなか進まない・・・。
いや、そこがまたいいんだけど。
オルトの雲まで太陽系級にチャクラを回してください。
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(ID:655286)
泣きながら人を喰うアイヤッパン
視てみてえなあ、外法曼荼羅図