めるまがアゴラちゃんねる、第059号をお届けします。
発行が遅れまして、大変申し訳ございません。

コンテンツ

※東京ゲームショウ2013特集号

・ゲーム産業の興亡(69)
【特別篇】SCEの隠し球「PS Vita TV」

・ゲーム産業の興亡(70)
【特別篇】ガンホーの「パズル&ドラゴンズ」はなぜヒットしたのか?

新清士(ゲームジャーナリスト)


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特別寄稿:新清士(ゲームジャーナリスト)


ゲーム産業の興亡(69)
【特別篇】SCEの隠し球「PS Vita TV」

「東京ゲームショウ2013」が、9月19日(木)より開催される。今年の大きなサプライズは、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が発表した11月発売予定の「プレイステーション Vita TV」だ。手のひらサイズで、販売価格もハード単体では9954円からと、1万円を切るという戦略商品だ。SCEの隠し球というハードウェアだ。今回は、このハードの可能性と課題点を初回する。

■PS Vita TV とPS4はセグメントとして競合しない
9月10日に、SCEのアンドリュー・ハウス社長へのインタビューの機会があった。欧米では年末、日本では来年2月発売と発表されている「プレイステーション4」とのセグメントの違いなどについて、どのような戦略を持っているのかを聞いた。このハードの企画自体は2011年夏からあったようだが、実際の開発は昨年の8月頃に始まったものだという。

PS Vita TVは、SCEはすでにPS3向けに展開してきた同様のオンデマンドサービス「プレイステーションネットワーク(PSN)」の経験から、パートナー関係を活かすことに力点を置いてきたという。

テレビに接続することで、既存のPS Vita用のゲーム1300種をそのまま遊べるだけでなく、TUTAYAオンラインやniconicoなどの複数のオンデマンドストリーミングサービスを利用できたり、音楽サービス、ラジオサービスなど、また、今後はカラオケサービスにも対応が予定されている。プレスリリースによると、ゲームよりも、家庭用のサービスに力点を置かれて説明がなされているところに特徴がある。

ハウス氏は、「日本国内のストリーミングサービスはディファクトを取れているハードがない。そのため、先行者利益が取れるだろう」と述べた。PS Vita TVは「家庭のリビングルームを狙う物として、家族で共有できる体験をできるもの。」としており、Apple TVが「(iPhoneやiPadなど)個人の体験の延長線上に位置付けられており、魅力的に感じられていないポイントと対比しながらアピールしたいという」

約4万円という価格からもわかるように、PS4では先端的なゲーム体験を求めるユーザーのために提供し、一方で、PS Vita TVはカジュアルユーザー向けてハイビジョンクオリティで、子供と楽しみたいというユーザーとセグメントを分けている。PS Vita TVは、2つのコントローラに対応しているため、「親と子供が一緒になってゲームを遊ぶことができる」。

■PS Vita TVへと展開するメリット
PS Vita TVは、PS Vitaと同じハードウェアスペックを持っている。iPhoneで言うならば、iPhone4Sレベルのスペックに相当する。そのため、スマートフォン(=スマホ)が高性能化するに従って、ハードウェアスペックは陳腐化することになる。すでに、iPhone5の時点で、PS Vitaの性能をスペック的には凌駕している。この差は、先端のAndroid端末も含め、性能が向上するに従って、さらに顕著になっていくだろう。

ゲーム機の場合には一度投入すると、5年あまりはスペックが固定される。そのため、一見ネガティブな要素を持っているように思われるが、簡単にそうとも言い切れない。それは特定のハードウェアに向けて、ソフトウェアの性能を最適化して、ソフトウェアの機能を充実させていくことができるためだ。ただし、ハードウェアの普及が進まなければ、こうした点はまったくメリットにならない。

同じハードウェアのスペックに固定した場合、緩やかにハードの製造コストは減少していく。特に、最もコストが掛かるCPUチップは、ムーアの法則によってチップサイズは小さくなっていくため、製造コストが低下していく。そのため、10月10日に発売される新型の「PS Vita」は、現状のバージョンよりも、計量が軽くなり、使い心地もいいにも関わらず、ハード価格は、1万9925円と現行バージョンと変わらない。PS Vita TVは携帯ゲーム機に必要な液晶画面やバッテリー、コントローラー(PS3のものと互換)を持たせない最小限の構成にすることで価格を抑えることに成功している。

これらのことは、現在苦戦しているPS Vitaの状況を大きく改善する効果を持つと考えられる。PS4はタイトル不足から、発売直後こそ話題を集めるだろうが、世界的には、クリスマス商戦を終えると、コアユーザーの購入が終了し一段落すると考えられる。そのため、それらの商品不足を、PS Vitaは下支えするものと思われる。

■PS Vita 及び PS Vita TVの可能性と課題点
以下に、PS Vita TVの登場による可能性と課題を上げておく。

(1)PS Vitaは全世界で570万台と、3360万台と比較すると、比較にならないほどの大きな差を広げられている。しかし、PS Vita TVの登場で、PS Vitaと組み合わさり、特に、180万台の日本市場の成長を促すことになるだろう。これは、既存の家庭用のゲーム機会社にとっては、市場の底上げを促す可能性が大きい。

(2)日本のゲーム会社のなかには、肥大化した広告宣伝費と、出して見なければヒットするかどうかがわからないソーシャルゲームに比べて、家庭用ゲーム機の市場を見直す動きも出ている。特に、PS Vitaは日本市場の昨年対比で、2倍あまりになっているため、単純に市場規模は2倍になっている。

(3)特に若年層のユーザーニーズには、ソーシャルゲームのように固定されているいくら払えばゲームを遊べるのかがわからないというお金の支払い方に抵抗感を感じる層は確実に存在する。しかし、現在、若年層ニーズを満たすゲームの種類は少ないため、そうした層を取り込む特にオンライン対応ゲームが登場すると、「モンスターハンターポータブル」(カプコン)のように長期間のヒットに結びつく可能性がある。

(4)課題点として:SCEの動きは、SCE単独の動きに過ぎず、ソニーグループとして統合した動きになっていない。そのため、ソニーのスマホとのしっかりとした連動や、他の家庭用製品との繋がりは小さい。SCE単体としての動きにならざる得ないため、ソニー全体への波及効果は小さい。



ゲーム産業の興亡(70)
【特別篇】ガンホーの「パズル&ドラゴンズ」はなぜヒットしたのか?

今回も特別篇として、9月19日から22日まで開催されている「東京ゲームショウ」の様子から、今後のゲーム産業で何が起きているのかを考える。そのケースとしておスマートフォン向けアプリのネイティブゲームとして、大成功したケースとして知られる「パズル&ドラゴンズ」で、注目を浴びているガンホー・オンライン・エンターテインメントを例に取る。19日に森下一喜社長の基調講演が行われた。その内容を参照しながら、「パズドラ」の成功要因を見ていく。

ガンホーは、13年4〜6月の売り上げで、437億円と前年度比1306%の急成長を引き越しており、まさに時代の寵児だ。他社でも同じように成功できるのかが注目されているが、結論から言うと、それほど容易とはとても言えない。

■森下社長は成功の要因を「運」としている
森下社長は、講演の中で、自らの成功を「運」と述べた。これは結果論としては、そのような側面が実際にある。「パズドラ」の開発に当たった山本大介プロデューサーは、元々は、1973年にPC時代に登場した老舗ゲーム会社として登場した、ハドソンに属していた。ハドソンは、業績悪化後、05年にコナミの子会社となり、12年にコナミデジタルエンタテイメントに吸収合併する形で、消滅している。00年代に入ってから、ハドソンは家庭用ゲーム機からの事実上の撤退後、携帯電話向けのゲームに注力していた。

08年以降、iPhoneといったスマートフォンの開発にも力を入れた。09年にタワーディフェンスゲーム「エレメンタルモンスターTD」といった優れたゲームを開発していたものの、当時は、現在のソーシャルゲームのようなにアイテム課金モデルが、まだシステム的に行いやすくなく、ユーザーの購買行動としても定着していなかった。そのため、ゲームの価格設定は300円や500円といった安い金額でなければ、販売することが難しい状態だったため、収益を上げるのが極めて難しかった。

また、日本のフィーチャーフォン(ガラケー)の中心時代で、まだまだ、スマートフォンの一般への浸透は進んでいなかった。この時期の代表的な成長企業であるDeNAとグリーが急成長していた時期でもあり、結局、ハドソンの業績悪化を止めることができなかった。

■スマホゲーム向けの人材を活かせなかったコナミ
ハドソンが、スマートフォン向けゲームの展開で苦戦する中、業績を重視し、収益を出しているガラケーに力を入れるコナミの体制に対して疑問をもつスタッフが多数出るようになり、コナミから人材流出が続いた。現在のスマホ向けのソーシャルゲーム市場で、最も必要とされているネイティブアプリを、家庭用ゲーム機のノウハウを持つ非常に稀な人材が成長していたのだが、コナミの内部では評価されることがなかった。そのため、そうした状況が引き起こされたのだ。

山本氏も、そうした経緯を通じて、ガンホーに移った開発者の一人で、その実力が実を結んだのが「パズドラ」だったというわけだ。山本氏に的確なチャンスを与えられなかったコナミの人事評価への判断ミスも大きかったと考えられる。

■一般的なソーシャルゲームの指標を重視しなかった開発
森下氏によると、開発のアイデアから、完成までは試行錯誤が続いた。現在では、パズルゲームでは一般的な形として使われることが多い、縦型の表示も作る過程で考えられたものであり、パズルブロックを自由に動かしてゲームを進める仕組みも、試行錯誤によって行われたものだ。優れたゲームを作るという姿勢はあったものの、こうすればヒットの確実な条件を満たすことができるという具体的な手応えをリリース前から持っていたわけではない。

森下氏が何度も強調しているのが、ソーシャルゲームの開発や運用で、一般的な成功の指標であるKPI(重要業績評価指標)を最適化することや、マネタイズ(無料ゲームから収益を取れるようにする仕組み)という言葉を使わないことだ。また、ソーシャルゲームという言葉も嫌い、「オンラインゲーム」とあくまで主張している。しかし、曖昧な定義とは言え、他のプレイヤーとの協力することで、ゲームを進めていくという意味では、ソーシャルゲームとはいうことはできるのだが。

もちろん、実際には、データを取ることなくゲームの運営を行っているということはありえない。ガンホーの内部関係者によると、最も注意をして見ている指標はDAU(一日あたりのアクセスしているユーザー数)という。ゲームを繰り返し遊んでいるユーザーがいるのかどうかで、ゲームがヒットしているのを見ており、それにより成功しているかどうかを測っている。

■パズドラが成功したと考えられる理由。
とはいえ、結果論とはいえ、パズドラが成功した理由をいくつか上げておきたい。

(1)ネイティブ向けのゲーム開発の経験を持つスタッフを獲得することが成功できたために、完成度の高いゲームを作りやすい状態にあった。
(2)1回300円のそれまでのソーシャルゲームの中心的な収益を生みだす方法の「ガチャ」と呼ばれるカードバトルゲームで一般的な方法を取らなかったこと。「コンティニュー課金」(ゲームセンターの課金方式に近い)という方式がとられている。これはパズドラ以降、一般化した。
(3)ガラケーから、ネイティブへのユーザー移行時期(特に30歳代以下)に重なったこと。その中には多数の女性ユーザーも含まれており、そうしたユーザーニーズに応えている。そのため、ユーザーの拡大期の波にうまく乗ることができた。
(4)iPhoneのApp Storeは一度に表示されるゲームは、10回のフリックでも30位ぐらいまでしか見ることができず、上位のゲームに過集中がしやすい傾向がある。そのため、ヒットするタイトルは、よりヒットを起こしやすくなる。

そして、これらの要因すべてが、時代的なタイミングによる「運」に重なっている。「パズドラ」の快進撃が始まるのは昨年10月に、アンドロイド版がリリースされて以降だが、ヒットがヒットを呼び、現在のようなとてつもない成功を生みだすことができていると考えられる。


ただし、多くの企業が、今同じような展開を行ったとしても、成功は難しいだろう。すでにソーシャルゲーム市場の状況は、1年前と状況は大きく違っているからだ。昨年の今頃は、まだ、DeNAやグリーが主導権を握っており、現在のように厳しい立場に陥るとは誰にも予測できなかった。



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新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)名理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。日本経済新聞電子版での執筆、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin