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是枝裕和が到達した「ファンタジー的想像力の洗練」とは? 岡室美奈子・宇野常寛の語る『海街diary』 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.393 ☆

2015/08/21 07:00 投稿

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是枝裕和が到達した
「ファンタジー的想像力の洗練」とは?
岡室美奈子・宇野常寛の語る
『海街diary』
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.8.21 vol.393

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今朝のメルマガは、公開中の映画『海街diary』について岡室美奈子さんと宇野常寛が語った対談をお届けします。ドキュメンタリー作家として出発した是枝裕和監督が、『ゴーイング マイ ホーム』『そして父になる』を経て、今回の『海街diary』で到達した「ファンタジー的想像力の洗練」とは? 原作と映画版の違いから考えていきます。


▼作品紹介
『海街diary』
監督・脚本/是枝裕和 原作/吉田秋生 出演/綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずほか 配給/東宝・ギャガ公開/6月13日より
幼い頃に父が出奔、その後母親も出ていき、育ててくれた祖母は亡くなった香田家の3姉妹(幸・佳乃・千佳)のもとに、父の訃報が届いた。葬式に出かけた先で3人は、異母妹のすずがいたことを初めて知る。産みの母もすでに亡くしていたすずに幸は「一緒に暮らそう」と声をかけ、すずは鎌倉にやってくる。

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▼ゲストプロフィール
岡室美奈子(おかむろ・みなこ)
早稲田大学演劇博物館館長、文化構想学部教授。専門はベケット論、テレビドラマ論、現代演劇論など。


■ すずを主人公に据えなかった映画版『海街diary』

岡室 すごく良い映画でしたね。原作を大事にしながらも違ったテイストが織り込まれていて、それが違和感なく溶け込んでいるのが良かったし、映画を観て原作を再発見したところもある。以前に原作を読んだときは「サラサラしてきれいな話だな」と思っていたけれど、淡々とした日常がはらむ強い決意というのが今作を通して見えてきました。

宇野 原作と映画で一番違うのは、すずちゃん【1】(広瀬すず)の扱いですよね。マンガでは、特に後半になるほど彼女が主役になるけれど、映画では主人公というよりは、むしろ彼女に対しての周囲の登場人物の言動を通して、映画の世界観を表現する構造になっていた。

岡室 そうですね、これは幸【2】(綾瀬はるか)が母になっていく物語で、すずちゃんの話ではなくなっている。それと、原作より映画で強く感じたのが、これは「サイクルの物語」なんだな、ということです。原作に比べて四季が強調されているし、お葬式から始まってお葬式で終わるでしょう。大きな自然のサイクルの中で、人が生きて死んでいく──その流れの中で、何を受け継いで何を断ち切っていくのかを描いていた。原作にももちろんそういう部分はあるんだけど、すごく強調されているところでした。
 特に、受け継いでいくものがたくさん描かれていましたよね。この映画は“不在”の映画でもあって、お父さんが死んでしまうところから始まって、おばあちゃんもすずのお母さんもすでに亡くなっている。その不在の人たちから何を引き継いでいくのかが強調されている。わかりやすいのはカレーの話です。香田家には、お母さんのシーフードカレーがあって、おばあちゃんのちくわカレーがある。両親のことを覚えていない三女の千佳ちゃん【3】(夏帆)はちくわカレーを受け継いでいて、お母さんのことを嫌いな幸がシーフードカレーはしっかり受け継いでいる。梅酒や二ノ宮さん【4】(風吹ジュン)のアジフライもそうですが、大きなサイクルの中で受け継がれていくものがあるわけです。
 その一方で、断ち切ってゆくものもある。その最たるものが幸の決断でしょう。不倫相手の椎名さん(堤真一)から「一緒にボストンに来てくれ」と誘われたとき、幸は断るわけです。それは、娘たちを捨てて男の元に逃げた母【5】(大竹しのぶ)の行為を繰り返さないで、すずの母になるほうを選んだということでもあるし、緩和ケアを通じて人の生死に向き合うことを選んだということでもある。

宇野 吉田秋生には初期に『河よりも長くゆるやかに』という作品がありますけど、あれは基地の街を舞台にした男子高校生たちの群像劇だったわけですよね。つまり「川」が思春期の物語だとするのなら、「海」は吉田にとって人生の終着点だと思うんですよ。実際、このマンガはホスピスみたいなものであって、鎌倉という時間が止まった街で、もうこれ以上は世界が広がらない、人生の限界が見えている人たちがそこで絶対に許容できないものや割り切れないものとどう折り合っていくのか、という物語を展開している。それが後半になるとすずちゃんの成長物語にシフトしていって、「幸福なホスピスとしての鎌倉」から離陸する回路を展開しようとしている。それに対して映画はすずちゃんの成長物語はバッサリ切って、原作の描き出した鎌倉という舞台を是枝さんなりの解釈で提示することに集中していたと思うんですよね。

岡室 私はむしろ映画のほうが死のイメージに満ちていながら、そこから生命につながっていくサイクルを描こうとしているような気がしました。冒頭で、姉妹3人がお父さんのお葬式に行ったとき、そこにいたすずちゃんは1人でお父さんを看取った後の、暗くて翳のある佇まいでしたよね。でも姉たちと出会って、自分の好きな風景が実は鎌倉と似ていたということを知って、お父さんとの思い出を通して姉たちとつながっていく。その流れが「一緒に暮らさない?」という幸の台詞にも通じるし、「行きます」というすずちゃんの答えにも通じている。そのやりとりのあと、姉たちが乗った電車をすずちゃんが見送るとき、思いっきり元気よく手を振りますよね。お葬式という死の場所から生命に裏返っていく──死と生が循環していく構図をかなり意識的にやっているぶん、死の匂いも、生命力も、原作より映画のほうが強かったんじゃないかな。

【1】すずちゃん
主人公である香田家の4女で、3人の姉の異母妹。中学生で、サッカーをやっている。父は香田家の婿だったがすずの母親と不倫して出奔し、彼女亡き後、すずを連れて別の女性と再婚していた(それゆえ、すずだけ名字が浅野)。

【2】幸
香田家の長女。看護師で、鎌倉の病院に勤めながら小児科の医師と不倫をしている。しっかり者で小言が多い。

【3】千佳ちゃん
姉妹一の自由人。スポーツ用品店に勤めている。原作ではアフロヘアーだが、さすがに夏帆はアフロにはせず。

【3】二ノ宮さん
すずたち姉妹や友人が通う定食屋「海猫食堂」の店主。アジフライが名物。末期がんを患い、幸が勤務する緩和病棟で穏やかに亡くなる。

【4】母
3姉妹の実母。夫の出奔後、母親(3姉妹の祖母)に娘たちを預けて再婚相手の元へと去る。幸とは反りが合わず、会うと衝突している。

【5】『空気人形』
公開/2009年
ある日心を持ってしまったラブドールの少女が、さまざまな人と出会い、心を持つということはどういうことなのかを描いたファンタジー映画。ペ・ドゥナ主演。


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