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『アオイホノオ』『おやじの背中』『昼顔』からクドカン新作まで ―― 岡室美奈子×成馬零一×古崎康成×宇野常寛による夏ドラマ総括と秋の注目作 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.206 ☆

2014/11/21 07:00 投稿

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『アオイホノオ』『おやじの背中』『昼顔』から
クドカン新作まで
―― 岡室美奈子×成馬零一×古崎康成×宇野常寛による
夏ドラマ総括と秋の注目作
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.11.21 vol.206

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テレビドラマファンの皆様、今回もお待たせしました! 3ヵ月に1度、日本屈指のドラマフリークたちが、前クールのドラマと次クールの注目作を語り尽くす「テレビドラマ定点観測室」。様々なドラマを見尽くしてきた目利きたちのコメントで、毎週の楽しみが倍増することをお約束します。

▶これまでの「テレビドラマ定点観測室」記事はこちらから。
 
▼プロフィール
岡室美奈子(おかむろ・みなこ)
早稲田大学演劇博物館館長、早稲田大学文学学術院教授。早稲田大学大学院博士課程を経て、アイルランド国立大学ダブリン校にて博士号取得。専門は、テレビドラマ論、現代演劇論、サミュエル・ベケット論。共著書に『ドラマと方言の新しい関係――「カーネーション」から「八重の桜」、そして「あまちゃん」へ』(2014年)、『サミュエル・ベケット!――これからの批評』(2012年)、『六〇年代演劇再考』(2012年)など、論考に「時間の国のアリス――逆回転の物語としての『あまちゃん』」、「不穏な身体からはにかむ身体へ――タモリと『テレビファソラシド』」、「ゾンビと『はけん』――メタ歌舞伎としての宮藤官九郎作『大江戸りびんぐでっど』」などがある。
 
古崎康成(ふるさき・やすなり)
テレビドラマ研究家。WEBサイト「テレビドラマデータベース」
主宰。1966年生まれ。編著に『テレビドラマ原作事典』(日外アソシエーツ)など。2011年〜13年度文化庁芸術祭テレビドラマ部門審査委員。
 
成馬零一(なりま・れいいち)
ライター・ドラマ評論家。主な著作は『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)。週刊朝日、サイゾーウーマンでドラマ評を連載。
 
◎構成:大山くまお
 
 
宇野 それでは「テレビドラマ定点観測2014 autumn」を始めていきたいと思います。この番組では、三か月に一回、ドラマフリークが集まって前クールの総括と今クールの注目作に関して、皆さんと一緒に語っていきます。前回に引き続き、テレビドラマ研究家の古崎康成さん、ドラマ評論家の成馬零一さん、早稲田大学教授で演劇博物館館長の岡室美奈子さんをお招きしています。僕も含めてこの4人で熱く語っていきたいと思います。さっそく前クールの総括から入っていきましょう。みなさんにはいつも通り、夏ドラマのベスト3を選んでいただきました。

古崎 『アオイホノオ』『昼顔』『聖女』です。

成馬 『東京スカーレット』『アオイホノオ』『テラスハウス』です。

岡室 『おやじの背中』『アオイホノオ』『ペテロの葬列』です。

宇野 僕が『アオイホノオ』『ペテロの葬列』『昼顔』ですね。では、4人全員が挙げた『アオイホノオ』から取り上げましょう。
 
 
■オタク文化が歴史化したから描けた『アオイホノオ』
 
古崎 『アオイホノオ』は、庵野さんなども実名で出てきたりして80年代はじめの様々な事象が雑多に出て来る原作をどうやって映像としてみせるのか、正直、見る前はなかなか難しい素材じゃないかと思っていたんですが、蓋を開けてみたら、見事に映像化されていてちょっと驚きました。むしろ原作を超えているのではないかとさえ思えました。スラップスティックでシュールな誇張描写でひきつけつつ、マンガを描くことの苦しみや葛藤、このうえない喜びと快感、といった心情が素直な心情でリリカルに描かれ、その両者の行ったり来たりする振幅の幅が大きくて画面に引き付けられました。ギリギリ、スレスレのところをうまく最後まで渡っていく。そのさじ加減が絶妙です。

成馬 みなさんがTwitterなどで褒めているのは、原作をちゃんと映像化している部分じゃないですか。固有名や再現フィルムを使っているとか。僕の評価はちょっと違っていて、むしろ原作を変えた部分がすごく良かったです。もっと言うと、一番すごいのは(話を)終わらせたことだと思います。福田雄一さんは(原作者・島本和彦の)弟子だと自称するぐらいですから、原作の弱点をちゃんとわかっていて、いろいろなところを変えたんですね。しかも、その変え方がうまかった。それでいて原作者にも原作ファンにも嫌われないやり方ができていいる。あと、やっぱり俺にとっては黒島結菜が演じた津田さんですよね。

宇野 俺も圧倒的に津田さん派。トンコ先輩にいくやつの気持ちがマジでわからない(笑)。

成馬 原作漫画のミューズはトンコさんなんだけど、実はテレビドラマのミューズは津田さんになっているんですよ。だから、津田さんが消えた瞬間にこのドラマがガラガラガラっと崩れて、最後はきれいに終わるという構成になっているんだけど、その構造についてオタクの人たちが意外とわかってなかったのが、すごく面白かった。

宇野 これ、アンケート採りたいよね。「あなたはトンコさん派ですか、それとも津田さん派ですか?」って。

スタッフ じゃあトンコ派と津田さん派で、二択アンケートやりましょう。

宇野 さあ、みなさんどっちでしょうか? 僕、この結果を写メって福田雄一さんにLINEしますよ。

スタッフ 津田さん派が7割です。

宇野 やっぱり津田さん派が7割だよねえ。

成馬 焔くんの津田さんに対する半分馬鹿にしたぞんざいな扱いがすごくリアルですよね。オタクって、普通のミーハーな女の子をすごくぞんざいに扱っちゃう時期があるんです。本当は、ああいう子を一番大事にしなくちゃいけないのに。学生はみんな津田さんを大事にしなさいと言いたい。

宇野 そう、まさに若さゆえの過ちだよね。

成馬 いろいろ思い出して……「津田さんごめん!」って思いながら見てました(笑)。

岡室 私は80年代にサブカルがどうやって出来てきたかがリアルにわかって、しかもドラマのつくり自体もすごくサブカル的で、自己言及的なところが良かったです。個人的には濱田岳の岡田斗司夫が大好きで(笑)。また岡田斗司夫本人が手塚治虫役で出てきたりするじゃないですか。そういう遊びもありつつ、安田顕とかムロツヨシなどのおっさんが大学生役をやっているのが妙にハマっていて(笑)。でも、何か切ない感じもあったり、絶妙な感じが面白かったですね。すごくハマりました。

宇野 僕は挙げないでおこうかと思ったけど、やっぱり前のクールで一番楽しみに見ていたのは『アオイホノオ』なんです。言いたいことはいっぱいあるんですよ。ひとつは、仕事の先輩とかからさんざん聞かされてきた80年代のサブカルチャー史がもう歴史になっているという感動がありますよね。一方で、宮沢章夫的なサブカル史観がある。NHKの『ニッポン戦後サブカルチャー史』という本当にクズみたいな番組があって。まあ、それは置いておきますが。

岡室 いや、それはちょっと置いておきたくない。私は素晴らしい番組だったと思っています。

宇野 その話は後でまたしましょう(笑)。まず、『逆境ナイン』(映画)はそんなに好きじゃなかったんですよ。島本和彦のどこまで照れていてどこまで本気かわからないけど、やっぱり本気だというテイストを福田雄一さんはあまり処理できていなかった。8割はギャグだけど2割が本気で、その2割の方に本音があるのが島本和彦の見栄の切り方ですよね。当時はあまりうまく処理できていなかった。

そんな福田雄一さんが、『THE3名様』と『33分探偵』と『勇者ヨシヒコ』を経て『アオイホノオ』をやった時に、もう完璧にマスターしているどころか乗り越えていた。福田雄一がずっと持っていた、堂本剛や山田孝之のようなナルシストっぽい役者を、愛をもって弄るテクニックで、島本和彦のテイストを映像の中で表現することに完璧に成功している。あれはもうヤバイぐらい高いレベルだと思うし、僕はそれが何よりすごかったと思う。

成馬 少しフォローすると、福田さんは『逆境ナイン』では脚本だけですよね。笑いって、テンポや見せ方のさじ加減一つで大きく変わるので、福田監督のドラマは、脚本だけの場合は、どうしてもニュアンスが伝わらない場合が多い。そんな中、『勇者ヨシヒコ』シリーズと『アオイホノオ』が突出しているのは、福田監督が全話監督したことが大きくて、監督の良さが100%出ている。

宇野 本質的に演出家だと思う。脚本家であると同時に。

古崎 脚本の段階で、映像化されることの計算が入っているんですね。『なぞの転校生』の時も思いましたが、「ドラマ24」は映像としてどう見せるのかを先に考えて脚本を組み立てていく色彩が強い枠です。テレビドラマと映画との違いとして、昔からテレビドラマは脚本家のもの、映画は監督のもの、と長年言われてきました。これはテレビドラマがラジオドラマや生ドラマから生まれた存在であるがゆえ、映像より先に言葉(脚本)を優先する傾向が強いのです。80年代前半にはそれが行きつくところまで行って、テレビドラマの脚本が独立した文学作品であるかのように「シナリオ文学」とまで称され、倉本聰や山田太一、向田邦子などの脚本家のテレビシナリオが書籍として販売されていた時代があったほどです。

しかし、4:3の小さな画面から今は16:9の大きな画面サイズになり、「ことば=シナリオ優先」のままでいいのか? 言葉の力よりもう少し映像側、演出側の力を生かしたほうがドラマが活性化するんじゃないの? という思いが多くの映像の作り手側の意識にはあり、そこをこの枠は制約も少ないがゆえに実現し、刺激を与えてくれている。

今回はとりわけ福田さん自身が脚本だけでなく演出も担当されているのでそれが徹底して実現できています。『なぞの転校生』もそれを実践して成功していたけどまだ演出と脚本が別人だったのでここまではできなかった。それゆえ、脚本だけみると「隙」だらけなんですよね。「ここは映像化するとき考えよう」というような部分をあらかじめ用意している。あるいは「長さの関係から番組内には収まらないかも知れないが入れておこう」というようなこともなされていてそこはテレビドラマ放映版ではボツになってもDVDになったときに復活させている。したがって独立したシナリオ文学というものとはまったく異質の作りです。ですがむしろ映像とシナリオとが渾然一体として機能するにはこの方法のほうが優れているのではないかという、以前からフツフツとあった仮説が正しいと思わせてくれました。

成馬 ただ、福田さんは基本的にめちゃくちゃ脚本はうまい人ですよ。仕事の関係で、放送が始まる前に全話読ませてもらったんですけど、やっぱり原作のいいところをちゃんと抜き出しつつ、弱点を補っている。

宇野 原作より面白いというのは僕も同感です。原作は出たばかりの頃に読んでいたけど、ちょっとたるいと思っていたんです。普通に「へー、当時、大阪芸術大学ってこんなだったんだ」という伝記物としての面白さがほとんどで、表現として面白いとは全然思ってなかった。

成馬 島本さんって基本的に自分に甘いですよね。それが作品の弱点になっていて、心地よいモラトリアム空間をなかなか先に進めることが出来なかった。でも、ドラマの脚本は、焔くんの女性に対する対応も含めて、「お前のここがダメなんだよ」と指摘している。そこから一気に中央突破した感じがします。

岡室 私、さっきから柳楽くんのことを語りたくてしょうがないんですけど(笑)。ちょっと異様な存在感ですよね。

宇野 もう瞬きしないし鼻の穴広げるしもう……福田雄一が三人目の逸材を見つけたって感じでしょう。あと、福田さんは今回、細かい武器の使い方がうまかった。たとえば小嶋陽菜が演じた凩マスミって、ちょっと美人なんだけど、見ようによっては微妙な感じですよね。あて書きで小嶋陽菜を使っているのに、地方の美大で主役をやっちゃいそうな女の子の感じが完璧に再現されている。あれってテレビ的なノウハウなんですよね。

一同 うんうん。

宇野 演出に凝れない分、キャスティングのうまさとか、あるある感によって、演出していくというノウハウを使っている。福田さんのテレビバラエティ作家としての能力がすごく活かされていたと思います。昔のフジテレビ的な、楽屋落ちやタレントいじりを基板としたテレビバラエティはこの10年で崩壊していると僕は思うんですけど、その中から細かいテクニックを抽出して、うまくドラマの中に散りばめている。あれは、みんな出来ているようで出来ていないテクニックですよね。

あと、これはさんざん言われていることだろうけど、テレビドラマがなんちゃってだと、原作へのリスペクトとか背景となるジャンルへのリスペクトが全然ないんだけど、『アオイホノオ』は徹底的に調べ尽くして、関係者を巻き込んで版権も全部許可とっている。あれは地味に偉いと思う。なかなかできないよ、やろうと思っても。

成馬 NHKの『あまちゃん』とか、TBSのクドカンドラマで磯山晶さんがやった権利関係の処理とか、そういうレベルの仕事ですよね。

宇野 ただ、僕は『アオイホノオ』を見たとき、もうオタク文化は一段落ついたと思ったんです。オタク文化って戦後後半の一つの結晶なんだよね。戦後民主主義プラス消費社会の産物の一つがオタク文化。でも、今時のオタクって、ああいう屈折は抱えてないでしょう。二次元のキャラクターもカジュアルな趣味の一つになっている。勃興期だからこそ、ああいった才能が煌びやかに地方から出てくる状況があったわけで、そういう季節は終わっていく。だからこそ『アオイホノオ』のような歴史ものが作られるわけで、なんか寂しさを感じたな。

まさに最終回に島本和彦本人が気のいい親父役で出てくるけど、あれはオタク文化の思春期が終わった瞬間だと僕は思うんですよ。みんな気づいていたんだけど、『アオイホノオ』であらためて思い知らされたんじゃないかな。福田雄一さんという、必ずしもオタクではない人間が、あそこまですごいものを作ってしまうということは、もう歴史だからなんだよね。フランス人でもなければフランス革命を生きていない池田理代子が『ベルばら』を描けるのは、フランス革命が歴史化されているからで、それと全く同じだと思うんです。

岡室 すごい例え(笑)。
 
 
最終話で火遊びをやめた? 『昼顔』

古崎 『昼顔』は放送がすすむにつれて、マスコミや巷で話題にのぼっていきましたが、もともと井上由美子さんらしい緻密な構成が発揮され作品の質が高かった。これは前回の定点観測でも言いましたが、演出が『白い巨塔』の西谷弘さんで、黄金コンビの復活ということになるので最初から期待していたんですよ。ただ、井上さんも最近、中園ミホさんや大石静さんなどの華々しい女性脚本家の台頭の中でちょっと地味な扱いが続いていたのです。今回ようやく不倫ドラマというセンセーショナリズムで勝負に出て、再び注目が集まってきた形になっています。

もともと井上ドラマは理詰めな構成が評価される人なんですけど今回はそこに登場人物の「情動」的な動きまでを計算に入れたことが新境地でしょう。中園さんや大石さんはどちらかといえば「情動」中心で人物を動かす傾向があるのですが、そういう他の作家の良い部分も自分の作風の中にとりこめた。しかも、単なる不倫ドラマじゃなく、社会の閉塞感からドロップアウトする人たちの姿を描いているという井上さんらしいクールな社会批評にもなっている。特に前半は「もう、こんな社会やめてみましょうよ」というような誘惑を視聴者向けにも発信していたところがすごかったですね。最後はテレビドラマとしてよくある無難な結末に収束させてしまってそこは賛否両論あるのでしょうけど。

宇野 なるほど。『昼顔』は、ひたすらうまいってのが僕の感想です。井上さんはものすごくテクニックのレベルが高い人だし、西谷さんより映画が撮れない同世代の映画監督なんていっぱいいる。『容疑者Xの献身』はもちろん、『真夏の方程式』は原作が面白くないからあの程度のヒットだったけど、もう絵作りも芝居の見せ方も隙がないでしょう? 原作次第では傑作になっていた可能性がある。そういうメンツを筆頭に、美術もロケも含めて、すごく丁寧なつくりでをしていた。

岡室 私は、あの最後が許せないんですよ。最後に上戸彩と吉瀬美智子が両方とも、なんで家庭に戻るのかがさっぱりわかんなかったですね。私は『金曜日の妻たちへ』で育ってきた世代ですが、『金妻』だと元に戻るにしても、やむにやまれぬ切なさがあって、切なさの中でみんな泣いたんですよね。でも、『昼顔』にはそういうのがない。

成馬 僕、結婚していないんでわからないんですけど、なんで不倫ものってみんな好きなんですか?(笑) 「好きな人いるんだったらとっとと別れろよ、お前ら」って思いながら見ていました(笑)。

岡室 そうなんです。最終話は「別れろよ、お前ら」という話なんですよ。どうしてあそこで家庭に戻れるのか。上戸彩夫婦なんて元サヤに収まろうとしても結局は別れるわけだし、一緒にいる根拠が何もない。子供もいないわけだし、今、結婚、離婚に関しては社会的な倫理って強くないじゃないですか。

成馬 大石静さんの『クレオパトラな女たち』を見た時も、社会的なモラルに反することを何でも肯定しているのに最終話で「不倫だけは絶対だめ」みたいな部分が強烈に出てくるから、そのあたりがよくわからなかった。

宇野 僕、『昼顔』の不倫はもっと大きなものの比喩だと思っているんです。上戸彩の旦那はいまどきの草食系男子で、超常識人で、結局不倫もしない。斎藤工の奥さんも、キャリアウーマンという言葉も馬鹿馬鹿しいくらいの普通に働いている女性で。すごく正しい人たちが描かれている。僕、『昼顔』が描きたかったのはそこだと思うんですよね。「政治的にも正しいし、倫理的にも正しいんだけれど、そんな連中の作る社会は超つまんねえよ」という。木下ほうかの編集長もそう。正論を言う程つまらない方向に向かっていく今の日本みたいなものを『昼顔』から僕は感じていた。

古崎 書き手は、もっとすごいものを描いているつもりだったと思うんですよ。それは不倫じゃなくて、例えばこの世の中を変えてしまいましょう、もっと人間が気持ちよく生きていくような社会にしましょう、というぐらいのことを書いていたつもりなんですよ。テレビという誰でも見られる媒体を通じてそれを語ることの影響を重く感じて、ある種の気負いすらあったのですよ。だからこそ最後は異様に自粛しちゃったんだと思います。作り手にとっては物語がどこに帰着しようが究極のところはどうでも良かったぐらいなのかも知れない。かつて山田太一さんもドラマの結末というものは所詮は予定調和的なものになるもので、何を最終回に至るまでに描いてきたかが重要なのだ、と言っていましたがそれを地で行くような考え方だったのではないでしょうか。

宇野 でも、『昼顔』はそれで良かったのか、という話なんですよ。

成馬 冒頭と最後で火をつけることが象徴的に描かれているんだけど、むしろその放火で何かをぶっ壊したかったってことですかね。

宇野 社会に火をつけたかったはずですよ。でも、「放火? 火遊びってよくないよね」みたいな感じで終わったから、ちょっとがっかりで。普通に考えたら上戸彩が焼身自殺して終わりでしょ? という。
 
 
小泉孝太郎が才能を開花させた『ペテロの葬列』
 
宇野 あと、みなさんが挙げているのが『ペテロの葬列』ですね。

岡室 私、これまで小泉孝太郎をいいと思ったことがあまりなかったんだけど、あれを見ちゃうと原作を読んでも、小泉孝太郎の顔でしか出てこなくなる。それくらいハマりました。もちろん宮部みゆきの原作が面白いんですけど、それをドラマ化するにあたって全然失敗していない。構成もうまくいっていたし、リズムとかテンポとか、いろいろな意味で良かったですね。

宇野 小泉孝太郎が気の弱い入り婿の役をやるということで出オチのキャストかと思いきや、すごい役者に成長したことをみんなに思い知らせたシリーズですね。

古崎 『ペテロ』は良かったと私も思いますが、小泉孝太郎のキャラの造形は『名もなき毒』の時に既にできあがっていたものだと思うのです。そこはやはり続編ドラマ的な良さだと。0から1を創りだしていないということで私は3本のセレクトからは外したんですけどね。むしろ前作『名もなき毒』が「原石」のおもしろさがありました。平幹二朗の存在感が今作以上に立っていて作品の総括がしっくりしていました。またお話も数話ごとに転換する仕組みでこれはトータルとしてのまとまりという点では難点かも知れませんが、飽きさせなかった。

岡室 『名もなき毒』と違った点として、井出さん役の千葉哲也がすごかったと思うんです。あれだけ嫌な人をやれるってちょっとすごい。

宇野 あんな奴が職場にいたら、出社拒否になりますよね。

岡室 小泉孝太郎演じる主人公の良いところに触れても、絶対更正しないところがすごい。そこがドラマの強度になっている。

成馬 あの人もあの人で会社人間として生きてきた人生があって、上司に対しては泣いたり、家族を大事にしたりしている。そのあたりが嫌ですよね(笑)。

宇野 『名もなき毒』になくて『ペテロ』にあるのは女優の良さだと思う。ハセキョー(長谷川京子)と清水富美加は両方ともすごく良かった。ハセキョーは基本的に演技が出来ないんです。特にちょっと漫画っぽいキャラをやると、照れちゃって全然演技にならない印象がある。でも、『ペテロ』では本人のイヤらしいところと結びついているのかわからないけど、すごくハマり役でしたね。

成馬 でも、最終話はいらなくないですか? 最終話1話前で、細田善彦がバスジャックを起こして「御厨を連れてこい」と言うところが最高だった。存在しない謎のカリスマみたいな存在を「連れてこい」と言うわけですからね。それが、宮部みゆきが描きたかった宗教や自己啓発セミナーと企業が結託している恐さだと思うので、そこで俺の中では終わっているんです。最終話は正直、蛇足だと思った。

宇野 でも、あのシリーズ自体が「凄みを帯びない悪」というか「凡庸な悪」みたいなものに対して、どう人が向き合っていくのかというテーマなので、一般市民である小泉孝太郎が結局、身の丈に合わない生活を捨てていく部分は、ストーリー的には必要だと思うんだよね。あとは構成とか配分の問題でしかない。僕はあのエピソード自体はあったほうがいいと思う。
 
 
時代を嗅ぎ取れる作家の明暗がはっきり分かれた『おやじの背中』
 
岡室 実は前回、『おやじの背中』をみなさんが評価していた中で、私だけあまり推していなかったんですけど、最終的には応援したいという気持ちになりました。視聴率が取れなかったがために、応援したいという気持ちになったところもありまして。とにかく今すごく活躍している脚本家を集めてドリームチームを作ったのに、脚本家の名前ではもはや視聴率が取れないことが素朴にショックでした。

宇野 めちゃめちゃおもしろかった回とクソだった回が、はっきりしましたよね。

岡室 私は山田太一の回がすごいと思いました。一話完結で親子の関係を描こうとするとファンタジーになってしまうんですけど、山田太一はそのことに自覚的で、逆手にとって力技でもっていくような脚本を書いていたんです。この回だけ、実の親子じゃないんですよね。親子を描くシリーズの主人公に独身の中年男性をもってきたというアイデアもすごい。
 

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