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【特別寄稿】「香港雨傘運動——リトル・ピープルの宴会にようこそ」/香港中文大学・張彧暋 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.196 ☆

2014/11/07 07:00 投稿

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【特別寄稿】「香港雨傘運動――リトル・ピープルの宴会にようこそ」香港中文大学・張彧暋
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.11.7 vol.196

▼プロフィール
張彧暋(チョー・イクマン)
1977年香港生まれ。香港中文大学社会学研究科卒、博士(社会学)。同大学社会学科講師。「日本・社会・想像」「日本社会とアニメ・漫画」などを担当。専門は歴史社会学と文化社会学。鉄道史・鉄道オタクを研究し、最近は日本サブカル産業と流通、二次創作と著作権問題を研究。香港最初の日本サブカル同人評論誌『Platform』の編集長を務める。
 
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▼関連動画
香港の社会学者・張イクマンが現地から日本のアニメに例えて語る「雨傘革命」、その後(2014年10月21日放送)

※日本の各メディアでは、このたびの香港でのデモ運動を「雨傘革命」「傘の革命」と呼ぶケースが多いですが、本記事では張イクマンさんの現地の感覚をそのままお伝えして「雨傘運動」と表記いたします。
 
 
平和を愛する香港市民たちが、87発の催涙弾を打たれた。そして、ビッグ・ブラザーがガタガタと壊死していくのを、目の前で目撃した――
 
9月28日。マスクをつけ、七色の折り畳み傘を持った無数のリトル・ピープルたちが、蜂起した。日曜日だから、彼らは多分お昼ぐらいまで寝ていて、起きぬけの午後1時半に、警察が学生に暴行したことを新聞で読み、ニュースで発表された警察による脅迫的な声明の中継を見て、びっくりしたことだろう。それから、ゆっくりランチを食べ、午後3時ごろに、オクトパスカード(※日本のSuicaやPiTaPaのような、多くの交通機関で使える共通のカード)で地下鉄に乗り、学生たちを助け、支援するために香港政府本部の近くに殺到した。催涙スプレー(胡椒成分で作られたペッパースプレー)は怖いから、みんな予めキッチンでラップを、シャワー室でタオルを拾い、折り畳み傘を準備した(警察が「長い傘は武器と見なす」と言ったからだ)。どれも日常生活用品だ。やる気のある人は、レインコート、水、医薬品なども用意した。もちろん、スマートフォンで数人の友人たちにLINEやFacebookで連絡してから、である。

そして3時半を過ぎると、人が多くなりすぎて、政府本部の前の高速道路に溢れ始めた。ちょうどその頃、筆者も起きたところで、LIVE中継で行政長官(※香港の首長は行政長官であり、首相や知事のような存在にあたる)の記者会見をみた。まったくの無駄話だったせいか、ニュースは10分の後に、そのうんざりした顔は飛ばされ、LIVE画面は道路に人が溢れているシーンに移った。めでたしめでたし。
 
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人がゴミのようだ。

警察の鉄壁の防御を前に、インチキな卵たち(※この表現は村上春樹のエルサレム賞受賞時のスピーチに由来している。ここで村上は体制を「壁」、抵抗する民衆を「卵」に例えた)は勝てる気がしない……はずだった。警察は防御線から一方的に催涙スプレーを射撃した。それはあたかも、『銀河英雄伝説』の大艦隊のシーンのようだった。七色に彩られた平和主義者のリトル・ピープルたちは、傘とマスクとラップを装備し、多少の痛みを耐えながら、顔面にスプレーを受けた。


そろそろ午後6時になろうとしていたとき。なんと、催涙弾が発射された。香港のお茶の間の前に、みな一緒に汚い広東語の言葉を発しただろう(※香港での日用語は広東語)。逃げ回る七色の傘を持った小人たち。ちょうど各テレビ局のニュースタイムに、ハリウッド映画の迫力シーンにも負けないスペクタクルな中継が行なわれていた。(政府の対応のタイミングの悪さはもはや定番となっている。同じミスは延々と2週間以上に続いている。まったく懲りていない。)

散ったはずのリトル・ピープルは、夜になってもずっと現場近くをうろうろして回っていた。マックで休憩して、同じ「島宇宙」(※これは宮台真司の言葉で、同じ趣味や価値観を持ったものだけの小さなコミュニティのこと)の友達と話して、Facebookのリアルタイム情報を見てから、なんとまた鉄壁の前に戻った(えぇ!?)。
 
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今度は私も、友人のリトル・フォー(小四)さんらと連れ立って5人一緒に、半分ゲーム感覚で、地下鉄に乗り駅を出てから補給駅で防具を貰い、戦場に行った。

「壁と卵」の有名な比喩を使った村上春樹も愕然とすることだろう。壁に面した卵は、別に自分が壁にぶつかって犠牲になるわけでもなく、蹂躙され無駄に死ぬ覚悟もなく、卵は単に自分の命を守りながら、命懸けでも、あくまで「100%平和」的なやり方で戦う。精神論的に革命を唱えるのでもなく、ネットでリアルタイムの情報を拾っているだけ。「民主」という理想に尽くしながらも、ゲーム的な遊び精神半分、やる気満々で、自分たちの合理な判断で、香港の市街地で「安全な遊撃戦」を4週間以上も続けている。撤退を繰り返しながらも、またどこかから沸いてくる。まるで『人類は衰退しました』で描かれた妖精のようだ――奇跡も混乱も起こしながら、絶対に自分の命を守り、命に関わる暴力が振るわれれたら即退散する。或いは、果敢で暴力の前に怯えずに立っている。
 
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▲当日のニュース詰め合わせ。画面だけでも楽しめるはず。初日はハリウッド映画級大製作。実は夜11時ごろは、銃撃の警告を受けてまじでびびり……ながらも、占領はすでに他の中心部に絶賛拡散中。馬鹿じゃないの? 香港政府と警察は。ちなみに、この日からみんな催涙弾に適応した。スタートレックのボーグのように。
 
 
銀時とスネークの香港人――隠れていても、催涙弾を浴びても、ビデオだけは忘れずに
 
香港人はまるで『銀魂』の主人公・坂田銀時そのものだ。リトル・ピープルたちは100%平和(暴力が大嫌いで、インチキな妖精たち)と愛(自己を守るエゴイストで、フレキシビリティのあるエコノミック・アニマル)を信じ、ユーモアのセンスにあふれ、精神論的な革命を信じないようだ。気楽に友人と遊んでいて、万事(よろず)屋=市場万能主義者の香港人は、普段は政治に無関心に見えるが、なぜか時にハリウッド映画の小さなヒーローのようにもなれるのだ。
 
 
または、雨傘運動の参加者はみんな『メタルギア・ソリッド』の主人公・スネークそのもの。絶対に戦わず、NO KILLで、隠れて無線情報を見ながら、いたずらしながら、ユーモアのセンスも忘れずに、カメラで写真とビデオを撮りながら、次々と不可能なミッションを達成している。ただ、香港人のアイテムはダンボールではなく、折り畳み傘だ(これは、絶対平和主義のシンボルである)。

両者の共通点は「ユーモアのセンス」、そして隠し持っている「燃えたぎる熱血」。戦場でも、パロディー精神を忘れるな。後で振り返ると、この運動は、ずっとこの香港的なユーモアによって支えられてきた。そして、N次創作によるパロディと、ネットを象徴する流通性・フレキシビリティによって、政治とマスコミによって作られた現実をハッキングした。

そう、キーワードは、スマートフォンとネット。
 
 
情報社会とは何か:香港版
 
みな手を上げ(スマートフォンもしっかり握っているが)、降参しながら「ビッグ・ブラザー」たる警察に圧迫をかけた。この現場を目撃していたのは、マスメディアだけではなく、携帯電話のカメラたちであった。無数のスマートフォンを通じ、画像とビデオがネットに拡散していった。

誰でも、この情報化の時代の中で「画像こそ真相」という、香港ネット文化の中心である「高登フォーラム」(Golden Forum)の決めゼリフを知っている。政府と親北京派のマスコミも「自演自作」の脚本を100%コントロールしきれず、ネットで繰り広げられている無数の情報と画像とビデオによって、彼らの嘘と暴言が無残にも暴露された。悪いことをした警察も、暴力をふったチンピラも、学生の中に潜り込んだスパイも、ネットの追跡板で身元がばれ、彼らの家や店は、もはやネットでの「ギャグ」の対象――「絶対あいつらの家に、ピザとワンタンメンの出前を注文するなよ!」「絶対あいつらの店に悪戯の予約を入れるな!」などなど――になっていた。こういうネットの注意スレはやはり恐ろしい。例えば、チェーンショップのアルバイトさんが「警察から、1000個のハンバーガーの注文が殺到したんだけど、どうしよう?」とスレで書けば、「絶対胡椒を入れるな!」という返事が返ってくる。本当かどうかはわからないが、少なくとも「警察が集団で下痢になった」という記事は、3回ぐらい読んだ。こうして、破綻した政府の茶番劇は、半月も「ダダ漏れ」状態が続いている。

ブルース・リー(李小龍)氏が言う「友よ、水になれ」のように、人の波が、情報の「透明な嵐」が、形のない水のように、時にかたちになって滝になり、市街地という無尽に変化する容器に入り、香港の都市空間全体がネットをフル活用して「無敵の巨人」を溺れさせた。Facebookのウォールという歴史に刻まれていく時間の流れの中で、巨人が簡単に死ぬわけではないが、日常と非日常の境がのない空間にやがて溶解していってしまうだろう。
 
 
香港の都市生活とは?――催涙弾を浴びても、終電で帰る前にデザート屋でマンゴープリン
 
もともと、政府と親北京派は「『占領中環』(※この「雨傘運動」より以前にも起こっていた、米ウォール街占拠行動に呼応した、香港の政治・経済の中心である中環=セントラルを占拠しようという運動のこと)が、経済と都市生活を麻痺させる」と、繰り返しプロパガンダで脅迫してきた。しかし、実際に一番恐ろしいのは、香港人の経済合理性と柔軟性である。そして、もともとの社会運動ももはや形はなく、24時間都市である香港では、地下鉄ネットワークとミニバスがあれば「ここではない、どこか」でもバリケードされた占領地になりうる。

結果として、もともと中年インテリによって始められた、セントラルという金融街でただ座り込みをするだけの「占領中環」キャンペーンも、警察が一年以上にわたって対策を練っていた「アンチ・占領中環」計画も、あっという間に無意味なものになった。実際この運動の主戦場は、中環(セントラル)から歩いて10分、金鐘(ガムチョン)という無機質な乗換駅にある政府本部周辺だ。人々は政府本部を包囲し、催涙弾に攻撃され、銃撃の警告をうけ、もはや機能していない「大会」によるネットの撤退宣言で刺激され、全員が逃げた(これは多数の市民が犠牲になった1989年の天安門事件の教訓でもあるが)。

香港都市の地理知識がポイントになる。当日はこの金鐘という乗換駅は一時的に閉鎖されていた(余談だが、香港の鉄道オタクはおそらく全員、この史上最初の快速運転に乗りに出ていた。私も含む)。リトル・ピープルたちはやむを得ず、西なら中環(セントラル)へ、東なら湾仔(ワンチャイ)の駅へ歩いて拡散。中環では、重装備された警察に勝てないので、全員東に行った。私ももともと中環に歩いて行ったつもりだが、100メートル前方での催涙弾の発射を見て、あわてて逆方向の東の湾仔に歩いていった。11時ごろに、湾仔駅前に帰ろうと思ったら「『銅鑼湾』(コーズウェイベイ)でも占領があるよ』というネットの呼び掛けを見た。女性の参加者を帰していたので、好奇心で友人と二人で歩いて見に行った。もともと「とりあえずデザートでも食べてから12時45分の終電で帰ろう」と、普段通りの香港友達との遊びのパターンを考えていたのだった。
 

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