「2020年に東京は旧市街と新市街に分裂する」
――五輪の生むデュアルシティをハッキングせよ!
建築学者・門脇耕三インタビュー
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.3.10 vol.026
http://wakusei2nd.com

「東京都は新旧文化の対立の時代へと向かう」今回のP9プロジェクトチームインタビューは気鋭の建築学者・門脇耕三さんです。招致委員会が提出した2020年『オリンピック計画』を読み解き、東京と建築の未来像を語ってもらいました。

【PLANETS vol.9(P9)プロジェクトチーム連続インタビュー第3回】

この連載では、評論家/PLANETS編集長の宇野常寛が各界の「この人は!」と思って集めた、『PLANETS vol.9 特集:東京2020(仮)』(略称:P9)制作のためのドリームチームのメンバーに連続インタビューしていきます。2020年のオリンピックと未来の日本社会に向けて、大胆な(しかし実現可能な)夢のプロジェクトを提案します。

第3回にお迎えするのは、建築学者の門脇耕三さん。オリンピック招致委員会が作成した2020年の東京オリンピック会場構成図から浮き彫りになる、メガロポリス・東京の抱える課題と、そこから立ち上がる新たな都市像とは――?
 
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▼プロフィール
門脇耕三〈かどわき・こうぞう〉
1977年生。建築学者・明治大学専任講師。建築構法、建築設計、設計方法論を専門とし、公共住宅の再生プロジェクトにアドバイザー/ディレクターとして多数携わる。共編著に『シェアをデザインする』(学芸出版社)、論文に「2000年以降のスタディ、または設計における他者性の発露の行方」(10+1ウェブサイト)、作品に「目白台の住宅」(メジロスタジオと協働)など。
 
◎構成:編集部
 
 
東京はこれから2つのエリアに分かれていく
 
――PLANETS vol.9での『オリンピック計画』について、門脇さんの考えについてお話ください。

門脇 招致委員会が出しているこの会場構成図が象徴的で、私はこれにインスパイアされたんですけど、面白いのは「ヘリテージゾーン」と「東京ベイゾーン」の2つのエリアに緩やかに分けられていることなんです。(下図参照)
 
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▲出典:『日経アーキテクチュア』No.1008,日経BP社,2013.9
 
基本的に新築の建物は「東京ベイゾーン」に集中していて、「ヘリテージゾーン」は、既存の建物の改修利用が主となっています。例外的にメインスタジアムのみ「ヘリテージゾーン」に作られますが、この構図はおおまかには、2つのエリアに分断していく「東京のこれから」を象徴していると思います。

要するに、東京都積年の夢だった、湾岸地区の開発をオリンピックの力を「てこ」として行っていきたいという話です。そしてこの湾岸地区開発の狙いは、東京がグローバルシティとして競争力を持った都市へと生まれ変わるための機能を付加すること。つまり「東京ベイゾーン」を中心とする新都心を建設しようということですね。この「東京ベイゾーン」に新たな経済圏ができてくるので、結果として、東京の重心は東側に移っていくと思います。
 
 
今までの東京の文化は「西側」から生まれていた
 
門脇 一方、旧都心の方はどうかというと、名前の付け方に象徴されているのですが、「ヘリテージ」という言葉は「遺産」という意味で、1964年の東京オリンピックの遺産ということ。「ヘリテージゾーン」は権利関係が複雑でかつ土地もすべて建物で埋まっているので、グローバルシティに要請されるようなメガフロア系の施設をつくることができない。つまり「ヘリテージゾーン」はこれ以上の進化が見込めない。じゃあ新しい東京は湾岸につくろう、ということを東京都は考えたわけです。

これは丹下健三という昔の建築家が描いた『東京計画1960』という提案をほぼトレースしていて、それが現実の世界には「東京湾アクアライン」として登場しています。「東京湾を使って千葉と直結させて、湾岸を利用しよう」というものですね。

東京都はそういった湾岸利用を考えている一方で、西側の「ヘリテージゾーン」には、開会式と閉会式をやるメインスタジアムが作られます。その意図は、「観光客に東京の文化を感じさせたい」ということなのでしょう。今までの東京の文化というものはすべて西側から生まれてきています。2020年のオリンピック計画の絵を描いている人たちは、「文化は西側(旧都市側)、機能は湾岸」という構造を考えていると思います。

しかし、まず湾岸地域は、東京ビッグサイトや幕張メッセのような「大バコ」があり、コミックマーケットやアイドルのコンサート・握手会など様々なイベントがここで行われている。東京の新しい文化がここから生まれきているとも言えるわけですね。

まだ注目度が低いけれども、湾岸地域は新しい東京の文化集積地であると思います。ここに東京都が考えていることとのズレがあって、東京都側は「西側に文化がある」と考えているわけですが、湾岸地域にも文化があるし、むしろ最先端の文化は湾岸に集中している、ということですよね。その新文化と旧文化との対立構造を、この会場構成図はよく表わしている。東京都はこれから新旧文化の対立の時代へと向かう。これを助長させるのが、2020年の『オリンピック計画』である、というのが私の読みです。
 
 
「モダンな都市」のイメージは内部から崩壊する
 
――この計画にどう介入していきたいか、という考えはありますか?

門脇 私がひとつ面白いと思っているのは、文化が分離していくということは、東京に住んでいる人たちの人間像も分離していく、ということです。東京というと、もともと江戸から受け継がれている歴史的文化都市で、かつそこに経済発展が加わったことで「文化・経済の都市」として、ある種の統一化されたイメージができあがった。日本が近代国家をつくる際に日本のイメージを作る必要があったんですが、それがいまの我々が考える「日本」のイメージですね。

ですが、今の東京は、一つのイメージとして語るには分裂しすぎてしまっている。おそらく、「日本人」のイメージも、もはや一つのイメージだけでは描ききれないことでしょう。このように、東京都が無意識に進めてしまっている都市の分裂は、さまざまな現代社会の断面のなかに表れてくると思います。

「モダニズム」という言葉がありますが、デザインの世界では、「機能があったら、それを素直に表すように外観をつくるんだ」というのがモダニズムの思想です。だからデザインには装飾的な要素は必要なく、機能を忠実に表象せよ、ということになる。

ところがそのモダニズムが古くなりつつありますし、そもそもその根拠が曖昧で、おそらく迷信に基いていた。これは高山宏の説なのですが、都市が発展したときに「観相学」が発展したというんです。観相学というのは、人の顔を見ると性格がわかるという占いの一種です。ヨーロッパで初めて「都市」というものが出現したときに、人はすごいストレスを感じた。中身(性格)を知らない他人とすれ違うのは怖いからです。だから観相学のような「顔を見れば中身がわかる」という迷信が流行したわけです。

それが現代に至っても脈々と受け継がれていて、建築デザインの文脈でいうと――「本質としての中身(機能)があって、それに対応して外見が表象される」という捉え方に発展した。現代文化でいうと、女性誌で「性格を磨くと美人になる」という特集を組むじゃないですか。あれは絶対迷信だと思いますけど(笑)、これもルーツは一緒なんだと思います。つまりモダンな都市を構成する建物は、迷信を根拠に組み立てられていたといっても過言ではない。ところが、今度は都市のほうが高度に複雑化していくことによって、都市が本来前提としていたはずの「中身と外見が一致する」という迷信が内部から崩壊していく、ということが起きている。建築デザインでいうと新しい装飾の復活、みたいなことにきっと表れていくんだと思います。

宇野さんと『PLANETS vol.8』で話したことですが「大バコ」が新しい文化を生んでいる。その「大バコ」の中身の話をすると、大バコってコンテンツが毎日書き換わるので、その本質的な機能が何なのか、特定することができない。博覧会をやっている場合もあるし、イベントをやっているときもあるし、コンサートが行われたり、オリンピックの時にはそこが競技会場にもなったりする。つまり建物の中身には、もはや「本質」なんてものは存在しない。あるいは、都市構造でいうと、東京はその内部に「新都心」と「旧都心」という矛盾を抱え込もうとしている。もはや「建物」にも「都市」にも、あるいは「人間像」にも、本質なるものは宿らないし、そんなことを仮定すること自体が馬鹿げている。私たちが生きている社会は、そういう時代に突入しつつあるのだと思います。
 
(了)
 
■インタビューの動画はこちら
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建築学者・門脇耕三インタビュー【P9プロジェクトチーム連続インタビュー第3回 】 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=E1zN2Hj8YlQ

【時々更新】今日のお気に入り
宇野のお気に入りアイテムを気ままに紹介します。

015:レゴ・アーキテクチャー ファンズワース邸
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レゴ・アーキテクチャーの「ファンズワース邸」を作った。20世紀の巨匠ミース・ファン・デル・ローエが手がけたモダニズム建築の代名詞……といった建物の説明はGoogleに担当してもらうとして、僕が驚いたのは組み立てた後に実際にイリノイ州にあるこの住宅の写真を見たときのことだ。建築業界の人には常識なのだろうが、この住宅は明らかに森の中にひっそりと佇んでいることを前提に建てたれているのだ。このサイズも、フォルムも、メインカラーの白も、この森の中というロケーションから逆算されたことは明らかだ。要するに「ファンズワース邸」においては周辺の森も作品の一部であり、したがってレゴ・アーキテクチャーのこ商品は実のところファンズワース邸という建築のごく一部(建物のみ)を抽出してディフォルメしたものだと言えるだろう。もちろん、こうした商品化の態度を本質を損なう行為として指弾したくなる人もいるだろうが、僕は逆に面白いアプローチだと思う。作家によってコントロールされた全体の調和を、二次創作的に部分を抽出して読み替える、というアプローチはまさにレゴという文化がもっとも得意としてきた手法ではなかったか。
要するに、僕はこのレゴ・アーキテクチャーの「ファンズワース邸」のもつふてぶてしさに、実際の建築のもつ(周囲の森との)調和の美とは正反対のそのユニークなフォルムを全面に押し出してふんぞり返っているさまに、極めてレゴらしい面白みを感じているのだが、どうだろうか?

今朝は、ほぼ惑読者からの感想をご紹介いたします。こちらの方には、宮台真司氏の著作『「絶望の時代」の希望の恋愛学』をプレゼントいたします。
 
 
りぶら・するすさんの感想
 
宇野さん、こんにちは。
オールナイトニッポン0で
ラジオネーム「りぶらするす」として、投稿させていただいている者です。

さて、3月5日付け「ほぼ日刊惑星開発委員会」の
大長編ドラえもん全作レビュー、とても面白かったです。

あの大長編ドラえもんを宇野さんがどのように評価するのか
非常に興味がありましたが、レビューで高得点がついていた作品は、
私も好きな作品ばかりだったので、安心したというか嬉しくなりました。
私が好きだった作品は「大魔境」から「日本誕生」までで、
中でも一番インパクトが強かったのは「魔界大冒険」、
一番感動したのは「鉄人兵団」、大長編ドラえもんで最後に面白いと思った
のは「日本誕生」でしたので、この3作が個人的に思い入れが強いです。

一方で「アニマル惑星」以降の作品が精彩を欠いていたという評価も、
私の感覚と合致してました。
私的には「アニマル惑星」が公開されたころにはもう中学生で、思春期
まっただ中だったし、単に私自身の好みが変わったからつまらなく感じる
ようになったのかな、と思ってましたが
作者のモチベーションや年齢的なことにも考えをめぐらせると納得できます。
まさに「作家的挑戦とその格闘の果ての壊死」という表現は的を射ているなあ
と感じました。

今後も面白いメルマガ、期待してます!
 
 
宇野からのコメント
 
お便りありがとうございます。
「大長編ドラえもん」のあの、短い分量の中にあらゆる夢と冒険を詰め込むサービス精神と、クライマックスの大どんでん返しがもたらす知的興奮は、一度じっくり語ってみたいと思っていたので、先週木曜日の記事は個人的にもやりがいのある仕事でした。

しかしあれほどどん欲に内容の洗練を試みていたF先生ですら、後期はマンネリズムと安易なテーマ主義に流れて行ってしまったことを考えると、作劇とは恐ろしい仕事なのだな、と痛感します。

【次回予告】

我らがメールマガジンに惑星開発委員会が送り込んだ次なる刺客は、Twitter社会!

3.11から3年後の明日、あの日以降にTwitterを中心に巻き起こった「動員の革命」の帰結と、これからの被災地復興のあり方について宇野が語りおろします。

次回、ほぼ日刊惑星開発委員会
「【3.11特別掲載】ウェブで政治は変わらなかった――宇野常寛が語る3年目の帰結と今後」
に、ご期待ください!