いま、本当に読まれるべきはどの作品なのか。業界の第一線で常に締め切りと校了日のはざまに生きるアラサー編集者トリオが、深夜の宇野事務所にひっそりと集結。普段は絶対口にできない、他誌と他社の傑作&問題作を、嫉妬と羨望を込めて語り尽くす!
《目次》
■『リピートアフターミー』に見る、“ループもの”ストーリーの到達点
■実録ものをフィクションとして描くということ――『「ガンダム」を創った男たち。』
■なぜいくえみ綾は不倫のリアリティを描けるのか?――『あなたのことはそれほど』
■漫画のなかの「いじめ」――大今良時『聲の形』から
■46巻にして絶頂期を迎えた『Q.E.D.証明終了』
■『キングダム』こそネ申である!!
■ミステリー漫画の最新型、『僕だけがいない街』『ミュージアム』
■『亜人』は次なる『進撃の巨人』の位置を狙えるか?
■いまあらためて読むべきは古参作家の新連載!?――平野耕太、あだち充、小畑健、ハロルド作石
■『さよならソルシエ』とは何だったのか
■「ごはん食べる系」漫画が全盛となった2014年
■漫画で「天才」をどう描くのか?
■描線に宿る快楽――『きぐるみ防衛隊』、『おひとり様物語』
■キミは、『失恋ショコラティエ』を読んで傷つくことができるか
■いま、岡本倫のオフサイド具合が面白い!――『極黒のブリュンヒルデ』『君は淫らな僕の女王』
《座談会参加者》
A夫:青年誌の編集者。20代。Kindleでの漫画購入用にiPad miniを買う必要を感じている。
B子:少女誌の編集者。30代。一見クールビューティ系だが、実は非モテの心を持つ。
C太:少年誌の編集者。30代。バトル漫画を担当中。生涯ベスト漫画は松本大洋「ピンポン」。
◎構成:佐藤雄+中野慧
■『リピートアフターミー』に見る、“ループもの”ストーリーの到達点
宇野 今回は「漫画編集者匿名座談会」ということでみなさんに集まってもらいました。『この漫画がすごい!』や『フリースタイル』を始めとした漫画ジャーナリズムや、漫画批評の視点とはまた異なったかたちで、現場で実際に漫画を作っている側の編集者がどんな漫画に注目しているかを今日は伺いたいと思います。ルールとしてゴシップやディスはなるべくしない方向で、ただし「こうしたほうが面白かったかも」といった、愛のあるツッコミは大歓迎! ということにしたいと思います。それではどうぞよろしくお願いします。
A夫・B子・C太 よろしくお願いします。
宇野 それでは、さっそく皆さんが最近気になっている作品を、どんどん挙げていってもらえますか?
A夫 最近でいうと、ヤマモトマナブ『リピートアフターミー』(月刊コミックブレイド)が面白かったですね。内容はノベル系ゲームの系譜にある、タイムループもの。良いことするのが好きな女の子が、善行の回数でギネスを狙ってるんですよ。それで良いことをしたときにその相手から半強制的にサインをもらうんです。お婆さんに席譲ったら「あたし席譲って、今あなた幸せになりましたよね?」という感じで(笑)。
C太 超イヤな女の子だな(笑)。
B子 私もこの作品は好きですね。C太さんの言うとおり、クソみたいな女の子なんですけど、ちゃんとそのクソな自分に気づいていくのがこの話の良いところですね。
A夫 B子さんはキャラが成長する部分が好きなんですよね。
この作品は主人公の女の子が殺人事件に巻き込まれて、一緒にループに巻き込まれた男キャラと2人で事件を解決するっていう展開なんですけど、その2人の出会い方が最悪なんです。でも話が進むごとにお互いに対する好感度が高くなっていくのが良かった。
B子 その最悪な出会いが、冒頭で一番おもしろい部分ですね。主人公の女の子が銀行強盗に出くわして、殺されそうになる……んだけど、その被害者と加害者だったはずの2人が仲良くなりつつ、ループしていく、という。この作品はとても面白かったので、もっとみんなに知ってほしいですよね。どうすれば広められるかな……。
A夫 ちなみに僕がハマったのは、書店での試し読みがきっかけなんだよね。あの手のものって読むと続きが気になるんです。きっちりとした設定があるなら曖昧なオチはないだろうっていう期待感もあるし。
B子 全2巻で、コンパクトにまとめ切っている作品ですよね。ただ、もう少し読みたかったから長くやって欲しかった……!!
A夫 でもループものって読み切りに向いているスタイルだから、そんなに長くはできないよね。コンパクトにまとまっているから人に勧めるには最適…なんだけどKindle化してないのが非常に残念。
漫画喫茶に行く人にオススメしたい、3巻から5巻くらいのコミックスって実はあまりないんだけど、『リピートアフターミー』は珍しくそういうタイプの作品です。
■実録ものをフィクションとして描くということ――『「ガンダム」を創った男たち。』
C太 俺は『ムダヅモ無き改革』(近代麻雀)でもおなじみの大和田秀樹さんの『「ガンダム」を創った男たち。』を挙げたい。監督の富野由悠季さんが主人公で、アニメ『機動戦士ガンダム』の企画段階から映画公開までの話を描いている。
B子 宮崎克、吉本浩二『ブラックジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』(週刊少年チャンピオン)のような感じですか?
C太 いや、この作品のすごいところは、嘘ばっかりなの(笑)。たとえば最初、主人公アムロの声優である古谷徹さんが「殴ったな! オヤジにもぶたれたことないのに!」とアフレコしているシーンから始まるんだよ。
最初は古谷さんがなかなかいい演技ができない。でも、富野監督が乱入してきていきなり古谷さんをぶん殴るんだ。そこで「もう1回今のセリフ言ってみろ」と言い、もう1度アフレコを行うと古谷さんの演技が「馬鹿な! 良くなってる!」っていう(笑)。
とにかく実録ものなのに「絶対嘘だろ!」っていうシーンが多いんだけど、登場人物のキャラクターの強さが、話のリアリティのなさをどうでもいいや!と思わせてくれるので、すごくおもしろい。キャラクターデザイナーの安彦良和さんが王子さまキャラで、メカニックデザイナーの大河原邦男さんが町工場のオッサンで、いつも何か工具を手にしていたり(笑)。
B子 ……どういうノリで作ってるんだろう(笑)。編集は怒られないんですかね?
C太 富野さんから「好きにやりなさい」って許可はもらってるらしい。
宇野 『ブラックジャック創作秘話』の「これっていい話だろ、ほら感動しろよ」的な感動の押し売りアプローチに対する強烈なアンチで、たとえどれだけ嘘で、どれだけ二次創作的であったとしても、漫画は魅力的な作り話を描くべきだって思想がここにはあるんだと思うよね。
C太 漫画として面白ければ、本当の話かどうかはどうでもいい。俺は「ガンダム」自体はほとんど見てない人間で、特に思い入れもない。そういう自分がおもしろいと思えるのはキャラが良いからで、この作品を読むとフィクションの力のすごさを感じる。
■なぜいくえみ綾は不倫のリアリティを描けるのか?――『あなたのことはそれほど』
B子 私はいくえみ綾『あなたのことはそれほど』(FEEL YOUNG)がすごく良いですね。内容はダブル不倫ものなんですが、いくえみ綾さんって、現実的できれいごとだけじゃないのに、ちゃんと読者が憧れちゃう世界を描くのがうまいと思うんです。不倫相手が初恋の男の子でちゃんと格好良くなっているところとか。でも、その初恋の相手の奥さんは美人じゃないところとかはリアルで(笑)。
なぜ北海道にいて、猫に囲まれ、素敵な結婚生活を送っているいくえみ先生がこんなバランスを描けるんだろうって思うんですけど、最高です。でも、この作品を好きっていう女子はモテない気がします(笑)。
A夫 僕もこれ読んでるんですけど、おもしろいのは、ダブル不倫なので主要人物が4人いるんですが、この4人の心理描写になにひとつ無理がないってところですね。「ストーリー上、仕方なくキャラを曲げたな」っていう部分がない。なにかの取材なんじゃないかって思います。身近に実例があるような。
B子 主人公の女性は「結婚っていうのは1番好きな人じゃない人とするほうが良いんだよね」みたいな価値観で、冴えないけどいい旦那となる編集者の男と結婚します。そしてその後、初恋の人と再会するのがダブル不倫の始まりです。
その初恋の男は、そこそこモテるのに誰にも本気になったことがないタイプで。学校の同級生の冴えない女の子を怖いと思いながらも、その冴えない女のことがなぜか気になる。なんなら癪に障るなとすら思っていたのに、気づいたら結婚しているという。
A夫 その奥さんである女性っていうのは、一重瞼のあまりぱっとしない人で、女子女子した感じではないんですけど、頭の良さと独特のしたたかさがあって食えない人ですね。奥さんは旦那が浮気にしていることに気づいています。たとえば主人の持ち物を見て、「これ、あなたの趣味じゃないわよね~」とか言いながら他の女からもらったことがわかってるんです。
C太 いくえみ綾さんはそういう情景や心理を描く才能がありすぎて、たまに読んでいてつらいんだよね。
B子 でもそれは女子の大好物なんですよね。男性はそういった女性の心理を怖いと思うかもしれませんが、女には、あるあるだと思います!
A夫 あれほどのキャラを描いていて、破綻しないのが本当にすごいですね。男子の嫉妬が湧いてくるポイントも的確で、「奥さんが寝言で別の男の名前を言うときの声が聞いたことのない甘い声だった!」みたいな(笑)。
B子 そしてそのときに初めて旦那さんは奥さんの携帯を見ちゃって、それ以来見るのを止められくなり、それが僕にとってすごく悲しいことだ、みたいなモノローグが入るんですよ。
C太 いくえみ綾さんのモノローグのセンスは業界3本の指に入ると思う。あれは編集者にはつくれないよ。作家でなければ描けない。それとやっぱり、『あなたのことはそれほど』ってタイトルワークもすごいなと思う。
A夫 いくえみ綾さんのすごいところは、4人のキャラをデザインの被りもなく描き分けできるところです。登場人物たちの過去と現在の絵がちゃんと誰が誰かわかるんですよ。こういった力を持っている作家って、なかなかいないです。
宇野 「モテない人の漫画」ではなく、「モテるんだけど、本命には愛されない人の漫画」って感じだね。
A夫 みんなそうなんじゃないかな、っていうスタンスですね(笑)。結婚を決断をする流れになるとき、みんないろいろあると思うんですけど、そのあたりの描き方がやたらリアルです。外圧に負けた感とか、自分の気持ちが盛り上がったとか、そのあたりの気持ちの変化に無理がないのがなによりすごい作品ですね。
B子 外圧に負けただけじゃなくて、どこか自分のなかで真実だと思って結婚したんだろうな、という描き方ですよね。
A夫 漫画を読んでいて白けるところって、リアリティを感じなくなる部分なんですよね。ファンタジーでも現実世界の話でも。「なぜこのキャラはこういう風になってしまったのか」という疑問を読者に抱かせたらアウト。作家の都合でストーリーに合わせてキャラをねじ曲げた瞬間に魅力が減ってしまう。
B子 『あなたのことはそれほど』にはそれが微塵もない。すごい。という結論しか出ないですね(笑)。
■漫画のなかの「いじめ」――大今良時『聲の形』から
B子 ストーリー都合でキャラを曲げていない自然さで言うと、大今良時『聲の形』(週刊少年マガジン)も同じく良いですね。
C太 うーん、あの漫画は、毎週追いかける気が起きない。読み切り版は好きだったけど、完成された話にそれほど付け足さずにやっている印象なので。
A夫 読み切りでちゃんと完結してる話を連載にして続けるのってやっぱり難しくて、その意味で編集者としてすごく気になる作品ですね。部数も2冊で40万部以上出ているので強い支持を受けているのが伺えますが、あまり長く続けられる漫画ではないから、どう締めるのかという点にすごく注目してます。
C太 読み切りの、これからこの2人どうなっていくのかなっていう後味がおもしろかったから、その後の展開を具体的に描かれると意外としんどいなって思う。あと、「この漫画がすごい!」のランキングに入りそうだよね。「この漫画をつまらない」っていう人は「人として大事なものが欠けている」っていうカテゴリーじゃない?
B子 そうかもしれないですね(笑)。あの作品のすごいところは、いじめが出来上がる瞬間をものすごくリアルに描いていることだと思います。単なる勧善懲悪な話じゃない。いじめっ子が「俺はこいつをいじめていいんだ」って思っても仕方なかったんじゃないかって、思わず感情移入しちゃうんですよ。そういう空気を作った担任やクラスメートが1番無責任で悪人な感じがする。もちろんいじめられた方はたまらないし、いじめた主人公はそのあとちゃんと罪をつぐなっていくことになるんですけどね。私はこういった人間関係の機微をきちんと描いた作品は好きです。「いじめっ子は悪人、いじめられたほうはかわいそう」っていうだけじゃない『聲の形』はおもしろいと思います。
A夫 この漫画の間違いなく良いところってなによりキンドルで出てることですよ。
宇野 いま僕もキンドルで2冊買った。
A夫 これは大事です、非常に(笑)!
C太 いろいろグダグダ言ってるけど要するに俺、漫画編集者ながら、漫画でいじめネタ読めないんだよね、つらくて。羽海野チカ『3月のライオン』(ヤングアニマル)もいじめの話になった瞬間に読めなくなったくらい。
宇野 羽海野さんって、秀才タイプであって天才ではないと思うんだよ。天才じゃないからこそ、天才の話を描こうとする。しかし、結局「天才」それ自体は描けない。そしてそのことで自分を追い詰めながら描いている。すごく技術は高いんだけど、自分の描きたいものが描けてない感が伝わってきてきちゃって、読んでてつらくなってくる。そしてそのやるせなさがあの漫画を良くも悪くも特徴づけている。
B子 『ハチミツとクローバー』でできなかった、「描ききる」ということに挑んでいる感じがします。そして、一緒に最後までやりきれる編集者と出会ったんだと思います。
A夫 『3月のライオン』の初代担当編集者が異動して、今「花とゆめ」の編集長なんだよね。ただ担当は続けているっていうイレギュラーな状態です。おそらく羽海野さんは次は「花とゆめ」でやるんだろうな、と。そういう意味で次回作に期待もできますね。
■46巻にして絶頂期を迎えた『Q.E.D.証明終了』
C太 それと、連載が長期に渡っている漫画ってランキングとかにランクインしないだろうという意味で、俺は『Q.E.D. 証明終了』を推したい。今最新刊が46巻なんだけど、基本的に「こち亀」みたいな1話完結の推理もので、どこから読んでも入れるから、ぜひ手に取ってほしいんだよね。
この46巻には「巡礼」っていう100ページくらいの読み切りがあるんだけど、個人的にはQ.E.D史上最高傑作だった。しかも連載十数年経って最高傑作が出るところに感動した。特にミステリーものの1話完結なんてハードルが高いものを、ハイレベルで安定供給しているので、個人的に漫画界で1番頭良いのは加藤元浩さんじゃないかと思ってて。出てくる人間がモブではなく、血が通っているところもすごくて、俺はかなり尊敬している作家さんだなぁ。
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