岡室 『リーガルハイ(二期)』については、『半沢直樹』以降の堺雅人という注目もあったと思うんですけど、脚本家の古沢良太さんが『半沢直樹』を意識して遊んでいましたよね。「やられてなくてもやり返す」とかね(笑)。古沢さんも今が旬の人ですよね。古沢さんはいかに嘘と本当を織り交ぜながらその境界線をなくしていくかということでフィクションの面白さを打ち出していく脚本家だと思うんですけど、それが一番活きているのが『リーガルハイ』だと思うんです。最初のシリーズが面白かったんで、第2シリーズでは失速するかなと思ったら、岡田将生が演じた羽生晴樹というキャラクターの造形が素晴らしかった。
宇野 岡田君、良かったですよね。映画『告白』で岡田君の使い方というのが業界に発見されて、そのせいでここ何年かはクセのある役が多かったんだけど、その集大成と言うべきところもあったんじゃないかと思いますね。
成馬 僕の『キャラクタードラマの誕生』の中で、「6人の脚本家」の最後の一人に古沢さんを入れたんですよ。個人的には新人枠みたいな位置づけだったんですけど、『リーガルハイ(二期)』が出たことで、他の5人に並べても遜色のない人になりました。完成度で言えば今期一番でしたが、ただ出来過ぎかなっていう気もします。というのも、『リーガルハイ(一期)』って変な話だったじゃないですか。堺雅人演じる古美門研介という変態弁護士に物語がすべて集約されていたから、彼が何かすることですべてが動いていくというイビツな話でした。今回は羽生との二項対立をはじめとして、嫌われ者の弁護士と誰からも好かれる弁護士の対立であるとか、グローバリズムに直面した日本の問題であるとか、民主主義と裁判の対立であるとか、そういう明確な対立構造が全部作ってあって、非常によくできた脚本だとは思うんですよ。でも、それ故に構図が見え過ぎるところがあるので、僕の中の評価は『49』のほうが上なんです。
古崎 『リーガルハイ』は一期も非常に面白くて、その良さは破天荒なところにあると思います。古沢さん自身、「こういうのをやってみたらどうだろう?」と毎回おっかなびっくり変化球を投じていたんじゃないかと思うんですけども、それが好評だった。それで自信が生まれ、全体の仕組みをちゃんと用意した上で組み立てたので、一期よりも完成度は高いんですよ。でも、成馬さんがおっしゃった通り、語るにしてはまとまり過ぎていて、未完成なテレビドラマの面白さというのはなくなっていた。『リーガルハイ』の一期と二期のどちらを推すかで、その人が何を求めてテレビドラマを観るのかわかるんじゃないかと思いますね。
宇野 僕も『リーガルハイ(二期)』は途中までノレてないところがあった。メッセージ性がはっきりし過ぎているところが中盤まで気になっていたんです。でも、終わってから考えてみると、二期はそういうシーズンだったのかな、と納得感がある。つまり、二期は『リーガルハイ』という作品をこの先も3作、4作と続けていけるシリーズに成長させるためには何ができるのかを模索したシーズンだったと思うんですよ。今回は言ってしまえば「羽生編」で、羽生というキャラクターの影響で中身もイデオロギッシュになっている。ああいうキャラクターを『リーガルハイ』という器に入れるとどんなドラマができるのかという実験をやっていたとも言えるわけですが、そして羽生というキャラクターを入れても古美門は壊れなかった。そのことが大事な気がしていて、終わってみると良作だったなという気がする。この先、羽生の位置にどんなキャラクターが入るか、安藤貴和の事件に何が入るかによって、『リーガルハイ』はあの世界観を維持したまま物語のバリエーションを増やして続けていけるようになった。つまり、この二期をやり遂げたことでシリーズものとしての基礎固めができたんだなと思ったんです。だから、僕は終わってみたときのほうが評価高かったですね。
岡室 たしかに『リーガルハイ』はそういうシリーズものになっていくと思うんですけど、最終的には黛(新垣結衣)が古美門をいかに打ち倒すかという話になると思うんですね。今回、羽生というキャラクターが造形されましたが、黛は正義の人だけど、正義の人は下手をすると羽生のようになっていく可能性があるわけじゃないですか。二期というのは、黛が羽生のようになることを封じていく段階だった気がします。『リーガルハイ』は黛の成長物語として進んでいくのだと思うんですけど、そのためには一回羽生という段階をやらなきゃいけなかったんじゃないか。今回、黛が一回羽生の事務所に行きますよね。でも、そのあとに「やっぱり違う」と古美門の事務所に戻ってくる。その運動をやりたかったんじゃないかなと思います。
宇野 古崎さんはさきほど、『リーガルハイ』の一期と二期のどちらが好きかでその人のドラマ観がわかるとおっしゃってましたけど、古崎さんご自身はどっちがお好きですか?
古崎 率直に言うと、二期のほうが好みではあります。ドラマ好きというのは、やはり脚本がしっかりしていて伏線をキッチリ回収する――そうした作品の完成度の高さに気を取られてしまいます。完成度の高さとしては二期のほうが好きということになってしまいますが、破天荒さであるとか、無から有を作ったという意味では一期のほうがドラマ的な評価としては高く位置づけるべきだと自分を納得させているところです。
(古崎康成さん)
■ 『安堂ロイド』は木村拓哉を殺せたか?
宇野 古崎さんと岡室さんは『安堂ロイド』を挙げられていますが、これも評価が分かれる作品ですね。
古崎 『安堂ロイド』を担当したプロデューサーの植田博樹さんの一連の世界観、あれが好きだというのが率直なところです。植田さんがプロデュースしてきた作品は、『ケイゾク』と言い、『SPEC』と言い、この『安堂ロイド』と言い、ゴールデンに放送するテレビドラマという枠組でありながら、こういう最先端のSFタッチのドラマ――SF好きの人には「あのドラマは最先端とは言えない」と言われてしまいましたが――を放送したわけですよね。それも体制を変革するという、放送するのがなかなか難しい話を、ふざけた雰囲気を醸し出すことで成立させているという点で買いかな、と。たしかに細かい作りには問題もあるんですけども、こういう作品をやることで世界は変わっていくんじゃないかと思えたところがある。
宇野 僕はおそらく、あの当時に植田さんがドラマ界で暴れてなかったらドラマ好きにはなっていなかったと思うんですよね。あの当時、植田さんが担当していた『ケイゾク』を観てからドラマを定期的に観るようになった世代なんですよ。あのドラマを観て、アニメや演劇、サブカルチャーが好きだった10代、20代が「ドラマでもこんなことできるんだ!」と思ってテレビドラマに入っていくわけです。僕なんかその典型例で、そこから岡田惠和さんや野島伸司さんといったドラマプロパーの人たちのものを面白いなって思うようになって、段々ドラマオタクになっていく。『ケイゾク』から14年が経ち、『SPEC』を完結させた植田さんが『安堂ロイド』をやっている、と。『ケイゾク』の頃は演出がサブカルっぽいだけで、物語そのものは当時流行っていたアメリカン・サイコサスペンスの日本輸入の流れで作られていたのに、今回は物語までやりたい放題で、ゴールデンタイムで正面からSFをやってるわけです。日本のサブカルチャーにとってすごく大きな石をドラマ界に投じてきた植田さんが、15年経ってついに中心に躍り出て、直球で勝負している。その感慨はすごくありました。
ただ、仕上がったものを観ると、最後の最後でキムタクへの接待を外しきれなかった。すごく応援したいドラマなんだけど、45分間のうち2回か3回くらい眼鏡を外して溜め息をつきたくなる瞬間があったんですよね。
岡室 宇野さんがおっしゃったように、『SPEC』以来となる植田さんと脚本家・西萩弓絵さんのコンビですよね。私もそのコンビを応援したいという気持ちがあるし、やろうとしたこと自体は良かったと思うんだけれども、ドラマの構成としてはもっとテンポ感があると良かったかなという気がする。あと、中途半端にチープだったじゃないですか。もっとチープにして遊んでくれたら良かったと思うんですね。それと、キムタク問題ですね。キムタクは90年代に北川悦吏子さんの“等身大恋愛ドラマ”で登場した人で、基本的には日常的ナチュラリズムの人だと思っているんですけど、ゼロ年代以降はその人に総理大臣やレーサーといった非日常的な役柄しかやらせられなかったというのが残念な気がしていたんですね。今回はさらにそれを振り切って、アンドロイドを演じさせることでキムタクの日常性を封じ込めるほうに行って、それは試みとしては良かったと思うんですけれど、どうしてもあの人の持つナチュラリズムが露出しちゃうんですよ。それに、恋愛要素を入れちゃうとどうしても日常性とリンクせざるを得ないところがあるので、個人的にはもっとアンドロイドであって欲しかったという気持ちはあります。でも、試みとしては評価しておきたいというところです。
宇野 その気持ちはすごくわかります。だからこそ、あそこまでやるんだったら最後までやればよかったと思うのですが……。
成馬 SFとして考えるとあのドラマは駄目だったと思うんですけど、木村拓哉批判のドラマとして考えるとすごく好きなんですよね。特に初期の頃、木村拓哉に「僕は破壊されることが前提の消耗品だ」と言わせてるじゃないですか。それで実際に腕がもげたりする。ああいうふうに、木村拓哉という存在がボロボロになってるんだということを描いたドラマなんですよ。木村拓哉ももう40代になって、アイドルとしても――。
宇野 うまく年を取れていないキムタクはアンドロイドのようなものだ、と(笑)。
成馬 そう、だからここで一回殺してやろうよって話ですよ。最終的にはボロボロになって破壊されて、綺麗に終わりを迎えて、「第1期の木村拓哉はここで終わりです、第2期は脇役もできる俳優になります」って話だと思ってたんですよね。でも、そうならなかった。ここ数年、他のドラマだと木村拓哉殺しができなかったんですよ。『月の恋人』も、『PRICELESS』も、『南極大陸』も駄目だったけれど、それに比べるとはるかに良よかったと思う。もちろん、SFとしては言いたいことがたくさんあるし、西萩さんも途中降板みたいになっちゃって、そこでストーリーの噛み合わせが悪くなっちゃったのかな、と。
■ 『ごちそうさん』に見る、“理系の橋田壽賀子”森下佳子のロジカルな脚本
宇野 古崎さんと成馬さんは『ごちそうさん』を挙げてますね。
古崎 朝ドラは、前期の『あまちゃん』が大ブレイクして、その前は遊川和彦の『純と愛』で、かなり変化球をぶちこんできたわけですよね。NHKとしても、ここらで正統派をということで始まったのが『ごちそうさん』だったと思います。実際、始まってみると正統派路線で、これまでの朝ドラの常套的なパターンで、過去の時代を舞台にした家族が中心の作品でありつつ、これを現代風に味付けしてるというところがうまいのかな、と。鮮やかなのは、これまでの朝ドラのパターンを週替わりで出してきてるところですね。
宇野 これ、1週ごとに全然別の話になりますよね。たとえば第1週を観ると「いつもの戦前が舞台の朝ドラか」という印象でしたが、それが2週目になると『はいからさんが通る』的なラブコメになり、そして気がついたら嫁いびりドラマになって、それも数週で終わって子育てモノになっていく。それが鮮やかですよね。
古崎 今は不倫ドラマになってますよね。
成馬 今週はすごかったですね。あれは久々にドラマを観て皆で騒いでる感じがして楽しかった。
宇野 『あさイチ』でイノッチが過剰に西門悠太郎(東出昌大)を批判してましたけど、あれは心の中で西門に共感していることを覆い隠すために、彼はわざと過剰に批判しているんだと僕は理解してるんですよ。(笑)
岡室 『あさイチ』は奥様方が観てますからね。それはやっぱり、西門を批判せざるを得ないじゃないですか。私は『ごちそうさん』を挙げていないんですけど、面白く観ています。『あまちゃん』もそうだったと思いますけど、登場人物の誰にも感情移入できない作りになっている。だからドラマが様々な要素を取り入れながらも、一方的に誰が加害者で誰が被害者だという話にはならずに俯瞰的な視点から淡々と進んでいくところがありますよね。それがときに詩情を生んだりする。それと、私は、め以子(杏)は科学者だと思っているんですね。
宇野 それが裏のテーマですよね。
岡室 そう。塩むすびを作るにしても、いろんな塩を使って比較検討していく。そういう精神は、め以子の長女・ふ久にも受け継がれている。
成馬 裏テーマは科学と建築ですよね。だから僕は、この脚本を担当している森下佳子さんのことを“理系の橋田壽賀子”と呼んでいるんですけど、ものすごくロジカルな構成になってますよね。
宇野 『ごちそうさん』の根底には、すべての困難というのは人間の知恵と科学する心で解決するんだというポジティブな確信が流れている。家出をするだとか、浮気をするだとか、家庭崩壊してるだとか、表面的には酷い話が多いんだけれども、全然ネガティブな印象を与えないでしょう。わりと一般誌とかで「『あまちゃん』に比べると『ごちそうさん』は話題になってないですね」と訊かれたりするんですけど、視聴率も高いし、決して悪いドラマじゃない。ドラマファンは『あまちゃん』と変わらないぐらい面白く観てるということは、こういう場で言っておかなきゃいけない気がする。
岡室 今日(収録日:1/18)は結構不満ツイートが多かったですね。家を追い出されていた悠太郎が戻ってきたことに対して。
成馬 め以子が戻ってきた悠太郎を追い返したら最高でしたけどね。でも、このドラマはめ以子が西門家を乗っ取る話じゃないですか。
宇野 あれで悠太郎が追い出されて、自分も父親(近藤正臣)と同じような人生を歩むことになるのかなって一瞬思いませんでした?
成馬 和枝(キムラ緑子)も追い出されているわけですよね。そうしてめ以子に追い出されていった人たち――和枝や亜希子(加藤あい)が総動員でめ以子を倒しにいくんじゃないですか、最終的に(笑)。
宇野 あの中で、め以子がラジオに料理のレシピを投稿してますよね。そのラジオで、め以子よりも投稿が採用されている「ミセス・キャベジ」という人がいますけど、あれはおそらく和枝さんですよね。
岡室 そうなんですよ。こないだの放送で亜希子が「ミセス・キャベジのレシピです」ってカレーを出したから、亜希子がミセス・キャベジなんじゃないかと思ってたんですけどね。もしそうだったら、亜希子はもっと邪悪な存在でドロドロした展開になっていたでしょうけど、そうならないのが『ごちそうさん』なんですよね。嫁いびりとか夫の浮気とか、ドロドロしそうな要素をいっぱい持ち込んでくるのに、そうならずに次に進んでいく。そこがいい。
成馬 主人公のめ以子の周りにいる人たちは、全員傷ついていたりトラウマを抱えていたりするわけですよね。そこにめ以子がずけずけと入り込んでいって傷つけるというドラマでしょう。そこで回復する人もいるし、追い出される人もいるという、結構エグいドラマですよね。
宇野 これは古崎さんに聞いてみたいんですけど、森下佳子さんってどう位置づけたらいいんでしょうか。僕が最初に気になったのは『白夜行』の脚本でだったと思うのですが……
古崎 そうですね、『白夜行』とか『JIN―仁―』の脚本家です。端正な物づくりと言いますか、次の展開を少しずつ盛り込んでうまくストーリーを引っ張っていく脚本を書く人ですよね。観ている側からすると意外な方向に展開していくんだけど、それには事前に伏線が張られている。
宇野 あと、脇役の配置がうまいですよね。ムロツヨシがあんな重要な役になるとは思わなかった。脇役の一人一人にすごく愛情を注いで丁寧に作り込んであるな、と。
成馬 森下さんって、遊川和彦さんの弟子筋に当たる方ですよね。だから方法論も似ていて、『純と愛』で遊川さんがやり過ぎたことを、弟子にあたる森下さんが端正に作り直している感じもしました。
(成馬零一さん)
■ 優れた野島伸司批評としての『49』
宇野 他にかぶっているのは、僕と成馬さんが挙げた『49』ですね。今日は後半戦も含めて、野島伸司の話にならざるを得ないところがある。
成馬 これ、観てない人は観たほうがいですよ。ひたすら楽しいですよ。話を説明すると、お父さんが交通事故に遭っちゃって、お父さんの魂が息子のからだに入るんですよ。息子を演じているのはSexy Zoneの佐藤勝利君で、お父さんの魂が入った男の子が学園のヒーローになる話なんです。これは簡単に言うと、野島伸司が「最近の若いヤツらはだらしねえな、俺が高校生だったらもっと大活躍できるのに」って話なわけですよね。
宇野 『ラブ?シャッフル』あたりから、野島伸司って明らかにおかしくなってるんですよ。『ラブ?シャッフル』は超高層マンションにいるセレブたちが恋人交換ゲームをやっているドラマでしたけど、いかにも80年代のドラマにに出てくるようなキャラクターを登場させて、セリフ回しも演出もわざと80年代風に仕立てていくんだけど、いろいろ無理が出て最終的に物語を作れなくなっていくわけですよね。それで最後には主人公の玉木宏が衆議院議員か何かに立候補して、「日本をバブルの頃に戻せ!」みたいなことを演説して終わるっていうすごいドラマなんです。野島さんって今、明らかに物語が作れなくなって壊れているんだと思うんですよ。
成馬 どうだろう。最初から壊れていた気がするけど。
宇野 いや、90年代の野島さんは人間としては壊れてはいたんだけど、作家としてはむしろ端正に世界観を作っていた。当時は「世界は終わってるけど、だからこそ人間のイノセンスが問われる」ってことだけで物語を作れていたのが、そのピュアさ、イノセンスというのも実は社会に依存していたということが判明して、段々物語を作れなくなっていった、と。だから行き詰まると「80年代に戻せ」と政治的主張(笑)をかます。こうして「ピュアなものが成立するためには何が必要か」をずっと模索してたんだけど、今回の『49』ではそういうことは一回全部忘れて、子どもに戻って少年漫画をやったわけですよね。野島さんって、『フードファイト』とか『ゴールデンボウル』とか、少年漫画的なドラマツルギーを時々用いる人なんだけれど、今回は大人が少年漫画をやるんじゃなくて、野島伸司が佐藤勝利のからだに入り込んで、本当に少年目線に立って少年漫画をやることによって、大人の世界を忘れて自分のドラマを取り戻そうとする――その意味では野島のリハビリ作品にも見える。
成馬 野島伸司がいつも持っている説教性みたいなものがありますよね。それが今回は、お父さんが佐藤勝利のからだに入っているという距離感を作ることで、「ああ、お父さんっていつもそういうこと言うよね」という程度で終わらせるわけですよ。
宇野 今回の作品は、野島伸司が若い世代とはもうズレてしまっているということを初めて受け入れた作品とも言える。自分が何を言っても空回りしてしまうことを理解した上で、それをドラマを動かすための原動力としている。『49』って基本的に、佐藤勝利君の中に入ったバブル世代の中年男性がアツいことを言って、それで空回りつつも尊敬されるという、そのズレが物語を進めているわけでしょう。しかも、これは野島伸司の脚本にあったのか、それとも演出サイドのお遊びなのかはわからないけれど、野島伸司の説教くさい脚本が盛り上がると、なぜか挿入される美少年たちのダンスシーンとかで全部破壊していくわけでしょう。主人公たちがなぜかゴールデンボンバーの喜矢武豊に率いられて、喜矢武がつくった借金を返すために――。
成馬 ホストクラブで5人組くらいのオカマアイドルをやる、と(笑)。
宇野 それで「チキンバスケッツ」という謎の団体を作って、ネットで大ブレイクするという謎の展開になる(笑)。あれはスタッフがやっているんだとしたら野島批評として面白いし、野島伸司がやっているんだとしたら自己批評としてすごく面白い。隠れた名作ですね。
成馬 後半、子どもの意識も目覚め始めるんですよね。子どもはひきこもりで、何をやっても駄目な子なんですけど、お父さんが活躍してるのを見て自殺しようとするんですよ。その男の子に、最終的には「大丈夫だよ」とからだを返してあげるわけですけど、そこでいろんな小技を使っている。それが非常に巧妙で、単なる説教に終わってないんですよね。ちゃんと今の若い子たちの魅力を描いている。その一点だけでも評価していいと思います。
■ 『独身貴族』の臆面もないロマンチズム/『天国の恋』の破綻したダイナミズム
宇野 皆さんが挙げていた作品で語ってないのは……あ、岡室さん、『独身貴族』を挙げてるじゃないですか!
岡室 すみません(笑)。
宇野 『独身貴族』のどこが……主人公の草彅君の靴を磨いているあたりですか。
岡室 これは他の人が誰も挙げないだろうと思ってあえて挙げたんですけど、私は基本的に恋愛ドラマが好きなんです。恋愛ドラマが低調になって久しいですけど、それでも各クールにちょっとずつあるわけですね。『独身貴族』も、そんなに深いドラマではないんだけど、映画制作会社を舞台にすごくロマンティックに作ってある。途中で『ティファニーで朝食を』の「ムーンリバー」なんかも流れて、その臆面もないロマンチックぶりが私は好きだった。
宇野 僕はヒロインの北川景子が許せなかったです。まあ、設定的にはそこまで可愛くないんだけど、気安さのおかげでモテる系の役ではあるんだけど、「本当は自分のこと可愛いとわかってるのにお前!」感があるんですよ(笑)。
成馬 基本的には『マイ・フェア・レディ』のプロットですよね。北川景子は脚本家を目指している女性でしたけど、脚本家としての魅力は草彅剛が磨いて、女としての魅力は伊藤英明が磨いてくみたいな方向で。最初は面白かったんですけど、作中の脚本がもっと面白ければ『最後から二番目の恋』クラスまでいったのになと思います。
他に挙げてたのは……宇野君は『天国の恋』。
宇野 僕は中島丈博さんのドロドロした脚本が好きなんですよね。中島さんの脚本のモチーフになっているのは戦後的なフェミニズムなんですよ。たとえば『牡丹と薔薇』も『さくら心中』もそうだし、『非婚同盟』が典型的です。『非婚同盟』って、新人類とバブル世代のあいだの世代のヒロインたちが、男性中心の結婚制度を否定して非婚同盟を結成してシングルマザーになるんだけど、その娘たちは親の後ろ向きの男女平等に過剰反応して結婚同盟を結成するという話だった。要するに、80年代フェミニズム的なテーマが「死んだ」ことを描いた作品だった。
それで、中島さんはこのあとに一体何を作るのかと思って『天国の恋』を観ていたんですけど、案の定何も作れていなかった。つまり、後ろ向きの男女平等というものがネガティブな形で実現してしまった今、たとえば上野千鶴子的なテーゼでは現代的なドラマを作れなくなってしまっている。その結果として、『天国の恋』は若い男を食い散らかすみたいな話になっていて、その思いつきは面白かったんだけど、「今時のアラフォー女子って肉食らしいよ」みたいなことをちょろっと耳に入れて書いちゃった感があって、案の定後半になるとドラマが作れていない。それだけなら単に駄目なドラマなんだけど、『天国の恋』はそこからが面白いんですよ。ドラマでは脇役のはずの梢さん(沢井美優)というキャラクターがいて、彼女はヒロインの腹違いの妹という役を演じているんですけど、途中から彼女がほんとにおかしくなって、彼女が義理のお父さんと不倫して妊娠して家庭が崩壊していくドラマがすっかり物語の中心に移ってしまっていて、当初のテーマだったアラフォーのヒロインの自分探しがどうでもよくなっちゃう。あれは壊れた脚本だからこそ生まれたダイナミズムだと思うし、戦後的なアナクロニズムの権化のような家長と、再保守化した若い女性がグロテスクに結びつくという点では現代的でもあった。
……ということで、皆さんに注目作を語っていただきましたけども、他に秋クールのドラマで「これは語っておきたい」というのはありますか?
成馬 これはスペシャルドラマなんですけど『オリンピックの身代金』っていうテレ朝がやったドラマがあって。これは東京オリンピックでテロを起こす話で、たぶん企画は東京オリンピックが決まる前から進んでたと思うんですよね。たまたま特定機密保護法案と重なってすごくタイムリーな話だったんですけど、犯人は松山ケンイチなんですよ。オリンピックに向けて働いている労働者が冷遇されているから、松山ケンイチが立ち上がってテロを起こすという話で。松山ケンイチと言えば『銭ゲバ』ですけど、2020年の東京オリンピックのとき、こういう格差社会のテーマがもう一回くるんじゃないか。
宇野 そうだね。僕も次の『PLANETS』で、オリンピック破壊計画を特集しようかと思ってるから。
古崎 あと語っておきたいのは、『ハクバノ王子サマ』。あのドラマ、出だしはかなり好きだったんですよ。優香が主演で、若い教師にしてしまうんですけど、始まりがプラトニックで、教養小説のようなところが返って新しく感じがしたんです。テレビマンユニオンが制作に入っているだけに端正に作られていましたが、途中に出てくる不倫の描写にリアリティがなかったと思うんですよ。
岡室 私も好きで観てたんですよ。優香のやっている役にすごくリアリティがあって、ドキドキしながら観てたんですけど、途中からちょっとツラくなりましたね。
■“恋愛ゾンビもの”の系譜にある『失恋ショコラティエ』
宇野 では、後半は今期の冬ドラマの注目作について語っていきたいと思います。皆さん、事前に書いてもらった3作を発表してください。
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