【今週のお蔵出し】
あの日から考えている「うそばなし」のはなし――『七夜物語』をめぐって
(初出:「トリッパー」2012年夏季号)
川上弘美は自分の書く小説を「うそばなし」と呼んでいる、という。そして、《「うそ」の国は、「ほんと」の国のすぐそばにあって、ところどころには「ほんと」の国と重なっているぶぶんもあ》るのだと彼女は語る。また《「うそ」の国は入り口が狭くて、でも奥行きがあんがい広いのです。》とも。
この「うそばなし」という言葉は川上の初期作品集のひとつ『蛇を踏む』のあとがきとして寄せられた文章だ。そしてここの「うそばなし」という不思議な語感をもつ言葉は、「いま」読み返すと川上にとっての物語観、とくにファンタジーについてのそれをたった五文字のひらがなに凝縮したもののように思える。「いま」というのはもちろん「あの日」以降のことだ。そう、あの日からずっと、僕はファンタジーというものとその機能について考えている。大地震と、原子力発電所の爆発――それは僕がまだ子どもだったころ、繰り返し物語の、それも子どものための物語、特にファンタジーと呼ばれるものの中においては〈世界の終わり〉=黙示録的な終末をもたらすものとして描かれてきた。平和で豊かなその一方で退屈な消費社会のもたらす終わりなき日常が一瞬で崩壊し、刺激的な非日常が到来するのだ。
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