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堤幸彦とキャラクタードラマの美学(5)──時代への抗いとしての『SPEC』(前編) 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)〈リニューアル配信〉

2021/03/02 07:00 投稿

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ドラマ評論家の成馬零一さんが、時代を象徴する3人のドラマ脚本家の作品たちを通じて、1990年代から現在までの日本社会の精神史を浮き彫りにしていく人気連載『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』を改訂・リニューアル配信しています。
『ケイゾク』の続編として企画された『SPEC』は、ミステリドラマにも関わらず、本物の超能力者が登場します。それは「謎」が存在する世界の終わり、インターネットカルチャーとニューエイジ思想が融合した、2010年代の「圧倒的な現実」の投影でもありました。

成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)〈リニューアル配信〉
堤幸彦とキャラクタードラマの美学(5)──時代への抗いとしての『SPEC』(前編)

2010年の『SPEC』

 『TRICK』の成功で、堤は日本を代表する商業作家となり、その後、数々のヒット作を生み出していく。しかし、その成功と引き換えに先鋭的な映像作家としての禍々しい輝きは失われていった。
 おそらく堤の作家としてのピークは『TRICK』シーズン1が放送された2000年までであり、好意的に見ても2002年のドラマ『愛なんていらねえよ、夏』(TBS系)までだろう。それ以降の作品は『ケイゾク』や『池袋』に較べると、どこか物足りない。
 例えば浦沢直樹の漫画を映画化した『20世紀少年』(2008~09年)は、三部作の合計興行収入が110億円を超えているという意味では、商業的成功を果たした代表作と言えるだろう。オウム真理教の事件をベースにカルト教団の教祖が日本を支配する世界を舞台にした物語は、『TRICK』でカルト宗教を批判してきた堤の作風とも相性がよく、何より漫画的な世界が現実化されていく姿をディストピアとして描いた世界観は、堤が『金田一』以降追求してきた世界観そのままだと言える。その意味で堤の作家性が存分に発揮されてもおかしくなかったのだが、出来上がった作品は原作漫画をなぞりすぎたせいか、無難な作品にまとまっており、先鋭性は感じられない。(1)
 一人の作家がキャリアを確立すると共に保守的になり、それと引き換えに安定した職人になっていくということは、どこの世界にでもあることだ。堤にもそういう時期が来たのだと言えばそれまでだろう。

 だが、そんな状況に対して抗いたいと思っていたのは、誰より堤幸彦本人だったのではないだろうか? 2010年秋クールに放送された連続ドラマ『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』(以下『SPEC』)は、そんな現状に対する苛立ちと、一度完成した映像作家としての自分の殻を破りたいという気持ちが強く感じられる作品だった。

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▲『SPEC

 プロデューサーは植田博樹、脚本は西荻弓絵。堤幸彦の出世作となった『ケイゾク』チームが再結集した本作は『ケイゾク』と同じ世界観の続編的な作品という触れ込みで、幕を開けた。
 舞台は「ミショウ」と呼ばれる警視庁公安部に設立された未詳事件特別対策係。
 捜査一課が取り扱うことのできない、超常現象が絡んだ科学では解明不能な犯罪を捜査する部署だったが、警視庁の中では、変人が集まる吹き溜まりと見られていた。所属しているのは『ケイゾク』にも登場した係長の野々村光太郎(竜雷太)とIQ210の女刑事・当麻紗綾(戸田恵梨香)の二人のみ。
 そこに元特殊部隊(SIT)所属の瀬文焚流(加瀬亮)が異動してくるところから、物語は始まる。瀬文は任務の最中に部下の志村優作(伊藤毅)を誤射した疑いで聴聞会にかけられる。突然、隣にいたはずの志村が目の前に飛び出してきて発砲、そして何故かその銃弾は志村に命中したと瀬文は主張。確かに着弾した銃弾は志村のものだったが、上層部は瀬文が銃をすり替えたのだと取り合おうとしない。真相がわからぬまま事件は迷宮入り。
 瀬文はSITを除隊となり、左遷に近い形で「ミショウ」に配属となった。
 やがて、ミショウに、政治家の五木谷春樹(金子賢)と秘書の脇智宏(上川隆也)が訪ねてくる。懇意にしている占い師・冷泉俊明(田中哲司)が、明日のパーティーで五木谷が殺されると予言したため、調査を依頼しにきたのだ。冷泉は2億円払えば「未来を変える方法」を教えると言う。当麻と瀬文は冷泉の元へと向かい、恐喝の容疑で逮捕する。しかし、冷泉の予言したとおり、五木谷はパーティーで心臓麻痺を起こし、命を落とす。
 ここまでは『ケイゾク』や『TRICK』などで繰り返されてきたミステリードラマの展開である。定石どおりなら、ここから冷泉の予言と殺害のインチキ(トリック)を暴くという展開になるところだろう。しかし、物語は予想外の方向へと傾いていく。
 やがて、五木谷を殺したのは第一秘書の脇だったとわかる。元医師の脇は、無痛針で五木谷にカリウムを注射して殺害したのだ。そして証拠の注射針を天井に突き刺して隠したのだった。しかし、当麻の推理を聞いた脇は凄まじい豪腕でテニスボールを投げて天井に刺さった注射針を破壊。先に証拠の存在に気づいた当麻たちは注射針を確保していたものの、真相を知られた脇はテニスボールを今度は当麻と瀬文に投げつけ、二人を殺そうとする。猛スピードで動き、瀬文の銃を奪い取った脇は瀬文めがけて発砲。
 そこで突然“時間が止まり”、謎の少年・一十一(ニノマエジュウイチ・神木隆之介)が現れる。ニノマエは銃弾の軌道を反転させて脇を殺害。そして姿を消す。残された瀬文は、志村の時と同じ現象が起きたことに戸惑うが、何が起きたのかは理解できない……。

 いい意味で「裏切られた」と感じた第1話である。
 オカルトの皮を被ったミステリードラマかと思いきや、超能力者が本当に登場したのだ。そして何より驚いたのがニノマエの登場シーンである。いきなり「時間を止める」という圧倒的な力を持ったラスボス的存在が姿を現したのだ。

アナログ放送が終わり、地デジ化へ向かう2010年

 『SPEC』の第1話(甲の回)が放送された10月8日のことは、よく覚えている。
 筆者はこの日、地デジ(地上デジタル)対応の薄型テレビを購入し、はじめて画面に映ったテレビ映像が、この『SPEC』だったからだ。
 『SPEC』が放送された2010年。テレビは過渡期を迎えていた。
 翌2011年にアナログ放送が終了して地上波デジタルに完全移行することが決まっていた。その結果、今のアナログテレビでは番組が映らなくなるため、地デジ対応テレビの買い替え特需が起きていたが、一方で、地デジ化によってテレビの視聴者が大きく減るのではないかと、不安視されていた。
 同じ頃、ウェブではYouTubeやニコニコ動画といった投稿動画サイトが勢いを増していた。テキストが中心だった時代はテレビ局にとっては対岸の火事だったインターネットの隆盛は、動画サイトが登場し映像の複製と拡散が容易になったことで、他人事ではいられなくなっていた。
 やがて、映像文化は、テレビからウェブに取って代わるのかもしれない。まるで、超能力者に人類が支配されるかのように。そんな地殻変動の気配が2010年にはあった。翌2011年に3月11日に東日本大震災が起きたこともあり、今となっては忘れられているが、当時の地デジ化報道の背後には、時代の変化に対する期待と不安が渦巻いていた。

 そんな時代状況を反映してか、この年のテレビドラマは、2010年代の始まりを象徴する作品が多数登場している。NHKでは後の朝ドラ復活の先駆けとなる『ゲゲゲの女房』と大河ドラマの映像をアップデートした大友啓史がチーフ演出を務めた『龍馬伝』が放送。
 テレビ東京系の深夜ドラマではAKB48総出演の『マジすか学園』と、大根仁の出世作となった『モテキ』が放送され、深夜ドラマブーム、アイドルドラマブームの先駆けとなった。
 そして、日本テレビ系では2010年代を牽引する脚本家・坂元裕二の『Mother』が登場。今振り返ると、これらの作品は、テレビドラマの方向性を決定付ける新しい流れの始まりだった。同時に宮藤官九郎脚本の『うぬぼれ刑事』(TBS系)と木皿泉脚本の『Q10』(日本テレビ系)という2000年代を代表する脚本家の集大成となる作品も登場しており、2000年代の終わりと2010年代の始まりを象徴する作品で賑わっていた。
 そんな中で『SPEC』は、『ケイゾク』の続編ということもあり、2000年代の終わりを象徴する過去の作品という印象だった。すでに『ケイゾク』は伝説のカルトドラマとして神格化されていた。定期的に続編が作られて大衆化した『TRICK』と違い、熱狂的なファンが多い作品だっただけに、続編を作るということの意味は、堤と植田にとっても相当重いものだったと言えるだろう。

『ヱヴァ』と『SPEC』

 『SPEC』が始まる時の印象は、『新世紀エヴァンゲリオン』のリブート企画として2007年から劇場映画が上映されていた『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』(以下『ヱヴァ』)シリーズと近い印象だった。
 『ヱヴァ』は2010年の時点では、2007年に『序』と2009年に『破』の2作が上映され、CGを取り入れた最先端の映像表現が高く評価される大ヒット作となっていた。
 しかし、肝心のストーリーは、1990年代後半に作られた物語を、現代(2000年代後半以降)の空気に合わせたものにリメイクしようとしているためか、どこかすわりの悪いものとなっていた。その傾向は2012年に上映された『Q』においても同様で、1990年代に時代の最先端を走り抜けた作家が、自分たちを追い抜いていった現実に必死で食らいつこうとしているように見えた。(2)


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