ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。今回は低調な視聴率ながら、今なお高く評価されている異色の恋愛ドラマ『マンハッタンラブストーリー』(2003年)を取り上げます。喫茶店を舞台に次々と連鎖する片思い、さらにその関係の入れ替え可能性を描いた本作には、普通の恋愛ドラマが成立しにくくなった当時の時代性が如実に投影されていました。
2003年、『ぼくの魔法使い』(日本テレビ系)の後の10月クールに宮藤が脚本を手掛けたのが問題作『マンハッタンラブストーリー』(TBS系、以下『マンハッタン』)だ。
▲『マンハッタンラブストーリー』
舞台は純喫茶マンハッタン。近くにテレビ局があるため、この喫茶店はテレビ関係者のたまり場となっていた。
タクシー運転手の赤羽伸子(小泉今日子)は、ダンサーのベッシーこと別所秀樹(及川光博)をタクシーに乗せたことで知り合いとなる。ケンカしながら少しずつ距離を縮めていく二人。しかし、ベッシーはミュージカルのオーディションに合格し、一年間ニューヨークに行くが決まっていた。一度はベッシーへの気持ちを諦めようとしていた赤羽だったが営業所の無線から流れてきた「早く止めないと1年以上あえなくなるんだぞ! それでもいいのか?!」という謎の男の声に押されてベッシーを引き止める。無事、結ばれたかに見えた二人。しかし、ベッシーが好きだったのは脚本家の千倉真紀(森下愛子)だった……。
物語は毎話、主要人物が変わっていくのだが、一話が「A」二話が「B」とアルファベットのタイトルになっている。これは各話の主人公の頭文字で、Aが赤羽、Bがベッシー、Cが志倉。つまり、Aでは赤羽を主人公にベッシーとの恋愛が描かれ、Bではベッシーを主人公に志倉との恋愛が描かれ、Cでは志倉を主人公にDこと売れっ子声優の土井垣智(松尾スズキ)との恋愛が描かれるといった感じで、片思いの連鎖が続いていく。
その状況を唯一知っているのが喫茶店の店長(松岡昌宏)である。
店長は店の中で起こる恋愛模様をすべて把握しており、一人やきもきしている。そして恋愛を成就させるために彼・彼女らの背中を押すメッセージを、正体を隠して発するのが毎回の見せ場となっている。
赤羽に無線でメッセージを送ったのも店長で、つまり彼は恋のキューピットなのだが、そうやってうまくくっつけたはずの片方が実は別の人を好きだったことが連鎖していくことで、いつしか人間関係は複雑にこんがらがっていく
店長は寡黙で人前では一言二言しか喋らないのだが、その代わりモノローグ(心の声)が絶えず流れている。モノローグのほとんどは、各キャラクターに対するツッコミで、それが結果的にオーディオコメンタリー的なものとなっているのは今見ても面白い。
つまりマスターは自分で恋愛ドラマを作ると同時にその状況に対してツッコミを入れているのだ。
プロデューサーは『木更津キャッツアイ』(以下、『木更津』)に続き磯山晶だが、今回のチーフ演出は金子文紀ではなく、土井裕泰が担当している。
近年では坂元裕二脚本の『カルテット』(TBS系)が高く評価された土井の映像手腕は今見ても実に見事で、金子文紀とは違った洗練された魅力を与えている。
同時に人を突き放したようなクールさもあり、それが最終的にこの作品のルックを決めてしまったようにも思う。
企画の発端は『木更津』で視聴率の低迷に悩んだ磯山が「ラブストーリーなら数字がとれるかも」と言ったことがはじまりだ。その意味で他の作品とくらべると売れ線狙いの不純な動機ではじまった企画だが、宮藤と磯山が作るドラマが一筋縄で行くはずはなく、物語はどんどん予想外の方向に転がっていく。
視聴率の低さと評価のズレ
『マンハッタン』は、『木更津』や『あまちゃん』(NHK)に比べるとクドカンドラマの中ではマイナーな作品だが、本作をクドカンドラマ・ベスト1に挙げる人は少なくない。
脚本家の坂元裕二は宮藤との対談で「今まで観た日本のドラマで一番好きなのが『マンハッタンラブストーリー』なんです」と発言している。
とにかく毎週、お腹痛いぐらい笑ってたし、出てくる人はみんな魅力的だし、ドラマを観ながら思っていたことが、最後にカチッカチッと、全部気持ちよくハマっていって。なんて完成度の高い脚本なんだって、圧倒されたんですよね。
(坂元裕二×宮藤官九郎『カルテット』『脚本家 坂元裕二』Gambit)
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