今朝のPLANETSアーカイブスは、ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんと、評論家・編集者の中川大地さんの対談をお届けします。デカルト以降の近代西洋哲学はどのように人工知能を定義するのか。欧米と日本のゲームの背景にある思想的な差異とは。『人工知能のための哲学塾』の三宅さんと『現代ゲーム全史』の中川さんが、ゲームとAIについて徹底的に論じ合います。(構成:高橋ミレイ)
※本記事は2016年10月18日に配信した記事の再配信です。
▲三宅陽一郎『人工知能のための哲学塾』
実験物理学の研究からゲームAIの世界へ
中川 今回、三宅さんとの対談をお願いしたのは、『現代ゲーム全史』をまとめてみて、ゲームと人工知能(AI)は車の両輪のような関係にあるなと感じたからなんですね。拙著の序盤の章でも述べたように、ゲームの数学的解析から始まるデジタルゲームとAIは、同じ起源を共有しています。以来、基本的には何か実用的な目的のために使うのではなく、純粋に人間がコンピューターで何ができるかの可能性を追求していくジャンルとして発展してきました。それが2012年あたりからAIではディープラーニング(深層学習)のブレイクスルーがあり、ゲームではOculus Riftなどが出てきてVRへの流れが全面化して、2016年現在はそれぞれに大きな歴史的転機が訪れています。
そんな時流の中で、三宅さんはまさにゲームに活用するAIの専門家として、『人工知能のための哲学塾』と森川幸人さんとの共著『絵でわかる人工知能』を立て続けに出版され、AIという概念についての非常に本質的な思索を展開されていたのが印象的で、ぜひ深くお話をうかがってみたいと思ったわけなんです。
それで、もともと三宅さんは物理学の研究をされていたそうですが、そこからどういう関心を持ってAIの研究に進まれたのかを、まずはお聞きかせ願えますでしょうか。
三宅 最初は京都大学で数学と理論物理を勉強していました。修士課程で大阪大学に移って地下にある半径数kmという巨大な加速器でデータを取るような研究をやっていたのですが、装置を自分で作ってみたくなって、博士課程で東京大学に移り電気工学を学びました。そのうちに装置を自律的に動かすことに興味が出てきて、そこが人工知能の研究のスタートですね。「ひとつの知能を丸ごと作る」というのが僕の目標で、そういった技術はゲーム業界でこそ必要とされているはずだと思って、2004年頃にゲーム業界に入ったんです。でも、当時のゲームで使われていた人工知能は完全なものではなかった。今でも世間で人工知能と呼ばれるものの90%は、人工知能の一部を利用したものです。たとえばAmazonのレコメンドシステムやGoogle検索、ディープラーニング、画像認識などで、こういった単機能のAIの方がサービスにしやすいんですね。でも、僕が作りたいのは、ゲームの世界で本当に生きている、完全な人工知能でした。完璧でなくていいですが、知能として最低限必要な一揃いが作っているという意味で完全な人工知能です。そのためには、ゲームの中に「世界」そのものが存在しなくてはいけない。
中川 なるほど。2000年頃といえば、ゲーム史的には2Dのドット絵の時代から、プレステ革命を経てポリゴンを用いた3DCG表現への主流の移行が完了したくらいの時期ですね。ゲーム世界が3D化すると、物理演算エンジンによって、現実の三次元空間に近い世界を作れるようになる。理念としてのAIは、特定の専門分野での用途に特化したものではなく、人間のような汎用的な問題解決のできる知能を目指すわけだから、知能に対して課題を与える環境の性格が人間のそれに近づくことが大きな意味を持つわけですね。言うなれば、AIがAIとして活動するための最も純粋なフィールドを用意しうる分野が、「世界」や「環境」を生成するテクノロジーとしてのゲームだったと。
三宅 おっしゃる通りです。人間も含め、知能というのは外部の環境に合わせて相対的に生成されるので、単純な世界では知能を複雑にする必要がない。ゲームデザインが複雑になれば、人工知能もゲームを理解するために高い知能を持たなければいけなくなります。僕がゲーム業界に入ったのは、森川幸人さんがプレステで『がんばれ森川くん2号』(1997年)や『アストロノーカ』(1998年)を出した、そのちょっと後くらいでした。
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