ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。『ケイゾク』の続編として企画された『SPEC』は、ミステリドラマにも関わらず、本物の超能力者が登場します。それは「謎」が存在する世界の終わり、インターネットカルチャーとニューエイジ思想が融合した、10年代の「圧倒的な現実」の投影でもありました。
2010年10月8日『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別係対策事件簿~』(以下『SPEC』)の甲の回(第一話)が金曜ドラマ(TBS系夜10時枠)で放送された。
▲『SPEC』
プロデューサーは植田博樹、脚本は西荻弓絵。堤幸彦の出世作となった『ケイゾク』チームが再結集した本作は『ケイゾク』と同じ世界観の続編的な作品という触れ込みで、幕を開けた。
舞台は「ミショウ」と呼ばれる警視庁公安部に設立された未詳事件特別対策係。
捜査一課が取り扱うことのできない超常現象が絡んだ科学では解明できない犯罪を捜査する部署だったが、警視庁の中では、変人が集まる吹き溜まりと見られていた。
所属しているのは『ケイゾク』にも登場した係長の野々村光太郎(竜雷太)とIQ210の女刑事・当麻紗綾(戸田恵梨香)の二人のみ。
そこに元特殊部隊(SIT)所属の瀬文焚流(加瀬亮)が異動してくるところから、物語ははじまる。瀬文は任務の最中に部下の志村優作(伊藤毅)を誤射した疑いで聴聞会にかけられる。突然、隣りにいたはずの志村が目の前に飛び出してきて発砲、そして何故かその銃弾は志村に命中したと瀬文は主張。確かに着弾した銃弾は志村のものだったが、上層部は瀬文が銃をすり替えたのだと取り合おうとしない。真相がわからぬまま事件は迷宮入り。瀬文はSITを除隊となり、左遷に近い形で「ミショウ」に配属となった。
やがて、ミショウに、政治家の五木谷春樹(金子賢)と秘書の脇智宏(上川隆也)が訪ねてくる。懇意にしている占い師・冷泉俊明(田中哲司)が、明日のパーティーで五木谷が殺されると予言したため、調査を依頼しにきたのだ。冷泉は2億円払えば「未来を変える方法」を教えると言う。当麻と瀬文は冷泉の元へと向かい、恐喝の容疑で逮捕する。しかし、冷泉の予言したとおり、五木谷はパーティーで心臓麻痺で命を落とす。
ここまでは『ケイゾク』や『TRICK』(テレビ朝日系)などで繰り返されてきたミステリードラマの展開である。
定石どおりなら、ここから冷泉の予言と殺害のインチキ(トリック)を暴くという展開になるところだろう。しかし、物語は予想外の方向へ傾いていく。
やがて、五木谷を殺したのは第一秘書の脇智宏(上川隆也)だったとわかる。元医師の脇は、無痛針で五木谷にカリウムを注射して殺害したのだ。そして証拠の注射針を天井に突き刺して隠したのだった。
しかし、当麻の推理を聞いた脇は凄まじい豪腕でテニスボールを投げて天井に刺さった注射針を破壊。先に証拠の存在に気づいた当麻たちは注射針を確保していたものの、真相を知られた脇は凄まじい腕力でテニスボールを当麻と瀬文に投げつけ、二人を殺そうとする。猛スピードで動き、瀬文の銃を奪い取った脇は瀬文めがけて発砲。
そこで突然、時間の流れが停止して謎の少年・一+一(ニノマエジュウイチ・神木隆之介)が現れる。
ニノマエは銃弾の軌道を反転させて脇を殺害。そして姿を消す。残された瀬文は、志村の時と同じ現象が起きたことに戸惑うが、何が起きたのかは理解できない……。
いい意味で「裏切られた」と感じた第一話である。
オカルトの皮を被ったミステリードラマかと思いきや、超能力者が本当に登場したのだ。何より驚いたのがニノマエの登場シーンである。いきなり「時間を止める」という圧倒的な力を持ったラスボス的存在が姿を現したのだ。
アナログ放送が終わり、地デジ化へと向かう2010年
この第一話が放送された10月8日のことは、よく覚えている。
筆者はこの日、地デジ(地上デジタル)対応の薄型テレビを購入し、はじめて画面に映ったテレビ映像が、この『SPEC』だったからだ。
『SPEC』が放送された2010年。テレビは過渡期を迎えていた。
翌2011年にアナログ放送が終了して地上波デジタルに完全移行することが決まっていた。その結果、今のアナログテレビでは番組が映らなくなるため、地デジ対応テレビの買い替え特需が起きていたが、一方で、地デジ化によってテレビの視聴者が大きく減るのではないかと、不安視されていた。
同じ頃、WEBではYouTubeやニコニコ動画といった動画サイトが勢いを増していた。テキストが中心だった時代はテレビ局にとっては対岸の家事だったインターネットの隆盛は、動画サイトが登場し、映像の複製と拡散が簡単になると、他人事ではなくなっていた。やがて、映像文化は、テレビからWEBに取って代わるのかもしれない。まるで、超能力者に人類が支配されるかのように。そんな地殻変動の気配が2010年にはあった。
翌2011年に3月11日に東日本大震災が起きたこともあり、今となっては忘れられているが、当時の地デジ化報道の背後には、時代の変化に対する期待と不安が渦巻いていた。
そんな時代状況を反映してか、この年のテレビドラマは、2010年代のはじまりを象徴する作品が多数登場している。
NHKでは後の連続テレビ小説(朝ドラ)ブームの先駆けとなる『ゲゲゲの女房』と大河ドラマの映像をアップデートした大友啓史がチーフ演出を務めた『龍馬伝』が放送。
テレビ東京系ではAKB48総出演の『マジすか学園』と、大根仁の出世作となった『モテキ』が放送され、深夜ドラマブーム、アイドルドラマブームの先駆けとなった。
そして、日本テレビ系では2010年代を牽引する脚本家・坂元裕二の『Mother』が登場。今振り返ると、これらの作品は、テレビドラマの方向性を決定付ける新しい流れの始まりだった。
同時に宮藤官九郎脚本の『うぬぼれ刑事』(TBS系)と木皿泉脚本の『Q10』(日本テレビ系)という00年代を象徴する脚本家の集大成となるドラマも登場しており、2000年代の終わりと2010年代のはじまりを象徴する作品で賑わっていた。
そんな中『SPEC』は、『ケイゾク』の続編ということもあり、00年代の終わりを象徴する過去の作品という印象だった。
すでに『ケイゾク』は伝説のカルトドラマとして神格化されていた。定期的に続編が作られて大衆化した『TRICK』と違い、熱狂的なファンが多い作品だっただけに、続編を作るということの意味はとても重かったと言えるだろう。
『ヱヴァ』と『SPEC』
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