今朝のPLANETSアーカイブスは、takram design engineeringの田川欣哉さんと『魔法の世紀』で知られるメディアアーティスト落合陽一さんの対談の後編です。デジタルネイチャーの到来によって、私たちの社会と価値観はどのように変容するのか。統治機構や経済の脱人間化から、情報技術の発達が生み出す新しい自然観・宗教観まで、来るべき世界のビジョンを徹底的に語り合います。(司会:宇野常寛、構成:神吉弘邦/この原稿は、2016 年4月1日に配信した記事の再配信です)※この記事の前編はこちら。
テクノフォビアと訣別せよ
落合 この前、電車の中でぼおっと、交通事故について思考実験してたんです。自動運転のクルマ同士がぶつかるんですよ。そこへお巡りさんが「じゃ、ちょっと現場を物証しまーす」ってやって来る。「ログデータ見ないとわかんねーな」って、「ログを出してください」って言うんですよ、2台の自動車に(笑)。
で、ログを出してもらうんだけど、それでも分からないから「説明してください」と。「5ミリ秒でここにぶつかりました」「で、こっちのオートシステムが作動しなくなったので当たっちゃいました」みたいなやりとりがあって。「ああそうですか!」ってその通りに調書作ってたら、警察機構の検証なんて存在しないのと一緒ですよね(笑)。
田川・宇野 (笑)。
落合 自動運転車同士の衝突を想定すると、警察機構が形骸化するんですよ。その辺りから、世間の人々はやっとひずみに気が付くんだと思う。「じゃあ、お巡りさんって一体何のためにいたんだろう?」って。
田川 調停者(笑)。
落合 そう、調停者だった。でも、お互いの言い分が食い違わない世界が存在していて、タイムスタンプが押されたデータを交換し合って、「センサーデータはそう反応していた」だけで問題が解決するようになったとき。
その世界における巡査のおじさんの気分って、「自分って関数だな」って思う以外ないですよね。
田川 結局これまでは、人間の振る舞いを機械側が捕捉しきれなかったんだと思うんだよね。例えば「入浴」にしたって、人間って変なこといろいろやるよね。コンピュータ側が人間の多様な振る舞いを捕捉しつくして、理解しにかかってるのが自動運転とかなんだよね。そこでは必ずインとアウトが対応してくる。
落合 関数から出力されたものを関数に入力するループが形成されると新しい関数が生まれるに決まってる。
田川 そう。関数の処理がステップで進んでいく過程を受け切る体勢が、機械側でセンシング的にもアクチュエータ的にも担保され始めると、人間の関数化って一気に進むと思うんだ。
落合 それは超進みますよね。人間はもうデジタルネイチャー化,脱構築化するんだろうなと思うよ。でも、それって幸せなことですよね。「奴隷の世紀」ではなく「魔法の世紀」って名づけることが重要なのであって、ようは心の持ちようの問題なんですよ。本当に「魔法化」っていう言葉が嫌いな人たちがすごくいるんです。「魔法に覆われると人間は退化するんじゃないか」って。そりゃあ魔法使ってるだけの人たちは退化するに決まってんだろ!(笑)。でもそれでいいんじゃないかってことなのに。
田川 そういう人を、英語で「テクノフォビア(テクノロジー恐怖症)」って呼ぶんだよ。講演会とかで話をしていると、よく「社会がそういう方向に進んでしまうことに不安はないのでしょうか?」とか言われるんだけど。
そういうときにはちょっと意地悪に「じゃあ聞きますけど、あなた今、裸足で生活してますか?」と。「靴下と靴を履いている時点で人間機械系なんだけど、それに日々悩んでますか? 『祖先と比べると私の足裏はなんて退化してしまったのか』と日々嘆きながら暮らしていますか?」って言うとさ、反論できる人いないんだよね(笑)。
宇野 それは反論できないですよね。
田川 自動車が世の中に受け入れられていく過程で「馬なし馬車」と呼ばれたり、テレビが普及するときに家具調の箱の中に入れてみたり、これはテクノロジー恐怖症の典型的な現れですよね。
僕の仕事でやっているのは、これから来るテクノロジーをどうやって社会に接続していくかで、そこにデザインの芽生えもあるはずです。
人間中心主義のまやかし
落合 2011年以降、デザインを巡る流れがガラッと変わったじゃない。ちょっと外れたアーティスティックなデザインで評価されていた時代が終わって、takramのようなデザインエンジニアリングに注目が集まるようになった。
今は「デザイン」っていう呼称は本質的にはなくなっていて、ストラテジックなエンジニアリングが美学を持って現れたものを「デザイン」と呼んでいるだけなんだと思う。
田川 『魔法の世紀』には結構デザインの話が書いてあるじゃない。デザインの歴史とか。
落合 第二次世界大戦前後のデザインとか。
田川 純粋に一読者としての興味なんだけどさ、落合くんの話を表層的に聞いていると「この人は人間に関心がなくて、機械にしか興味ないのかな」と思っちゃうよね。でも、デザインについて、あれだけ論じていることを考えると、そんな単純な話じゃない。落合くんの眼差しは、ピンポイントに一点に向かうというよりは、いろいろな分野を多方面的に見てると思うんだけど、本当のところどうなってるのかって気になるんだ。
落合 コンピュータのことをやっていたら、生物がコンピュータにしか見えなくなってきて、それが面白いと思ってるんですよね。森羅万象わりと興味あるし、人間っていう非合理タンパク質機械には心惹かれます。
田川 (爆笑)あぁ、わかったわかった。機械っていう動物園があったら、ヒト科ってのがあって、それはそれでなかなかいいものだ、みたいな話ね(笑)
宇野 人間中心主義とはここ2、300年ぐらいの「流行」に過ぎない、みたいなね。
落合 それまで自然と向き合ってきた人間たちって、そんなに人間中心主義ではなかったような気がするんですよね。
田川 そう思うよ。人間中心主義なんて、完全に機械化の歴史と符号してるからね。「個人」って概念もそうだよね。民主主義の成立の過程で個人という感覚が芽生えたという歴史があるじゃない。
宇野 工業化と市民社会の作った幻想が、カギかっこ付きの「人間」か……。
落合 「人間」イコール映像、イメージの共有文化によって生み出され一人歩きした幻想ってことですよね。
神が死に、今度は人間の番が来た
宇野 恐らくリベラルアーツ的な訓練をしっかり受けた人であるほど、テクノフォビアの傾向が強いと思うんですね。それは間違いなく統治の問題が関わっている。
人間機械系の発想でいくと、今の世の中で代表的なのが民主主義だけれど、それによる統治がうまくいかないのはほぼ明らかになってしまっている。文化的な装置で大衆の内面にアプローチして、熟議に耐えうる「市民」を養成するというビジョンが事実上破綻した今、さっきの自動運転の話のような機械人間系のアプローチの方が、統治の「効率」でいえば圧倒的にいい、という事実への評価ってまた変わってくると思うんですよね。賢い人ほど、薄々それがわかっているから怖いんだと思う。テクノフォビアって言い換えれば今までの自分をかたちづくってきた人間中心主義、民主主義、アート、「個」という幻想。この4点セットを根本から否定されてしまうことへのフォビア(恐れ)だと思うんですよ。
田川 あらゆる思想や思考の土台が溶けちゃうような感じがするから、すごく不安にはなるだろうね。
落合 たしかに。でも、歴史を知っていればそんなに怖くはないような気がするんです。だってコペルニクスが出てきて、キリスト教イデオロギーやばい! 俺たちどうやって思想と思考の土台を保っていこう?! ってなって、デカルトが登場して、ニュートンが登場して、みたいな話でしょう。
田川 そうそう。そこまで引いてみるとね、そうやって人間って進化してきたはずなんだよね。
宇野 逆にお二人に聞いてみたい。そのとき必要なのは、一度民主主義をちゃんと正面から否定した上で次を考えることなんじゃないかと思う。機械人間系の発想で考えると、全体の最適化はそれほど難しくない、だからいつヒトラーが大統領に選ばれるかわからない民主主義よりも、技術的な安全弁をあちこちにつけてマイルドな全体主義やっていく方がいいんじゃないか、って思想は良くも悪くも絶対に力を持ってくる。この問題に思想や文化の言葉の使い手はディストピアSF的な語り口でもいいから向き合うべきだと思う。「テクノロジーは時に人を不幸にする」なんて常識論をドヤ顔で言って満足していないで、自分たちの前提としている人間観のゆらぎ、社会観のゆらぎに向き合わないと誰からも相手にされなくなる。
落合 うん、それはその通りだと思っていて。俺は最近トマス・モアにはまっているんですよ。トマス・モアはキリスト教が宗教改革に覆われていく時期の人で、彼の主著『ユートピア』はルターが95カ条の論題を出す直前に書かれた本です。ヨーロッパの歴史って、キリスト教が死んだことで人間中心主義になっていったんですよね。そのキリスト教が死にかけていたときの人たちは、なにを考えていたのだろうと。
俺はデジタルネイチャー派として、今は「神」の次に「人間」が死にかけていると思ってる。そこでもう一度、過去に戻ろうとしているんだけど、それが宗教に行くのかネイチャーにいくのか、どっちなのかがまだ判別しきれていない。
デジタルネイチャーまでいっちゃうなら、人間の自然観そのものが機械人間系に変わってしまうから、そうなったら俺たちは「機械様」とくっつくことなく離れることなく仲良くやっていけばいいし、むしろ変なルサンチマンは存在しない世界観になっていくと思うんですよ。
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