今回から橘宏樹さんの新連載『GQーーGovernment Curation』が始まります。知識がないとなかなか追うことができない日々の政治の動き。現役官僚の橘さんに、大事だけれど報道されない政府の活動を「官報」から読み解き解説していただきます。第1回では、統計をとって政治に生かそうとする取り組み、EBPMを扱います。
あの『滞英日記』が待望の書籍化決定!
PLANETSのメールマガジンで連載していた、橘宏樹さんの『現役官僚の滞英日記』が書籍になることになりました。
2018年2月1日(木)発売です。
欧州最古の名門総合大学「オックスフォード」、英語圏最高峰の社 会科学研究機関「LSE」の両校に留学した若手官僚が英国社会 のエートスをリアルタイムに分析。大英帝国が没落してなお、国際的地位と持続的成長を保ち続けるイギリスに “課題先進国" 日 本再生のヒントをさぐる、刺激的な留学ドキュメンタリー。 定価3,024円のところ、BASEのPLANETS公式オンラインショップでは2,800円で予約受付中!ご予約はぜひお得なBASEから。
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現役官僚からPLANETS読者のみなさんへ
ご無沙汰しております。橘宏樹です。霞が関で公務員をしている30代男性です。以前、PLANETSで『現役官僚の滞英日記』を2年間(2014年10月~2016年9月)連載しておりました。連載終了後も、宇野編集長や編集部の皆様と、また一緒に企画をやりたいね、とお話しすることがあり、僕にお役に立てることは何かないだろうか、と考えておりました。つらつら考えていた折に、ふとあるアイディアが浮かびました。
みなさん、「官報」を読んでみませんか?
みなさんは、「官報」というものをご存知でしょうか。文字通り、政府から国民への公式な報告です。法律が改正されたとか、各省が法の運用解釈の基準を変えたとか、新しい条約が締結されたとか、様々な国家行政関係のニュースをほぼ毎日伝えています。公的なメディアの名前であり、ネットでも見ることができます。(直近30日分は無料で見れます。)もちろん、官報のうちとても重要なニュースなどはテレビや新聞でも扱われます。しかし、あの法改正やあの動きなどは、我々や社会にとって本来かなり重要なことのはずなのに、なんだかこう、メディアでしっかり取り扱えてもらえてないなあ、と感じることが間々あります。
世の中では、日々色々なことが起きているので、インパクトのあるニュースに埋もれてしまうのは仕方がないことかもしれませんが。ただ、多くのメディアが同じことばかり報道していたり、正直言って、あまり価値があると僕には思えないトピックに長い時間を割いているような気がすることもまた、少なくありません。霞が関の中で働いている国民として、何かできることはないだろうか、と考えました。
「ほんとうに大事な(でも報道されない)こと」を「官報」から読み解く
そこで、メディアにあまり取り上げられていないようだけど、社会と国民にとって大事だと思える政府の動きに、もっと注目が集まるようにしたいなと考え、この度の連載企画を始めることになりました。ある官報の内容や意味について、中央政府の活動を詳しい人が目利きして共有するという意味を込めて、“Government Curation” (ガバメント・キュレーション)と名付けました。編集部では”GQ”(ジーキュー)と呼んでいます。
連載のポリシー
官報には多くの行政行動が書かれています。「官報を読めば行政がわかる!」と言っても、過言ではありません。しかし、正直、専門的でこむずかしいです。背景知識がないとわからないことも多いですし、読んでもおもしろいニュースばかり書いてあるわけではありません。多くの人が内容の意味と価値を理解するには、誰かの「編集」が必要です。なので、それを僕がやってみよう、と思い立ちました。
取り上げる官報の判断基準は、僕の独断に基づくことにしようと思います。PLANETS編集部も、それが良いと言ってくれました。本当は、「メディアにあまり取り上げられていない」と判断する基準については、何かしら客観的(例えば主要数紙で延べ何字以上、主要ニュースで延べ何秒以上報道とか。)な尺度を用いたいなと思ったのですが、手間のかからない良い方法が浮かびませんでした。(ありましたら教えて欲しいです。)なので、「メディアが十分に取り上げられていない」と、『僕が感じている』に過ぎない、という主観の限界にかかることは、あらかじめお断りせざるを得ないと思います。
時事ニュースに引きずられないようにしようとは思うのですが、ニーズを完全に外してしまうのも本末転倒と思いますから、たとえば某国大統領が訪日の折には、外交のトピックを扱うなど、時事的な要素も考慮したいと思っております。
また、なるべく、各省庁の各政策分野を、偏りなく取り扱っていきたいと思いますが、予算規模やシリアスさは均等ではないので、結果的には、取り上げた分野に多少偏りが出てしまうかもしれません。こうしたことをひっくるめて、僕による「キュレーション」としてどうかご理解ください。
いずれにせよ、僕は自分の所属官庁を含めて、どの省の省益もどの党派や利益団体等の意向も一切考慮せずにトピックを選定していきます。僕が誰の手先でもないことを証明することは難しいので、ここは読者のみなさんに僕の志を信じていただくしかありません。どうかよろしくお願いいたします。
一方で、この連載では、しないこと、できないこともあります。たとえば、政権や政策の批判や評価は述べません。公僕の筋(せつ)として行ってはならないと思うからです。
逆に、「メディアは取り上げてくれないけれど政府はこんなに良い取り組みをしているんだよ、もっと知ってね」というステルスな政府広報は決してしません。僕は霞が関内外の知人から情報収集をすることはしますが、連載に政府や各省庁の広報の意図を反映することはありません。「忖度」もしません。この企画はあくまで、独立メディアPLANETSに参加する公務員の人間が、個人のボランティア活動として、行政のリテラシーを社会に提供する企画です。
他方で、内輪の暴露話もしません。基本的に公開情報で原稿を組み立てたいと思います。
それから、政策の目的や経緯、メリット・デメリットの詳細な解説やより本格的な是々非々論については、専門家の方々にお委ねしていきたいと思います。
僕の能力や時間には限界がありますので、この連載では、もっぱら、公開情報を簡潔に編集しながら、独立中立の立場から「この官報は、現状よりもっと注目されるべきであろう」と言及することに集中していきたいと考えています。
僕はこれからきっと、本稿のバランスをとることにとても苦慮することになると思います。しかし、メディアや政府広報の限界を補完し、国民がより正しく政府の行動を理解できるよう、社会的な挑戦をしていきたいと思います。
EBPM(Evidence Based Policy Making)について
さて第一回では、昨今政府内で推進されようとしている、EBPM(Evidence Based Policy Making)について取り上げたいと思います。この単語をお聞きになったことがある方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。直訳すると「証拠に基づく政策立案」です。ざっくり言うと、政策をつくるときに、どの数値をいつまでにいくらにすると、いった数値目標を入れよう。そのためには、まず現状がどうなっているのか、きちんと統計を整理しよう、現状の数値がないならばきちんと把握しよう、という運動です。「統計をきちんととろう」と「統計をきちんと政策に活かそう」という2種類の話が含まれています。
統計データは意外と政策に反映されていない?
たとえば、森川正之(2017)「「エビデンスに基づく政策形成」に関するエビデンス」というリサーチは、データに基づいた政策作りをめぐる官僚の本音をあぶりだしています。これによれば、回答した官僚のほぼ全員が、データに基づいた政策作りの「必要性」を認識しているものの、その半分以上が「(あまり)行われていない」と答えています。その原因としては、「そのような慣行や組織風土がない」「政策がエビデンスと関係なく政治的に決まる」「統計データの解析や研究を理解するスキルが職員に不足」などの事情が挙げられています。
(図表は、森川正之(2017)「エビデンスに基づく政策形成」に関するエビデンス」から筆者作成)
「もうちょっとデータに基づいた行政をやろうぜ」という運動
EBPMが政府内で議論されるようになった経緯は、まず、2015年頃から、GDPなどの最も基本的な政府統計について見直しが必要だという声が出始めました。たとえば、麻生財務大臣は、統計数値の正確性について問題提起をしており、
麻生財務大臣第 16 回経済財政諮問会議議事要旨(平成27 年10月16日)「私どもは気になっているのだが、統計についてである。」
また、2016年には行政改革担当大臣からも、各省がそれぞれ持っている様々な統計数値の整理統合がいまいち図られていないので、なんとかしようという発言があります。
山本内閣府特命担当大臣記者会見要旨 (平成28年8月4日)「是非私としてやりたいのが、政府における経済統計の整理統合です。」
要するに、もうちょっとデータに基づいた政策にしていかないといけない、という主張を、霞が関内部というよりは、政権を担う大臣らが唱え始めたのです。
EBPMが導入されるとこんな効果が期待できます
EBPMで行政ができると、どんな良いことがあるでしょう。やはり、政策の効果がはっきり数字でわかることが一番だと思います。例えば、医療費の増大を抑えたい政府は、国民(特に高齢者)が医者にかからないようにする、すなわち、健康寿命を延ばすことに資すると考え、健康診断の普及を推し進めています。
しかし、「日本の健康診断受診およびその効果に関する実証分析」を行った乾友彦氏(RIETIファカルティフェロー、学習院大学国際社会科学部教授)は、研究結果を要約して「特定健康診断の導入による健康改善効果があまり見られなかった」「今回の研究では健康診断の短期的な効果を測定したに過ぎませんが、結果としてポジティブなエビデンスもネガティブなエビデンスも確認できませんでした。このことは国民の皆さんにお伝えしたいと思います。」と語っています。(RIETI HIGHLIGHT 2017 秋号vol.66より抜粋)定量的な効果の有無をはっきり分析できるものについては、この後の改善策もまた定量的に考えていくことができるでしょう。
それから、もちろん、無駄な政策をやめることで経費削減も可能になります。政府主催の「国・行政のあり方に関する懇談会」で提供された資料では2つの事例が挙げられています。狂牛病(BSE)の後、日本の牛肉の安全性に対する不安を払しょくするために、政府や自治体は大金をかけて全頭検査を長期間行い続けました。安心は感情の問題ですから、定量的・科学的なデータで片付けられない面もありましょうが、それらの出費の全額が安心料として本当に妥当だったのかを検証する材料を提供してくれます。また、次のダムの例のように、将来どれだけの水が必要になるのか、人口推計などのデータをより正確に分析することで、無駄な出費を減らすことができます。
(内閣官房行政改革推進本部事務局ウェブサイト内「国・行政のあり方に関する懇談会」第9回懇談会(平成26年5月16日)「政府の機能強化と守備範囲 ~ 国として担うべき役割を最大限発揮するためには?―「科学的な根拠に基づく政策立案」と「官と民との責任分担のあり方」」データ資料集より抜粋。)
EBPMを導入したい……だけど、ハードルはやはり……
では、政府はどのような体制でEBPMを推進していく計画なのでしょうか。「統計改革推進会議」では、政策の改善を図るPDCAサイクルを確立することや、各府省にEBPM推進の責任者としてEBPM推進統括官(仮称)の設置などが提言されました。これを受けて、現在、各府省が機構定員要求(公務員の人数抑制を行っている内閣人事局に、必要だから人を増やさせてくれ!と要求すること)を行っていました。
「国民の幸せ」をどう数値化するか?
また政府主催の「2017年秋の行政事業レビュー」ではEBPMレビューを実施しました。 秋の行政事業レビューは、ニコニコ動画での生中継されていましたので、ご存知の方も多いかもしれませんね。
ビジネスの世界においては、おカネという絶対的な定量評価基準があるので、あらゆる企業活動はおカネによってコスト・パフォーマンスを測ることが基本です。しかし、政府活動は「国民の幸せ」を目的にしているので、なかなか一律に定量的に測定するのが難しいのです。長期的な利益も数値にしにくいことが多いです。それから、アウトカムをどのように数値化すればよいか、アウトカムを向上させるためには、アウトプットとインプットとの因果関係の連鎖をどのように捉えればよいか。
例えば、警察行政では、「(体感」治安を改善する」のが「インパクト」、「犯罪を減らす」のが「アウトカム」、「逮捕者数を増やす」のが「アウトプット」、「警察官を増やす」のが「インプット(すなわち、政策)」です。では、どのくらい警察官を増やせばどのくらい犯罪が減ると言えるのか。よく議論があるところですよね。
このように、EBPMは万能ではなく、なかなか難しい問題群に突き当たります。とはいえ、財源にも限りがあるので、より経済的・効率的・効果的に政策を実行するためには、もっともっと、統計数値に基づいて政策を立案しなければならない、正しい統計数値を整えないといけない、多くの分野では、新しく創らないといけない、というわけなのです。
より科学的な政策論議のために
現在、日本政府のEBPM導入は手探りしつつも進められようとしています。内閣官房内にもEBPM推進委員会が設置されています。
また、経済産業省の所管する研究所でも、いかにしてEBPMを導入していくべきか、方法を研究する研究会が2017年度から活動を行っています。
独立行政法人経済産業研究所「日本においてエビデンスに基づく政策をどう進めていくべきか-「日本におけるエビデンスに基づく政策の推進」プロジェクト中間経過報告-」
統計や政策の評価や目標の設定方法の話は、地味ですし、専門的な印象からかなかなかスポットが当たりにくいトピックではないでしょうか。また、EBPMの導入によって得する人、損する人を考えた場合、果たしてどちらが多いでしょう。ここがこの政策の成功を左右する最大のポイントであり、僕がみなさまに考えていただきたいポイントでもあります。
より科学的な政策議論を行うために日本政府がEBPMを取り入れていこうというこの取り組みの推移に、今後もみんなで注目していければと思います。
(了)
▼プロフィール
橘宏樹(たちばな・ひろき)
官庁勤務。2014年夏より2年間、英国の名門校LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス)及びオックスフォード大学に留学。NPO法人ZESDA(http://zesda.jp/)等の社会活動に参加。著書に『現役官僚の滞英日記』。現在PLANETSで政府動静を独自の視点で解説する「GQ(Government Curation)」を連載中。趣味はアニメ鑑賞、ピアノ、サッカー等。twitterアカウント:@H__Tachibana
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