本誌編集長・宇野常寛による連載『汎イメージ論 中間のものたちと秩序なきピースのゆくえ』。「文化砂漠」シリコンバレーがとうとうアートギャラリーを得たーーチームラボのアートがシリコンバレーで評価されたことは、ニューヨークやロンドンのマスメディアから皮肉と驚愕を持って受け止められました。なぜ時代の最先端を走るシリコンバレーがチームラボのアートを求めたのか、その理由を解き明かします。(初出:『小説トリッパー』 秋号 2017年 9/30 号)
1 チームラボはシリコンバレーのアイデンティティとなり得るか
「Silicon Valley’s Wealthy Finally Buy Art(When Not for Sale)」(シリコンバレーが初めてアートを買った)――二〇一六年二月十日〈ウォール・ストリート・ジャーナル〉の紙面を驚愕に満ちた見出しが飾った。文化的なものに対しての感度をもたないはずのシリコンバレーの起業家たちが、そのアイデンティティとしてのアートを発見したことを、同紙は「事件」として扱ったのだ。(1)
その四日前に同様の「事件」を報じた〈ガーディアン〉紙に至っては「The ‘cultural desert’ of Silicon Valley finally gets its first serious art gallery」とシリコンバレーを「文化砂漠」と評した上でそこに暮らす人々がアートを受け入れたことへの驚きを表明している。(2)
そして彼らが「はじめて」受け入れ、そのアイデンティティを記述し得るものと位置づけたアート――それは、猪子寿之を中心としたアーティスト集団〈チームラボ〉のデジタルアート群だった。
二〇一六年二月六日から七月一日にかけて、チームラボはシリコンバレーにて、新作を含む全二十作品からなる大規模個展「Living Digital Space and Future Parks」を開催した。同展はチームラボが提携するニューヨークの老舗アートギャラリーPaceが同地に開設した〈Pace Art + Technology〉のオープニングエキシビジョンであり、これはPaceが事実上チームラボ展のためにシリコンバレーに土地と箱を用意したことを意味する。実際Paceにとっても、この開設は大きな賭けだったと思われる。シリコンバレーには元来ギャラリーが少なく、その文化も根付いていなかった。実際、計画発表時にPaceには「シリコンバレーでギャラリービジネスは成功しない」という批判が多く寄せられたという。しかし、Paceは「チームラボと共にシリコンバレーに行くんだ」と述べ、計画を強行した。
そしてオープンと同時に同展はシリコンバレーの人々に、驚きと歓喜をもって迎えられた。Googleの経営陣をはじめとするシリコンバレーの起業家たちが次々と足を運び、故スティーブ・ジョブズ夫人やNetscapeの創業者として知られるマーク・アンドリーセンからも絶賛を集めた(アンドリーセンは自宅のエントランスにチームラボの作品を飾っているという)。その結果が、ニューヨークのマスメディアの皮肉と驚愕に満ちた反応だったというわけだ。
前述の〈ウォール・ストリート・ジャーナル〉紙はこの現象――彼らにとっては理解不能な現象――の発生原因を、同展の展示方法に求めている。デジタルアートという形式上、同展の入場はギャラリーの展示としては異例の、チケット制を採用していた。それは購入を前提としない鑑賞を観客に促したが、逆に起業家たちの入場を誘い作品の購入につながったのだ、と同紙は分析している。
しかし、ほんとうにそうなのだろうか。
ここから先は有料になります
チャンネルに入会して購読する
月額:¥880 (税込)
- チャンネルに入会すると、チャンネル内の全ての記事が購読できます。
- 入会者特典:月額会員のみが当月に発行された記事を先行して読めます。