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中川大地 ふたつの「GO」が照らす〈空間〉と〈時間〉―――『ポケモンGO』『Fate/Grand Order』が体現する脱ソーシャルゲームの道筋 後編(現代ゲーム全史・特別編)

2017/10/31 07:00 投稿

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  • 中川大地
  • 現代ゲーム全史
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文筆家/編集者・中川大地さんの『現代ゲーム全史』刊行から1年余。2015年で完結していた同書の“先”の展開を、特別編としてお届けします。〈空間〉を資源化する脱ソーシャルゲームの領域を切り拓いた『ポケモンGO』、現実の〈時間〉と連動しリアルタイムな臨場感で再神話化を試みた『Fate/Grand Order(FGO)』。2016年に誕生したふたつの「GO」が照らす、翌17年以降の〈複合現実の時代〉の展望に迫ります。 ※本稿は『ユリイカ』2017年2月号特集「ソーシャルゲームの現在」寄稿の同名原稿に加筆修正したものです。 ※この記事の前編はこちら
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『ポケモンGO』現象の限界と特質

 とはいえ、あくまで萌芽は萌芽である。
 現状の『ポケモンGO』には、スマホのカメラで採り込んだ周囲の風景にポケモンの姿を重ね合わせて記念のスクショを撮るといった以上のARらしい仕様はなく、効果的に捕獲していくためには、むしろ余分なAR機能を解除して仮想フィールド画面の中央にポケモンを固定し、まっすぐモンスターボールを投げるという遊び方へと通常は収斂していく。そうなると、プレイ環境こそ野外であれ、そのロケーションであることの意味は実質なく、あくまでスマホ画面の図像を睨みながらタッチパネルをなぞるだけの簡易ビデオゲーム的な作業に終始してしまう。
 それゆえ、多くの場合は周囲の現実空間の場所性に注意や関心が払われることはなく、『ポケモンGO』を地域観光に利用しようとした町おこし担当者らの幻滅を招いてもいる。そのような行為性は、本人および周囲にとって危険か安全かという程度問題とは別の次元で、はたして人間の身体経験として、本当に健全で豊かなものと言えるのか。「『ポケモンGO』は引きこもりゲーマーを外に連れ出したのではない、屋外ですら引きこもれるパーソナルスペースと化しただけだ」という批判は、確かに本質を衝いている。

 実際、プレイ体験の多様性やユーザー間のコミュニケーションが織りなす創発性、土地性と結びつきやすい現実のロケーションへの関心喚起といった特性では、むしろ『Ingress』より多くの面で後退している。『Ingress』の場合は、二大勢力による陣取り合戦という基本設計や、クローズドサロン型のSNSである「Google+」との連動により、比較的知的レベルやITリテラシーの高い層に訴求した。そのため、両陣営のエージェント同士が常軌を超えたチーム連携で競い合ったり、本来のPvPのルールの縛りを超えた協働で、各地のモニュメントにちなんだフィールドアートを構築したりといった事象が世界中で展開され、その高度な創造性が注目を集めたのである。
 対して『ポケモンGO』にあっては、現状そこまでの高度な組織性が発揮された現象は確認されておらず、公共的な社会実験としてのインパクトはいささか見劣りするものに留まっている。逆に『ポケモンGO』のムーブメント性が際立っているのは、参加ハードルの低さによるプレイヤーの裾野の広さと、ポケモンたちのキャラクター性が駆動する欲動の無軌道な強さだ。本作ではPvP的な要素がジムでのオプショナルなバトルに限られ、マルチプレイヤー型の連動性を喚起するゲーム内要素は「ルアーモジュール」によってエリアのポケモンの出現確率を高めて周辺のトレーナーに恩恵を及ぼすといった程度だ。そのため、ユーザーコミュニケーションの在り方も、オープンフロー型のSNSであるTwitterや口コミで拡散された「ポケモンの巣」に大勢のトレーナーが殺到するといったように、ソーシャルというよりも匿名的な准マス型の動員効果として帰結しやすい。

 つまり、『Ingress』が言葉の正しい意味で人間同士の社会性に依拠した「ソーシャルゲーム」であったとすれば、『ポケモンGO』もまた、多くの日本型ソシャゲが辿ったのと同様、相対的に「脱ソーシャル」なベクトルを帯びていたとも言える。その代わりに、図像とパラメーターによって表象される人間ならざる擬似生命との、知的なコミュニケーションには至らない感性的なインタラクションにリソースを割くことで、初めて〝普通の人々〟にも本格的な拡張現実型の位置情報ゲームに挑戦するだけのモチベーションを与えることができたのだと言えるだろう。
 そうした特質が、かつて中沢新一が『ポケモン』が内包する可能性として指摘したような、人類の原初的な心性たる「野生の思考」の恢復と呼びうるかどうかについては、慎重な留保が必要だ。普通に考えて、現生人類のゲノムセットが進化的適応を果たして狩猟採集社会やアニミズムの心性を発達させた熱帯雨林などの複雑多様な自然環境に比べて、現行のスマホ程度のデバイスで合成できるレベルの擬似自然が情報環境として貧弱に過ぎることは言うまでもない。『ポケモンGO』のアプリそのものは、ヒトの環境認知を拡張するデジタル・アニミズムを直接的に実装したものではなく、あくまでもその状態に至るための人間の側の能動的な想像と行為を触発する契機となりうる補助具に過ぎないものだからだ。

 そのように捉え直すならば、現行のプロダクト条件において『ポケモンGO』の人類学的な可能性を最も濃密に体感させてくれるのは、スマホ画面を確認せずにポケモンの出現やポケストップへの接近を振動やLED発光によって通知し、捕獲やアイテム取得をボタン押しで簡易化してくれるオプション機器「ポケモンGOプラス」を使用した場合なのかもしれない。
 このデバイスを用いる利点は、人間の認知にとって支配的すぎる視覚をスマホに占有されることなく、現実世界では見えないはずのポケモンの〝実在〟を、より原初的な体性感覚というチャンネルで感知させてくれることにある。「プラス」の操作性はきわめて記号的でミニマムなレベルに抑えられているが、それだけにトレーナー自身が『ポケモンGO』のプレイングプロセス全体を内面化していることを強く自覚させてくれるのである。本作の体験に野生の思考への接近を見出すとすれば、仏教的な色即是空の洞察にも通ずる、そのような局面を措いては考えられないだろう。

ソシャゲのメディア特性を捉え直した『FGO』

 かようなかたちで、『ポケモンGO』は日本ゲーム外部のグローバルなITカルチャーの脈絡から、現実の〈空間〉を資源化する脱ソーシャルゲームの領域を切り拓いてみせた。それは結果的に、歴史以前の人類の精神性にテクノロジカルに条件付きながらも漸近してゆく、デジタル・アニミズムへの道筋を示唆するムーブメントとなった。
 他方、『ポケモン』の鬼子として奇形的なガラパゴス的進化を遂げていた日本型ソシャゲの内的な脈絡にあっては、このカテゴリーのゲームサービスが資源化してきた〈時間〉のモチーフを主題化し、現実の年月の推移と同期しながら人類史のフィクショナルな捉え直しを試みる高度な物語が展開されていた。
 2015年7月30日にサービス開始された、『Fate/Grand Order(FGO)』である。

 本作は、同人ノベルゲーム『月姫』(2001年)のブレイクを機にメジャーシーンに躍り出たインディーズ出身のレーベルTYPE-MOONが、『Fate/stay night』(2004年)以来積み重ねてきた人気ジュヴナイル伝綺シリーズの系譜の上に、初のスマートフォン向けオンラインRPGとして送り出したタイトルにあたる。ソーシャルゲーム以前からの人気IPを活用したアプリゲーム自体はごくありふれたものだが、『FGO』が傑出していたのは、それまで「Fate」シリーズが築き上げてきた世界観をトータルに捉え直しながら、「たかがソシャゲ」な先入観やジャンル制約にとらわれることなく、質・量ともにシリーズの総決算となるに相応しい正統性と壮大さを備えたシナリオを、惜しみなく展開してみせたことにある。


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