今回のPLANETSアーカイブスは、デザイナー・大西裕弥さんのインタビューです。トランスフォーマーとは?
リアルなメカがロボットに変形する、という斬新なコンセプトを持ったタカラトミーの玩具、トランスフォーマー。2017年で33周年を迎えた異例のロングセラーです。この世界中で大人気の日本発プロダクトは、果たしてどのように作られているのでしょうか。2014年、PLANETS編集部と宇野常寛は葛飾のタカラトミー本社を訪ね、新進気鋭のトランスフォーマーデザイナー、大西裕弥さんにお話を伺いました。大西さんのデザイナーとしての美学から、日本のものづくりの文化と思想が見えてきます。(司会・構成:池田明季哉)
※本記事は2014年9月12日に配信した記事の再配信です。
株式会社タカラトミーが発売している玩具ブランド。車のように現実に存在するさまざまなプロダクトがロボットに変形する。2014年で30周年を迎え、累計出荷数は5億個、販売地域は130カ国にも及ぶ大人気玩具。ハリウッドで映画化もされている。
http://tf.takaratomy.co.jp/toy/
トランスフォーマーデザイナーという職業
――今日は大西さんに、トランスフォーマーとものづくりの美学について伺いたいと思って参りました。トランスフォーマーは世界中に展開されていて、今や知らない人がいないほどの存在感があるブランドです。これほどまでに世界に受け入れられているおもちゃが日本のデザイナーによって作られているということは、これからの文化やものづくりを考える上で、重大な意味を持っているのではないか、と考えています。
ですので今日は、トランスフォーマーというプロダクトの何がこれほどまでに世界中の人を惹きつけるのかを伺っていきたいと思っています。大西さんは近年トランスフォーマーのデザインを手がけているということなのですが、どういった部分を担当されているのでしょうか。
大西 僕は企画からデザイン、開発、そして金型のシミュレーション、さらには試作品をチェックして、生産に回すところまでを一貫してやっていますね。
――なるほど、それは要するにほとんど全てのプロセスに関わっているということですよね。おもちゃのデザイナーって「おもちゃの外見を絵に描いて決める」という部分だけを担当することがほとんどだと思います。デザイナーが企画から金型のシミュレーションまでしているのというのは珍しいですよね。
大西 普通、変形機構を除いた表層的なデザインなどに関しては外部に依頼したりもするのですが、僕は全部自分でやっています。僕を含めた8人ほどのチームで年間120体程度のトランスフォーマーの開発を行っているのですが、全員で制作プロセスのほとんど全般にわたって踏み込んで関わっていますね。
――トランスフォーマーって、ものすごく高度なプロダクトですよね。例えば車のトランスフォーマーだったら、実車のデザインがあって、それと全く異なる形状の人型のデザインがあって、それを繋げて実際に変形できるようにしないといけない。どのようにして実現されているのかずっと不思議だったのですが、デザイナーが全体のプロセスに関わっているからできるということだったんですね。
車をいかにして解剖するか
――実は僕、20年来のトランスフォーマーファンで、今日も私物のトランスフォーマーを持ってきているんです……。
これ、大西さんがデザインされたトランスフォーマー、「ドリフト」です! 世界で最も高級と言われるスーパーカー「ブガッティ・ヴェイロン」が、サムライをモチーフにしたロボットになめらかに変形します。個人的にはトランスフォーマー史に残る傑作だと思っています(笑)。
なぜかというと、このフロントグリルが車とロボットで共通なんですね。非常に細かい話のようですが、ここが重要だと思うんです。映画のデザインに忠実にするのであれば、車のグリル部はダミーと割り切って、ロボットのグリル部を専用のパーツにした方がいいはずだし、構造上はそれが可能です。にも関わらず、敢えてダミーパーツを使わず、共有のパーツを使っている。僕はこのことにすごく驚いて、これを作ったデザイナーさんは絶対に、確固たる美学と思想に基づいてデザインをされていると思ったんですね。
▲ドリフトの変形プロセス。複雑に見えるが、手に取ると意外にも直感的でわかりやすい。車のフロントグリルがそのままロボットの胸部になっているのがわかる。
大西 こんなマニアックな取材は初めてですよ(笑)。ありがとうございます。
宇野 ちょっと僕のほうから聞いてみたいのは、例えば二次元で変形を考えるのと、実際に三次元にしたときにかっこよく変形させるのでは、使う脳がぜんぜん違う気がするんです。「この車をロボットに変形させるときには、このパーツをどこに配置しよう?」というようなことから考えていくんでしょうか。
大西 最近は映画のトランスフォーマーのデザインをすることが多いのですが、映画の変形シークエンスは全てCGで作られていて全く再現が不可能なので、そこはほぼ無視しています。
▲劇場最新作(取材当時)「トランスフォーマー・ロストエイジ」の変形プロセスを含む予告編。15秒あたり、55秒あたりがわかりやすい(YouTube)
その上で、元々の素材の象徴的なパーツを中心に変形を考えていきますね。例えばこのドリフトであれば、このフロントグリルのパーツが象徴的だったので、この部分を胸のパーツにしてやろう、というところからデザインをスタートしていきました。
実車も参考にしたいところなのですが、ブガッティ・ヴェイロンは2億円以上するのでさすがに無理でしたね(笑)。でも仮に実車が見られなくても、海外のおもちゃメーカーでライセンスを取って実車に忠実につくっている模型は必ず買って参考にしています。モチーフが動物であれば動物園に行ったりもしますし、元の素材をしっかりと観察するということは大切ですね。
宇野 なるほど、解剖学的なところがあるわけですよね。車を本来の構造とは別の方法でこんなにバラバラにしている人って、世界中でトランスフォーマーのデザイナーしかいないかもしれないですね。
▲大西さんの開発画稿。車に分割線が引かれている
ダミーパーツを使わないということ――機能と表層を一致させる美学
大西 最初にトランスフォーマーに関わったときは僕も「一体どうやるんだ!?」と思いましたね(笑)。
配属されて最初に作ったのが、飛行機から変形するこの「スタースクリーム」です。非常に苦労したのですが、一週間で全部考えてやりました。
▲「スタースクリーム」。基地遊びを中心にした「メトロマスター」というカテゴリの小型商品。
考えてみれば、この作品からドリフトまで、ダミーパーツを極力使わないという点は僕がデザインをやる上で一貫しているかもしれないですね。スタースクリームは、ロボットに変形したときに胸部に飛行機の機首が来ているという特徴的なデザインのキャラクターなんです。本当は、機首を後ろに倒してしまって、飛行機のときは見えないロボットの胸部に最初からダミーの機首をつけておいた方がデザインをする上では楽なんです。でもどうしてもダミーパーツを使いたくなくて、この小さいサイズでもちゃんと本来の機首が胸に来るようにこだわりました。
▲こだわりの機首の変形
――大西さんがダミーパーツを極力排そうとしているのはなぜなのでしょうか。
大西 近年のトランスフォーマーは、デザインも変形プロセスも複雑化してしまったために、ダミーパーツを多用せざるを得ない時期がありました。ですが、そもそもトランスフォーマーは工業製品ではなくあくまでおもちゃなので、「子どもたちに遊んでもらいやすい」ということが重要なはずだと思ったんです。
例えば同じ車でも、どういったプロセスでロボットになるかは一体一体違う。「どう変形させればロボットになるのか」というヒントがあるからこそ、子どもたちは想像力を働かせることができます。ロボットの完成形を見たときに印象的な部分をダミーパーツにしてしまうと、そういった想像力を働かせる回路が機能しなくなってしまう。それではおもちゃとして面白くないんじゃないかと思ったんです。
宇野 ダミーパーツを使うというのは、変形前と変形後が両方かっこよければそれでいい、という思想ですよね。変形はあくまで手段でしかない。ひとつのアイテムでふたつの形が楽しめればそれでいい、という考え方です。でも本来のトランスフォーマーというのは、変形することそれ自体が目的だという美学があるので、本当ならダミーパーツはないほうがいいわけですよね。
「プロダクトとしての『モノ』そのものの使いやすさを追求したい」(大西さん)
――ファンの目線から言うと、トランスフォーマーはハリウッド映画になったときに、ひとつ大きな転機があったと思うんです。2007年にマイケル・ベイ監督の映画が公開されたとき、実際に走っている車がロボットに変形する衝撃的な映像が全世界に発信された。でもその表現は、いわゆる二次元の嘘というか、超絶CGであり得ない場所からパーツがニョキニョキ生えてくるものだった。にも関わらず、全世界の観客はそこにリアリティを感じて熱狂したんです。それがなぜかと言えば、ひとつの連続したプロセスで無理なく車からロボットになるという独自の美学を持った、手に取れるおもちゃがあったからですよね。
大西 トランスフォーマーの美学というのももちろんなのですが、これはプロダクトのデザイナーとしてのこだわりでもあるんです。僕は「もの」そのものが使いやすい、快適であるということをすごく大切にしています。例えばこれは、まだ発売前の商品なのですが……。
――こ、これは「ブレインストーム」ですね!
▲「ブレインストーム」。アメリカでは2014年末、日本では来年初頭発売予定(取材当時)
大西 はい。これは小さなロボットが大きなロボットの頭部になって合体する「ヘッドマスター」というカテゴリの商品です。80年代にあったおもちゃを、現代の技術でリメイクしたものですね。これはプロダクトデザインの要素をたくさん詰め込んでいます。
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