平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。今回は敏樹先生が出会った「最悪の店」のお話です。年に数回無性に食べたくなるというお好み焼き。しかし、そこには少し暗い思い出が……?
男 と 食 3 井上敏樹
前回は困った料理人について書いた。今回は私の記憶にある最悪の店について書いてみたい。私がまだ小学生だった頃の話である。母親と弟と三人で、親戚の家に遊びに行った帰り、地元の商店街に新しい店を発見した。お好み焼きの店である。店先のウインドに各種お好み焼きの蝋のサンプルがテラテラと光っている。そう言えば母は着物を着ていたような記憶があるので、法事かなにかの帰りだったかも分からない。夕食を作るのが面倒だったのだろう、とにかく私たちは店に入った。ガランとした店内に、客は私たちだけだった。片隅にマンガ雑誌が積まれ、高い所にテレビが点けっ放しの、極く普通の店である。私たちが席に着くと、奥の方から女将が水とメニューを運んで来た。女将、と言ってもセーター姿に髪を引詰めにしたまだ若い女だった。暖簾に『サッちゃんの店』とあったから、多分、サッちゃんである。色白、小顔、雛人形のようで、いい感じだ。私たちがお好み焼きと焼きソバを注文すると、サッちゃんはカラカラと木のサンダルを鳴らし、奥の方に戻っていく。しばらくすると男の怒声が聞こえて来た。サッちゃんが消えた店の奥からである。そしてがちゃんっと何かが割れるような音。空きっ腹を抱えた私と母と弟は黙って顔を見合わせた。
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