ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。東洋的混沌と人工知能の存在論を結びつけた前回。今回は引き続き東洋哲学の視点を参照しながら、人工知能の構造を捉え直します。
(3)混沌が持つ人工知能における意味
機能的な人工知能で十分ではないか、という意見もあれば、対極として、一個の知性としての人工知能を作らねばならない、という意見もあります。しかし、「一個の知性を作り出す」という目標は西洋の夢でもあり、同時に人工知能研究の上でも重要な方向の一つです。たとえ辿り着くことが遠くても、その道程には重要な知見と技術が横たわっています。そして、それは人工知能という概念そのもの、或いは知能という概念そのものを打ち破って行くかもしれません。
図5 多数の要素が相互作用し発展する「力学系」のイメージ
自律型カオス力学系
「機能を突き詰めて存在へ至ろうとする」という方法もあります。現在の人工知能の枠の中で、知能を存在として作ろうとすれば、環境と人工知能の機能的相互連関の中で混沌を獲得するという手法、「自律型カオス力学系」と呼ばれる手法が適しています(図5)。
力学系とは「絡み合う複数の要素が時間と共に変化するシステム」のことです。特にこの力学系が「繰り返す動的な運動をボトムアップに持つ」場合には「自律型力学系」、さらに、外界からのインプットに関してセンシティブ(鋭敏)に運動を変化する場合に「自律型カオス力学系」と言います。イメージとしては、天井からつりさげられたたくさんの振り子がお互い細い糸でつながれている場を想像しましょう。いくつかの振り子を力強く動かすと、力が伝搬して全体として複雑な振り子運動が生成されます。振り子は空間の中にありますが、「自律型カオス力学系」の要素はより高次元の抽象的な空間にあります。これが一般の力学系です。
私自身も知能を「外部環境と内部構造の相互作用による情報の混沌」の中から自律生成されるカオス」力学系として人工知能を構築するという試みに長い間かかわって来ました(これは私の博士課程の頃からのテーマでありました)。現在も続けていますし、またこれからもこの手法が最も有望であると感じています。
人工知能のカオス存在理論
ところが、このアプローチは人工知能の中に閉じている限り、とても数学的でトリッキーなものに見えてしまいます。このアプローチにしっかりとした基盤を与えようとするならば、まず哲学の領域でしっかりとした土台を築く必要があります。さらにより深い基盤として、東洋的な思想の上に構築することが自然です。というのも「混沌からすべてが生まれる」という思想は東洋哲学においてこそ根源的なものであるからです。これは東洋的な知見と西洋な知見をつなぎ合わせるということではありません。知能を作るという試みの中では、自然と東洋と西洋の二つの知見が自然と必要とされます。私の現在の教養ではなぜ、そのような事情になるかはわかりません。東洋だけでも、西洋だけでも、人工知能は成功して良さそうに思えますが、人工知能を作ろうとする行為は、まさにこの二つを世界の潮流を結び合わせる役目を持っているようです。それは我々の見方を逆転させることでもあります。混沌を構成する、という見方ではなく、まず知能とは混沌であり、その表現として「自律型カオス力学系」があるという見方です。ですから知能の根底である混沌を知ることこそが、知能を形成するための最大のヒントであり、それを「自律型カオス力学系」の力をかりて描き出す、ということでもあります(図6)。
図6 人工知能と混沌、そして力学系
ニューラルネットワークと混沌
混沌は人工知能に存在を与えます。一つの混沌からの人工知能の作り方は、「リカレント・ニューラルネットワーク」を用いることです。ニューラルネットワークとは脳の神経回路を模した「電気回路シミュレータ」です。通常、ニューラルネットワークは多層構造を持っており(パーセプトロン型)、入力(感覚)から出力(判断)に向かって信号が進んで行きますが、リカレント・ニューラルネットワークは出力を入力にもう一度戻します。出力と入力が混じり合います。つまり感覚と判断が混じり合います。つまり客観と主観が混じり合います(図7)。
判断と感覚が混じり合うのがリカレント・ニューラルネットワークの特徴です。リカレント・ニューラルネットワークを動かしていると、次第に、このリカレント・ニューラルネットワークを構成する要素の間に「自律型カオス力学系」が出現します。正確には、その場合、ニューラルネットワークは少し複雑な構造を持つ必要がありますが、本質的には自己ループバック構造と世界とのインタラクションの中からカオスが生まれます。
図7 リカレント・ニューラルネットワークと自律型カオス力学系
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