『この世界の片隅に』をこの世界の隅々に!(後編)
【特別対談】片渕須直×のん(能年玲奈)『この世界の片隅に』をこの世界の隅々に!(後編) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.736 ☆
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【特別対談】片渕須直×のん(能年玲奈)
『この世界の片隅に』をこの世界の隅々に!(後編)
『この世界の片隅に』をこの世界の隅々に!(後編)
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2016.11.18 vol.736
今朝のメルマガでは、11月12日(土)に公開となった映画『この世界の片隅に』の監督・片渕須直さんと、声優として主人公すず役を演じるのんさんの対談の後編をお届けします。
後編では、物語後半に、主人公・すずが陥った困難な境遇を、のんさんと片渕監督がどのように咀嚼し、演技と映像に落とし込んでいったのか。作品の舞台となった呉を訪れたときの印象。登場人物のネーミングの秘密などのお話を伺いました。
※本記事には作品内容のネタバレ情報が含まれています。映画を未見の方はご注意ください。
▼特別ビデオメッセージ
片渕監督とのんさんからビデオメッセージをいただきました!
▼プロフィール
片渕須直(かたぶち・すなお)
アニメーション映画監督。1960年生まれ。日大芸術学部映画学科在学中に宮崎駿監督作品『名探偵ホームズ』に脚本・演出助手を担当。『魔女の宅急便』では演出補を務めた。監督作に『名犬ラッシー』、『アリーテ姫』、『ACECOMBAT 04』ムービーパート、『ブラック・ラグーン』『マイマイ新子と千年の魔法』、NHK復興支援ソング『花は咲く』短編アニメーションなど。
のん
女優、創作あーちすと。1993年7月13日生まれ。趣味・特技、ギター、絵を描くこと、洋服作り。オフィシャルブログ
©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
▼ストーリー
1944(昭和19)年2月。18歳のすずは、突然の縁談で軍港の街・呉へとお嫁に行くことになる。新しい家族には、夫・周作、そして周作の両親や義姉・径子、姪・晴美。配給物資がだんだん減っていく中でも、すずは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。
1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの艦載機による空襲にさらされ、すずが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。
そして昭和20年の夏がやってくる―。
11月12日(土)八丁座、広島バルト11、T・ジョイ東広島、呉ポポロほか全国公開。
http://konosekai.jp/◎取材・構成:中川大地
◎写真:金田一元・ホリーニョ
本記事の前編はこちらから!
■「日常」が喪失していく物語の転調
©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
―――ここからは、公開から1週間経って映画をご覧になった人も増えたかと思うので、物語後半の展開についてもお伺いしていきたいと思います。戦争がどんどん進んでいって、呉への空襲が始まって、防空壕とかに逃げ込むようになって、それでどんどん爆弾が落ちていく。そんな、最初は非常事態だった出来事が、それ自体がだんだん日常になっていく感じになるじゃないですか。
そうやって前半に積み重ねていったすずさんの日常が別の何かに置き換わっていって、ついにすずさん自身の大切なものも失われていくという、劇的な展開に徐々になっていくわけですね。そのあたりは、どのように役作りをディレクションされていたのかな、と。
片渕 なんだろう。ディレクションっていうことで言うならば、あの辺までくるとシチュエーションがものすごいハッキリしてくるので、そのシチュエーションを正確に再現していけば良いかなという感じだったので、こちら側から補うことはほとんどなかった気がします。
興味から言うと、右手がない人の声を演じるのって、演じる側としてはどういう意識だったのかなとかなあとかは思いますけどね。なんか突きつけたぞ、今(笑)。
のん ……また難しいことを! うーんと、そうですね。うーん、はっきりした意識ではなくて、漠然と納得できないっていう思いが渦巻いていて。で、晴美さんに自分が着いて行ったのにっていう申し訳なさとかも、もちろんすごくあるんだけれど。なんだろう、根本的にもう、そういう状況になってしまっているっていうこと自体に悔しくなっている。
自分の右手がないっていうのとかは、その納得できない、悔しさの思いの象徴みたいな……なんだろ。すごくここから逃げたいっていう思いが強くなっていったのかなという風に感じました。
片渕 前編の話題で、役を演じることには自分が自分でなくなっちゃう怖さがあるって僕言ったじゃないですか。それは、右手がないっていうことの感覚とちょっと似ているような感じがして。右手を失ってしまうすずさんを描こうと思っているうちに、なんだか本当に自分が右手のない人になるみたいな感覚があった。
それは単純に物理的に右手がなくなるということじゃなくて、その瞬間にやっぱりすずさんが別のものに変えられちゃったような気がするんですよね。今までのすずさんの普通が普通でなくなってしまうという意識が、僕の方ではすごく強くあったような気がするんですよ。
でも、すずさんは広島から妹のすみちゃんが尋ねてきたら、普通に「よう来たね」って言ってしまうという、それまでにもあった二面性が、ものすごく極端になっていく……みたいな。それが、あの「歪んどる」というようなセリフに結びついていくのかな。だから、すみちゃんが来た場面では、たしか「本心ではない感じで演ってくれ」みたいなことをのんちゃんに言ったような気がします。
で、声を収録した後に絵の方の表情も描き直したりしてるんだけど、作画監督の松原秀典さんが最後まで悩んで描いていたという。すみちゃんが来た時に、どこで表情が変わってニコッと笑うのか。それまでは自分の右手がないことについて「あの時、これこれこういうことをした右手が……」って感じで落ち込んでいたのに、妹が来た瞬間にすずさんは微笑むんだよね。その微笑む瞬間がどこかっていうのは、声の方も絵の方も、結構難しいことだったような気がするんですよね。
のん ああ……。なんか私が思ってたのは、「この人に会った時にはこういう自分がいる」っていう意識だった気がします。「この人にはここまで見せていい」みたいな感じで、すみちゃんといるときのトーンと、径子さんとか周作さんといるとき、水原さんといるときとか。表に出てくるものは全然普通で、ほとんど変わらないように見えるんだけれど、なんだろう。使っている部分が違う。自分の中の使っている部分が違う……というか。そういう感覚なのかなあ、とは思ってたんですけれど。
片渕 うん。だからあれかなと思って。周作が来て、「怪我しとるんか」っていう一言で済ました時に、右手がないっていうことで別の人間に変えられていたはずの自分が、元の人間に戻されたみたいな感覚があって。それがなんか、実はものすごい救いになっていたんじゃないかということなんですよ。これが『アリーテ姫』みたいなファンタジー物だったら、魔法にかけられていて完全に別の存在に変えられていたものが、あそこで元の人に戻してもらったみたいな、ね。そんな感じが、あの場面ではしていて。
もちろん、それだけではすずさんの苦悩は決して晴れないんだけれど、でも意味合いとしては、そういう救いのヒントになってゆくセリフだったんだろうなと思う。
©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
■呉・広島の土地性が語りかけるもの
―――試写で完成した映画を見た時の、ご自分の中で改めての感想はどうでした?
のん 本当に素晴らしい作品に参加させていただいたなってことに尽きますね。公開したら観客としていこうかなと思ってるんですけど。
片渕 多分一番最後のところまた増えてるから。
のん え、そうなんですか?
片渕 クラウドファンディングの人の名前が何千人分か乗っかって、そこにも絵がついてるから、だいぶ変わってますよ。だからお楽しみに。
―――すでにマスコミ試写や先行上映で観た人たちからの反響がものすごいじゃないですか。その反響の中で、「え、こんな感想あるんだ」とか、特に嬉しいなって思ったものって何かありますか?
のん なんだろう、えーっと、「方言の違和感がない」っていうのは嬉しかったですね。
片渕 「自分は呉出身なんだけど、こんな方言だらけだと他の地方の人に伝わらないかもしれないから字幕つけたほうがいい」って言ってる人もいたよね。僕も広島の方言が本当にできてるかどうかはわからないんだけど、すごく苦労した部分だったし、普通に「広島弁が上手にできてます」と言われるよりも、本当に「やった!」と思えますよね。
―――映画のプロモーションイベントでお二人で広島や呉にも行かれて、劇中の舞台を訪ねられたそうですね。元々は、原作のこうの史代さんから教えてもらった場所なんですか?
片渕 原作を読んで、この作品をやりたいと思ったのが2010年の8月なんですよ。で、こうのさんに手紙を出したんだけど、いろいろ忙しくて全然会えなくて、初めて会えたのが確か2011年の6月。だから10ヵ月間くらいタイムラグがあるわけです。その間に自分たちで呉とか広島に2回くらい行って、原作の「この橋は◯◯橋だな」とか、「この向こうに見えてるのは◯◯島だな」とか、「すずさんが描いた絵はこうなっているから、この方角からこういう風に見たんじゃないか」とか、全部地図で照らし合わせながら勝手に調べていったんですよ。
▲ すずと周作が呉市街でのサプライズデート後に語らう小春橋から、北條家のある灰ヶ峰の方向を望む。
で、そういう考証をやった上で、こうのさんに会ったら、初対面なのに「あの場所がこの場所が」って話ができたんですね。もし最初からこうのさんに会って、「あの場面はここなんですよ」とか言われてたら、この作品はそんなに深まらなかったのかもしれない、という気がちょっとしますね。そういう自分で見つけたという感触のある、すずさんのホームグラウンドを見ておいてほしいと思ったので、イベントの合間の自由時間にのんちゃんを連れて案内したわけです。
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