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『月刊少女野崎くん』に現れた深夜アニメ表現の現代的射程
(『石岡良治の現代アニメ史講義』
10年代、深夜アニメ表現の広がり(4))
【毎月第4木曜配信】
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2016.8.25 vol.675
http://wakusei2nd.com

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今朝のメルマガは『石岡良治の現代アニメ史講義』をお届けします。2010年代に入って「難民アニメ」を数多く手掛け、男性視聴者を中心に支持を拡大したスタジオ「動画工房」。今回は、動画工房アニメのなかでも例外的に男女双方からの支持を獲得し、最大のヒット作となった『月刊少女野崎くん』の現代性を考察します。


▼プロフィール
石岡良治(いしおか・よしはる)
1972年東京生まれ。批評家・表象文化論(芸術理論・視覚文化)・ポピュラー文化研究。東京大学大学院総合文化研究科(表象文化論)博士後期課程単位取得満期退学。青山学院大学ほかで非常勤講師。PLANETSチャンネルにて「石岡良治の最強☆自宅警備塾」を放送中。著書に『視覚文化「超」講義』(フィルムアート社)、『「超」批評 視覚文化×マンガ』(青土社)など。
『石岡良治の現代アニメ史講義』これまでの連載はこちらのリンクから。
前回:「難民アニメ」から見えてくるコミュニケーション型消費の現在(『石岡良治の現代アニメ史講義』10年代、深夜アニメ表現の広がり(3))


■ポスト京アニ的な身ぶり表現を展開するスタジオ「動画工房」

 ゼロ年代以降の深夜アニメにおいて制作スタジオの「シャフト」「京アニ」が象徴的存在となったことは広く知られており、この『現代アニメ史講義』でも独立して扱いましたが、2010年代に入り存在感を見せているスタジオに動画工房があります。動画工房は前回扱った「難民アニメ」すなわち「きらら系」原作ものを得意としており、近作では『三者三葉』や『NEW GAME!』がそのカテゴリーに当てはまります。実際には様々なタイプのアニメの元請をしていますが、現在アニメファンが「動画工房的」と聞いて思い浮かべる作風は、『ゆるゆり』(2011年)以降のものになり、監督としては太田雅彦や藤原佳幸を挙げることができます。
 動画工房の作風について、明確な特徴を挙げることは難しいのですが、京アニが得意としているキャラクターの身ぶり・しぐさの作画を、「きらら系」のデフォルメされたデザインに乗せつつ洗練させている、と言えば良いかもしれません。『未確認で進行形』(2014年)や『NEW GAME!』(2016年)のOP動画を見るとある程度明らかだと思います。京アニの『けいおん!』(2009年)は原作絵のデザインを変えることで、やや寸胴にすら見えかねない体型のキャラたちのしぐさを半ばリアル寄りに描いていましたが、動画工房の場合は、特にきらら系原作アニメでは、キャラクターデザインを原作絵に近付けつつ、ポスト京アニ的な身ぶり表現を手堅く展開しています。
 このような作風のアニメは、現在ではもっぱら男性向けとみなされる傾向があります。だいたい二昔前ぐらいまでは、男性キャラ中心の作品=男性向け、女性キャラ中心の作品=女性向けという了解がありましたが、今では完全に逆になっています。例えば、『黒子のバスケ』や『ハイキュー!!』のようなスポーツマンガや『おそ松さん』のキーヴィジュアルを目にすると、現在のアニメファンは「これは腐女子などに受けそうだ」と考えずにはおれないはずです。ですがもちろん赤塚不二夫の『おそ松くん』は、もともとは1960年代の週刊少年サンデーに掲載された少年マンガで、当時は男性が主要なターゲットでした。また逆に、きらら系難民アニメに典型的な女性中心のヴィジュアルイメージを見た時、現在のアニメファンの多くは、まず男性向けアニメと考えると思われます。
 『ゆるゆり』が「ゆるい百合」から取られているように、深夜枠で多く見られる女性キャラ中心のアニメでは、純然たる友情よりは若干恋愛感情寄りでありつつも、現実のレズビアンと比べるとかなりデフォルメされた関係性がしばしばみられます。この事情はBL作品と現実のゲイ男性とのズレとも似ていて、一般に、現実のセクシャルマイノリティと、オタク文化に現れるセクシャルマイノリティの表象にはしばしばズレが見られます。BLにしろ百合にしろ、ときに性差別的な表現も現れるので、考察には一定の慎重さが求められますが、それでもここで少し考えてみたいのは、なぜ現在の男性向けアニメに女性キャラ中心のものが多いのかという問題を、性的な表現の観点から検討していくことです。


■深夜アニメに典型的な性的モチーフの変容

 深夜アニメでは、今でも「水着回」「温泉回」(いずれも観光リゾートの基本であることは注目されます)が定番となっていますが、少し前のアニメではよく見られた、男性が女性の着替えや裸を直接覗きに行くようなセクハラエピソードは、現在では激減しています。代わってしばしばみられるようになったのが、男性が男性、女性が女性の裸体に関心をもつという仕方での、形を変えた「セクハラ」モチーフです。ここには同性愛差別的な要素が皆無とはいえず、また性的な表現の妥当性の感覚はいつの時代でも決して安定しているとは言いがたいので、はっきりした根拠で断定できる事柄は残念ながら多くありません。けれども、例えば1960-80年代ぐらいまでのアニソンに顕著に見られた「男らしさ」「女らしさ」を強調するタイプの歌詞が現在激減しているように、性規範的な役割についての規定が流動的になる傾向は明らかでしょう。
 しばしばオタク文化は性差別的と非難されますが、私は一定の留保が必要だと考えています。それは今述べたように、過去と現在のアニメ表現を比較すると、時代ごとの諸々の規範の変化に伴い、性的な表現に関する許容可能性の感覚も変化していること、そして、深夜アニメでは性的な表現が一つの売りとなっていることが無視できないと思うからです。『ドラゴンボール』の亀仙人のような振る舞いは、今ではゴールデンタイムで許容されることはほぼなく、深夜アニメでも即座に撃退されるネタキャラであることが通例でしょう(ジャンプ系で言うなら『To LOVEる』の校長が典型です)。


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