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痛車・スポコンと〈欲望ドリブン〉の美学
(根津孝太『カーデザインの20世紀』
第9回 国産スポーツカー・後編)
【毎月第2木曜配信】
痛車・スポコンと〈欲望ドリブン〉の美学
(根津孝太『カーデザインの20世紀』
第9回 国産スポーツカー・後編)
【毎月第2木曜配信】
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2016.4.14 vol.564
今朝のメルマガではデザイナー・根津孝太さんの連載『カーデザインの20世紀』をお届けします。今回は前回に引き続き、国産スポーツカーを取り上げます。スポーツカーに託されるカッコよさが変化していく中、意外な場所に花開いた新たなデザインに迫ります。
▼プロフィール
根津孝太(ねづ・こうた)
1969年東京生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。トヨタ自動車入社、愛・地球博 『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務める。2005年(有)znug design設立、多く の工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、企業創造活動の活性化にも貢献。賛同 した仲間とともに「町工場から世界へ」を掲げ、電動バイク『zecOO (ゼクウ)』の開発 に取組む一方、トヨタ自動車とコンセプトカー『Camatte (カマッテ)』などの共同開発 も行う。2014年度よりグッドデザイン賞審査委員。
本メルマガで連載中の『カーデザインの20世紀』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。
前回ご紹介したのは、世界の自動車史に残るであろう日本のスポーツカーたちでした。これらは車メーカーがその威信をかけて開発したものでしたが、現代においてメーカー主導の国産スポーツカー開発は様々な理由から厳しい状況が続いています。
一方で、日本のスポーツカー文化は70〜90年代にかけてユーザーたちがカスタムを繰り返しガラパゴス的に進化した結果、2000年代以降はまったく別の文脈で世界から注目を集めるようになっています。第4回でお話しした「バハバグ」のように、「メーカー主導」ではなく「ユーザー主導」で育まれた文化が、オリジナリティの高い独自の文化として受け止められているんですね。
今回はそんな日本のスポーツカー文化が創り上げたもうひとつの可能性である「スポコン」「ドリフト」、そして「痛車」について掘り下げていきたいと思います。
■スポコン:強者に挑む弱者のスポーツカー
「スポコン」は「スポーツコンパクト」の略で(「スポーツコンバージョン」の略とする場合もあります)、アメリカ西海岸で80年代後半から90年代にかけて流行したスタイルです。日本にも90年代後半から逆輸入され、全盛期には専門の雑誌が発売されるほどでした。基本的には、日本のコンパクトサイズのスポーツカーをベースに、派手なドレスアップを施したカスタムカーのことを指します。アメリカンカーカルチャーの本場とも言える西海岸で日本車ベースの改造が流行した、というのはなんだか不思議に聞こえますが、これには面白い理由があるのです。
▲『ワイルドスピード(2001年)』(出典)
スポコンを描いた映画に「ワイルドスピード」シリーズがあります。これはストリートレーサーたちによるド派手なカーアクションばかりが全編続く、車好きの車好きによる車好きのための映画です。1作目『ワイルドスピード(原題:The Fast & The Furious)』と、2作目『ワイルドスピードX2(原題:2 Fast 2 Furious)』が主にスポコンを取り扱っています。
「ワイルドスピード」シリーズは、マッチョな男たちが改造車で無謀なカーレースを繰り広げる、ちょっと古臭い美学の映画だと思われているところもあります。しかしそんな映画が2000年代から現在に至るまで、実に8作も作られている人気シリーズとなっているのには、きちんとした理由があると思っています。
「ワイルドスピード」はアメリカの映画なのですが、主役車は1作目がトヨタ・スープラ、2作目が三菱のランエボとエクリプスと、どちらも日本車となっています。特に日本人が出てくるわけでもなく、日本にゆかりがあるわけでもありません。にもかかわらず、ハリウッドのカーアクション映画で主役が日本車というのは、なかなかの大抜擢です。
▲1作目の主役、トヨタ・スープラ。上がオリジナル、下が劇中仕様のカスタムカー。オレンジメタリックのカラーリングと、派手なステッカーが目を引く。(出典)
1作目の物語は、警官のブライアンが、度重なる貨物車両襲撃事件の囮捜査でストリートレースチームに潜入、しかしチームのリーダーであるドミニクと次第に絆を育んでいく、というものになっています。2作目は引き続きブライアンが登場し、旧友ローマンと共に麻薬密売組織壊滅のため再び潜入捜査を行います。
興味深いことに、劇中に登場するストリートレーサーたちは世界各国からやってきた移民で、生粋のアメリカ人は主人公・ブライアンぐらいです。そして移民のストリートレーサーたちはみんなバリバリのカスタムカーに乗っているのですが、ベース車はほとんどが日本車で、これが「スポコン」と呼ばれるものです。
▲2作目の主役、三菱・ランサー エボリューションVIIと、同じく三菱・エクリプス。エクリプスは当初、スパイダーにちなんで蜘蛛の巣のようなステッカーだったそうだが、搭乗するローマン・ピアース役のタイリース・ギブソンが自らデザインし直したという。(出典)
アメリカのスポーツカーの主流は、大柄な車体にハイパワーなV8エンジンを載せたマッスルカーです。V8はほとんど信仰と言ってもいいほどの強い支持があります。これは大排気量でとにかくガソリンをたくさん消費して、パワーで押し切ってスピードを出す、というものです。「ワイルドスピードX2」に悪役(?)として登場するシボレー・カマロSSや、ダッジ・チャレンジャーがその典型で、両方ともエンジンはV8です。要するにこういったマッスルカーは、アメリカ社会の中心にいる白人男性たちのカーカルチャーの象徴なんですね。
▲シボレー・カマロSSとダッジ・チャレンジャー。V8エンジンを搭載する、アメリカンスポーツカーを代表する車種。ロングノーズ・ショートキャビンの典型的なデザイン。(出典)
一方、外からやってきた移民は貧しく、こうしたスポーツカーを買うことは容易ではありません。でも人間、負けているところがあるからこそ、どこかでは勝ちたいと思うのは前回お話しした通りです。白人のマッスルカーに対抗するために、安くて高性能な車が求められ、そこで日本のスポーツカーが評価されたというわけです。日本のスポーツカーは、パワーで押し切るマッスルカーとは異なり、全体のバランスを整えてテクノロジーでパフォーマンスを引き出すという思想で作られているからなんですね。
「ワイルドスピード」の劇中でも、スープラでフェラーリに勝つシーンがありますが、こうした小気味よさに、様々な人種の坩堝(るつぼ)であるアメリカの人々も共感したということでしょう。そういった意味で日本車はアンチ白人、アンチV8として、アジア系やラテン系の移民の感情移入の対象となったんです。
マッスルカーがメインカルチャーだとしたら、日本車はサブカルチャー。アメリカにおける日本車のスポコン文化は、「バハバグ」の回でもお話ししたカウンターカルチャー的な意識に駆動されているんですね。
▲『ワイルドスピードX2』冒頭でレースを繰り広げる4人。ラテン系、韓国系、アフリカ系とバラエティに富むメンバーだが、乗っているのは全て日本車。(出典)
スポコンが面白いのは、改造して速さを追求するだけでなく、競うようにして独特なセンスのグラフィカルなドレスアップが施されるようになったことです。まさに映画に登場するような、蛍光色に近いほどの鮮やかなカラーリングにド派手なステッカーが「スポコンらしい」デザインです。他にも巨大なオーディオユニットを入れたり、ネオン管やLEDで各部を光らせたり、実際の走りとは関係ない部分のカスタムもよく行われます。
こうした独特の美学は日本にも逆輸入され、ひとつのブームになるほどの盛り上がりを見せました。これまでとは全く異なる文脈で日本車が評価されたことも面白いのですが、ドレスアップへの情熱は、速さを追求することとはまた違った、「魅せる」スポーツカーの魅力を物語っているように思います。
▲「ドレスアップカーマガジン」2005年4月号。上部に「SPORTS COMPACT」の文字がある通り、この時期はスポコン専門誌だった。ブーム全盛の雰囲気が感じられる。(出典)
■ドリフト:「追い抜く」走りから「魅せる」走りへ
そして、日本産スポーツカーのこうした「魅せる」という側面を象徴するのが「ドリフト」という文化です。
「ワイルドスピード」シリーズの3作目は、とうとう日本で、しかも東京で撮影されることになりました。それが『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT(原題:The Fast and the Furious: Tokyo Drift)』です。これはその名の通りドリフトをメインに据えた映画になっており、俗に「ドリ車」と呼ばれるドリフト仕様の日本車が多数登場します。
▲『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』(2006)(出典)
これまでのシリーズでは、主人公たちはひたすらにスピードを追求していました。「TOKYO DRIFT」でも基本的には同じなのですが、それに加えて、ドリフトの美しさを追求しようとする姿が描かれています。
▲映画に搭乗する「ドリ車」、日産・シルビア。「ドリフト界のモナリザ」と呼ばれる。劇中では序盤で廃車になる。(出典)
▲同じく映画に搭乗するマツダ・RX-7。外装にも手が加えられ、一見RX-7がベースとはわからない。人気を博したため、続編にも登場する。(出典)
ドリフトというのは、コーナーで敢えてタイヤ(主に後輪)を滑らせることで高速走行するテクニックです。これによってより速くコーナーを脱出できたり、小回りを利かせてきついカーブをクイックに曲がります。もともとラリーなどで広く使われていたのですが、80年代の日本で、いわゆる「走り屋」と呼ばれるストリートレーサーたちが、タイトなカーブが連続する峠道をより速く走るために、高度に技術が発展していきました。『グランツーリスモ』『リッジレーサー』などのレースゲーム、もしくは『頭文字D』のような走り屋漫画が好きな方であれば、よくご存知かと思います。
▲しげの秀一『頭文字D』。「走り屋」を描いた代表作。ドリフトの描写も多い。(出典)
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