4、また逢う約束
農家についたころには、真夜中になっていた。
入り口には明かりがつけられ、心配そうにその前を行ったり来たりしている人影があった。
「おじさーん!」
「おお、うきちゃん!」
燃ばバイクを止めると、うきはひらりと飛び降りた。
「無事だったかー。よかったばい」
男性がうきの両手を握る。泣き出さんばかりだ。
「大丈夫。ちゃんと話をつけてきたから。もうここには手出しせんようになった」
「よかったー! だけんど、どんな魔法を使ったんだい?」
燃が横から答えた。
「何事も気遣いが大事、ってとこかしら」
うきと燃は顔を見合わせた。それから、二人同時にプッと吹き出し、笑い出した。
★ ☆ ★
「……あはは、今日はいろいろあったけど、楽しかったわ」
「ふふ、わたしもです。燃さんとも知り合えたし。また、来てくれますか?」
「もちろん……あ、そうだ」
燃は胸元から小さな紙袋を取り出した。店に忘れられた、燃が研究所から盗み出したと言っていたものだ。
「これ、あげるわ。もとはその辺にあるものだけどね」
うきが包みをひらくと、小さな細長いものがいくつも入っていた。
「何かの、種……?」
「そう。コスモスの種。宇城市の花よ。あなたのお店の周りが、花でいっぱいになったら素敵だと思わない?」
土蔵の白壁に映える、色とりどりのコスモス。
風が吹くたびにゆらゆらとゆれて、雨上がりにはきらきらと雫が光る。
まだ見たことのない光景だが、ありありと想像することができた。
「ええ、とても……とても素敵」
「何もかも人工物じゃ面白くないじゃない? 盗んだのはささやかな私の反抗。でも、植えるところがないのよねぇ。だから、うきちゃんのところで咲かせて」
「はいっ! ありがとうございます」
燃はうきにウインクして、詠うように言った。鹿児島おはら節の一節だ。
「花は霧島、煙草は国分。だけど、コスモスに白玉だって風流だよねぇ」
うきはこくんとうなずいた。
「次にお店に来て下さるときは、花いっぱいにしておきます」
「それは楽しみねぇ。じゃあ、次来る時までの約束」
「ええ。約束」
ゆびきりげんまん。小さな、それでいて忘れちゃいけない決まり事。
絡めた小指を離し、二人は笑いあった。
「それじゃ、またね」
「ええ。気を付けて」
燃はバイクにまたがった。エンジンが吹き上がる。
うきが見送る中、燃は颯爽と走り去った。後には一陣の風が残されただけだった。
5、ほんの少し違ういつもの日
翌日。
「おはようございます、女将さん」
「おはよう、うき。昨日はずいぶん大変だったみたいだけど、大丈夫?」
暖簾を出しながら、うきは答えた。
「はい。もう全然平気です。お店開けますね。わたし、お掃除してきます」
ほうきを持って、うきは外に出た。今日も快晴。
しゃっ、しゃっ……。規則正しくほうきを動かす。
「おはよう、うきちゃん。今日も精が出るね」
「おはようございます、今日もいい天気ですね」
地面を掃く手を止めて、うきは丁寧にお辞儀をした。
「今日は寄らせてもらうわ。昨日の用事で疲れたから、のんびりさせて。『うぐいすや』の白玉ぜんざいは日本一、だけんねぇ」
「わあ、うれしい。お客さんがそう言ってくれると、頑張ってこうって思いますばい」
暖簾を上げて、客を店内に案内する。
「女将さん、白玉一丁。お疲れみたいだから、ちょっと甘めに」
「あいよー」
いつもの通り、鉄瓶に炭火で沸かした茶を出し、うきは外に出た。
懐から、小さな紙包みを取り出す。中身を手のひらに開けて、土蔵の壁際にぱらぱらと巻いた。
じょうろに水を汲み、優しく撒く。
コスモスの花が咲くころには、また燃が来てくれる。
いっぱいになった花を見ながら、また二人で椅子に座って、ぜんざいを食べよう。
うきは空を見上げた。遠く雲仙の山を霞めて、入道雲が見えた。
夏は、すぐそこまで来ていた。
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