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この一週間、授業に身が入っているかと言えば、ノーと言わざるを得ない。
教師たちが話しているとき、教科書を眺めているとき、どうしても脳裏に、あの魔法の戦いがよみがえってくる。
猛獣を超える速度、灼熱の炎、飛び交う弾丸、身の毛もよだつ異常結界――それらすべてをエンターテインメントとして楽しめと、数百年を生きるあの魔女は言う。
そして零次が勉強に集中できていないことを見抜いた彼女は、とても喜んでいる。それほどまでに魔法に心が囚われているということだから。
何もかも、メルティの思惑どおりになっている。
それはもう仕方がない。そう割り切った上で、今後の生活方針を定めなければならない。
メルティが自分を利用し、自分もメルティを利用する。その関係を保つには、受け身ではいけないのだ……。
「きりーつ、礼!」
ホームルームが終わり、放課後になった。委員長の崇城がずっと休みなので、号令は佐伯が代わりに行っている。
崇城は容姿はもちろん声も美しい人だ。早く復帰してもらって、凜とした号令を聞きたい。
彼女はただメルティを監視するために潜入しただけで、真面目に学生生活を送るつもりがないことは重々わかっている。
それでも、戻ってきてもらいたい。
たとえ仮初めのものでも、日常の姿を見たいのだ。戦士ではない、ひとりの女の子としての崇城朱美を。
「んじゃ、崇城さんちに行くか!」
「うん、住所はもう先生に教えてもらったから」
御笠、佐伯をはじめ、有志のクラスメイトたちは、長く休んでいる委員長を見舞おうと、真摯な気持ちで行動を起こそうとしている。
無意識のうちにメルティの魔法に取り込まれた彼らのことを、崇城は哀れとしか思っていないだろう。だが、その純粋な気遣いにどういう反応を見せるのか、零次は少し楽しみだった。
「私も行かせてもらうよ。いいんちょのこと、心配だしね!」
メルティがみんなの輪に加わる。途端に声が華やいだ。
「おお、メルティちゃんが来てくれれば、たちどころに元気になるぜ!」
「だよね! 崇城さんは幸せ者だわー」
「あの子いつもクールだけど、きっと感動して涙を流すわよ!」
盛り上がる中、零次は眉をひそめた。
引きこもりの一番の原因であるメルティが行ったところで、会ってくれるわけがない。いったい何を考えているのだろうか。
そして魔女は、零次に楽しそうな視線を寄越す。
「んじゃ、私と深見のふたりでお見舞いのお菓子でも買っていくから、先に行っててよ」
「え?」
「なんだ? 私と買い物するの、嬉しくないのか」
「深見くん、そうなら俺と変わってくれ!」
「いいや僕と!」
勢いつけて接近する御笠と佐伯にたじろぎつつ、零次は直感していた。
――何か、企みがある。
「い、行かせてもらいます」
「よし。みんな、もしいいんちょが出てくれなかったら、私たちを待たないでそのまま解散してかまわないよ。深見の携帯に連絡を入れてくれればいいから」
「わっかりましたー」
「そのときはお菓子、メルティちゃんと深見くんで食べちゃうの?」
「くう、うらやましい!」
クラスメイトたちと校門で別れると、零次とメルティはスーパーに向かった。
洋菓子のフロアを歩きながら、ごく自然な流れで彼女は言う。
「いいんちょは自宅にはいないよ」
「……そうですか」
「驚かないんだね?」
「先生が普通に崇城さんをお見舞いするなんて、思ってませんでしたから。……それによく考えたら、先生は崇城さんのいるところ、魔力でわかるんでしょう?」
「うん。数日前からあの子の魔力は、この町から離れているよ」
メール着信音が鳴る。佐伯からだった。
『崇城さんは出かけているみたいだ。病院かな? とにかくお見舞いはまた後日ってことで解散するよ。』
零次はどっぷりと溜息をついた。みんなと都合よく別行動するために、わざわざこんな茶番を仕組んだのだ。生徒を気遣う担任もアピールできて一石二鳥だろう。
「えーと、これでいいかな」
十個入りのミルフィーユを手に取ると、メルティは手早く会計を済ませる。
スーパーを出たところで零次は疑問を叩きつけた。
「崇城さんはどこにいるんですか? そもそもお見舞いしないなら、こんなの買う必要ないじゃないですか」
「これは久しぶりに知人に会うから、そのおみやげだよ」
「知人って?」
「もちろん魔法使いさ。これから君を、より魔法の世界を知ってもらうために最適なところへ案内する」
いつだって彼女は唐突だ。有無を言わさず、ひょっとしたらその場の思いつきで計画を口にする――。
「IMPO日本支部。崇城朱美警部補はそこにいる」
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