「で……巨乳委員長さんも魔女なわけでしょ? なんか、魔法使いってわりとそこら中にいるの?」
「私の口からは、そういうことは軽々しく言えません。それよりお姉さん、反対してくれませんか。メルティが深見くんを巻き込んでくだらないことをしようとするのを」
「委員長さんは、反対してるんだ」
「当然でしょう? 魔法の世界に、一般人が極力関わってはなりません」
メルティはおそらく、沙羅がそんなのはいけないと言っても、計画を中止することはないだろう。それでもこの唯一の姉は、唯一の弟の身を案じて、体を張ってでも止めようとしてくれるのだろうか……?
「ふ……ふふ、ふふふ」
「ね、姉さん?」
零次は困惑しまくった。
どうしてそんなに……メルティのように無邪気に笑っているのか?
「先生、どうか弟をよろしくお願いします!」
「「はあああ?」」
零次と崇城の声が見事にハモった。一秒後にメルティがぷっと吹き出した。
「お姉さんは本当に理解があるね! 嬉しいよ」
「あたしもさあ、昔は魔法少女とか美少女戦士に憧れていたわけ。こうして大人になって、そんな空想を抱くことはなくなったけど。でもさ、零次はガキよ。まだそういう空想で遊んでいい歳じゃないの。ギリギリで」
「空想じゃないよ、現実だってば」
「おっと、そうだね先生。魔法は現実。ファンタジーじゃなくてリアルなんだ」
「ま、待ってください! 本当にいいんですかそれで? 深見くんに万が一のことがあったらどうするんです!」
崇城の激しい問い詰めを、沙羅はいいんだよと軽くかわす。
「大丈夫だっていうんだから、家族としてはそれを信じるよ。それにさ、学校で教えてもらうことだけが勉強じゃあない。メルティ先生がもたらしてくれることは、きっと零次にとってプラスになるはずだから」
「……あのさ姉さん、適当に言ってるでしょ?」
「うっさいねえ。とにかく、あたしは仕事があるし一緒に付き合うような時間はないけど、その分あんたを応援してあげるって。つーことで、可愛がってあげてください先生」
「承知したよ。万事任せて」
見えない絆で結ばれたようなメルティと沙羅であった。何から何まで意見を突っ返される崇城が、零次はちょっと可哀想になってきた。
「それじゃ、お話はここらで切り上げよう! ねえ、お姉さんのクリエイター名ってなに? ちょっとプレイしてみたい」
「SALAっていったら、ちょっとは有名なつもりなんですけど」
「へえええ! 知ってるよ。『バイクラン』の作者でしょ? そっか、君がそうなのか。感激だなあ!」
「知ってるんですか。光栄だわ~」
「あれは何度もプレイしたよ。まさにシンプルイズベストの王道をいく作品だよね!」
「そうそう、時代はシンプルですよ!」
やたらに気分が乗ってきた沙羅は、昼食を食べていってとのたまい、零次に気合い入れて料理をしろと命令した。メルティの食事する姿を、沙羅は何度も「可愛いねえ」と褒めちぎり、メルティはそのたびに「そうだろうそうだろう」と破顔する。崇城の「何で私はこんな人たちと食事をしてるんだろう」という表情が、実にいたたまれなかった。
その後も意気投合した両者は、アニメだのライトノベルだのの雑談で盛り上がり……午後二時を回って、ようやくメルティは辞する気になった。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るよ」
「やっと? まったく……」
話に交じることができず、かといっておとなしく帰ることもできず、崇城のストレスは相当のものだった。
「そうだ、携帯の番号とメールアドレスを交換しようじゃないか。いろいろと連絡の必要が出てくると思うし、おはようやおやすみのコールをしたいし」
「連絡はともかく、コールはやめてくださいよ」
「私の携帯はほとんどゲーム専用だったもんで、実は誰にも番号とメールアドレスを教えていないんだ。つまり知っているのは君だけということになる。嬉しいだろう」
別に教えてもらわなくてもいいです、とは口にできない。言われるがまま、連絡先を交換した。
姉から丁重にお見送りしなさいと命じられた零次は、途中の交差点まで付き添った。
「それじゃ、また明日学校でね」
「はい……」
「お姉さんの了解も取れたことだし、頑張ろう!」
何を頑張ればいいやらさっぱりである。
「そ、それよか崇城さんはどうするの?」
「……引き続き、この浅はかな魔女を監視するわ」
こめかみをひくつかせている。その浅はかな魔女に、言いように振り回されているのだ。自分に対する怒りもあるかもしれない。
「IMPOを煩わせるようなことは何もしないって。これは私と深見だけの問題だよ」
「そういうわけにはいかない。私にも任務があるわ」
「もー、リラックスリラックス! ストレス溜めると、その唯一の取り柄のおっぱいがしぼむよ?」
「何が唯一の取り柄よ!」
クールな高嶺の花という当初の印象は、すでに微塵もなかった。おかげでちょっとは親しみやすくなったのかなと思ってしまうあたり、零次は状況に慣れつつあった。
メルティがステップを踏みながら去っていく。それを見届けた零次は、崇城がきつい目で睨んでいるのに気づいた。
「深見くん」
「な、なに?」
「本気で……メルティに付き合うつもり? 一時の好奇心で魔法の世界に足を突っ込んで……破滅した人間だって少なくないのよ」
今ならまだ間に合うと、崇城は引き留めようとしている。
真摯に、彼女は自分を心配してくれている。とてもありがたいことだ。
だが、と零次は思う。
自分にとって本当に大事なことは何か……一度整理して考えた。
そしてその答えは、ずっと変わっていなかった。
「崇城さんが魔法使いだと知って、結構ショックだった。だって、僕とはまったく別の世界に生きている人だから」
「そうよ。今だって命令がなければ、どこかで戦闘要員として命がけの職務に当たっていたでしょう。少なくとも、こんな学生の真似事なんてしていない」
「だからこそ、やっぱり魔法のことを忘れたくないよ」
善は急げ。思い立ったが吉日。零次はきっぱりと、告げることにした。
すごく恥ずかしいけど、自分が流されるだけの男でないと証明したい。
「忘れたら……君との繋がりがなくなってしまうだろ。何も知らない一市民の僕を、君は構うことなんてないだろ」
「何が言いたいの?」
「本当の君のことを知っていたい。僕は……君が好きだから!」
……言った。言ってしまった。
人生初の告白。出会ってまだ数日なのに、仲良くなるという過程をすっ飛ばして、いきなり。こんなんでいいのだろうかとちょっとだけ不安だった。
だが、今を逃したら、ずるずる後回しにしてしまうだろう。こういうのは勢いが大事なのだ! と腹に力を込めた。
「僕は君に一目惚れをしていた! 本気なんだ。魔法使いだからって、非日常の住人だからって、怖がったりはしない。この思いが変わることはない!」
「バ、バカ! 何を言ってるのよ……」
崇城は顔を背け、返事をくれることなく、早歩きで行ってしまった。あっという間に見えなくなった。
「は、はは……やればできるもんだな」
よくやった、と自分で自分を褒めたい気分だった。
ドックドクと心臓の鼓動が早まる。
まだ相手にはされないかもしれない。だけど、いつか。
零次はほくそ笑む。
そのときのために……せいぜい先生を利用させてもらおう。
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