「優しいんだ、崇城さん」
「べ、別に優しくなんかないわ。あくまで私の気持ちの問題よ。親切にしたいわけじゃないんだから、勘違いしないで」
唇をとがらせ、視線を泳がせる彼女。
その瞬間だった。幼い声が湧いてきたのは。
「ふーん、君にはツンデレの素養があったのか」
後ろから? 反射的に振り向こうとするが、できなかった。首根っこにかじりつかれ、ガッチリとホールドされてしまった。
「しかし深見が最後にときめくのはこの私だ! いいんちょには渡さないぞ」
よくわからないことを言いながら、メルティがギューッとしてくる。柔らかいぷにぷにのほっぺたが自分の頬に密着し、不覚にも気持ちよさを感じてしまう。
「メルティ、なぜここに! というか、さっさと深見くんから離れて!」
引きはがしにかかる崇城を軽やかにかわし、メルティは挑発的な目つきで笑う。今日の衣装はピンク色のキャミソールと赤いミニスカートで、いたずらな幼女っぽさが全体に滲み出ていた。
向かい合うふたりの魔女。零次もベンチから立ち上がったものの、動けない。
「あの……いつからいたんです?」
「最初っからだよ。接近に気づかないなんてまだまだだね、いいんちょ? もし私がその気なら、今頃君の首は飛んでいたんだよ。ふふ、私をも参らせるような特殊能力があるんだって? 興味あるなあ」
「なぜここにと聞いているの!」
「そりゃもちろん、私も深見に会いたかったからだよ。一晩経って落ち着いただろうし、昨日の話の続きをってね。それで残念なんだけどいいんちょ、彼の記憶を消させるわけにはいかないよ」
「せ、先生……そこまで僕をロリコンにしたいんですか?」
メルティがチラッと零次を見やる。そして特に意味があるとは思えないウインク。
「だって、深見は私にとってなくてはならない存在だからね」
「……いや、もっと順序立てて説明してくださいよ」
「よろしい。では昨日の復習からいこう。人生には刺激がなくちゃいけないってこと、覚えているね?」
頷く零次。崇城はすこぶる苛立たしそうだ。
「これまでにいろんなことを試してきたよ。世界各国を旅したり、紛争地帯の最前線に出かけたり、IMPOの真似で魔法犯罪者と戦ったり……そして教師を演じたり。でも、もっともっと刺激が欲しいんだ。そこで私は、今までと違う形の刺激を受けようと考えた。自分だけ楽しむのをやめにした」
「え……」
カチリ、とパズルのピースがはまる錯覚。
この人の考えていることはすなわち……。
「君にも、楽しんでもらいたい。だから私は君を巻き込ませてもらった」
「メルティ、あなた……!」
「魔法で強制的に誘惑するのではなく、ありのままの私を見てもらうことで、私の魅力に気づいてほしいと思った。私のロリの美しさ、不朽の魔女としての強さを大公開! それが、君にプレゼントする刺激だよ」
爽やかな笑顔だった。どうだ、と言わんばかりの。
「僕に刺激を与えて……自分も楽しむ? それが先生の本当の目的……?」
「深見にも経験あるだろう? 楽しいことは人に教えたい。好きな本やテレビ番組があったら、誰かに勧めたくなる。それと似たようなことだよ。私という偉大でロリな魔法使いを君に教えて、年がら年中ビックリさせてやりたいんだ」
「……」
零次は転校初日からずっと、人生最大という規模で驚いている。すでにメルティの目論見は成功していた。いや、年がら年中ビックリさせてやりたいというのだから、まだ道半ばというのが正しいのか。
彼女の目的は理解できた。できたが、困惑するより他にどうしろというのか。
「……信じられない。一般人を巻き込まないというのは、私たち魔法使いが共有する永久不変の理念のはずよ。それを!」
「んー、IMPOはこれを魔法犯罪と認定するの? なんにしても、私がIMPOに従う必要はないけどさ。力ずくで止めてみるぅ?」
崇城がギリギリ奥歯を噛みしめているのが聞こえた。これほどまでに怒れる委員長を、クラスの誰も見たことはないだろう。
「転校生だから……本当にそんな理由だけで僕が選ばれたんですか」
「いや、それだけで無条件に選ぶことはしないよ。しばらくは、私と一緒に楽しむ資質があるかどうか様子見をするつもりだった。君がつまらない人間だったら、やっぱり《幼女の世界》に取り込んで、以後は『私にメロメロな生徒A』扱いしようと考えていたんだけど……あるイベントが起きた」
「な、なんですか?」
「覚えていないのかい? 私と熱いキスを交わしたことを」
ふいに奪われてしまったファーストキス。思い出したくない光景が、強制的に蘇ってきた。
ギクッとする。ものすごいメラメラな目つきで、崇城が睨みまくっていた。
「深見くん、どういうことなの」
「違うって! その、廊下でぶつかっちゃって、単なる事故、アクシデント!」
「……初めてだったんだぞ、あれ」
「え」
もじもじするメルティ。まるで夢見るかのように、濡れた瞳をしている。
「数百年も生きてきた私だけど、まともな恋をしたことがないんだ。だからキスなんてしたこともなかった。お遊びで生徒にすることはあったけどね、頬とかにさ。……私はね、あのとき、本気でときめいた。ああ、これが本当のキスの味なのかって」
「……えっと、その」
「たとえただの偶然であろうとも……君は私のファーストキスを奪ったんだ。これはもう、私のパートナーにするしかないじゃないか!」
責任を取れ。そう言われているようで反論の言葉が見つからない。
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